言葉の神
ゴールドテンパランスの球境を通り、俺は、俺は……オールランドへと、たどり着いた。たどり着いてしまった。
これまでの旅がこれまでだったから、球境に入って、もしくは球境から出た時、何か問題が起こるんじゃ? そんな漠然とした不安というか、ある意味での俺の運命への信頼があったのだが……もう、本当に杞憂だった。
オールランドにたどり着いて、そこにあったのは──感動。
己を忘れる程の絶景だった。
精霊の光の筋が大気を泳ぐ、優しい暗闇の世界。太陽も星もない、目で歩くことができない、夜の世界、しかしこの世界を、俺は理解できる。目で見えるわけじゃない──聴こえるのだ、全てが。
ここに道がある、ここを歩くといい、“道”が俺に優しく、囁く。
私は岩だ、躓かないように注意しておくれ、そう“岩”が俺を気遣う。
このオールランドの全存在が、俺に語りかけてくれる。だから、俺はこの小世界を進める。まるで、耳が目になったようで、存在の声が、幻想の視界を、頭の中に浮かべていく。
実態を捉えられないのに、だんだんと見えてくる。俺の妄想のはずだが……しかし、もう、はっきりと見える。まるで、最初からこの世界には太陽に照らされているかのように。
「──おや、もうここまで来たのか。君を待っていた稀人の男、今は、シャンカールだったね」
声をかけられた? いや、声は声だが、音じゃない……だけど、話しかけられた? 俺は声の主の存在を感じた方向を見る。え……? 俺が通ってきた方、俺振り返って……る?
「あ、あなたが、生き神、言葉の神……アーレンストラ!!」
「ああ、そうとも。確信を持てない者に我は見えぬ。見つけてくれてありがとう」
俺が見たアーレンストラ、正確に言えば俺が脳内で勝手に妄想したアーレンストラになるんだろうが……俺が認識したアーレンストラは、緑色の肌をした、大鴉の頭をした少年だった。
「え……? ちょ、あ、え……? ま、待って!? 一体何が何やら、ああ、色々聞かなきゃ、ていうか俺、俺はどうすれば……」
「ははは、そう慌てる必要はないよ。我はずっと、君の事を見守っていた。実際には聴いていたから、聞き守るになるのかな? ははは! だから、知ってるよ。君の望みを、さぁこっちに来て、言葉の神の祝福、加護を君に与えよう」
「え!? なっ!? い、いいんですか!? 俺、俺……あなたに何もできていないのに、そんな一方的に貰っちゃって!? え? あ、そっか、そうだよな。今から契約して、あなたの為に何かをしなきゃいけないんで──」
「──いらないよ。君は我に何も与えようとしなくていい。もう十分君は、我を癒やしてくれた。我を見て、心を通わせてくれたのだから」
ど、どういうことだ? でも、ヤバイ……これ、アーレンストラが本当にそう思っているのが分かる。魔族語も嘘をつけないし感情を音に乗せていたから、アレも心の言語だったけど、これはそれを更に発展させたような、そんな印象を受ける。
「君は魔族領を旅してきた。ならば疑問に思わなかったかい? 君が出会った多くの神々は肉体を持ち、生きていた。けれど彼らは、我のように生き神とは言われていない」
「あ、確かに……みんな生きてる神なのに、誰もそう呼ばれてなかったな……」
「実は、我も、かつては肉体を持った、ただの人間だった」
「えっ!? に、人間!? 魔族ですらなく!?」
「うん、人間、と言っても、魔族が生まれるよりも昔の、古い人間だけどね。そんな古い人間が、古の戦で命を落とし、どういうわけか、精霊となった。その精霊は戦の大火を生き延びた、小さな小さなイチジクの若木に宿り、長い時をかけて、木人、トレントマンとなった。まぁ、人間風に言えば、魔族になったということ」
さらっと言ってるけど、人間が精霊になって木に宿ってトレントマンになるって……相当だよな。だって、死んでも自我を保って精霊になって、精霊になってからも長い時の中で、魂を摩耗させずにずっと、生き続けてきたってことだろ? この御方は、この人はきっと人間のきっと、凄い人だったんだろうな。
「我は魔族になって、やがて神となった。最初はただの言葉の神だった。シャンカール、君が旅の中で見てきた肉の体を持つ神々と同じ存在だった。でもね、我が、自分自身が、己を知らなかった。我は好奇心が旺盛で、人々に尽くすのが好きだった。それが、よくなかったんだ」
「え……? 人々に尽くすのがよくなかった……? それって変じゃ」
「我の旺盛な好奇心、人間であった頃から続く、前進しようとする心が、人々を助けようとする心が、我の魂を研ぎ澄まし、神格を、一段、上げてしまった。神格をあげた神は、もう君なら察しているだろうね──肉体を失う。神格が上がると、遠い神の異界、肉体のない世界へと存在が移ってしまうからだ。我は言葉の神、生きた概念そのものになってしまった」
「概念、そのもの……? そうかじゃあやっぱり、実体はないんだ。概念となってしまったら、滅ぶことがない。あなたは永遠に生き続ける。きっと、人や魔物が全て滅んでも、神々の世界で、あなたは生き続ける……生きたまま、神格を上げ、生きた概念となったから──“生き神”……後悔が、あるんですか?」
永遠の命が良いか悪いかなんて、俺には分からない。そもそも魔族になったり、神になったりの過程で、人間と感覚が変わってるかもだしな。けれど、アーレンストラの言葉の節々には後悔の色が見える。
「人々を助けたことに後悔はないし、好奇心旺盛なのが我だ。だからどうしようもない事、ただ寂しいのさ。もう君たちに触れられない、我が愛した世界が透けてしまったかのように、求めれば手が空を切る。我は、世界を愛しすぎた、だから、同じだけ、寂しいんだ」
愛し過ぎたから、寂しい……失う悲しみが強くなる……じゃあ、アーレンストラが俺に会って癒やされたって言ったのは……本当に、心からの……
「君は特別だ。君が思っているよりもずっと、ずっと、凄いヤツなんだ。我の声を聞くだけでなく、姿を、見てくれているよね? 我の声を聴ける者は少ない、しかしそんな者達も、オールランドで我に出会うまでに、長い時が掛かる。出会っても、姿は見えないんだ」
「姿が見えない? みんなは、普通見えないの? だってアーレンストラさんは、緑色の肌の、カラスの頭の……というか、概念の神になって遠い世界にいるなら、どうしてこうやって話せて……」
「ああ、本当に……君は、我の姿が見えているんだね。ありがとう、数万年の寂しさが、君のおかげで溶けてしまったよ。これであと数億年は元気でいられる。我が君たちと話せるのは、我が言葉の神だからだよ。我は神の力を音に乗せて、この世界へと伝えているんだ。音、と言っても、実際に音を出してるわけではないよ? 振動や波のようなものだ。このオールランドはかつての我が生きていた場所だから、音が伝えやすい」
つまりあれか、電話みたいな感じか、こっちの世界と神の世界で……じゃあ俺がやってることって、電話の声から相手の姿を想像するみたいなモンか。確かにそう考えると、俺って変かも……会ったこともないのに、勝手に妄想した相手の姿が、実際の姿だったわけだろ? いやまぁ、細部は違うかもだけど……なんだか占い師とか霊能力者みたいだな……
「我は全てを話すことができるが、聞き手がその言葉を理解できるとは限らない。だから結果的に、聞き手が理解できる言葉だけが伝わる。我の方は君たちの全てが聞こえてくるんだけどね。さて、これで君は、我の言葉に、納得がいったみたいだね」
「はい! 実際に顔を会わせて話せるのが、すごく嬉しい! そういうことですね! まぁそうですよねぇ。だって普段は手紙とかでしかやり取りできないようなもので、しかも当人がこの世界を愛して止まないのなら尚更」
アーレンストラが微笑みながらうんうんと、何度も頷く。それを見ると、なんだか俺の方まで嬉しくなってくる。俺、ここに来られてよかったって、本当にそう思える。一瞬、俺が何のためにここに来たのかを忘れるぐらいに。
アーレンストラが俺の心臓のあたりに手を添わせた。俺に加護を与えようとしているんだろう。だったら、俺もそれに全力で応えたい。
「──なっ、シャンカール! 君ってやつは! 本当に! 生き神、言葉の神アーレンストラの加護を、この者に与える。アルピウスの村のシャンカール、そして、いずれ──
──ジャンダルームとなる者。汝を我が“友”と認め、生の修練を無事完遂することを願う。言葉は祝福である。我、汝を祝福し、汝、世界を祝福することを願う。祝福は言葉である。今ここに在りし無限の叡智よ、祝福を聞き届け給え!! ──アレンストラム!!」
どうやら、俺の気持ちはアーレンストラに伝わったみたいだ。実際には俺に触れることができないアーレンストラが俺の心臓のあたりに手を添わせた時、俺は実際に触れた場合の感覚を、想像、妄想して、その感覚をアーレンストラに向けて放った。思念波でも送ってやろうという意気込みで、そしたら、なんと実際にアーレンストラに触れたかのような感触があった。きっとアーレンストラも俺を触った感覚があったはずだ。
「──っぐ!? え? ぐあ、うわああああああああああ!? か、体が、い、いた……!? え? こういう、もの、なんですか!? アーレンストラさん!」
「いやぁ、君があまりにも良い奴だから、流石にこっちも張り切らざるを得ないよ。眷属としての加護ではなく、対等の“友”としての加護を与えた……いや、願ったという方が正しいかな。本来は言葉の神の加護は、精神にのみ作用するものだけど。肉体、魂、魔力、君の全てに神の力で神印を刻んだ。これで君の何かしらが不調になっても、常に全ての言葉を理解する力が使えるはずさ。まぁ、肉体に小さな傷を大量に刻んだから激痛だろうけど」
「な、ぐふぅっ!? るほど、です……めぢゃぐじゃ、いだい……ぐ、あ、ああ、ふぇーーん……うぅ、まぁ、それだけ、効果が、高いっッテェええええ!? もんです、よね?」
「まぁ効果が高いってより、安定するって感じかな。加護の力の効果を高めるのは己自身、君が成長すればその力は強まる。いやはや、本当に、我も君を侮っていたよ。ずっと、君の冒険を見てきたんだけどね。君が人々を驚かせるのを見てきた、けど、ねぇ? ここまで驚かせてくるとは……我、びっくりして、嬉しすぎて、さらに神格が上がっちゃうかと思ったよ。まぁ傷は、ここらを飛び回っている精霊が癒やしてくれるからそこは心配しなくていいよ」
「はは、まぁ、お互い様ってことで……まぁ、こっちは、こういうことがあって、ちょっと安心しましたよ。だってここに来て、悪いこと一つもなかったから、いつ世界が運勢のバランスを取りに来るか、疑心暗鬼でしたから」
マジで、痛い、体、だけじゃなくて、全てが!! 全てが痛い……心、体? 魔力? もう全部、全部痛い、しかも全部、耐えようと思っても耐えられない。痛みに構えても、それがなんの意味をなさない……我慢できない痛みって、やばいだろ!! もう、ずっと痛みで地をゴロゴロ転がって、地面と友達になりそうだ……
「っふ、いずれジャンダルームとなる者よ。一つ、忠告しておくよ。きっと忠告しても一部しか伝わらないだろうけど、それでも言っておく。君には大いなる惑星の如き運命が、迫りつつある」
「……大いなる、惑星の如き、運命?」
「その運命は、決して君を逃がしてはくれないだろう。しかし正面から向き合えば、非力な君は粉々に砕け散り、破滅するだろう。戦いではどうにもならない」
「じゃあ、言葉、ですよね?」
「ああ、よく分かってるじゃないか。全く君は、そのうち絶望とさえ友達なってしまいそうだ。けど、そうなったら、面白い。君が、世界を楽しんで、最後まで生きることを、願っているよ──」
そこで俺は痛みが限界を迎えて意識を失い、そのまま眠ってしまった。
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