13.飛頭蛮
13.飛頭蛮
麓の村は貧しい。日が落ちると眠るものだ。
二つ三つ灯りがあるのは長者の家だ。
昨日の夜に助かったのだ。今夜宴があっても不思議はない。
三郎はそう考えていた。
門から本宅に向かうと、玄関からでも女中が慌ただしく走る音が聞こえた。
「ああ六九儀堂さま。ちょうどいいところに。どうぞ奥にささ、ささ」
入って右の東廊下から、女中頭が声をかけた。
「足を洗いたいのだが――」
「構いません。――そんなことより奥に」
そういう六九儀堂の草鞋を脱がせると、山泥のまま上がらせた。
三郎もそれに続いた。
「いっやー!」
女の悲鳴が襖を震わせた。
悲鳴を出しているのは長者の孫娘で、その首を渡辺藤が片膝で押さえていた。
鞘のままの脇差で娘の頭を叩く。
「痛い痛い! やめて! やめてください」
「――」
渡辺は喉の傷で声を出せない。
他の者はというと、渡辺が右手で持つ本差で嚇されていた。抜き身だ。
「騙るからだ。――渡辺どの、ソレをこちらにもらおうか」
六九儀堂が指さすソレとは、大刀ではなく娘である。
「……」
渡辺が「三郎」と言ったらしい。
娘の弟が刀を奪おうとするが、白刃を向けられた。
「六九儀堂、裏切るのか?」
弟が視線を合わせずに問うた。
「裏切ったのは、そちらが先だ。当方の責じゃあない」
「そんな詭弁が通じるものか。女を食わせればお恵が助かる」
声高く返す弟の目に映ったのは、姉のお恵が体を返す姿だった。
首を基点に体が後ろを向いて、お恵の手が渡辺の後ろ髪を掴んだ。
「……」
何を言ったか発せなくとも分かる。「この化け物」だ。
渡辺が手首を返した。白刃が見事な弧を描いた。
お恵の胴を一太刀する前に、刃に噛みついたのは渡辺の前にいるはずの弟の首だった。
手首を表に戻し、その力で畳に叩きつけた。
首が抜けていた弟の身が反転した。
「知!」
お恵が弟の名を呼んだ。
残心。
業物越中守正俊の四ツ胴である。
知が倒れ、その身に触れようとしたお恵の手に剣を刺した。
渡辺が脇差を抜くと、鞘が割れた。そのままお恵の首を落とした。
脇差を左に、本差を手にすると構えた。
「……」
傷がある渡辺だが、この場のすべてを斬る覚悟があった。
「あいやそれまで。――当方は六九儀堂。渡辺どのにはどうぞ刀を鞘に――子細お話しいたしますので」
「手前はそれでいいのか?」
三郎が問うたのは、長者の息子にだ。
「端からこうしておくべきだった。……この子らの母は、下総国の出で、あの地には抜け首の病が多い」
飛頭蛮だ。
「美しい女だった……。噂を聞いた親父殿が破談にしたが、そのころには情がうつっていた。……抜け首などそんな莫迦なことがと思っていたが、首が飛ぶのを見てしまった……」
虚ろな目をした男がゆっくりと話しはじめた。
戦意がないと知った渡辺が倒れそうになるのを、三郎が支えてやった。
三郎が渡辺の懐紙で脇差の血を丁寧に拭うと、新しい紙で包んだ。鞘は欠片になっている。
本差も同じく拭い、渡辺の腰の鞘に納めた。
「イイ薬があると言われた。美しい男だった。以来、毎年のようにやってきた。アレが懐妊したのは二夏が過ぎたころだった。宿命だ……。さっき親父殿が縊れた。今更一人残ってもアレに顔向けできない。……そうだ。痺れ薬があったな……。飲めば極楽だろう……」
奥に行こうとして、足を止めた。
「渡辺さまには気の毒なことをした。許してくれ」
消えた。
「……?」
渡辺藤が頭を傾げた。
「あの男が敵だ」
「……!」
「当方も今聞いたんだ。――追うなよ。そもそも渡辺は病で亡くなっている。敵討にはならない。……そんな顔をするな……家なんぞ弟にくれてやれ」
「……嫁ぎ先がないならオレがもらってやろう」
三郎の言に、藤が肩を落とした。
「……」
絶対に嘘だった。