魔王様の弱点
「魔王様、ムーンハーツ領からの報告ですが、辺境で飢餓状態のサキュバスの発生が確認されたようであります! グラナエス様は飢餓状態となったサキュバスを集め、そこから魔力料理の人材を育成するつもりみたいです!」
やたらと元気な文官がグラミューズに報告する。魔力料理の技法を教導中であるグラミューズは食材の切り方を生徒たちにレクチャーしながら報告を聞いている。
しかし……凄いな、最近のグラミューズは異常だ。元から仕事漬けだった彼女だが、魔力料理の人材育成まで自分がやると言い始めて俺はたまげた……
文字通り手が足りないはずなのだが、グラミューズは魔力で腕を増やしたり、分身を作って増やした仕事をしっかりやり遂げている。
今になって理解した……グラミューズはやろうと思えば、この状態で全てをこなせたから、自分が仕事をし過ぎだとは思わなかったし、余裕もあったのだ。
グラミューズに余裕がないとすれば心の方、心労やストレスで、今の俺はそのストレスケアの為だと、グラミューズと共に行動することを強いられている。まぁ、グラミューズにそうしろと言われている訳ではなく、グラミューズの周囲の者から圧力がある感じだ。別に自由に行動しようと思えばできるが、そんな気にはなれない。
グラミューズの負担を減らそうと行ったリーダー人材育成の方は徐々に実を結び始め、ゴールドテンパランスの自治は安定し、生産能力も上がっているらしい……具体的には民の陳情を重要度でクラス分けし、今は最重要とされるものだけをグラミューズをやることになっている。
これにより民の陳情を聞くという作業の内9割がグラミューズに頼らず処理が可能となった。無論、その陳情の処理がグラミューズよりも非効率で遅いのは致し方のないことだが、それでも黄金郷は問題なく回っている。
そんな劇的な変化の中にあるゴールドテンパランスで、俺は人間族としての知識を活かし、内政の一部に口出しできるようになった。
というのも、サキュバスが物質的な食事を始めたことにより、食糧の生産、供給、保存から運搬の知識が必要となった為だ。
実を言うと、俺はこの世界での人間社会の知識はあまり活かしていない。そもそもアルピネスという閉ざされた人間部族社会の中では、あまり知識を得られなかった。だから俺は前世の知識を使ってそこら辺のアドバイスをした。そんな訳で、俺のやり方はこの世界の人間族のやり方とは異なる可能性があった。
俺はサキュバス達にフリーズドライの知識と家庭菜園の知識、それから狩猟と環境保全の知識を教えた。フリーズドライはサキュバスの魔法で再現可能そうだったのと、サキュバスの舌が発達していない為に物理的にマズイものでも食べられるという特性から、藻を主食とする運びとなり、この藻を保存するのに良いと判断したからだ。
藻から水分を飛ばし軽くすれば運送コストを大幅に下げられ、保存性を高めることができる。そして家庭菜園というのも、藻や芋をメインに育て方を教えている。いずれ舌の発達したサキュバスも出てくるだろうから、その為に他の魔族達と食に関する情報共有をしていくように進言した。
そして獣の狩猟と環境保全に関してだが、これはサキュバスが今までやってこなかったことで、しかも放って置くと取り返しがつかなそうなことだったのでしっかり教えておいた。獣の繁殖力や生育に適した環境を理解しないままに、乱獲や環境の破壊を行えば、その土地は死んでいく。
サキュバスは今まで物質的な食糧を必要としなかった事で意識しなくとも環境を破壊することがなかった。農地を開拓する必要も、獣を狩る必要もなかった。けれど、サキュバスが物質的な食事をし、世界と関わっていけば、環境のバランスは崩れる。
そのバランスを崩さない為に、サキュバスは環境下で余るものを活用していくべきというのが結論で、そうなると必然的に不味かったり無味で人気のないものを活用してくことになる。
グレートポイズンワームという超大型のワーム型のモンスターが魔族領には存在している。このグレートポイズンワームは大体100mぐらいの巨体で、魔族領ならどこにでもいる極一般的なモンスターであり、最低最悪の害虫だ。魔族達の畑の作物を食い荒らし、畑の土をグチャグチャにしたうえで毒まみれに汚染していく。しかもこのモンスターは味も悪いので見つけ次第殺されて、なんの活用もされない存在だった。
グレートポイズンワームの毒は熱分解されるので、味が悪いだけで処理はそこまで必要ない。本来は腐りやすいのだが、そこはフリーズドライである。このグレートポイズンワームを食える、となるとそれだけでサキュバスの食糧問題はかなりクリアできる。
魔族領の各地にサキュバスを派遣し、害虫として駆除されたグレートポイズンワームを処理してサキュバスの領地に送る。現地の魔族もゴミ掃除を手伝ってくれるのはありがたいと、サキュバスに協力するだろう。
「なぁシャン、人間や他の魔族がこいつを食うとマズイらしいが、どんな味に感じるんだ?」
「そうだな……元々味覚が発達してないサキュバスにどう説明したらいいやら……食べ物じゃないものを食べてる感じだ。炭と泥を混ぜたような……一応腐った芋のような味もするけど……って言っても、マルナエスには分かんないよなぁ……」
「ふーむ、芋が腐ったような味なのか。人間でも美味しく食べられるようにはできないのか?」
「多分だけど……塩漬けした後に辛いものと一緒に炒めて、味の濃いソースをかければいけそうか? まぁ殆ど味に原型ないだろうけど……グラミューズは舌が発達してるのに、よくアレを我慢して食べられるよなぁ。まぁ民が安心して食べるためには上の者が食べるのを見せた方がいいとは言ったけど……あれ、俺はグラミューズが食べることを想定して言ったわけじゃないんだよなぁ……悪いことしたなぁ、ホント……」
「グラミューズ様は責任感の強い御方、お前が止めてもやめないだろう。まぁ悪いことをしたと思うなら、お前があの方を癒やしてやれ。もっとお前と話したいと言っていたぞ?」
マルナエスにそう言われ、俺は改めてグラミューズと話すことにした。今まで俺はグラミューズの深い部分にはあまり触れないようにしてきた。やぶ蛇を恐れて、そうしていた。
だが、今は違う。俺が黄金郷にやってきてもう半年が過ぎた。俺はすでに黄金郷と、サキュバス世界と深く関わりすぎた。他人行儀な振る舞いをすることが、難しくなってきていた。
俺は黄金郷内であれば自由な行動を許され、黄金郷の民達は俺を見かけると挨拶をしてくれるし、俺を仲間として見てくれるようになった。彼女達は人間族の生活や文化、食に関する質問を俺にしてくる。俺はそれに応え、俺に解決できそうな問題があれば、解決してきた。
人のような食事をするようになって、食を通じてサキュバスは他種族への関心を持つようになった。人間にとって、今まで幽霊か悪霊のように存在していたサキュバスが、生物として実体化したようだと俺は思った。
黄金郷のサキュバス達は、単に俺がグラミューズが認めた婚約者だからではなく、俺という存在を見て、心から俺とグラミューズの結婚を望むようになっていた。
いつ正式に結婚をするのかと、期待を込めて、俺に問う。そう問われる度に、俺は苦しくなった。魔族語では嘘がつけない。だからそれは言えないと、俺は本当のことを言って誤魔化した。
「どうしたの? ダーリンの方から話したいだなんて、ちょっと怖いな~……」
二人きり、グラミューズの部屋で俺とグラミューズは向かい合っていた。今は四時間に増えたグラミューズの自由時間、夜から朝へと移りゆく中で、グラミューズは不安そうに俺を見ていた。
かしこまって俺に何を言われるのかと、落ち着かない心を隠せず、指を組んでは外したりしている。
「今日はラミーの好きなモノを知ろうと思ったんだ。ほらこれ、部屋いっぱいの本、これが君の憧れた、恋物語なんだろ?」
「えぇ? そ、そうだけど……よ、読むの? なんか、恥ずかしいなぁ」
グラミューズは嬉しいような、恥ずかしいような、困ったような笑顔で俺を見る。
「本音を言うよ。俺は、最初から、いつかここを出ていくつもりだったから、必要以上に君に関わるつもりがなかった。だから、君が特別な、変わったサキュバスになった理由を、知ろうとは思わなかった。でも……君が、変わっていくサキュバス社会を支える為に一生懸命な姿を見ていると、君と向き合わず、なぁなぁで済ませている自分が、不甲斐ないと思った。君からしたらムカつくだろうけど、そういう計算というか、警戒というか、沢山してたんだ。でも都合が悪いことに、俺には心がある。そいつは君とちゃんと話をしろってうるさいんだよ」
「ダーリンがここから出ていくことばっかり考えてるのは分かってるよ。寂しいことだけど、ダーリンはわたしのこと、好きじゃないんだよね。だから閉じ込めておきたくなる。でも、そんなことしても、嫌われてしまうだけだって、分かってるんだけど……どうしたらいいのか、全然分かんないの。ダーリンに出会うまでは、わたしが望めば、なんだって望み通りにできるって思ってたのにね」
俺がグラミューズのことが好きじゃない、そう言われて、俺は一瞬、グラミューズのその言葉を否定しかけた、口から音が出てしまう前に閉じられたから、何も言わずに済んだ。
俺は……彼女から逃れる為に行動しているはずだ……なのに、彼女を好きじゃないと言われると、否定したくなった、そうじゃないと言いたくなった。
こうなると、俺でも理解ができる。俺は、俺の夢と立場で、彼女との未来を否定しているだけで……俺は、グラミューズに好意を抱いている。それは淡く、まだ軽いものだけど、好きになりかけているという事を、自覚した。
だけど、だからこそ、それを口にすれば、旅が終わってしまうことを、俺は分かっていた。心が、これ以上進んでいかなければ、俺は旅を続けられる。
「ほらこれ、これが最初にわたしが父様にもらった恋物語の本。元々は叔母のものだったんだけど、叔母がくれたの。気に入ったならあげるって。でも、子供ながらよくこんなのに夢中になったなって思う」
気まずい静寂を破るように、グラミューズが本棚から一冊の本を取り出し、俺の隣に座って本を開いて見せた。
「え? どうして? 昔とは好みが変わったの?」
「結構ドロドロしてるし、展開も暗いんだ、これ。公爵令嬢が主人公でね、モテモテで遊び人な王子様が相手の話なんだけど、主人公は病気がちで箱入りの世間知らず。それがちょっとドジっていうか天然な感じで、計算高い女達に囲まれて育った王子様からすると特別に感じられた」
現状は暗い要素なさそうだが……設定自体はそこまで変わった感じはないな。
「それで王子様に気に入られた主人公は王子からの猛アタックを受けるんだけど、主人公は最初、そんな王子を面倒に思って避けたりするの。でもそこはお話だからね、色んなトラブルが主人公に降りかかるの。そのトラブルを王子が助けるみたいな展開がずーーっと続くの。もうくどいぐらいずっとね、だけど不思議なもので読み進めると、読者のわたしも、主人公もだんだん王子のことが好きになってくる、それが丁度お話の中盤に、主人公と王子様が実は兄妹だったことが発覚するの」
「えぇ!? まぁ、そういう題材もあるだろうけど、そういう伏線とかはあったの?」
「伏線は主人公の体が弱かったこと。主人公の父である公爵は自分に似ていない主人公を最初から自分の子供じゃないのでは? と疑ってたの。だから食事に毒を混ぜて、屋敷に飼い殺しにしようと考えたの。でも主人公が成長していって、王子様と二人でダンスしている所を見て、二人の顔つきから確信するの、ああ、主人公は自分の兄、王の子だ、王子の妹だって。それで怒りに狂った公爵は主人公を殺そうとして、逆に王子に殺されて、もう滅茶苦茶になるの」
「なんか本当にありそうなドロドロ加減だね……」
「実は兄妹だってことを知って、もう心から王子を好きになっていた主人公は絶望して自殺しようとするんだけど、王子が妹だったとしても関係ない、二人でいるために嘘が必要なら、世界の全てを騙してしまおうと言って、主人公を説得。主人公と王子が結婚した所で今度は主人公と王子の嘘がバレて、さらに第二王子の陰謀によって、王子が公爵を謀殺したことになって、王子は国から追われる立場になる。主人公も王子と一緒に国外逃亡するんだけど……結局、二人共第二王子の送り込んだ刺客に殺されてしまう。それでお話は終わるの」
確かに暗く、ドロドロしている……でもこれを幼いグラミューズが気に入った……? というかグラミューズの叔母も叔母だろ、こんなの幼女に読ませるなよ……
「最初読み終わった後はしばらく放心状態で、ちょっとトラウマみたいになっちゃったんだけど、でも忘れられなくて、気になっちゃって。次は同じ作者の恋物語を読んでみて、その次は違う作者のを読んでみて、もうそうなったらドハマリですよ。心揺さぶられる夢に魅せられて、わたしもいつか、物語の登場人物のように、心奪われるような恋がしたいと思うようになったの」
「心揺さぶられたいから、恋物語を読んでいたんだね。そっか、でも納得だなぁ」
「え? 納得できるの? ダーリン、くだらないとか、夢見がちだとか思わないの?」
「そりゃあラミーは優秀過ぎるからね、大抵のことはなんでもできてしまって、心揺さぶられる、なんて経験は普通に生活してたらできない。みんなが凄いと評価することができたとしても、それはラミーにとってはできて当然で、無感動で、味気ないものだろう。でも、そんなラミーでも、恋物語という夢の中では心動かされる。君は恋物語のおかげで、人生が楽しくなったんだよね?」
「うん……でも、わたし……こんなの……好きな人を閉じ込めようとするなんて、恋物語で言ったら悪役だよね……わたし」
「悪役? ラミーが? ははは! そんなのありえない。誰だって、完璧には生きられない。それはラミーだって例外じゃない、完璧じゃない不完全な部分が、君の弱さが、ワガママが、好きな相手には出てしまう。それって全然、普通のことだと俺は思うよ。ただ、君の場合はちょっとスケールが大きいだけさ」
「ダーリン……そんなこと言ったらダメだよ。本当にそう思っても、言ったらダメなこともあるんだよ? だって、そんなこと言われたら……わたし、甘えたくなっちゃう、永遠に閉じ込めておきたくなる」
脅し、にしては鬼気迫るプレッシャーを伴って、グラミューズはそう言った。だからこれはグラミューズの本音だろう。
だけど、分かったことがある。
グラミューズは俺のことを心から想っている。俺に対して罪悪感を抱き、自分の気持ちをどうにか抑えようとしている。
それはつまり、俺を解放すべきだという心が、グラミューズの中にあることを示していた。理性ではなく、心で、計算ではなく感情で。俺の自由の可能性は、そんな心の中にあるんだ。
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