暴力x料理
サキュバス料理戦争──サキュバスの魔力調理技術、それは当初俺が考えていたものとはまるで異なる方向へと進化していた。
食材の魔力的な“味”を変化させることでサキュバスにとって魅力のある味付けとし、サキュバスが物質的な食事を受け入れやすいようにする。俺にとってはその程度の認識だった。
だが、俺はどうやら異世界を舐めていたらしい。
俺はグラミューズと共に彼女の母、魔王グラナエスの領地であるムーンハーツへとやってきた。表向きはただの定期会談だが、実際には料理戦争の敵情視察に来たというのが本当の所だ。
俺はグラミューズの見える範囲でならと、黄金郷の外に出ることを許された。どうやら俺がサキュバスの民達にアドバイスをしていた結果が実を結んだらしい。
民からグラミューズへの忠言があった。シャンカールは上位サキュバスの監視下から強引に逃げ出す程の力を持たないのだから、魔王様に随従する形であれば問題は起こらない。この条件でシャンカールが黄金郷の外へ出ることを許可してはどうか? という提案が、通ったのだ。
まぁ、単に俺を助けてやろうという話より、俺と魔王様が親睦を深めるきっかけを増やそうというのが、彼女達の考えのようだ。そしてグラミューズもその意図を汲み取り、俺の黄金郷外への外出が許可された。
「……っく、まさか焼いた肉を食べてダメージを負うことになるとは」
魔王グラナエスは俺達が料理戦争の敵情視察に来たことを理解した上で、それを隠すどころか成果を俺達に味合わせた。
グラナエスの用意したサキュバスシェフが出したのはシンプルな焼いた肉、なんの味付けもされていない、焼き加減も微妙な、物理的に言えばマズイ肉、のはずだった。
だが魔力処理のされたこれは、食した者に魔力的な影響を与える。
俺はこの肉を食べて震えた、食した瞬間、文字通りの魔力の電撃が俺を痺れさせたからだ。
「こ、これじゃあ本当に戦いじゃないか……」
「っふ、当たり前であろう? 味によって相手を打ち負かせば勝ち、そういうルールのはずだ。肉体的にダメージはなく、魔力体へとダメージを与える、言ってしまえば高度な幻覚魔法、イメージの力よ。まさかお前が気に入らないからと、これを否定するつもりじゃあるまいな?」
サキュバスにとって幻覚魔法は得意分野だ、魅了魔法がこの領域にある技術だから、必然的にそうなる。
しかし……こうなると、マズイな。俺達は、黄金郷の魔力料理はあくまでサキュバスが美味しいと感じ、相手を満足させる方式、一般的な料理対決に近いものだ。
幻覚魔法で魔力的なダメージを与えて相手の意識を奪うような、力の強さを競うなんてことは発想になかった。
「凄いな……グラナエス様、勉強になりました。グラミューズ──」
「──分かっているシャンカール。帰ったら作戦の練り直しが必要になるな」
グラミューズも仕事モードだと流石に俺をダーリンとは呼ばず、シャキっとしている。この会談で得られた新たな知見を活かす為、俺達は急いで黄金郷へ戻った。
「……そ、それにしても……どうして急な婚約披露会にサキュバスの魔王達が集まれたのか、その疑問の答えがこれか」
ムーンハーツからゴールドテンパランスへの帰領、俺はサキュバス達の強さを目の当たりにする。行きも思ったことだが、サキュバスの機動力は恐ろしい。
サキュバスは自身を影に変えることができる。そして影となった状態ならば、影の中を高速移動できる。夜の闇は、すべてが影に満たされているようなものであり、夜間の移動は一瞬で終わってしまう。
そんな影移動も影同士が繋がっていなければできないとか、月明かりからの特殊な魔力を利用しなければ消耗が激しいだとか、そういった制約はあるようだが、この影移動はサキュバスが運べる範囲内のモノなら影化して一緒に移動できるというのが、あまりに強い優位性だった。
俺もまた影化して高速移動をした。グラミューズと密着させられ、というか抱きつかれながら影状態で移動をした。
影化しての移動はかなり不思議な感覚のするもので、狭い、圧迫感のようなものはあるのに、肉体的には全く痛くないし、外の景色がよく見える。
通常の人の視界よりもかなり広い。自分の全周が普通に見えてしまう、まぁ地面と接地しているから地中は見えないけど、視野角としては地面を堺に視界の半球が生えているような感じだ。左右後ろにも真上にも目が付いているようなもので、死角となるのは地中しかない。
確かにこんな能力があるんじゃ、サキュバスも人間を見下すよなと思った。俺は多分、今までの黄金郷生活で、彼女達の影移動を見ていたはずだ。俺が気が付くことができなかっただけで、それはずっと、行われていたんだ。音も、衝撃もなく、静かだから、分からない。
「も、もう着いた……凄いなホント……これって影に潜んで覗き見とかもできるわけだよね? そうなると情報収集能力も……」
「もちろんできるよ? でもサキュバス社会では影化して覗き見るのは無礼にあたるから、狩り以外ではしないのが普通だよ。だから移動用の影を作るために、サキュバスの住処には塔がいっぱい建ってるの。ほらあれ、長細いの、移動用の影を作る以外の用途はないから、あんなに細いの」
グラミューズが指差す先には鉄パイプ程の太さの塔、というか棒が地面に突き刺さっている。そんな棒がサキュバスの街にはいっぱいある。長さが不揃いでなんの目的があるのか分からなかったが、移動の為だったのか……この棒の作る影がサキュバスの道路なんだ。
「決まった場所を影移動して、できるだけ覗き見が発生しないようにしてるのか」
黄金郷へ帰った俺達は、さっそく魔力調理法に関する作戦会議を始めた。料理を深く知らないサキュバス達にとって、グラナエスの魔力ノックアウト方式はわかりやすいらしく、うちもこれで行きましょうという声が多かった。
「確かにお前達には分かりやすいから、あのやり方を選びたいのは理解できる。だがダメだ、少なくとも、美味しいと相手に満足させることを捨ててはダメだ。相手を倒すことをだけを考えれば、料理の本質から逸脱してしまう。料理とは、食す者が食べたいとまた期待し、楽しみにするようなものでなければいけない。サキュバス界に物質的な食事を普及させるのが目的ならば、尚の事だ」
それをグラミューズがしっかり否定する。結構感情的というか、キレてた。
「で、でもそれじゃあムーンハーツの奴らには勝てないですよ。だって、このやり方は、言われてちょっと練習しただけで上達したんですよ?」
サキュバスの一人が反論する。彼女の言葉通り、グラナエス方式を数人のシェフ候補に試させた所、一般的なサキュバス相手なら気絶させるレベルのモノがすぐに会得できた。分かりやすい力が、このままでは勝てないと、サキュバス達を焦らせる。
「食事によって快楽を感じさせるのが黄金郷のやり方だ。サキュバスの魅了を料理で行うようなもので、これこそがサキュバスらしい、王道を行くものなはずだ」
グラミューズは頑張って反論するが、理想論でしかなく、サキュバス達を説得するのは難しそうだ。グラミューズが命令すれば彼女達は聞くだろうが、グラミューズはそれで満足はしない。グラミューズが真に欲するのはサキュバス達の意識改革だからだ。
「なるほど……サキュバスは魅了耐性を持ってるから、魅了を模範した魔力調理法では、サキュバスに対して効きが悪い、感じるのが難しいのか。でもグラミューズのあの魅了なら、多分サキュバスの魅了耐性も貫通するだろ? まぁみんながアレを真似するのは無理かもだけど……」
俺がそんなことを言うと、グラミューズが目の色を変える。それだ! と。
「再現するべきは魅了ではなかったんだ!! サキュバス達が男から生気を吸い取り、食す時の、その快感だ。余は、その感覚を知らないから……気が付かなかった。だが、これならいけるはずだ。サキュバスが生気によって食欲を満たす時に感じる快楽は、サキュバスの魅了耐性を突破するはずだ! そうでなければ、サキュバスは大昔に滅んでいる。食すことを本能が求めなければ飢えて死ぬことになるからな」
快楽にも種類がある。食欲と性欲が似ているだとか、そんなことを聞いたことがあるが、サキュバスにとっては、この二つがイコールではない、ということなんだろう。人間の俺にはよく分からないが、彼女達独特の感じ方があるはずなんだ。
「聴けお前たち、領地対抗戦は単なる覇権争いではない、サキュバス族の趨勢を決める分水嶺だ。余はサキュバスが食事を楽しみ、日々の活力を得られる、調和的な未来を望む。グラナエスの暴力的なやり方の先にあるのは殺伐とした、安寧のない世界だ。どちらの未来を選ぶのか、それを決める戦いなのだ! 故に! 妥協は許されない! これは王命である! お前達の全てを捧げてもらう! 必ず勝利する! 黄金郷の地を、我々で、歓喜によって満たすのだ!」
サキュバス達は女王の王命には絶対服従だ。内心、その命令が正しいと思えなくとも、必ず従う。
だが、これは……グラミューズの率いる黄金郷はなんだ? この高揚感は、一体感はなんだ? 外からやってきた、サキュバスですらない俺が、この一体感の中に引き込まれるような感覚。
これがグラミューズのカリスマ、なのか?
サキュバス達はグラミューズのやり方に納得している訳では無い、様々な考えを持ったまま、心を一つにしている。
黄金郷とサキュバス世界を良きモノへ、その想い、情熱が、彼女達の軸なのだ。その軸さえあれば、異なる考えさえも理想を鍛え、研磨する為の力となる。
グラミューズのお前達に全てを捧げてもらうという言葉は、黄金郷の民からすれば、お前達が必要だ、信頼していると言われたようなものだ。
黄金郷のサキュバス達は、ずっと、きっと何百年もこの言葉を待っていた。
グラミューズのこの宣言に、黄金郷は熱情に燃えた。まさに爆発的な感情のうねりは、俺に否が応でも歴史の変遷を感じさせる。歴史的な一大事を、俺は一番近くで見てしまった。そんな興奮が俺を熱くさせる。
俺は最早冷静ではいられなかった。俺は本来の目的を、旅を一旦忘れることにした。黄金郷を必ず勝たせる為に、俺もこの熱情の大河に、身を投じよう。
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