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自己の喪失



「これで216回、サンプルは少ないけど統計的には、すでに偏りがかなり出ている。やっぱり、サキュバスが生気を吸うことで得ていた快感は、社会的欲求か。連帯感や仲間を求める心、生気を得るという行為が、狩猟集団の集団への貢献と連帯感となっているわけだ。前に魔王マニュールが言っていたサキュバス族の分析が、そのまま証明されたような形だな」



 あれから俺は黄金郷の魔力料理の技術開発に、積極的な協力をした。サキュバスが生気の吸収する時に得る感覚をサキュバスのシェフ候補達に、魔力料理で再現してもらい、それを俺が食べることで分析を行った。


正直、かなり難しかった。俺がこの料理を食べて感じられるのは微かな感情の動きだったからだ。俺は社会的欲求をあまり求めていないってことなのか……? あるいはサキュバスが人間よりも社会的欲求の快感に対して敏感なのか?


それはともかく、俺は感覚を研ぎ澄まし、サキュバスの快感の正体を突き止めた。



「社会的欲求って人間だと安全や生活の保証がされた後に欲しくなる欲求なんだよな。ようは生物的な食欲が満たされた後に欲する感覚で、そりゃあ人間の食欲とは感覚のズレがある。だけどそれがサキュバスにとっては、重要度が異なるんだ、順番の入れ替えというか……」


「シャンカール、それってそんなにおかしなことなのか?」


「ああ、そうだよ。マルナエス達には分からないかも知れないけど、生物的な観点から言うと、かなり変だ。でもサキュバスが精霊から進化した存在だってことを考えると、納得なことでもある」



 マルナエスも俺と一緒に分析をしていたが、マルナエスも俺と同じく他のサキュバス達より社会的欲求を感じづらいようだった。やはり彼女も変わり者というか、あまりサキュバスらしい存在ではないんだろうな。



「それはどうしてだ?」


「精霊は魔力生命だけど、それは同時に精神生命体の側面が強いってことでもある。精神生命体にとっては感情が重要なエネルギーらしいんだ。俺にはシャドウピクシーの友達が結構いてさ、彼女達は他者をからかって遊んでいるけど、それは自分達が楽しむことが、彼女達にとっての食事だってことに気がついたんだ」


「ああ! シャドウピクシーも元は精霊だからか! じゃあサキュバスの生気を吸うっていうのは、体と心の食事だったわけか。へぇ~、でもなぁ、だとするとグラミューズ様はどうして今まで生きてこられたんだ? お前の言う社会的欲求を、魔王様はどこから得ていたんだ?」


「あ! そういうこと!? もしかしてグラミューズが皆の為に頑張りまくってたのって……そこから社会的欲求を得られるからなのか? なんであんなに元気なんだって思ってたけど、そうか……働けば働くほど、社会的欲求の感情エネルギーは生み出されて、それを燃料に無限に働き続けていたのか。じゃあ結構本能的にやってた所もありそうだな。もちろん本人の性格の要因も大きいだろうけど、それが加速する要因もあったんだ」



 グラミューズはある意味、進化したサキュバスの到達点の一つなのかもな。他のサキュバス達も物質的な食事から生気を得るようになれば、自然とグラミューズに近くなっていくのかも……もしそうなったら、種族全体が無限に働くブラック集団に……まぁ、本人たちはそれで幸せなのかもだけど……


まぁでもそれを緩和するのに、魔力調理法で社会的欲求の快感を食事で得られるようにするのは有効だろう。



 しかし……サキュバスが人間を食わなくなるというのは良いことだけど、それと同時に起こるだろうサキュバスの進化は、サキュバス族をさらに強大な存在へと押し上げる可能性が……


正直サキュバス族のスペックは元からイカれてる。夜なら殆ど瞬間移動な影移動に高い魔力と魅了魔法、身体能力も高い上に毒まで持ってて、さらに軍隊のような高い統率を一般市民レベルから可能としている。



 そんなサキュバスが進化して、更に強くなってしまったら……人間族では絶対に対抗できないだろう。まぁそこは他の魔族領の神や魔神族に頑張って抑えてもらうしかない。


進化したサキュバス族が人間と敵対するとは限らないけど、人間側が喧嘩を吹っ掛けてくるのはあり得る。



 魔族領に近いアルピウス村で育った俺ですら、サキュバスに対する認識が甘すぎたんだ。サキュバスと関わりの薄い地域はもっとダメダメだろう。まぁアルピネスは女ばっかりだから、サキュバスのことを気にしなくなってた、というのはあるんだろうけど……それでもサキュバスが実はかなり強いとか、それぐらいは伝わってくるはずなんだ。


でも、その情報すら村には入ってこなかった。魔族領ではサキュバスの勢力が大きくて、魔王が複数いるとかその程度だった。でも……今なら何となく分かる。サキュバスの情報がなぜ曖昧なものだったかが。


サキュバスは種族自体が軍隊のようなものだ。敵対した存在を組織的に、徹底的に潰す。これをサキュバスは迷いなく行える。情報は、それを持ち帰る者がいなければ伝わることがない。サキュバスの強大さを知ったものは皆、絶滅したんだろう。



 だとすれば、サキュバスが他の魔族たちから嫌われているというのにも納得がいく。最近はちょっと忘れかけてたけど……サキュバス達は割り切りが得意だ。仲間以外には容赦がなく、どこまでも冷淡になれる。理性が、サキュバス集団にとってそれが必要と判断すれば、個人的な感情を無視してやってしまう。


あまり想像したくないことだが、サキュバスは敵対勢力であれば、赤子だろうと容赦なく殺すだろう。



 それを思うと、グラミューズの存在は大きい。グラミューズは人間に近い、愛情を求めている。そしてそれは、いつしかサキュバスに人間的な道徳心をもたせるかもしれない。


人間的な道徳心が絶対だとは思わないけど、少なくとも人間とサキュバスが上手くやっていくには必要になることだ。



「ラミー、やっぱりサキュバスが生気を得ることで得ていた快感は、社会的欲求だったよ。だから理論上は、生気を獲った経験がなくとも、君はこの快感を再現できる。君がみんなの為に頑張って、仲間を、連帯感を感じる時の感覚と同じだからね」


「そっかありがとう。流石ダーリン、人間の身でこの黄金郷にたどり着いただけはあるわ。観察力がなきゃ、ここにはたどり着けなかった、でしょ? けれど、サキュバスの生気を得る快感がそれだってことはきっと」



 正直サキュバス達が影移動していることに全然気がついていなかった俺に、観察力があるとは思わないけど……まぁそれはいいか。



「うん、多分マニュールも気づいてるはずだ。絶対に負けちゃダメなのはグラナエスだけど、優勝を阻む可能性が高いのは、マニュール領の代表だろうね」


「ちょっとダーリン!? マニュール相手も絶対に負けちゃダメに決まってるでしょ……!? ダーリンの貞操が掛かってるのよ!? もし負けたら、ダーリンに敗北の責任を取ってもらうからね。マニュールにダーリンの初めてを奪われる前に、わたしのものにするから!」



 グラミューズが真っ赤になって怒っている。いったい俺は、何を宣言されているんだろうか? 俺の貞操に、俺の権利はないのだろうか? 正直、俺にとっては俺の童貞なんぞどうでもいいが……関係を持つのはマズイだろうな、面倒な予感しかしない。



「だ、大丈夫だって、絶対勝てるよ。だって今の黄金郷を見なよ、みんな凄い熱量で頑張ってる。みんなラミーみたいに、休息時間を削って料理の研鑽を積んでる。そこに今度は君がサキュバスの快感の再現という、奥義の開発に参加できるんだから」


「……ダーリンはマニュールをよく知らないから、そんなことが言えるのよ。マニュールはわたしよりも若いけど、魔王となったのはわたしよりも早い。マニュールは先代の魔王を決闘で倒して王位を継いだの。彼女の統治する海奈落は、人間達の住む領域との直通路となる遠球境があるの」


「え……? 魔族領と外の直通路があるの!? 待って、じゃあもしかして、サキュバス達はその海奈落から、人間の世界へ遠征して狩りを?」


「うん、海奈落は文字通り海の中の奈落、そんな谷の底に遠球境がある。深海は闇で満たされているから、サキュバスは深海を影移動で安全に移動できる。でも他の種族はサキュバスの力を借りなければ深海の圧力でペチャンコになっちゃう。そんな海奈落は、サキュバスにとって最重要な領地なの。狩りの為だけでなく、外の世界の知識や技術が集まり、保管される場所でもある」


「ああ、それでラミーはマニュールとちょっと仲良さそうだったのかぁ。マニュールからラミーの好きな恋愛物語を仕入れてたんだ。でもそんな最重要拠点を、統治しているってことは……」


「マニュールは神の血は引いていないけど、かなりの実力者だし、何よりも賢い。外の知識を独占して、貪欲に知識を得てる。それにおそらく……人間の学者の奴隷を彼女は所有している。彼女がやつれていない、元気な奴隷を引き連れているのを見かけたことがある。サキュバスにとって人間の奴隷は、生気を得る為だけに使われる存在だから。普通はすぐに元気をなくして死んでいく。だけど、あの奴隷は生気を取られた様子がなかった」



 人間をエサ以外としても認識していた? マニュールは、異端だ。人間をエサ以外の視点で見ることができたサキュバスを、俺は他にグラミューズしか知らない。


俺を認めたサキュバス達は基本的に俺が魅了を跳ね除けた結果、エサとして見なくなった。そういった要因もなく、人間をエサ以外の視点で見るのはサキュバスでは異常だ。



「学者かどうかは分からないけど、マニュールが生気目的以外で人間奴隷を持っているのは間違いない……ていうかそうか、じゃあ、あの時グラナエスが連れてきていた奴隷はやっぱり……」



 グラナエスは人間の奴隷を侍らせていたが、彼らは、死ぬんだろう。俺にはどうしようもないことだと、分かっているけど。分かっていても、胸のざわつきは抑えられない。



「ダーリン……」



 グラミューズが俺を優しく抱き寄せ、頭を撫でる。けれど、そうして優しくされると、俺は追い詰められたような気分になる。


俺がこうして安全を感じられる一方で、きっと、人間奴隷達は……死の恐怖の中で、魅了の魔力で、快楽と共に死んでいくのだと思うと。


その落差に、俺は苦しくなる。命は今も、簡単に、消えている。その実感が、俺を襲った。



 人間以外だって命はある。動物も植物も、魔物、魔族……命を奪いあって生きている。サキュバスの存在を受け入れようと、人間を特別扱いしないと思えば思う程、いかに俺が他の命を奪ってきたかを自覚してしまう。


動物や魔物を、俺は生きる為に、食べるために殺してきた。植物の葉をちぎり、根を折って、奪ってきた。


自分が今までやってきた命のやりとりが、脳内でぐるぐるとフラッシュバックする。狩った生き物達の血が、体液が、脳裏にこべりつく、植物の体液さえ、今は血の赤さを感じられる。そう……見えて……しまう。



 ──うっ……く、苦しい……なんで、こんなに、苦しくなる……うまく、いってたじゃないか。黄金郷で、仲間ができて、皆に必要とされるようになって、俺のできることは全部やってきたはずだ……頑張ってきた……


なのに、どうして、こんなに苦しい……俺はなんだ……? 人間の考えを捨てて、夢を忘れて、それで、どうするんだ、俺は……



「あ……ああ……俺は……ダメ……だ。勝つために、俺は……頑張らないと、いけないのに……」


「だ、ダーリン……ど、どうしたの? 凄い汗、ど、どうすれば、わたしはどうすればいいの?」



 震える手先を、体を、自分では制御できないのを見て、俺は自分が病んでいることを自覚した。自覚をすると、さらに自分の血が冷えていくのが分かる。


人間としての価値観を、己を否定しても、その中で、正しくありたいと願った。


俺は己の知らない内に、自分をすり減らしていたらしい。


限界は、突然やってきた、予想もしなかったタイミングで。



 俺はグラミューズと通じ合っていたと思う。でもだからこそ、彼女の優しさに、現実を、実感した。弱さを、隠せない……



「……ごめん、ごめん……大事な、時、なのに……俺、もう分からなくなってしまった」



 ただ、謝ることしかできなくて、自分が自分でなくなっていくのを、感じながら、俺は意識を失った。





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