9.播磨のめっかい(9)
9.播磨のめっかい(9)
芦屋道満心得二番の策は、渡辺藤の過ちにより瓦解してしまった。
播磨のめっかいは妖怪狒狒の二つ――二ツ目と四ツ足を仕留めたが、忘八という名の化け物は燃えた身を捨て、首一つでめっかいの胴を得て逃げてしまった。
残るのは三郎と血海にある渡辺だけだった。
幽かに渡辺の息があった。喉の血を押さえる。
「しっかりしろ!」
目は開かない。
「助けろ。そこにいるんだろう? 二番」
まったく気配がない。
三郎が切った脇に傷はない。
勢いよく燃える水を出すための仕掛だ。壊れて動く。
「助けなければ、忘八改ではなく手前を先に斬るがイイか? 偽物が」
「ふう……」
草叢の奥から溜息が一つ。
「いるじゃあねえか」
「捨ておけい。天命じゃて」
姿なく声だけが響いた。
「オレは、助けろと言った」
「死すべき刻に死なねば生きぬぞえ」
「手前の策の過ちを女の責にするな。……一言あればイイだけだろうに」
怪異の女の声色使いは常套である。上田秋成の『雨月物語』の一つ「吉備津の釜」を知らぬ渡辺でもあるまいが、一言あるなしは生死に関わる。
「意趣返しか? 品のねえことをしやがる。――去ね」
上方の忌み言葉だ。これこそ品がない。
とはいえ、助けもせず物見など許せぬことであった。
何処ともなく気配が消えた。
三郎が懐から気付薬を取り出した。
「ぐはっ」
喉にあった血溜まりが取れたらしい。
狒狒の毒やも知れぬ。
(構うものか)
三郎が渡辺藤に接吻して、残りを吸いあげた。
小さな緑の塊を吐いた。蛭のように動くがそれではない。
渡辺が咳き込んだ。
背中を摩ってやる。
(さて薬にするか)
薬屋が考えそうなことだった。