善きも悪しきも抱擁を
──っ、なんだ? これ……
「もう! ディアったら、無茶しないでよ。いくらウチ達を助ける為って言っても、ディアが死んじゃったら意味ないんだから! ウチ達までジーネに叱られちゃうんだからね。でも、でも、助けに来てくれて、ありがと……」
「叱られたっていいもーん。みんな無事なのが一番、一番うれしいじゃない? だから一緒に叱られてね? アールズ♪」
これは、記憶、なのか……? アルズの顔が見えなくて、ディアの顔だけが見える。そうか、これは、アルズ視点の記憶だ。
この記憶は……次元を旅する中で、次元の狭間で接触した次元怪獣と戦った時の記憶? なんで俺がそれを分かって……
そっか、俺はテルミヌスに乗ってディアと感覚共有してるから……ディアの心から読み取れたのか。あれ? でもディアはいっつも自分の事は隠したがるはず……どうしてこんなあっさりと読み取れるんだ?
アルズの記憶はいつもいつも、ディアと一緒だった。同じ人間、伊豆宮ミヤコから派生した存在である妹達。元は同一人物だったとしても、個として存在していれば、分岐をしていく。そんな分岐は、彼女達の寂しさを紛らわせるのに役立った。
同一人物の集合体であったとしても、ひとりじゃない気がしたからだ。だから、彼女達は自分自身と友達になった。
アルズは数え切れないほどの妹達の中から、一番の友達としてディアを選んだ。それはディアにとっても同じだった。
二人は妹達の中ではワガママで、所謂クソガキという評価を受けていた。そんなワガママな二人でも、共通する哲学があった。
「いいアルズ、わたし達はお兄ちゃんの意思を尊重するの。ジーネ達はお兄ちゃんの意思に関わらず、永遠に、強制的にわたし達と一緒に暮らさせるつもりみたいだけど。そんなのおかしい。だって無理やりなんて、お兄ちゃんに嫌われちゃうもん」
「にぃにがウチ達みたいに、永い時を生きたいとは限らないしね。むしろ、永遠に生きたいと思う人の方が、少ないと思う。ウチ達はいつも、にぃににワガママ言って迷惑かけてた。だから今度は逆に、にぃにを助けてあげるぐらいじゃないと、駄目なんだから。それが正しいと思う、でも……さみしいね。だって、また会えても、にぃには、永遠に生きないなら、また離れ離れになっちゃう……」
「もう! アルズの弱虫! そんなこと言ったらわたしまで弱気になっちゃうでしょ? ……お兄ちゃんが、また寿命を迎えて、死んじゃったら、また生まれ変わるのを待つの。そしてまた、会いに行く。今までと何も変わらないよ。だから、きっと、大丈夫……また会えると思えば、耐えられるよ」
ディアとアルズは俺の意思を尊重する派閥、お兄ちゃん意思尊重原理主義という派閥に属していた。というか、その最高幹部だった。弱小派閥だったが、ディアもアルズもランエデン──妹達の中でも特出した能力を持つ10人の妹達の内の二人だった為、影響力はそこそこにあった。
このお兄ちゃん意思尊重原理主義に属する者達は、意外にもワガママな妹ばかりだった。それは自分達がいままでずっとワガママを言ってきた、俺に迷惑をかけてきたという自覚があったからのようだ。
本当にワガママな、自己中心的な子なら、自分のワガママなんて自覚しないだろう。この子達は、みんないい子なんだ。
それはそれとして、ディアとアルズは一緒になってジーネ達永遠派の説得を毎日のように行っていた。二人共妹達の中ではそれほど頭が回る方ではなく口も回らなかったので、説得が上手くいったことは一度もない。ジーネ達永遠派の幹部達は逆に頭が良く口の回る者が多いので、元から勝てない勝負だったと言える。
だからディアとアルズにできるのは感情に訴えることだけで、感情に流される妹達を少しずつ取り込むにとどまった。
そんな活動をずっと続けてきた。妹達の永い旅の中、ある時は戦い、ある時は悩みながら、56億年という時を過ごした。
彼女達は56億年も繰り返しているのに進歩のないやつらだと思われるかもしれない。けれど、今の俺には分かる。なぜ彼女達が進歩しなかったのか。
彼女達は進歩したくなかった。人間離れした自分達を、さらに進化させることを望まなかった。停滞を望んでいた。変化し過ぎれば、兄に、俺に妹として認識されなくなってしまう。そんな恐怖心から、進化を望まなかった。
けれども、過酷な旅は停滞を許さない、やがて、妹達は戦闘能力と技術力だけを進化させた歪な存在となった。
けれども、精神の停滞は、彼女達の心を保存した。停滞は、彼女達の心を殺すことなく維持することに貢献した。また俺に再会するまで、妹達の魂は維持されることになる。
だから俺は、君達を見つけられた。妹だと思えた。妹達の努力のおかげで、俺はまた会うことができたんだ。
俺はディアと、ジーネと、アルズと、ピエルレと、エーレックスと再会した。俺がこの世界に生まれて、彼女達の時も動き出した。
ずっと停滞していた彼女達の心は動き出したんだ。
その心がどのように動くのか、それは分からない。
でも“このまま”ではいられなくなったのは、言うまでもない。
現実の衝撃は、あらかじめしていた覚悟や決意なんて、吹き飛ばしてしまうから。
ディアは俺と再会することで、俺と死別する恐怖から自身を崩壊させて死ぬ寸前だった。
ディアは自分の決意を「──お兄ちゃんが、また寿命を迎えて、死んじゃったら、また生まれ変わるのを待つの。そしてまた、会いに行く。今までと何も変わらないよ。だから、きっと、大丈夫……また会えると思えば、耐えられるよ」
その言葉を守れなかった。
自分が思うよりもずっと、ずっと自分の心は弱くて、孤独に苛まれていたんだ。
「──お兄ちゃんへの想いが、わたしの力の源、無限の力になる──お兄ちゃん、だから仕方ないよね? 世界を救う為だもん。ね? お兄ちゃん」
「──は……? ディア、何……してんの……? 約束したじゃん!! にぃにの望まないことはしないって!! 迷惑かけた分今度は役に立つんだって!! 言ったのに!! ウチだって、ウチだって! にぃに、会いたいよ! 抱きしめて欲しいんだから……! でも、にぃにに会ったら、ウチは大好きな気持ちを、抑えられないから……我慢、してたのに……どうして、どうして! なんで、なんでよりにもよって、あんたが!! ウチ達の約束を、破っちゃったの……!?」
そうか、アルズは……あの時のことを見ていたんだ。だから、一番の友達だったディアを、許せなくなったんだ。アルズは、ディアにだけは、自分を裏切って欲しくなかった。
ディアは、分かっていた。俺が、ディアと男女の関係になることを望んでいないことを。けれど、ディアはモイナガオンで、あの世界を救う為には仕方がないと、自分に嘘をついて、欲望を満たした。俺の意思を無視して、俺に、口づけをした。
それが、許せなかったんだよな。アルズ……
「──アルズ! 俺は今、ここにいるんだ。すぐ、眼の前に!」
俺が今まで見ていたのはアルズの記憶、56億年分の記憶が俺の心に投影された。凄く、凄く長い時を、一瞬の内に感じた。
この記憶、思念の投射はおそらく、投射した思念とアルズの情報錯乱の力を使い、自分──アルズと他者の境界を曖昧にし、他者にアルズとして行動させるのが狙いだ。
──つまり、洗脳だ。現に、ディアも意識を混乱させ、動かなくなっている。だから俺は普段ブロックされていたディアの記憶、心にもアクセスすることができた。
テルミヌスの内部にいるエルとエローラも、自分が何者か分からず混乱しているようだった。
「にぃに……にぃに、なんで……? にぃには効かないの?」
アルズに操られたエルが俺に問う。
「俺は魔人だから、精神干渉には耐性がある。お前のあの攻撃は、俺にお前の想いを、記憶を俺に見せただけだった」
「そっか……にぃに、あはは……馬鹿だよね、ウチ……ディアのことが許せないからって……エーレックスとピエルレを巻き込んで……人を沢山、殺しちゃった……っ、そんなつもりなかったって、言い訳できない、意味、ないもん……悪い子に、なっちゃった……もう、にぃにの妹じゃ──」
「──ああ、お前は馬鹿だよ」
「──え」
アルズの意思が宿ったエルを、俺は抱きしめる。力強く、そして、口づけをした。ディアとしたように、アルズとも。
「ディアもズルいよな。不公平だよな」
「に、にぃに……? え? い、いいいいい、今、き、キスした!? ウチに?」
「お前が悪い子でも良い子でも、お前は俺の妹なんだぜ? 悪い子になったって、俺の妹であることからは逃れられない。悪いことを、妹がしたら叱ってやる。それが兄の役目だ、でも……それよりも先に、俺はするべきことがあった」
「するべき、こと?」
「ああ、こうやって──抱きしめることだ」
俺は再び、アルズの意思が宿ったエルを抱きしめる。
「寂しくて、辛くて、苦しかったお前達を、俺は抱きしめてやるべきだったんだ。なぁ、分かるだろ? 俺は、お前と同じで……馬鹿、なんだ……だからさ、俺は、お前達のこと、嫌いになれないんだ。悪い子になったって、嫌いになれない。どうやったって、お前は、お前達は、俺の大事な、妹なんだ。アルズ……戦うのは……もう、やめよう?」
涙が、抑えられない。自分の言いたかったこと、それを言えた。魂が求めていた、俺の心の奥底で、ずっと言いたかったこと、それを言えたから。
「う、ひぐっ、ぐす……にぃに、敵わないなぁ。ウチ、馬鹿みたい──」
「──えっ!? ジャンさん!? なんで泣いて、エルを抱きしめてるのです!? ん、あれ……? なんか、ジャンさんにキスされたような、されてないような……」
あ……記憶、残ってる感じ? ごめんエル、俺アルズのことしか考えられてなかった……でも、エルが正気に戻ったってことは。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ! ジャンダルーム! あんたエルに! ロリコンだったの!?」
「ちげーよ馬鹿」
エローラも正気に戻った。
【お兄ちゃん、お兄ちゃんがアルズを、説得してくれたんだね。わたし……わたしのせいで……だから──】
「分かってるよ。言えないよな、俺に嫌われたくなくて、隠し事をした。お前も、俺がアルズに言ったこと、憶えてるだろ? それが全てだ。さぁ、戦いを、終わらせよう」
テルミヌスが動き出す。俺の意思と一体となって。
『──アルズリップーーーッ!! お前、ボクらを、裏切るのか!! お前はもう、兄ちゃんに嫌われてるんだよ! 大量虐殺に加担した悪党なんだよ!! 今更──』
『ごめんエーレックス。でも、でもね、にぃに、言ってくれた。それでも、ウチはにぃにの、妹だって。だから、もう、やめよう? エーレックス──』
──ガシュゴォオオオン!
「なっ……そんな、アルズ! アルズーーーーーッ!!」
エーレックスは、巨神のその体で、その手に握る二刀の刀で、アルズのテルミヌスを両断した。アルズのテルミヌスは力を失い、地上に落下していった。
『……はぁ、はぁ……キミが悪いんだ。ボクを裏切るから……ボクはディアを殺さなきゃいけないんだ!! じゃなきゃ、ボクは、妹じゃいられなくなる……っ! 兄ちゃんが妹だって言っても、そんなの、言葉だけだ!! 意味なんてない、意味なんてない! もう、嫌だ、何もかも、何もかも! 全部、全部、消えてしまえばいい。ボク、もう嫌だ……生きていたくない、消えたい……兄ちゃん、一緒に、死んでよ!! そしたら、ボク、寂しくないから──』
「──ああ、お前が望むなら、お前と一緒に死んでやる」
『──っ、じゃあ、殺してやる!! ボクと一緒に、死ねばいい』
アルズを切ったエーレックスは、酷く傷ついていた。本当はやりたくないことを、やってしまった。だから、何もかもが、嫌になってしまったんだよな。
【お兄ちゃん駄目! 避けて! 今テルミヌスをコントロールしてるのはお兄ちゃんなんだ──】
分かってるさ。ちゃんとやる。お前らを巻き込むつもりなんてないさ。
俺はテルミヌスを操作して、俺をテルミヌスの手のひらに乗せて、投げた。
俺を殺そうと、二刀の刃を構え、俺のところへ向かうエーレックスに向けて。
『──嘘……兄ちゃん、なんで!! なんでぇ!!』
エーレックスは、刀を捨て、テルミヌスの手で俺を包みこんで、抱きしめる。
「馬鹿が、お前の考えなんて、お見通しなんだよ。悪者になって、俺に殺されようなんて、妹を俺に殺させようなんて、俺に一生の、いや永遠のトラウマを植え付けるつもりか? そんなことになったら、俺はきっと、何度生まれ変わっても引きずるぞ?」
説教をしながら、テルミヌスと一体になっているエーレックスを抱きしめる。
『やっぱ、こうなったかー。でも、今なら丁度いいかもー』
「──は?」
そんな……なんで、エーレックスは戦いをやめてくれたのに……!
ピエルレのテルミヌスが大鎌を振るった。その鎌首はエーレックスのテルミヌスの頭部を断ち切り。
エーレックスを、殺した。俺はエーレックスのテルミヌスと共に地上へと落下していく。
「もう世界の汚染は完了したしーエーレックスの死体も手に入ったからー、ここでディアとお兄ちゃんも殺せるねー。ピエルレの勝ちかもー、さぁ目を開けて、エーレックス」
次の瞬間、エーレックスは虹色の光に包まれた、そして、エーレックスのテルミヌスはピエルレに断ち切られた頭部を手で掴み、元の位置に戻した。
「──ピエルレッ! っく!!」
俺はエーレックスのテルミヌスから跳躍して離れる。そして、そのまま、俺を回収しに来ていたテルミヌス・アルプスに乗り込んだ。
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