3.播磨のめっかい(3)
3.播磨のめっかい(3)
鎮守の森の起源は、地霊を鎮め、その地を守護する鎮守神の神域としたとされる。
何の事はない。征服者が、その地に住まう地霊を(強引に)服従させているだけのこと。
やがてその意味合いも変化して、土地神と鎮守神が同一視されるようになった。すると地霊――大地の精霊の恩恵を受けることが当然になる。豊饒の神だ。
また逆も然り。その地に住まう鎮守神の力が弱まれば、人は地霊に額ずく他ない。
この時代、まだ神と人と霊が分かれていなかった。
白羽の矢が立てば人身御供も止むなしだ。
日本の神霊に対する畏れは、日本武尊の妃である弟橘媛の入水により海神を鎮めたことに来由するかもしれない。
ともあれ、長者の孫娘を供するのは七日目の夜と決まった。
「朔か……」
渡辺藤が暦を諳んじた。闇夜だ。陰暦三日の三日月が新月にあたるから、一日に月明かりはない。
娘は別室におかれ、下女が湯浴みさせたのち精進料理を食べさせている。
(神か……)
三郎は無関心を装って、沢庵を頬張っては飯を平らげた。白米ではないが、大根の漬物さえあればいいらしい。
それでいて茶で碗を洗い飲み終えると、一礼して右手で先の剣士の大刀を手にした。
二尺二寸七分あるから、十四の三郎の背丈の半分はある。女顔をしている美少年だが、男児らしく重さを感じさせなかった。
(この子……できる)
静かに立つ様から、渡辺が推察した。武士にはなれないと曰う三郎だが、技はなくとも鍛練はあるのだろう。
「どこに行く」
「雉狩りだ」
つっけんどんな渡辺の物言いに、半ばあきれながら三郎が答えた。
「薬屋とは思えぬ」
左手に持ちかえる。旅の友の脇差は二尺もない。
「雉は薬になる」
所謂民間療法である。
*
鎮守の森では殺生は禁忌とされている。
知らぬ三郎ではないが、人を食うような神の社でそれもなかろうである。
飛礫を軽く投げると、本差の峰で叩いてみせた。
(よく飛ぶ)
武士であればおよそしないことをこの美少年はしてみせた。
(なんてことを……)
隠れて見ていた渡辺が絶句した。そうしたことをするために刀はない。
とはいえ、刀は寿命だった。幾分過ぎるほど毀れている。刀も羆相手なら本望だったろう。
(力ではなく技か……)
あの剣士はかなりの高手だったが、大刀にとっては役不足だったらしく力負けしてしまった。
高く飛んだ石が、雉の背後を強打した。落ちる。
(こりゃあイイ)
いつもなら手で投げるにも限界があったが、そこらの木でもそうはいかない。
飛礫を選び、他の獲物を探した。
「火を頼む」
四匹落としたところで、三郎が草叢に声をかけた。
「気づいていたのか」
渡辺は完璧に隠れていたと思っていたらしい。
「そう視線が強いと誰でも気づく」
*
血抜きを終えると、三郎が羽根を毟った。
大きめの石を並べて竈にして、渡辺が集めた枯れ木に火をつけた。
「お前はどう思う?」
渡辺が尋ねた。
「どうとは?」
「ここの神の所業だ」
「触ぬ神に祟りなし」
「そうは言いつつ鎮守の森で狩をしている」
「生業だ。生の業だよ」
「神仏を信じていない割には、業を信ずるのか?」
「説教は要らない。――ああそっちは残しておいてくれ」
残りの二匹だ。
「村人にやるのか?」
「まさかアイツらが食べる訳ないだろう」
地元の民には禁忌だ。食べるとしても、他所者に知られないようにする。不信心がバレることを許さない風習がある。
串に刺した雉肉を火にかけた。軽く塩をしたが、火に近かったのか黄色に燃えた。
「渡辺さまは……退治するつもりなのか?」
「考えている……神を殺めたことはないが」
「とりあえず、コレを食べたら村を出たほうがイイ」
「莫迦にしているのか?」
「心配りをしている。他意はない」
「それこそ御無用だ」
*
深夜。下弦の月が東の空にあった。
鎮守の森の社の屋根裏に三郎の姿があった。
膳に雉が二匹。
本当に土地神がいるのであれば、供したものを食らうだろうというのが三郎の見立てである。
「三郎。いるのか?」
果たして、正面の扉を開けたのは渡辺藤であった。