伝説と覇王
「えっ、憲兵隊長は犯人じゃねぇのか? 確か最近子供が生まれたばっかりだって聞いてたから、なんというか災難だなぁ。ワシらにはどうしようもねぇけどよ」
「そうそう、犯人は高度な魔術もしくは魔法を使えるヤツだからな。憲兵隊長じゃあり得ないんだよ」
オードスと共に酒場兼賭博場へとやってきた俺は、ギャンブル、カードゲームをしながら、暗殺未遂に関するアレやこれやを他のギャンブラー達に話した。みんな何だかんだゴシップ的なものは好きらしく、興味ない素振りをする者ですら、さり気なく聞き耳を立てている。
ギャンブルの方は……俺はかなり負けてる。オードスはそこそこな戦果のようだが、俺はまるでダメだ。今日はツイてないらしい。
このカードゲーム、モータルカードはこの世界では割と一般的な賭け事だ。ポーカーみたいに役を揃えてく感じのゲームなのだが、このモータルカードは魔道具、つまりは魔術の力が宿った魔導器で、ちょっとした仕組みがある。
その仕組みとは、カードに寿命が設定されている事。ゲーム開始と同時に各カードに寿命が設定され、卓が一周する事に寿命が一つ減っていく。このカードの寿命が尽きると、カードの絵柄が消えて真っ白となり、役を作るのに利用できなくなってしまう。
欲張って強い役を揃えるか、弱くとも安全な役で上がっておくか、この選択が大事で、俺みたいなロマン派は大体欲張って負けまくる。寿命が尽きないうちにさっさと上がっておけばよかったと後悔したことが数え切れない程ある。
「へへへ、兄ちゃん、暗殺されそうになって同情はするけど、やっぱ勝負に手を抜けねぇなぁ。悪いなぁ、儲けさせてもらったぜぇ」
「っく……嘘だろ……それ、俺より強い役じゃん。はぁ~~? 寿命ギリギリ粘ってやったってのに、元の狙いからして、負けてたのかよ!! ズルだズル! あんたさっきも勝ってたのに、連続で運良すぎだろ!! クソゲーだこんなん!」
「はははは、悲惨だねジャンダルームくん。君はゲームが下手だ。それにギャンブルの神様にも好かれていないと見える。悲しいなぁ、君の方はこんなにも、感情豊かにするぐらい、ギャンブルを愛しているってのに。くく、クククク」
「うわあああああああ!!! 笑うなぁあああああああ!! ギャンブルの神は俺のことが好きだ! 嘘を言うな! 俺が今までいくら賭け事に金を捧げてきたと思ってるんだ……! 俺はギャンブルの神にとっての上客、だからいずれ俺に微笑みかけてくれる、そうに決まってる!!」
何を言ってんだ俺は……くそ、オードスのヤツ、自分だって大した役で上がってない癖に煽りやがってぇ……
「えぇ~? 上客? 金をいっぱい捧げてきたって、それってようは負けまくったってだけだろう? 自分の心を守るために、言い換えに必死だね。やれやれ、この調子だともう金もなくなるだろキミ? ここらで終わりにしなよ。しかしあれだね、イカサマなしでこの結果は、凄いな。だって全敗、あはは、ははは、クククク」
「悲惨だなぁ、兄ちゃん。悪いこと言わないから今日はもうやめときな。ただでさえトラブルで心が弱ってるだろうに、そこにわざわざ追い打ちをかけんのは良くない」
賭博場のおっさん達が全員うんうんと頷いている。こいつら、俺が絶対に勝てないと決めつけてやがる……さらには酒場のおねーちゃんに可哀想と頭を撫でられる始末……
「俺を憐れむな! 俺は勝つ、勝って証明してやる! 今までの俺は、運を溜めてたんだ、今日負けまくったのは全部、この最後の一戦で勝つための布石! 最強最高の勝ちが、この一戦にやって来る!」
俺は持ちうる全財産、と言っても今はディアが金の管理をしてるから、俺の小遣いの全財産だが……それをすべて──
──ダンッ! 俺は賭けのコインを、覚悟を込めて、テーブルに叩きつけた。
「──これがッ! 俺の覚悟だッ!!」
──結果。
負けました。
俺の覚悟は無慈悲に打ち砕かれ、俺の手元には余ったエドナイル銅貨一枚だけが残った。エドナイルの硬貨は三種あり、金貨、銀貨、銅貨の順で価値があり、銀貨からしか賭けに使うコインは買えない。そう、俺はエドナの賭博場で伝説となった。モータルカード20連敗、全敗して、俺には不名誉な渾名がつけられた。
ギャンブルで負けた帰り道、夜風は意外にも優しい冷たさだった。砂漠の夜は冷えるモノだが、やはりエドナイルは特殊だな。おそらくレーラ神の恩寵によって夜の砂漠の寒さも緩和されている。
「いやぁ今日はいいショーが見られたよジャンダルー……あ、今は全敗の魔術師だっけ……? あはははっ! ククク、負けすぎて、自分から負ける魔術を使ってるとしか思えない逆イカサマ士! いやぁ知ってるよ? オレがイカサマ防止の魔術を使ってたから、イカサマなんてありえないのは」
「はぁ、ここまで来ると逆に俺は運がいいんじゃないかって思えてきたよ。多分俺の伝説は、俺達の吐いた愚痴、噂を驚くべきスピードで人々に伝えるだろうから。これで憲兵隊長は助かるかもしれない」
──ピーン、ピーン。
弱った心が、寂しい懐を紛らわせる為に、俺に残された一枚の銅貨で遊ばせる。銅貨を指で弾いて、宙を回転するコインは、自分はここにいるから大丈夫だと、俺を慰めてくれる。
「ありがとうな。俺を慰めてくれて、お前はもうただのエドナイル銅貨じゃない。俺の伝説の先にある存在。全敗のその先、究極の絶対勝利の可能性が詰まったコイン。今日からお前の名前は覇王イモータルブレイカーだ。モータルカードを超えた不死者ですら破壊する覇王だ」
「あらら、こりゃ相当イカれたね……これ以上イジるのはやめておこうかね」
「よしよし覇王イモータルブレイカー、これからはもうずっと一緒だからねぇ、あは、あは、あはあは……」
俺はかつてただのエドナイル銅貨だった覇王イモータルブレイカーに口づけし、コンパスの針で穴を空け、紐を通してペンダントにした。これからはずっと一緒だ、覇王イモータルブレイカー。イモータルブレイカーのペンダントを首にぶら下げると、なんだか覇王イモータルブレイカーも喜んでいるような気がした。
「って、おいおい! そんな全敗した記念コインなんて縁起の悪いモノを身につけるのはやめろよォ! 見てるこっちまで運が尽きちゃいそうだろ!?」
「それはそれでイイネ! だってオードス今まで俺のこと散々煽ってくれたからなァ! お前も堕ちてこいよ! ここまで! 俺と同じ目線に立てば、もう誰も煽れなくなるぞ!」
「げぇ~、それは御免被るね。でも実際ここまで、偏った因果に関わったモノはなんらかの力を持ってもおかしくない。良いか悪いかはさておき、面白い。やっぱりジャンダルームくんといると飽きないよ」
「そうか、そりゃよかった。今日は良いことだらけだな。オードスはご機嫌だし、俺は覇王イモータルブレイカーとも出会えた。俺の伝説は噂を早く広く広めて、憲兵隊長を助けるかもしれない。恐ろしいよホント、あれだけ賭けで負けったっていうのに、こんなに良いことがあるなんてさ。差し引きゼロどころかプラス収支、これじゃあどうあがいたって俺は不幸になれそうにない」
「心が弱いんだか強いんだか、君というヤツはよくわかんないねぇ。みんな君を変わってるけどいい人間だと思ってる。でも違うね、良いとか悪いとか、そういったもんじゃない。そもそもモノの見方が違う、まるで違う法則で動く世界の住人のようだ。人間かどうか疑わしい。だって異物のような君が、オレや他の奴らと仲良くできるんだ。人間は異物を排除したくなるものなのにさ……ま、オレもまた、他の奴らから見たらジャンダルームくんと変わらんか」
違う法則で動く世界の住人? もしかして俺の前世が違う世界の人間だからとかそういう……いや違うか。そういうニュアンスじゃないよな。
次の日、朝起きると俺はエドナで話題の人になっていた。人々は俺を見かけるとやれ二十連敗だの、連敗の魔術師だの、全敗だのと、言いやがる。やれやれだ、しかし──
──それ即ち、暗殺未遂と王家へ暗い疑いの噂が、街中に広まったということだった。俺の賭けは、ある意味で大勝ちだった。
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