4.播磨のめっかい(4)
4.播磨のめっかい(4)
下弦の月が東の空にあるころ、三郎が毒ついた。
(あの莫迦!)
鎮守の森の社の屋根裏で、人身御供を求める土地神の正体を探るべく三郎は忍んでいた。
「三郎。いるのか?」
心配りした渡辺藤が正面の扉を開いたのだ。
(ええいママよ!)
三郎が石塊を床に投げつけた。
「げっ!」
腐っていたらしく床が打ち抜け、渡辺も床下に落ちてしまった。失神。
(あの女、あんな声を出すのか。品がない)
急場の声は閨の言葉と似ているらしい。
(真打ち登場だ)
それまで照らしていた社が暗くなった。
月に叢雲。
影は見えるが正体がはっきりしない。
「二ツ目よ。お前なら見えるのだろう? 何やら音がしたぞ」
一つ。
「床が抜けておる。おお、そこじゃ四ツ足」
二つ。
「影を踏むでないわ! ん? 女子の匂いがするぞ」
三つ。
「女子じゃと?」
(しまった!)
「忘八は情に飢えてゆかぬ。――雉じゃよ雉」
「やや二匹しかないではないか」
「忘八にはやらぬやらぬ」
「うぬう……確かに女子の――もしや播磨のめっかいではなかろうの?」
「播磨のめっかいじゃと?」
「めっかいとな! 播磨のめっかいとな!」
床を踏み鳴らす音で、天井さえも揺れた。
(化物が――)
「播磨のめっかいなどおらぬではないか! 忘八」
「二ツ目! コヤツ驚かせて二匹とも口に入れたぞ! 吐き出せ吐き出せ」
「出せ出せ出せ。くう……飲み込みよったぞ四ツ足」
「……いずれにせよ播磨のめっかいに知られぬことよ」
「おうさ、播磨のめっかいに見つかっては事を仕損ずる」
「播磨のめっかいに知られてはならぬ」
「めっかいに知られてはならぬ。播磨のめっかいに」
「播磨のめっかいに……」
一陣の風が吹くやいなや、扉が閉まった。
破れた屋根の隙間から月明かりがさした。
三郎が耳に手をやった。
風の音に、社が軋んだ。
(いない。去ったか……)
床下の渡辺の吐息が聞こえた。
(危なかった)
*
渡辺を背に、三郎が山を降りていた。
「きゃあ!」
(どうして女の声は黄色いのか……)
「痛ったあ……」
三郎がすっくと立った。反動で渡辺が尻餅をついた。
上を見上げた渡辺がすぐに立ち、衣を正した。
「落としたわね!」
覚えているらしい。
「命の恩人に感謝するんだな。渡辺どの。助けてやったんだ」
敬称「さま」から「どの」に変える三郎だった。
「恩人? 助けてやったですって?」
真っ赤になった渡辺が反論した。
「心配りしたかったなら、いっしょに行きたいと言えばイイ」
「そんな訳ないでしょう! わたくしはお前が心配だから……心配――」
そこまで言って自分で気づいたらしく、口を噤んだ。
「惚れてるなら抱いてやるのに」
三郎が駆けた。
「武家の娘を愚弄するか!」
追うが、前と同じく捕まらない。
渡辺が麓に着くころには、三郎が鳥居の藁座にもたれて眠っていた。気配で起きる。
「お前……なあ……」
息が上がってしまっていた。武士としては情けないとしか言いようがない。
「渡辺どのは、播磨のめっかいを知っているか?」
「播磨のめっかい?」
知らぬらしい。