一つの勇気
「閃光石、俺達がアグニウィルムと会うことってできるか?」
「に、ジャン兄さん何を言って……!」
オーブが狼狽えながらも俺を止めようとする。オーブからすればアグニウィルムのいる場所なんて敵の本拠地のようなものだしな。でも、俺とディアは虫人、インレーダ族にとって特別な存在だ。俺達がいれば……人と虫人達、両者の広がりすぎた溝を、どうにか埋める、突破口になれるかもしれない。
まぁ、虫人よりも人間の方が厄介かもしれないけど。オーブなら、それもできるんじゃないかと、俺は思ってる。
オーブは若く、まだ虫人や竜神アグニウィルムへの偏見、考えが凝り固まっていない。だから、彼なら平和的な選択をすることだってできるかもしれない。実際、オーブは閃光石がアグニウィルムから鱗を貰っていたことを見てショックを受けていた。それは虫人とアグニウィルムの関係が、ナスラム帝国にできたかもしれない可能性だったからだ。
あの鱗は、虫人と人間族、両者のどちらが愚か者なのかを、オーブに見せつけたようなものだ。
「至高の方々とエル氏、エローラ氏までならば可能ですが、そこの敵対種二人は厳しいかと。ディア様がご命令くだされば、我々はそれに従うでしょうが……アグニウィルム様はそれで納得はしないでしょうな」
「なら、どうすればオーブとアグニウィルム、インレーダ族との対話が可能だと思う?」
「……そうですな、そこな者達の手足を拘束し、身動きができない状態であれば現実的に可能かもしれません」
「ふざけるなっ!! それではオーブ様を御守りできない!!」
オーブの護衛のモドリーが激怒する。まぁ、そりゃそうだな……この条件だとちょっと厳しいな。
「モドリー! 僕はそれで構わない。君達と、アグニウィルムと話をさせてくれ」
「何……?」
「お、オーブ……」
オーブ、お前……もう立ち直ったのか?
「なりません! オーブ様! 考え直してください!!」
「モドリーは黙っていろ! 閃光石! 俺達を拘束してくれて構わない、ただし、俺達を必ず無事に拠点まで帰すことを約束してほしい」
「……なぜだ。なぜお前は今更我らと対話をしようと言うんだ」
「お前達がアグニウィルムから鱗を貰うまでの関係性を築けたのだとしたら。そんなお前達を排除しようとしたかつてのナスラム人達は、アグニウィルムからすれば悪党だ。可愛がってた領民が傷つけられれば、僕だって怒る。それと、同じことなんだ。本当はかつてのナスラム人だって、分かってたはずだ、誰が愚かで、悪党だったかなんて」
そうか、オーブはアグニウィルムが虫人、インレーダ族達を束ねる領主と捉えて、相手の立場を考えたのか。上に立つものとしての考えが、そう作用するのか。
「そうだ、愚かな人間、いや、オーブ。お前達人間は平和的な交渉を望んだ我々を一方的に襲撃し、自ら平和の道を閉ざした。虚偽、欺瞞、傲慢に満ちた貴様らは……約束を、いつか自分が破る為のものだと履き違えている。勝てばすべてが許されるとな。信用ならぬのだ、人間という存在が」
「そうだな……だとすれば僕達に足りなかったのは勇気だったんだろう」
「勇気だと? 何を言っているッ!」
「──己の過ちを認める勇気だ。僕には分かる。なぜ、ナスラム人がその勇気を持てなかったかが。僕はグローリーの王宮で、嫌と言うほどに見てきた。己の過ちを認めるどころか、それを覆い隠す為、さらに悪道を突き進む者達を。彼らは保身とプライドを履き違えた、正に傲慢な者達だった。僕は、そんなあいつらが嫌いだった、ああはなりたくないと、そう思った。だけど、だけど人間だって、悪いやつばかりじゃないんだ。だから、僕は今も人の心を持っていられる。僕に優しくしてくれた人がいたから」
そうか、オーブは……グローリーの権力闘争、オーヴィアと反オーヴィアのドロドロの争いの中で、人の愚かさを見てきたから……なのに、この子は、まだ人間に絶望しないでくれている。
俺だったらどうだろう、そんなことができただろうか? 人の悪意の中で人の心を保つことができるのか?
「悪意で世を満たそうという者がいるのなら、良心を持ってそれに抗う者もいる。僕は、抗って生きると決めた人間だ! 故郷を出た時、逃げるしかなかったあの時に、僕は心に誓いを立てたんだッ!! 僕はこんな理不尽に、悪意に負けてなんかやらない、悪意があれば、それと同じ数の善意で、抗うと! 僕は、この世界を愛したい! 僕を守ってくれた、優しくしてくれた人たちが住む、この世界を。だから僕は、アグニウィルムと会ってやるべきことがある。閃光石、僕達をアグニウィルムと会わせてほしい!」
お、おおお、オーブ……こんなの、もう……領民に好かれないわけがない。真っ直ぐに本心からこんなことが言える全力な若者、希望を見ない方がおかしい。
「言葉ではなんとでも言える」
「貴様! オーブ様の意を無碍にするというのかっ!」
「黙れ端女風情が! オーブ、貴様の言葉が真か、刃を持って試してやる。決闘だ、もしも貴様の言葉が虚偽であると、某が感じ取れば、そのまま貴様を叩っ斬る」
「いいだろう。武人ならば刃で語ろうのも一興、勝負だ! 閃光石」
モドリーは嫌そうな顔を一瞬したが、意外にもオーブの決闘を止めることはなかった。主の意を汲んだのか、それとも主の強さを信じているのか。
ともあれ、決闘は始まるようだ。もうここら一帯の空気感はがらりと変わってしまった。ピリついた静寂は、荒野を戦場へと変える。
俺達はモドリーがオーブと閃光石達から離れていくのを見て同じ距離だけ俺達も距離を取った。結構、離れたな……200mぐらいか?
「我こそは誉れ高きイムトの車輪、インレーダ族の防人! 豪嵐の閃光石なり! いざ参る!!」
「──っ!」
閃光石の大声な名乗りが響き渡る。それは決闘の始まりを告げた。
──閃光、そう言い表す他に形容できない瞬足が、オーブドラスを突き殺さんと迫る。閃光石の背面にあるジェット推進による発光が光の筋となって、加速力を彼女の二刀の刃へとダイレクトに伝える。
オーブはそれを避けることもなく──弾いた。当たり前のように、微動だにせず、剣で弾いた。鳴り響く剣撃と共に、閃光石の顔つきが変わるのが見えた。
どう見ても普通は死ぬ攻撃だったが、彼女にとって、アレは小手調べだったようだ。
「なるほど強い!! なら殺すつもりで問題ないなァッ! せやあああああああ!!」
閃光石が加速のギアを上げる。ジェットエンジンの爆発音が大きくなり、そこから漏れ出る光の雰囲気が変わる。青白い光の先端が拡大しオレンジ色に変わる。その大きな光の翼はまるで蝶か大鷲のようで、大気を巻き込み、燃焼している。
──っ、熱い、こっちにまで熱が伝わってくる。オーブは、もっと熱いだろうな。
閃光石の鋭さを増した二刀の剣が隙のない連撃となってオーブを狙う。オーブは連撃を避けて、弾いて対処する。今のところ全てをいなしているが、オーブの表情に余裕はない。
どこかで、攻撃に転じなければオーブは死ぬ。俺でも分かるなら、オーブが分からないわけがない。そう俺が思った瞬間にはオーブが刃を返した。
──コーン。
オーブが閃光石の右手の刀をカウンターで弾き飛ばした。しかし、相手が高速で飛行できる相手では大した問題ではない。閃光石は刀が弾き飛ばされた瞬間には跳躍し、あっさりと弾き飛ばされた刀をキャッチして、そのままの勢いで振り下ろしによる回転二連撃をオーブに仕掛ける。
だが、その瞬間、オーブが微かに笑ったのが見えた。俺が「なんで?」と疑問に思った頃には、それが何故か、現実に答えは反映された。閃光石の空中からの地上への急降下攻撃、オーブはその加速力を利用した。閃光石の攻撃をスレスレ躱すと同時に跳躍し、身を捩って回転蹴りを閃光石の背面に叩き込み、大地に叩き落とす、否、大地に突き刺した。
そしてオーブは大地にめり込み拘束された閃光石の首筋に剣を当て、勝利を宣言した。それを見て俺達はオーブ達の所へ駆け寄っていった。
「イタタタ……某の負けにござるな。まさか蹴りにやられるとは……剣でやられていれば死んでいたか」
「剣じゃあの威力は出せないよ。不安定な姿勢からの僕の剣じゃ、君の装甲は貫けない。でも僕のアーマーブーツなら重くて硬いから威力出せると思ったんだ。ほら、これアダマンタイトが仕込んであるから」
オーブが靴裏を閃光石と俺達に見せる。うわ、マジだ……つま先と踵に黒っぽい金属、これアダマンタイトだ。ブーツの他の部分も黒く塗装されてるからよく見ないと分からないな。
「それよりも閃光石、君は殺す気で行くぞって言ったのに、手加減をしていたね?」
「なぜだか気乗りしなかった。そうしたら無意識に某も加減してしまったようだ。お前に剣を耐えられる度、お前に見られている気がした。技を見るという意味ではない。我らと、インレーダ族と向かい合おう、そんな感じがしたのだ。剣で、話を聞こうとしていた」
「ははは、まぁ限界が来て、反撃もすることになったけどね。確かに途中から君の殺意が失われていくのを感じた。何にせよ納得してくれたようでなによりだ」
オーブが閃光石に握手を求め、閃光石はしっかりと握手を返した。その様子を見たモドリーが誇らしげに俺達にドヤ顔をしていた。
「ディア、オーブの剣をどう思った?」
俺はディアと二人、少しみんなから離れて、話をする。誰にも聞かれないように。
「地味だけど強いねぇ。どっしり構える一撃の重いカウンタータイプで、ロンドさんとは全然違う太刀筋だった。あれがグローリー流だったりするのかな?」
「いや、そうじゃなくて、ディアはオーブを殺さずに無力化できると思うか?」
「え? お兄ちゃん、何言ってるの? まぁできるとは思うけど、大怪我はすると、思う、かな?」
「そうか……それはキツイな。いいかディア、オーブは善良とか、そういうレベルの男じゃない。正義の男だ、あいつが人の為に行うことは正義として、肯定されるようになる。だとすれば、いずれ……俺は、あいつと……」
「お、お兄ちゃん? 急にどうしちゃったの? らしくないよ? お兄ちゃんはオーブのことを認めてて、仲良くしたいんでしょ? なのにどうして……」
「俺が──正義の為に生きてはいないからだ」
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