油断と闇
エドナイルの兵士に連行され、俺とディアはエドナの砦にやってきた。どうやらこいつらは憲兵らしく、砦には危険犯罪者用の拘束施設があるようだった。なぜそれが分かったかというと、この砦のある一角には俺が古代遺跡でよく見たものがあるからだ。
それは魔力吸収の石版を使った閉鎖空間、この空間に入ると魔力を吸収され、戦闘力が著しく低下してしまう。この世界の人々の殆どは魔法を使うことはできない。しかし魔力は存在し、その魔力を身体強化に使ったり、魔術に使うことができる。
魔力はこの世界の人、というか生物すべてが力を発揮するための根源であり、人々はこれが上手く使えなければ、魔法のない、俺が元いた地球の人間に劣る力しかない。
ちなみに魔術と魔法は何の違いがあるのかって話だけど、魔術とは簡単に言うと自分または自分以外の存在の魔力、機能を解放、使用する技法で、魔術に使用する存在が持つ機能の延長線上にあることしかできない。例えば火を生み出す能力を持つ炉があったとして、これを使って水を生み出すようなことはできない。
魔法はその法則に当てはまらない、異常現象全般を起こす力だ。魔術では魔術に使用する存在が持つ機能の強化、拡張が限界だったが、魔法は違う。存在に元々備わっていない力を生み出させたり、新たな法則を生み出すことができる。魔術が理の延長なら、魔法は理の変質、改変だ。俺も人間の支配する領域での魔法は殆ど見たことない。実際に魔法を見た時は、それは理不尽に感じるようなものだった。
「魔力吸収の間、ここは……待て、お前達、お兄ちゃんをそこに入れることは許さない」
「なっ、歯向かうつもりか! そんなことをすれば、こ、こここ、この国に居られなくなるぞ!!」
うおっ、ディアがまた身体の周囲からバチバチを発生させ、兵士たちを威圧してる……ディアを連行している兵士の鎧がバチバチに弾かれ、穴を空けた。兵士の鎧には紋様が刻んである。魔術によって防御力を強化された鎧だ。鎧の鉄の力を強化することで、靭性や硬度が高まっている。
さらに言うと、この世界の鉄は魔法や魔術への耐性を有している。つまり、鎧はその耐性も強化されているはずなのだ。けれど……ディアの力の前では無力なようだ。なんの抵抗もできていない。
「まぁまぁ、ディア落ち着いて。魔力吸収の間では魔力による外からの干渉ができない。こちらも手を出せないが、それは相手も同じ、危険度はそれほどだ。それに、ディアなら、な?」
「……わかった。でもいざという時は」
ディアはバチバチを発生させる謎のオーラの放出をやめてくれた。憲兵達の誘導に大人しく従い、俺とディアは魔力吸収の間の中にある牢へと入れられた。俺とディアで別々の牢だが、距離は近い。と言っても壁による仕切りがあるため、状況を確認することはできない。
──ビィイイイイイイ!!! ガチャアン!
「お、おまっ、一体何をしとるんだーーー!!」
「こんな壁があったら、お兄ちゃんの状況を確認できないでしょ!? 安心して牢に入ることなんてできない」
ディアが目からビームを発射し、魔力吸収の間の壁を焼いて崩壊させた。憲兵達の顔は恐怖に歪み、冷や汗でびっしょりだ。それもそのはず、ディアは魔力吸収の間の中から、壁を焼いたのだから。
つまり、これはディアの力がこの世界の魔力によるものではないことを意味している。単純な物理現象か、それとも全く異なる性質の力か、それは分からないが、少なくともこの牢はディアにとって何の意味もない。
これはディアから憲兵達への脅しだな。俺に手を出せばいつでも殺せるという意思表示だろう。心配なのは分かるけど、ちょっと過激なんじゃない?
「それにしても、凄い扱いだ。魔力吸収の間を使うなんて、これって凶悪犯罪者とか、災害クラスの魔物に使うものじゃないのか?」
「ふん、しらけるのもいい加減にしろ! 調べはついているんだ。ジャンダルーム・アルピウス。上級冒険者であり、未踏破ダンジョンの複数攻略、複数の国家への内政干渉の数々、軍事行動の妨害。危険人物、この犯罪者が」
あらら、憲兵のリーダーらしき人が凄い顔で俺を睨んでいる。かなり嫌われているみたいだ。
「犯罪者っていうのは訂正して欲しいな。俺の行ったことは、その国では許されたことだ。そもそも軍事行動の妨害だって、敵の偽情報で騙されてたから本当のことを教えて戦闘を止めただけだし。内政干渉は人助けをしてたら有力貴族と敵対してしまっただけ。敵対した貴族はみんなお家取り潰しになったけどな」
「貴様! 笑って言う事じゃないぞ!! お前はまるで、死神だ。貴様が関わった、目をつけられた地域の有力者は皆破滅している。しかもよりによって、お前はこのエドナイルで王家に目をつけている……国を、エドナイルを潰すつもりか!?」
「あんたはどう思うんだ? 俺のことを調べたならわかってるんだろ? その破滅した皆様は自業自得だった、悪党だったってことは。あんたが、本当に王家を信用してるなら、心配する必要なんてない。王家が悪者だって決めつけてるのはあんたじゃないのか?」
「なっ、貴様、言わせておけば!! はぁ、もういい。こちらの質問に答えろ! なぜこの国に来た! 何故王家のことを調べる。国家の転覆を計画してるのか?」
ちょ、質問多いな。こりゃだいぶ動揺してるな……この人も多分、仕事でやらざるを得ないだけで、内心は王家に闇があると思ってるんだろうな。これ以上いじめるような言動はよそう。
「この国に来たのは、ほら古代遺跡がいっぱいあるだろ? それを調査したかったから。王家のことを調べているのは、王家がこの国の歴史へのアクセスを阻んでいるからだ。この場合は王家自体のことを調べた方が、エドナイルの隠された歴史は調べやすい。国家の転覆は考えていない。そもそも統治自体は上手くいってるみたいだし」
「なに? エドナイルの統治は上手くいっている。お前は現状をそう認識しているのか?」
「ああ、過剰な砂魔石採取による環境の変化は問題だと思うが、民の暮らし自体は豊かで、不満もそれほど多くないはずだ。上層から下層まで、それは変わらない。老人や弱者が普通に暮らしていけるだけの余裕がある。俺が見た感じだと、他地域よりも老人や病人が見捨てられていない印象だ。数も多いし、元気だ。他では口減らしに殺されたり追放されたりもよくあることだった。まぁ何より活気があるよ、エドナイルには!」
「そ、そうか?」
お? なんだか憲兵の人の態度が柔らかくなってきた?
「間違いないね。俺が思うに料理が旨くて、人々が集まるコミュニティが活発なのが大きいと推測している。特に下層から中層がよく使っている屋外テントによる大衆食堂、あれの存在が大きい。色んな業種の人間があそこで会話をし、業界の最先端の情報を交換している。もしかして、エドナイルではそういった労働者階級の人々から生まれる仕組みや発明も多いんじゃないか? 環境的にはそういった下地が出来ているが?」
「お、おおお……よ、よく見てるな。よく分かるな、そこまで……そうだ。エドナイルでは下から出てくる意見を尊重し、様々な施策の改善に活かされている」
「はは、やっぱりか! 俺もそうなんじゃないかって思ってたんだよ──」
「──お兄ちゃん!! 息を止めて!! 空気を吸わないで!!」
──パリン、パリンッ! ガシャアアン!
──っ!? 状況を確認する前に俺は息を止める。ディアの指示に従う。息を止めて、改めて辺りを見渡す。俺とディアの牢の床に、割れた硝子瓶と紫色の液体が散乱している。牢の外にも、ディアが迎撃したと思われるガラス瓶の欠片がある。こっちは内部の液体が完全に消滅してるみたいだ。
「──っぐ!?」
毒薬……か? いや、間違いない。身体に痺れが……何がちょっと過激なんじゃないか、ぐ……ディアの心配は、過剰なんかじゃ……なかった。魔力吸収の間の外から、魔法以外での干渉を、行ってきた。
魔力を使わない、毒薬……まずい、このままでは、ディアが。
ディアの方を見る。ディアと俺の目が合う。俺は首を振る。頼む、犯人じゃない、罪のない憲兵達を許してやってくれと、思いを込めた。
「──大丈夫お兄ちゃん。わかってるから」
そんなディアの言葉が聞こえて、それと同時に俺の意識は闇に包まれた。
まぁ流石にね? 大丈夫でしょ。という見通しの甘さで失敗すること、あると思います。
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