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追放の祝福



「ディア様、その巨神像、確かテルミヌスと言ったか。某に立ち塞がると言うのなら、容赦は出来ませぬ」


『閃光石、ピエルレは殺させない。お兄ちゃんが残した、可能性を潰させるわけにはいかないの』



 テルミヌス・アルプスが閃光石を見下ろす。閃光石からピエルレトゥースを庇うように。ジャンダルームのいない不完全状態のテルミヌス・アルプスではアグニウィルムの力を制御することはできず、アグニウィルムとの力の繋がりは解除された。


それによりテルミヌス・アルプスは通常の量産型テルミヌスよりも少し高い程度に性能を落とした。



「──今の某は自由だ。本能に刻まれた、隷属する魂の檻から解放された。故に、至高の方々とも敵対することすらできる。馬鹿らしいことだ、生まれた時から関わりもなく、ましてや尊敬など……する訳もなし。己を捧げる事を本能に強制されただけの事、何の疑問も抱かず、ただそうある事を続けてきた。無意味だ、己の魂を誰が為に奮わせ、命を燃やすのかを選ばずして、何が戦士か。この大地を穢す者を、某は許さぬ」


『閃光石、やっぱり進化したんだね。オーブさんの力で進化して、イモートに抗う自由意志を得た』



 妹達の奉仕種族、奴隷種族として創り出された人工生命。妹の安価な模造品として、妹達の為に世界を開拓し、世界を妹の為に整地していく、蟻の如き労働機械。そんな虚ろな命にさえ、この世界──大世界オトマキアは意味を与える。


生み出された理由がどうあれ、世界を生きれば生きる理由は増える。他存在との関わりは、当初想定された枠組みを超えていく。



「──クク、余裕だな超越者はァッ! まだ某を見下ろせると、己の気分次第で、どうとでもできると勘違いをしておられるようだ。某は最早、インレーダですらない、群れを追い出され、某は一人、王となったのだ!! ──武装解放!! ギガントレイヤー、アクティベート!!」



 ギガントレイヤー、それはインレーダ族が備えた機能の一つ、妹達が危機に瀕した時、解放が許可される、緊急武装。インレーダ族が己の意思で解放することを禁じられた力。


それは巨大な外骨格を異次元より召喚し融合する力、インレーダ族をテルミヌス化させる秘奥義だった。



 閃光石は自分をそのままテルミヌスサイズに巨大化させたような外骨格を召喚し合体した。鎧の機械武者とテルミヌスが相対する。



『巨大化した……? まさか、テルミヌスと同じ……』


「──当然でありましょう。あなた方が創った存在、同じ技術、同じ力なのですから。どうせ自らに歯向かうことはありえないからと、高を括っていたのだなァ! 本能を超越した今の某ならば、この力を自由に扱える。それどころか、想定を超えられるッ!」



 巨大化した閃光石が胸部装甲を解放し、そこからサイキックエネルギーを放出する。空間が歪み、テルミヌスを貫通し──



『──きゃぁぁぁあああッ!!? いっ、サイキックシールドを貫通して……ッ!? この力でピエルレを攻撃したの?』



 ディアの精神を直接攻撃した。



「ほう、これを耐えるか。同乗者がいる関係で威力を抑えられたか、それともイモートとしての格が違うのか。何にせよ、某に勝てぬ相手ではないな。ジャン殿があのまま搭乗し、アグニウィルム様の力を使えていれば、負けることはなかったのに、愚かなことだ。どちらか一人の命を諦めるべきだった」


『ほんと、そうだよね。お兄ちゃん、欲張りだから。アルズもピエルレも、閃光石とオーブさんのことだって諦めたくないって、全部中途半端にしちゃってさ。でもね、それだけの価値があるって、わたしも分かってる。お兄ちゃんが頑張ってるとね、妹のわたしとしても、応援したくなっちゃうんだ。だから、わたし達が勝つよ』


「ディア、でもどうするの!? あいつのあの攻撃、あんた防御できてなかったじゃない」



 啖呵を切るディアに水を差すようにエローラが騒ぎ出す。エローラはまさか閃光石が巨大化するとは思っておらず、この戦いもテルミヌスの力を使えば余裕勝ちできると思っていたのでパニックを起こした。



【多分、あれは音を使った精神に直接ダメージを与える攻撃。テルミヌスを召喚する時、空間が歌う、音を出すでしょ? あれってサイキックで生み出した振動で次元を超えた干渉場を生み出してるの。だから元々テルミヌスには次元、空間に干渉する力が備わってて、音とサイキックにはある種の可逆性があるの。えっとそうだね、この世界風に例えるなら、歌で魔法を発動できるし、逆に魔法で歌うこともできる、みたいな?】


「あ、そういうこと? じゃあ対処なんて簡単じゃない。こっちにも同じ力があるなら、それを使えばいい。アタシが音魔法で結界を作れば、あいつの攻撃の威力を無効化、もしくは軽減できる」


「おおー、エローラさんのこういう所には関心するのです。それならエルからも提案があります! さっき青き炎の力がディアさんに向かう精神攻撃を弾いたのを確認したのです。ですから、青き炎による結界も展開して、音と炎による二重結界を作ればもう無敵だと思うのです!」



【うん! それでいこう! エル、エローラ力を借りるね!】



 ディア達がそんな作戦会議をしている内に、閃光石が音による精神攻撃を再び行う。しかし──


 ──ラァアアアアアアアアアア! バキバキバキ!



「なにっ、もう対処された!? 余計な事を、これでやられてくれれば、命を取ることもなかったというのに」



 閃光石が二刀のサイキックソード、実体を持たない空間の歪で出来た刃を構え、テルミヌスへと突進する。



『マズイ、あんな巨体が突っ込んで来たら! ピエルレ、中で大人しくしてて』



 ディアは巨神同士の激突にピエルレが巻き込まれないようにピエルレを回収し、テルミヌスの内部へといれる。そしてそのままショートジャンプして閃光石の攻撃を避ける。



「むっ、ショートジャンプか! やはりあちらの方が、ジャンプの性能は高いのか。生まれ持った出力の違い……」



 ディア、テルミヌスがショートジャンプで閃光石の攻撃を避けたのを見て、閃光石は歯噛みする。インレーダ族のギガントレイヤーはテルミヌスと比較してショートジャンプの性能が低い。インレーダ族のギガントレイヤーとイモートのテルミヌスが同じ技術のものであったとしても、それを操る者の力の差がある為だった。


エネルギー出力の面で、インレーダ族はイモートに大きく劣る。それ故、インレーダ族のショートジャンプはテルミヌスのそれの劣化版、連続して使用できず、ショートジャンプに使うジャンプセル生成のチャージにも時間が掛かる。


テルミヌスのジャンプセルは10秒、インレーダ族のジャンプセルは30秒に一つチャージされる。


つまりテルミヌス同士の戦いであれば、お互いにジャンプセルを使用して戦っても問題ないが、インレーダ族のギガントレイヤーではそうもいかない。ギガントレイヤー側は使い所を見極め、大事に使っていく必要がある。



「うわ、よく見たら血だらけじゃないっ! この子、大丈夫なの!?」


「どうやら魂にダメージを負ってるみたいなのです。魂へのダメージが肉体に反映されてこうなってるんじゃないです? これだと、なかなか回復はしないかもです。しばらくは大丈夫かもですが、早く回復したいのです」


【そうは言っても、この状況じゃ……ショートジャンプで距離を取ってるけど、閃光石のスピードが異常だから、すぐに追いつかれそうになる。基本性能がかなり高めっぽい】


「う、ううー……駄目、汚染が、にぃ様」


「汚染? 何何何!? ピエルレ!? 汚染がなん──」



 朦朧とする意識の中でピエルレが口にした汚染、その言葉の意味はすぐに現れた。


デスランド開拓拠点にある大量の死体が、ゾンビとなって復活を始めた。消し炭になっていたはずの死体が再生し、廃墟を彷徨い出したのだ。



「──貴様ッ!! 死者を、尊厳を踏みにじる行い! 許さん、許さんぞ!! 大地を穢した罪、その命で贖え!」



 その光景を見た閃光石が激昂する。



 ──バキン、バキ、パキ。



 何かが割れる音がした。まるで、テルミヌスが召喚される時のように、目に映る全てから、その音が響いた。



「──うおおおおおおおおおおおおッ!!」



 それは、新たな“種族”の誕生だった。インレーダ族という旧き殻を破り、新たな種族が生まれようとしていた。


閃光石はインレーダ族を追放された。それは長いインレーダ族の歴史の中で一度たりとも起こらなかったイレギュラー、想定外の事象だった。


本来、インレーダ族の戦士としての役割を生きた閃光石には、それ以外を生きる選択肢はなかった。働き蟻は生まれた時から死ぬまでずっと働き蟻であるように、閃光石はただの戦士として生きていた。


ただし、蟻と異なり、インレーダ族はその魂を循環させ、ある時は女王、戦士、生産者、異なる役割を経験してきた。インレーダ族の現女王も、かつては戦士であり、生産者でもあった。これは彼女達の創造主が想定外の事で、進化だった。


そんなインレーダ族の中で唯一、戦士のみを頑なに続けた変わり者がいた。それこそが閃光石であり、彼女はすでに、女王へと至るだけの格を、魂は有していた。



 ──パキパキパキパキッ!



 群れを追放された結果、閃光石は自ら否定してきた可能性を得る。戦士以外の役割、女王としての役割。戦士としてしか生きられないはずの体は、アダマスタブレスによって強化され、進化した。


だから──戦士を超越し、王へと至る。群れを生み出す程の膨大な、女王としてのエネルギー、その可能性をただ一人の戦闘力へと集約した存在──



──戦王。



一万のインレーダ族の可能性を束ねた異常個体。閃光石は新たな種族、キングレーダと成った。



彼女が戦士を超越する為に、必要だったきっかけ、今の己を超えるという意志は、ピエルレの齎した大地の汚染によって、怒りによって呼び起こされたのだ。



「──誰も某を、余を止めることは叶わぬ。無尽の刃に散るがいいッ! ──万里平定!」



 キングレーダと化した閃光石は金色の光を纏い、彼女の超出力推進装置の火が巨大な黄金の翼を見せる。翼の光輝は世界を金色に染め上げた。


閃光石が黄金の闘気を刀に乗せて振るう。


ディアはその攻撃を避けようとショートジャンプを行う。しかし──



 ──ズガガガガガガ、ガシャアアアアアアン!!



『──う、嘘、でしょ……?』



 ディアは閃光石の斬撃を避けられなかった。否、避けようがなかった。閃光石の絶技、万里平定は相手の持つ全ての可能性を計算し、その全ての方向に斬撃を置くから。


何千、何万、何億と、無限にも近い可能性の全てを追跡する。だから、必ず当たる。故に、敵対者に許されるのは覚悟を決めることだけ。己が斬られる覚悟を。



 閃光石によって斬られたテルミヌスがバチバチと音を立てる。サイキックエネルギーが機体の修復を試みているが、その傷跡には閃光石のサイキックの残滓が残されている。その残滓が機体の修復活動を妨げる。



「どうなってるの……?」


【わかんない……わたしは一番避けられる可能性が高い所へジャンプした。でも、駄目だった。それに、見れば、分かるでしょ? エローラ】



 エローラはディアの、テルミヌスの視界を共有して息を呑む。何故ならデスランドの大地に何千、何万という巨大な刀傷があったからだ。



【あれは全部、わたしが回避ポイントの候補として思考した場所だった。きっと、閃光石もわたしと同じ回避演算処理をしてるから逆算して。32479位までのポイントを同時攻撃した。多分一回の攻撃でカバーできる、重複範囲があったから、この数まで減って……】


「なんなのよあいつ! どうなってんの? 強すぎでしょ! 馬鹿なんじゃないの!? アタシ達だけで勝てるとは思えないんですけど!?」


「確かに厳しいのです。でもエルにもいい意味で想定外があったのです。それは思ったよりもテルミヌスがダメージを受けていないことなのです。ディアさん、攻撃が当たる瞬間に防御したんですね?」


【うん、防御は間に合った。避けられないけど、攻撃の発生自体は刹那の猶予がある。反射的な防御システムは間に合う。ま、せいぜい装甲を硬化させるぐらいだけど】


「どう、勝つのです? 閃光石ちゃんは多分、今のエル達よりも強いのです」


【エローラ、音魔法による結界を解いて、代わりにピエルレに回復魔法をお願い】


「は? 何いってんの!? そんなことしたらディア、あんたあいつの精神攻撃を」


【確かにわたしの精神力が持つかどうかのチキンレースにはなる。でも、この状況を打開しうるのは、ピエルレの力だけ。世界の汚染によってピエルレの意志とは無関係にゾンビが生まれているということは。ゾンビの作成や動作にピエルレのエネルギーを必要としないってこと。つまり、ピエルレはゾンビの操作にだけエネルギーを注げばいい】


「そういうこと!? 万全とはいかなくとも、少し回復させられれば、ピエルレにゾンビを操作させて、こっちは戦力の増強ができる」


「確かになのです。あのゾンビ達、見た感じ彷徨ってるだけで何もしてないですからね。ピエルレさんの命令を待ってるのかもです」


【うん、お兄ちゃんの掛けた呪いでピエルレはもう人を殺してゾンビにすることはできないけど、すでにある死体やゾンビを操ることは禁じられていない。閃光石、怒っちゃうだろうなぁ……でも、やるしかない】





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