怪物
大世界オトマキアの中心にある小世界ジャーデア。平原の広がる牧歌的なこの小世界には牧畜と服飾、二つの生業だけが栄え、人々は慎ましく暮らしている。
裕福ではないが不幸せな者は一人もいない。平和な風が吹くこの小世界に、異物が一人紛れ込んだ。
「ねぇ、預言者ハノンがどこにいるか知らなーい?」
冒険者ギルドの首領、オードス・カギュー。彼女はジャンダルーム達がエドナイルを出てから二ヶ月間、ずっとこのジャーデアで人探しをしていた。探し人は彼女が街の住民に訪ねた者、預言者ハノン。
しかし、オードスは未だにハノンに繋がる手がかり一つすら見つけられない。普通ならこの場所にハノンが存在しない可能性を考え、諦めるなり仕切り直しを考えるものだが、オードスにはどうやら確信があるようだった。このジャーデアに預言者ハノンはいると。
「やれやれ、どうにも遊ばれている気がするなぁ。面倒になってきた──」
「──おっと、ワタシよりも年上のお嬢さん、探し人はこちらですよ?」
オードスが腕に魔力を込めた所でその男は突然出現した。ボロ布を着込んだ褐色の初老の男。
「おいハノン! オレから逃げ回りやがって! いるならさっさと出てこいよ!」
「やれやれ、これだから短気な人は嫌なんです。本当は今のあなたに会いたくなかったんですが、これ以上怒らせると、ここを更地にされそうでしたからね。致し方ない……じゃあワタシの家で話しましょう。ついてきて」
ハノンはそう言うと出店のお土産屋の胡散臭いババアの商品の一つ、明らかに不味そうなヤギ肉の干物が詰まった瓶を開ける。
するとハノンはビンに手を突っ込み、そのままビンの中へ吸い込まれていった。
「なるほど、これは見つからないわけだよ……」
オードスもハノンに続きビンの内部へ吸い込まれていくと、そのビンの蓋を出店のババアが閉めた。
「空間魔術の中に豪華な家でもあるのかと思えばボロ屋じゃねーか!」
「だって豪華な家って無駄でしょ? むしろ不幸だ、だって失う恐怖が生まれる」
ハノンの家は家畜の小屋と見紛う、否、家畜の小屋よりも粗末なボロ小屋だった。ハノンはオードスの家の中へ案内すると、部屋の中央にある大釜から謎の薬草がプカプカと浮かぶ煮汁をコップへとすくい、オードスに手渡した。
オードスは心底いらなそうな顔をしたが、当のハノンはそんなことはまるで気にせず、喉を鳴らしながらゴクゴクと、うまそうに煮汁を飲んでいた。
「ゴクゴク、見た目は悪いけど、思ったより味は悪くない……」
「いやこれ、一般的には不味いですよ? ワタシもあなたも心を痛めているから、これが美味しく感じるんです。ワタシは預言者ですから……全部分かってたんですよ。あなたがここに来るのも、なぜワタシの言葉を求めたか……あなたがここに来ると分かってから、ずっと悩んで、悩んで、頭が痛かったですよ」
「ふん、じゃあこれはオレの薬ってわけねぇ~ま、全部分かってたっていうなら話は早い、オレが聞きたいこと、分かってるんなら、話してもらうよ」
ハノンは心底気重そうに口を開きはじめた。
「あの青年のことは気にしない方が良い。何も良いことがない、あなたも彼も、不幸になるだけだから」
「おい、オレがそんな言葉で納得できないことも“理解ってる”よな?」
「あーもう、やだやだ……ワタシは本当のことを言ってるんですけどね。ま、一つの疑問に答えるぐらいはいいでしょう。彼がエドナイルで命懸けの戦いをしたこと、それを彼の妹が許容したことが納得できない。それがあなたの疑問だ。彼の妹があれだけの力を持つのなら、彼がその段階になる前に予防──敵対者を一方的に消滅させられたはずだ、あなたはそう思っている」
「そう、何も危ない橋を渡る必要はないんだよ。あの妹に、オレは狂気を感じてる。兄の為ならばなんでもやる。それこそ、突き詰めれば兄以外の全てを滅ぼすことを肯定するようなねぇ……そんなヤツは、例え兄が望んだとしても、最愛の者の死の可能性を許容などしないんだよ」
「まぁそうね、オードス、あなたの認識は概ね正しい。しかし、少し間違っている。かつてはそうだった、こう表現するべきなんだろうね。彼女は兄の望みを叶えるつもりだよ。もし命懸けで、兄が何かを成そうとするなら、彼女も最後まで共に在り続ける。死ぬ時は一緒だとね」
オードスはハノンの説明に納得しない。まだ違和感を拭えないでいた。
「覚悟を決めたとして、失う恐怖に、心掻き乱されない事なんてできるのかな? あいつは、ディアはそんな強い存在には見えないけどね」
「……あまり言いたくはなかったんだがね。彼の運命を監視する者がいる。そいつは、ワタシのこともあなたのことも見ている。その者が、彼を死から遠ざける。それがこの大世界オトマキアに追加された最後の法則なんだよ。彼が死ぬ時、その者は、彼の死の因果を否定し、彼の死をなかったことにする。過去、現在、未来、全ての時の中で、そう在り続ける」
「は……? 待てよ、じゃあ何か? ディアくんは、ジャンダルームくんが運命の女神のようなナニカに守られて死なないと知ってるから、兄の無謀を許してるっていうのか? そんな、馬鹿げた話が……世界法則にそこまでされるあいつは、ジャンダルームくんは一体、何者なんだ……」
「ただの男、いや兄だよ。彼はそれほど特別な存在じゃなかったけど、運命がそれを許してくれない。ただ、それだけなんだよ。ワタシからすれば、彼はお人好しの愚か者で、同時に賢者でもある。彼は賢い、何故なら自分がどうすべきかを考え、それが分かるからだ」
「ジャンダルームくんが賢者か……ならオレは愚か者だねぇ。そう、まぁ大体納得したよ。じゃあ帰るね」
「あ、ホント? そう、じゃあ元気でね」
オードスが小屋を出ていった所でハノンはホっと一息ついた。面倒で危ない客人がやっと帰ると安心していた所だった。
「──なるほど、ハノン。やっぱりここから先の未来は見えないみたいだねぇ?」
「──ッ!!? オードス、なぜ……っ」
小屋から出ていったはずのオードスは、気づけばハノンの背後に立っていた。目を見開いて、ハノンの肩を握りしめ、そのまま腕を彼の首へとすべらせて、指を首に押し込んでいく。
「オレは嘘が分かる。お前、オレが本当に聞きたいことを話さなかったよねぇ? だから、当然、オレはそれを聞きたがる。なのに、お前はオレが帰るフリをして安心してた。つまりさ、お前、もうここから先の未来が見えてないんだ。オレに、見えないようにされたからだ。オレの魔法、混乱の魔法で。未来視は精神を研ぎ澄ます必要があるんだろ? 混乱状態になったら、もうできない」
「ぐ、あ……執着をやめろ、オードス! 関わる者全てを不幸にしたいのかっ!? その執着の先に幸福はない」
「黙れよ!! 最近もう、オレ、おかしいんだ。なんでかな、懐かしい感じがずっと、するんだよ。ジャンダルームくんが死にかけた時、懐かしい感じがした。先生が、どこかにいる気がするんだよ」
オードスが先生と、そう呟いた時、ハノンはオードスから目を逸らした。そしてハノンはすぐに後悔した。オードスから目を逸らした事を。
「──やっぱり、やっぱりそうだったんだ。ジャンダルームくんは先生と繋がってるんだ!! 彼からは先生と同じ匂いを感じてたんだぁ~! オレが彼のことを好きになるのは当然の話だったんだ。ジーネ先生、やっと、やっと会える。オレを捨てた、愛しい先生。もう二度と離れない……もうオレを捨てられないように、オレと先生を縫い付けるんだぁ~っ! アハ、アハハハハッッ!!」
オードスの敬愛する“先生”それはジャンダルームの妹の一人、永遠の神ジーネットリブだった。万年の間、愛しい先生を求めて彷徨った旅人は、ついにジーネと再会する為に必要な鍵を見つける。
「すまない……ジーネ、そしてジャンダルーム……ワタシは、秘密を守れなかった……怪物はずっといたんだ。この地上にずっと……それが、目覚めてしまった……」
オードスにとっては世界の全てがどうでもよかった。二つの例外を除いて、例外は敬愛する先生ジーネと、友であり愛する男でもあるジャンダルーム。
彼女が世界に関心を持つとすれば、それはその例外を介してであり、関心がなければ、彼女は世界にとって無害でいられた。
しかし、例外を手に入れる為、オードスは世界に関心を持ってしまった。利用するべき道具として。
彼女にとっての世界とは、愛を燃やすための燃料でしかない。世界最高の魔法使いは愛に薪をくべる。世界を、命を。
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