時代の寵児
「──お、お兄ちゃん!? 急にいなくなって、急に戻ってきて! もう! わたし、心配でおかしくなりそうだったんだよ!?」
「ご、ごめんディア! どうしても旧世界を見たくなって……」
旧世界から新世界へと認識を切り替え、俺はみんなのいる新世界へと戻ってきた。そしてディアに叱られる。俺は涙目で泣くディアに平謝りし、なんとか落ち着けようと頭を撫でる、が……
「もう! 頭を撫でれば誤魔化せると思ってるの!? わたしはそんなチョロくないもん! お兄ちゃん怒るよ!?」
と、ディアは言うものの、その表情は怒り半分、もう半分が喜びといった感じで、割と誤魔化せているように見えた。そして俺の手を握って離そうとしない。かなり強い力だ、俺の腕力ではとても振りほどけそうにない……痛くはないけど。
「見てきたのか旧世界を、全く……戻ってこられるかの保証もないというに……衝動に身を任せるのは己が身の破滅を招くことになるぞ。なるほどジャンダルーム、お前はイモートの兄というだけでなく、お前自身が特別な存在でもあるようだ。旧き世界を見て、お前はどう思った」
アグニウィルムは俺を試すように大きな頭を俺の目の前まで持ってきて、俺の目を真っ直ぐに見る。すごい迫力、というか鼻息だけで体がよろめきそうだ。
「この世界は危うい、いつ滅んでもおかしくなかった。それが、はっきりと分かったよ。俺達は、あの旧き世界を支える彼女の、彼女の夢の中で生きる住人に過ぎない。夢が終わり、彼女の目が覚めてしまえば一瞬にして消え去る。そんなことを、この世界の殆どの存在は知らないんだ。大地が腐り、生物どころか精霊も神も生きられない世界、空間も星の巡りも狂った死の世界の上で、俺達は、生きているんだ」
「え……? ジャン兄さん……それは、本当なの? 僕には、にわかには信じ難いけど……デスランドを攻めてくるっていうダモスには、ジャン兄さんの妹が、イモートの種族がいるんだよね? じゃあ、ダモスを退けたら、この世界を壊す可能性があるんじゃ。そんな状況じゃ戦うことなんて……」
「オーブ、その心配は無用だよ。ダモスにいる妹と、旧世界を支え、この世界を保っている妹は別の存在だし、おそらく協力関係にない。自衛の為に彼女達と戦ったとて、この世界を人質にとられることはない」
「待て、ジャンダルームよ! イモートがこの小世界に攻めてくるだと!? 馬鹿な、魔神王の眷属による侵攻が激化しておる、この状況でか!? ……認めたくはないが……この小世界は終わりを迎えるようだ。我の子らを、インレーダ達を絶滅させるわけにはいかぬ。閃光石、女王に伝えろ、お前達はこの世界を捨て、新たな世界で生きろと」
「馬鹿な! アグニウィルム様! 我々の忠誠心は己の死、恐れ如きで止まることはありませんぞ! アグニウィルム様がこの世界にお残りになり、最後まで戦うというのなら、我々は絶滅するまで戦うことを選びます」
アグニウィルムは閃光石にそう言われることが分かっていたようで、やれやれと穏やかな顔で呆れていた。
「閃光石、これは命令だ。インレーダ族はイモートと敵対することはできぬのだろう? そういう命の仕組みを持っておる。それ故戦いにならぬ、起こるのは一方的な虐殺であろうよ。我はそなたらを愛しておるのだ。本当の我が子のようにな。だから、そのような終わりを認めるわけにはいかん。お前が認められぬとしても、女王には、インレーダ族にはこの命令に従ってもらう。このデスランドを捨て、新天地を探すのだ──」
「──待ってください。アグニウィルム様、諦めるのはまだ早い」
「……なに? 穢れたナスラムの尖兵が何を言う」
オーブが強くはっきりとした口調で発言する。
「僕の名はオーブドラス・グロール・ダン・ナスラン。ナスラム帝国、そしてグローリー王国の王子です。そして僕は──次の皇帝になる男だ」
言い切った……オーブ、アグニウィルム相手に全く動じず、本心から言い切った。次期皇帝となるのは、自分だと。
「ナスラムの皇帝になるだと? であれば今ここで殺してしまうのが最も賢い選択であろうが!!」
神からすれば生意気な、不遜な態度であるオーブに対し、アグニウィルムは巨大な爪をオーブの眼前に叩きつける。飛び散った岩片がオーブの頬を切り裂く。
「あなたはナスラムを穢れた帝国だと言う。僕はあなたのその言葉を、受け入れる。ナスラム、いや、人間の国家の殆どが、あなたから見れば穢れた、醜悪なものなのだろう。僕も、それには同じ考えです。陰謀に塗れた人間の世界で、その醜悪さを、嫌と言うほどに、見てきたから」
「ならば滅ぶのが道理であろう? 違うか?」
「──僕は人間に絶望していない。滅ぶべき存在だとは思えない。何故なら! 今僕がここにいるのは! 僕を支え、優しくしてくれた、善き人々がいたからだ! 僕の存在自体が、善き人間の実在を証明するものであり、希望はあると、可能性はあると、証明しているんだ。僕は幸運だった。だって誰もが、優しさを与えられるわけではないから。でも、そんな幸運に恵まれた僕だからこそ、できることがある。僕に向けられた優しさを、同じように他のみんな、ナスラムや他の国の人間、それだけじゃない、人間以外の隣人にだって向けることができる」
「世迷言を! 馬鹿げた理想だ、考えるに値しない。人の歴史を見ろ、どこまでも愚かな行いを繰り返し、悪しき人間が同族の良き人間を殺してきた。生きる為に獣に劣る行いをしてきたのがお前達だ!!」
アグニウィルムが激昂し、爪先をオーブの首筋に当てる。あと少し、アグニウィルムが爪を動かせば、オーブはいとも容易く絶命することだろう。けれど、それでもオーブは全く動じていない。
ただ真っ直ぐにアグニウィルムの目を見据えて、アグニウィルムのことを信じているようだった。この龍神は愚か者ではなく、対話が可能な存在であると。
「──だから僕が皇帝になるんだ! かつて、一つの帝国によって、世界が滅びかけたというのなら! その逆のことだってできるはずなんだ! 一つの帝国によって、世界を救えないなんて、誰が決めたんだ! 傲慢なことを言ってる自覚はある。だけど! 価値のあることだ。僕が命を賭してでも、やると決めたことだ。龍神アグニウィルム、僕は、ナスラムは、今まであなた方に行ってきた罪の全てを認める。今まで、本当に──すみませんでした。その贖いを、言葉だけでなく、心だけでなく、行動によって贖わせてはくれないか?」
……これは、やばいな……オーブがアグニウィルムにあってするべきことがあるって言っていたのは、この事だったんだ。ナスラムの罪を認め、アグニウィルムに謝罪すること。
だが、これは……問題だ。オーブはただの王子、しかも皇位継承順位はかなり低い、なんの権限もない。それが、次期皇帝として、アグニウィルムに謝罪する。
力持つ不遜であるべき帝国が、たった一つの小世界の龍神に頭を下げる。それは、ナスラム帝国の歴史からすれば許されざる行為だ。
俺個人としては、オーブは正しいことをしようとしていると、そう思えるが。歴史、国家の観点から見れば最悪だ。でも──
「行動によって贖うだと? っふ、ははははは! まさか、コレほどに酔狂な、清々しい愚か者が、ナスラムから生まれるとはなぁ。良いだろう言ってみろ、どう贖うというのだ」
「デスランドの正当な統治者を龍神アグニウィルムと認め、この地を侵略する者達からの防衛をナスラムが行う。そして、インレーダ族との不戦協定を結び、彼女達との同盟を締結する。この同盟はインレーダの要請によってのみ運用される。つまり、ナスラムの都合で起こる戦いに彼女達が巻き込まれることはなく、ナスラムがインレーダを守る為だけに使われる」
「ほう? 随分とこちらにとって都合の良い話だ。インレーダ族に利用され、悪用されることをまるで想定していない」
「インレーダ族は人間と違って、無駄なことはしない。彼女達と話して、少し観察して分かった。彼女達には個としての我欲がない。自分が得をする為に動くという発想自体がない。無論インレーダ、そしてその仲間全体の利益は考えているが、人間のそれとは質が違う。だから悪用の懸念はないと判断した。それに、この同盟は僕達にも利のあることだ。同盟によって、守護をするということは、デスランドにナスラムの軍を置くということであり、その軍を運用する為の人員、施設の存在を認めるということ。これは現状のナスラムの開拓拠点を維持することができるということで、あなたのアダマスタブレスによって、鉄から変質するアダマンタイトの供給を安定化させることができる」
「なるほど、確かにそうだ。すでにある拠点を活用したほうが早く、同盟がなされれば我の起こす噴石の落下による危機もなくなり、アダマスタブレスの恩恵を効率よく受けられるようになる。こちらが一方的に得をする同盟でも、お前達からすれば、現状以上の結果を得られるわけだ。良いだろう、その契約、結ぼうではないか。オーブドラスといったか、お前を認め、謝罪を受け入れてやろう」
お、おおお! アグニウィルムがオーブを認めたぞ。す、すげぇ……これ、歴史の教科書に絶対書かれるヤツだ……歴史的瞬間だコレ……
「アグニウィルム様!? この男を連れてきたのは某ですが、よ、良かったのですか!? この地を荒らし、憎むべきナスラムを、ここで許して」
「我の憎しみも怒りも、我が子らを想う心とは比べるべくもない。こやつと組めば、お前達が生き残る可能性が生まれる。ナスラムは信用できぬが、この者は信用できる。神故に、我も本性を見ることができる。この男に嘘はない、そして人とは思えぬ程の強大な力を、膨大な魔力をこやつは秘めておる。我は似た存在を知っておる。いつか見た勇者、そして我が殺してきた英雄達。個の武勇によって歴史を変え、動かす者だ。きっと、この清々しい程の愚かさと強さを兼ね備えた存在は、今を逃せば、もう会えぬだろうよ。で、あれば、今が決断すべき時なのだ。皇帝になると言ったなオーブ、我が貴様を皇帝にしてやろう──」
──な!? アグニウィルムが口を開き、真っ赤なブレスを吐いた。ブレスはオーブを包み、焼けて──ない? あれ? ブレス包まれてるはずなのに、オーブは焼けてない?
これは……アグニウィルムの神性の力なのか? 真っ赤な魔力がオーブの体内に吸収されていく。そうして最後に、アグニウィルムがオーブの胸を爪で十字に引っ掻くと、オーブの胸についた傷は瞬時に塞がり、刻印となった。アグニウィルムとの契約……オーブは、アグニウィルムに認められ、その力を得た……そういう、ことなのか? や、ヤバいんじゃないか? これ……
「アグニウィルム様、こ、これはいったい……なんだか力が溢れて……僕はどうなって」
「我の力を授けた。お前を進化させ、力を増幅させた。そして、アダマスタブレスをお前も使うことができるようにした。お前は最早、勇者を超える存在だ。ただし、我らを裏切ればお前とお前の子孫、お前がアダマスタブレスを使った者は死に至る。お前は贖うと言ったな、一代の短き命だけで贖えると思うなよ? 3000年だ、我らを苦しめたのと同じ時をお前と、お前の子孫で贖って見せよ。それが叶えば、その頃には貴様の望む、平和な世界が、そこにあるだろう」
「──っ、ありがとう……ございますっ! 僕達人間を、信じてくれて……っ! チャンスをくれて……! 必ず、必ず、いつか、平和な世界をあなたに見せる。僕と僕の子孫達が」
決まりだな、もう次の皇帝はオーブ以外にありえない。こいつを止められる存在が、最早人間の世界にはいない。現代の英雄二人、ナスラム皇帝ロンドアークも、ジーネドレ皇帝イーディナスも。
俺の知る限りでオーブを殺しうる存在はイモート、魔族領の魔王達、そして世界一の魔法使いオードスだけとなった。
そしてオーブはダモスを操るイモートと戦うことになるだろう。ダモスとの戦、それがきっとオーブが死ぬ唯一の可能性だろう。
俺の妹と弟が殺し合いをする未来、認めたくない、けれど、きっと遠くない未来で起こってしまう。
俺は、俺は……どうすればいい? オーブはとっくに覚悟を決めているというのに、俺はまだ迷いの中にある。オーブの真っ直ぐな言葉を、覚悟を聞くと、俺はこいつのことが好きになってしまう。応援したくなってしまう。
どうにかできないのか? 弟も妹も、みんな無事に、傷つかないようにできないのか? 俺は嫌だ……そんなの、嫌だ……
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