6.播磨のめっかい(6)
6.播磨のめっかい(6)
明けの三日月のころ、ようやく播磨のめっかいがやってきた。明後日には長者の孫娘が贄に供される。人身御供だ。
「コレがめっかい?」
三郎が見たままの疑問を口にした。
「待ちわびたぞ」
渡辺藤が撫でていたのは、三郎の背丈ほどある巨大な赤犬だった。
「しかし、老いていないか?」
壮年は筋肉質であったろう堅牢な肩も今は皺になっている。とても化け物を退けるほどには感じられない。
「そうかのお?」
「犬が喋った!」
鯉口を切っていた三郎が抜刀しながら、後方に飛んだ。本差を中段にする。ブレてはいない。
「餓鬼は性急でゆかぬ。犬が話す訳なかろうて」
老齢を感じさせぬ声が答えた。まだ幼い感がある。
「手前こそ餓鬼じゃあねえか」
三郎が刀を鞘に戻した。
「口の聞き方がなっておらぬのお。……藤や」
少年が一人。
「申し訳ありませぬ法師さま。なにぶん東人ですので御容赦願います」
渡辺藤が御前に頭を下げた。
「我が名は先の播磨のめっかいの使役主たる芦屋道満心得二番である」
「……犬っころの飼い主で道満の偽物二号?」
(あちゃあ……)
渡辺が手を額にやった。
道満二番が顔を真っ赤にして全身を震わせていた。なお、名誉棄損は本当のことを言っても訴えられる。
「嗾けるな!」
三郎が訴えたが、もう遅い。
老いたとはいえ、犬は走るを追う習性は変わらぬ。
三郎は二寸五分ほどのあいだ追いかけられた。
老獣が疲れたのか、歩みを緩やかにした。
「……本物……だと……認めてやる……」
流石に全力疾走はキツかったらしい。
「法師さまにおかれては御機嫌麗しゅうございます」
「うむ。貴殿も息災のようじゃな。――ただ、近隣の結界が切られておる。――ああ言うな。ナイナイ知っておる。まずはワシとめっかいが来たからには安心せい」
道満二番がめっかいを撫でた。
「勝てる……のか?」
「案ずるな。まずは策はある。小僧にも手伝どうてもらう。それが始末というものじゃろうて」
「何の話だ?」
「イグノラムス・イグノラビムス――知らぬものゆえ知りえぬだろう」
「はあ?」
「まずは学べ、少年」
「手前もそうだろう」
「三郎。大同小異だ」
「それは使い方を誤っている」
「なかなかどうして解しているではないか」
正しくは「小異を捨てて大同につく」である。大同小異そのままだと「ごった煮」の意になってしまう。
「藤や、案内せい」
「はっ!」
さては、道満二番の策とは。