2.播磨のめっかい(2)
2.播磨のめっかい(2)
女剣客渡辺藤が燻した熊の肉を頬張った。
「うまい……」
熊肉は総じて〝うまみ〟が強い。
至福の笑みになるのも頷ける。
渡辺も修業で山中にあったが、ついぞ熊を食べることはなかった。いやいや、江戸はおろか上方でも食されることはない。
熊は、鶏の柏、馬の桜、鹿の紅葉、猪の牡丹あるいは山鯨といった禁忌を避ける別名がない。それだけ隠れて食べるほど身近ではないのだ。
ただ、柏・桜・紅葉・牡丹と同じく、自家薬籠中――正味の薬としても熊肉は有用された。
会津の山深いこの村でも同じことだった。
村の男二人が押す荷車には川で冷やされた熊肉と、男たちの得物と生首が載せられていた。
美少年の名は武蔵国は石田村の三郎と言い、村人に燻す煙で案内させたのだった。
村の鬼門(北東)の墓所で男たちの首を葬った。名も知らぬが亡くなれば仏である。供養するのが当然だった。なお、首から下は野犬に荒らされないように現地に埋めている。野盗の身を三つも山を越して葬る理由はない。
長者の家につくと三郎の姿は見えず、渡辺が一人足湯で癒された。
さっそく奥の間で饗される。
山菜の酢の物を食べている間に、鍋が出来上がる。赤と白の合わせ味噌だ。
「ほう……」
たらふく食べ、村の男たちが酔って歌うころに、飲まぬ渡辺が月夜を頼りに手水に向かった。
帰りに手を洗っていると、三郎が薬箱から何やら取りだしていた。
「何をしているんだ?」
どうせまた「見て分からんものは聞いても分からん」と言われるに違いないと知っているのに聞いてしまった。
「藤か……」
やはり答えるつもりはないらしく、熊の臓物の仕掛けを続けた。
「薬にする」
意外に素直な三郎だった。
「なんの薬?」
「武士が商いをするのか?」
「いや……どうしてお前がこんなことをしているのかと、惑っただけだ」
男口調で誤魔化した。
「家業だからな。筋がよくても武士にはなれん」
「……どうやって熊を倒した? そもそもどうして羆が会津にいるんだ?」
「先祖返りだろう。あるいは呪いか……。オレの知ったことじゃあないが、これでこの村はしばらく〝食える〟」
陸奥国は夏に冷えると人死がでる。
熊は熊胆を代表にその全てを金に替えることができる。毛皮、骨、肉、血、全てだ。
今は咲いていないが、秋には彼岸花が墓地を赤く染めるだろう。そんな貧しい村だった。
「どうしてこの村に固執するのだ?」
「それこそどうでもイイ話だ。武士には……関係のないことだ」
力なく夕闇に立つ少年が、渡辺藤の原風景だった。憂いの瞳と、和らいだ笑み。
*
翌早朝、黄色い声で渡辺が目を覚ました。
雪駄で表に出ると、皆が顔を上げていた。
「なにごとだ! なにごと……?」
長者の家の屋根に、白羽の矢が立っていた。
*
昨夜歌っていた長者の息子が、渡辺に事の次第を教えていた。
「それ以来、鎮守の森の神さまが人身御供を求めておられるのです……」
(それで村に若い娘が……子供がいないのか……あ!)
三郎の件を推察した渡辺だった。
「……とはいえ、神さまが人を欲しますか?」
渡辺としては〝それは違うのであろう〟ということを匂わせたが、村人の心根は異なるところにあった。
今が救いのない末世であることを渡辺藤が自覚した。