表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/142

この大地を支える者



「ありえぬッ!! 人族、愚かなるナスラム子との対話など、何故連れてきた閃光石! 女王も何故許可を出したッ!!」



 指先だけで人の大きさを上回る巨竜の腕が火山の大地に叩きつけられた。その衝撃波が飛んできて、俺は少し体を動かされた。


これが、アグニウィルム、肉体を持たない神と違ってアグニウィルムは実際に発音して言葉を話している。だから巨大な彼が話す度、大気は揺れ動く、怒りの声を上げれば、まるで空間が破れるかのようだ。



 インレーダ族の女王にアグニウィルムと俺達の対話の許可を貰って、その翌日にここ、アグニウィルムの棲家にやってきた。溶岩がすぐ横を流れているのにも関わらず、熱さは感じず、俺達を傷つけることがない。この違和感、生命への配慮は俺がエドナイルでも感じたものだ。神が他存在を許容すると、それに伴って土地の自然も追随する。


ただし、アグニウィルムの恩寵はインレーダ族に向けられたものであって、人間ではない。デスランドのナスラム人開拓拠点に、この優しさは向けられておらず、過酷さだけが向けられた。



「アグニウィルム様、この者は某と決闘を行い、力と心を見せた。対話の価値があるのではないか? そう思ったのです。出過ぎた無礼、こうなっては腹を切るしか!」


「ま、まてまてまて閃光石!! この戯けが!! そのすぐ腹を切ろうとする悪癖は捨てよ! やれやれ……見たところ、お前達の言う至高の方だったか? そこな二人の片割れ、男には忌むべきナスラムの血の流れを感じるが、これはどういうことだ?」



 切腹しようとする閃光石にガチ焦りするアグニウィルム。この対応を見るにアグニウィルムは閃光石をかなり気に入ってるみたいだな。



「俺から説明する。俺の魂は異界よりやってきたものだ。そしてその魂こそが、インレーダ族の創造主、エスフィアの兄の魂なんだ。だから肉体ではなく魂で判断している、ということだ。この世界の言葉で言えば、異界よりやってきた神々、イモートの者達全ての兄、それが俺なんだ。まぁ俺にその記憶はないんだが、どうもそうらしい」


「えっ!? ジャンダルームってそうなの!? えっ、は!?」



 エローラが俺の説明でパニックを引き起こしているが、そういや俺もこいつにちゃんと説明したことはなかった。適当に誤魔化していたというか、説明が面倒だったというか。そもそもエローラは明確な理由もなく、流れのままに一緒にいるだけだからな。



「ふむ……ジャンダルームと言ったか、ならばお前の立場は我と同格と考えよう。実を言うと我は最初、イモートの者達を嫌っておった。奴らは異界よりやってきた侵略者、この世界を己の都合よく変えようとする者だったからだ。しかし、その考えは改めた。それは、今は我らの子となったインレーダ達と出会ったからだ」


「それはどうしてだ? 俺は閃光石があなたの鱗を身に着けていたのを見た。どうしてそこまで、彼女達を気に入ったんだ?」


「イモートは侵略者、それは間違いない。しかし、奴らが来て、この世界はバランスを取り戻し、平穏を手に入れたのだ。すでに壊れていた世界を、修復していた、それが実態なのだ。かつて世界を征服しかけた者達がいる。国の名をエルシャリオン帝国、皇帝の名はバルサーリオット。彼の国の皇帝は全ての人の支配する小世界に毒の魔石を打ち込み、大地を汚染した。その毒はエルシャリオンの者以外にとって有害であり、逆にエルシャリオンの者であれば魔力を高めるものだった。力ある神々もあの毒に抗う術を知らず、力を弱らされた多くの神々は、神の世界に帰っていった」



 エルシャリオンの名が、ここで出てくるのか。毒の魔石? そんなの初耳だ、エルシャリオンが邪悪の技法を使っていたという記述は見かけたことがあるけど……毒の魔石による小世界の汚染だったのか……当時の人間はエルシャリオンが何をやっていたのか理解できてなかったのかもな。ただ、エルシャリオンが何かをしているのは間違いない。それだけが分かっていたんだ。



「このままであれば、エルシャリオンによって世界は完全に破壊されるはずであった。そんな時、現れたのがイモートの者達だった。異界の存在である奴らにエルシャリオンの毒の魔石は効かず、それどころか対抗する術を全ての存在に教えた。大地の汚染を浄化し、エルシャリオンを対話によって止めようとした。しかし傲慢な皇帝は平和を望まず、イモートと敵対した。そして帝国はイモートの一人、ジーネットリブによって滅ぼされた。しかし、巨悪が倒れた後の世界はすでに壊れかけていた。毒の魔石による汚染は、小世界の深部、大地の深くまで達していたからだ。毒によって世界の法則は乱れ、精霊と神は病となった。この状況を打破する為、イモートは大世界に散らばり、各地の力ある者と協力し、世界の復興を始めた」


「世界の復興を? 妹達が? 世界を自分達にとって都合よく変えるにしても、崩壊した世界ではそれもできない、そういうことか?」


「無論、それもあるだろうな。己の都合もあるのだろう、だが我もまた、奴らによって命を救われた。それもまた、事実なのだ。我は肉の体を持つ龍神ゆえ、毒の影響を強く受けていた。その我を癒やしたのは、エスフィアの子、インレーダの者達なのだ。我を恐れ、誰も寄りつかなかったこの土地に、危険を承知でやってきた。人知れず病に苦しむ我とこの大地を、インレーダの者達は癒やしてくれた。愚かな人の子は知らぬだろう、すでにこの世界は、イモートによって救済されていることを。今も大地の奥深くで、世界の浄化を続けていることを。今命があることが、侵略者の献身によるものだと、誰も思うまい」



 今も大地の奥深くで……? 今も、俺の妹が……この世界を支えてるっていうのか? ……俺とまた会いたくて、一緒に生きる為に、そこまで……



「アグニウィルム、毒の浄化とはなんだ。どうやって浄化しているんだ?」


「言葉だ」


「言……葉?」


「お前達が扱う共通語、あれを創ったのは黒き魔術師、またの名をジーネットリブ。イモートにしてジーネドレ帝国の絶対神。ヤツは汚染された世界を上書きする為、新たな言葉による新世界を生み出した。エルシャリオンの毒は概念を汚染した。それ故、まだ毒に侵されていない概念、言葉の世界を必要とした。だからヤツは新たな共通語を生み出したのだ。言葉というものは存在の認識に関わる因子、世界を定義する為のルールだ。神という自然法則の体現者が意思を持ち、認識を持つこの世界では、言葉の持つ力は強い。しかし、その言葉が汚染されてしまえば、神の力もまた衰える」


「そうか……神々も、人と関わるために言葉と繋がる。人が言葉で認識し、表現するから、仮に神々が言語を扱わなくとも、それを解釈する人間側が汚染された言語で表現する。そして不完全な力がさらに汚染を広げる……じゃあ共通語には、エルシャリオンの毒に汚染されない仕組みがある、ということか」


「ああ、異界の存在が齎したものであり、共通語の概念核に異界の神性が刻んである故な。その神性の刻印が、浄化の力を放ち、世界を癒やしておるのだ。ま、早い話、インレーダの者達が我に共通語を教え、我は汚染の影響を受けなくなったということだ。ただこれは、皆が新たな言葉の世界に移動しただけだ。根本の世界は今も大部分が汚染によって腐っておる。我々はそれを最早認識できないが」


「じゃあ……エルシャリオンの言葉を使えば、その世界を認識できるのか?」


「可能だろうな。古代エルシャリオン語を使い、旧世界の認識を望めば。最も、古代エルシャリオン語は完全に廃れ、誰も扱えぬだろうがな」


『──旧世界よ、真実の姿を見せよ』


「馬鹿なっ!? その言葉を何故、何故? ジャンダルーム、お前はいったい──」



 俺には古代エルシャリオン語が分かる。そして汚染された旧世界があることも知った。だから俺にはその世界が見えるはずだ。そして、この旧世界には、アグニウィルムの言葉が事実なら……俺の妹がいる。汚染された根本の世界を修復する為に……



『みんな見えなくなっちゃったな。そうか、旧世界に俺は移動できたのか』



 俺が旧世界の認識を望み、言葉を口にした瞬間、俺の周りには誰もいなくなった。けれど、この場所は間違いなくアグニウィルムの棲家だ。地形も全く同じ、けれど……空はモイナガオンで見た青き炎のように真っ青で、大地は化学薬品のような刺激臭を放っている。


そして──球境は溶けて小世界の境界が癒着している。不完全な形で小世界同士が融合している。火山の上にいるから、それがはっきりと見えた。



『汚染によって旧世界は一つになった。そういうことか? 世界支配を企んでいたエルシャリオンからすれば、この方が支配しやすかったんだろう。本当に誰もいないな、動物も植物もいない。言葉を扱わないはずの存在も、全て新世界に移動したってことは……旧言語から共通語に切り替わった影響が人から神へ神から自然へと波及して……』



 誰もいない中で、誰かに俺の言葉が聞こえていないかと、そんな期待を込めて、俺は独り言を口にする。けれど、あるのは静けさだけで、反応は何も無い。



『真っ青な空を貫く赤色の光、あの光の柱がきっと……双眼鏡でも、光の発生源はわからないよな。でも方向ぐらいは』



 俺は双眼鏡を取り出し、赤い光の柱を覗き込んだ。やはり根本は見えない。でもこれは……方向的には──



『──ジーネドレ帝国。エルシャリオンが滅んだ後、それを埋めるように出来た大国。あの赤色は……ジーネの、色だ……お前は今も、この世界に……いるっていうのか?』



 この旧世界で、俺の問いかけに言葉を返す者がいるとすれば、それはきっとジーネ、なのだろう。


ディアによれば、妹達は基本的にこの世界の外、次元の狭間にある超次元艦隊に本体を置き、影のようなアバターだけをこちらの世界に送り込んでいる──と、そう言っていた。


だけど……なんとなくだけど、ジーネは、違う気がした。単に自分の影をこの旧世界に送り込むだけで、汚染された世界を浄化することなんて、できないんじゃないか? 俺はそう思った。



 あの時……エドナイルで、ジーネが俺を助けてくれた時、ジーネはどこからともなく、突然俺の前に現れた。


そして、彼女は魔術を使い、ディアのような異界の力を全く使わなかった。違和感だ。


ジーネがディアと同等の存在であるなら、たとえ影であっても、魔術以上のものが扱えたはずだ。



『本体、もしくは力の大部分を世界の修復に使っているとすれば、戦闘能力の低下はありえる。突然現れたのも、俺のように認識の切り替えによって新世界と旧世界とを移動したのなら説明がつく……そして新世界ができた今でも、旧世界を修復しようとするのは……根本の旧き世界が崩壊すれば……新世界も滅びるからなのか? だとしたら……だとしたら、あの子は……世界を続ける為の、犠牲なのか……?』



 俺は知らなかった。何も分かっちゃいなかった。俺の命が、夢が、何もかもが、妹の献身、愛によって支えられていたことを。


それを自覚した時、俺の目から涙が溢れていた。






少しでも「良かった!」「続きが気になる!」という所があれば


↓↓↓の方から評価、ブクマお願いします! 連載の励みになります!


感想などもあれば気軽にお願いします! 滅茶苦茶喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ