表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊玉不二絵  作者: 門松一里
第1章 播磨のめっかい
13/13

13.飛頭蛮

13.飛頭蛮ろくろくび


 ふもとの村は貧しい。日が落ちると眠るものだ。


 二つ三つともりがあるのは長者の家だ。


 昨日の夜に助かったのだ。今夜こんやうたげがあっても不思議はない。


 三郎はそう考えていた。


 門から本宅に向かうと、玄関からでも女中があわただしく走る音が聞こえた。


「ああ六九儀堂ろくくぎどうさま。ちょうどいいところに。どうぞ奥にささ、ささ」


 入って右のあずま廊下から、女中頭が声をかけた。


「足を洗いたいのだが――」


かまいません。――そんなことより奥に」


 そういう六九儀堂の草鞋わらじを脱がせると、山泥のまま上がらせた。


 三郎もそれに続いた。


「いっやー!」


 女の悲鳴がふすまを震わせた。


 悲鳴を出しているのは長者の孫娘で、その首を渡辺藤が片膝かたひざで押さえていた。


 鞘のままの脇差で娘の頭を叩く。


「痛い痛い! やめて! やめてください」


「――」


 渡辺はのどの傷で声を出せない。


 他の者はというと、渡辺が右手で持つ本差ほんざしおどされていた。抜き身だ。


かたるからだ。――渡辺どの、ソレをこちらにもらおうか」


 六九儀堂が指さすソレとは、大刀だいとうではなく娘である。


「……」


 渡辺が「三郎」と言ったらしい。


 娘の弟が刀を奪おうとするが、白刃しらはを向けられた。


六九儀堂ろくくぎどう、裏切るのか?」


 弟が視線を合わせずに問うた。


「裏切ったのは、そちらが先だ。当方こちらせきじゃあない」


「そんな詭弁きべんが通じるものか。女を食わせればおけいが助かる」


 声高く返す弟の目に映ったのは、姉のお恵がたいを返す姿だった。


 首を基点にたいが後ろを向いて、お恵の手が渡辺の後ろ髪をつかんだ。


「……」


 何を言ったか発せなくとも分かる。「この化け物」だ。


 渡辺が手首を返した。白刃が見事な弧を描いた。


 お恵の胴を一太刀する前に、刃に噛みついたのは渡辺の前にいるはずの弟の首だった。


 手首を表に戻し、その力で畳に叩きつけた。


 首が抜けていた弟の身が反転した。


とも!」


 お恵が弟の名を呼んだ。


 残心。


 業物わざもの越中守正俊えっちゅうのかみまさとしの四ツ胴である。


 知が倒れ、その身に触れようとしたお恵の手に剣を刺した。


 渡辺が脇差を抜くと、鞘が割れた。そのままお恵の首を落とした。


 脇差を左に、本差を手にすると構えた。


「……」


 傷がある渡辺だが、この場のすべてを斬る覚悟があった。


「あいやそれまで。――当方こちら六九儀堂ろくくぎどう。渡辺どのにはどうぞ刀を鞘に――子細お話しいたしますので」


手前テメエはそれでいいのか?」


 三郎が問うたのは、長者の息子にだ。


はなからこうしておくべきだった。……この子らの母は、下総国しもうさのくにで、あの地には抜け首のやまいが多い」


 飛頭蛮ろくろくびだ。


「美しい女だった……。噂を聞いた親父殿おやじどのが破談にしたが、そのころにはじょうがうつっていた。……抜け首などそんな莫迦ばかなことがと思っていたが、首が飛ぶのを見てしまった……」


 うつろな目をした男がゆっくりと話しはじめた。


 戦意いくさごころがないと知った渡辺が倒れそうになるのを、三郎が支えてやった。


 三郎が渡辺の懐紙で脇差の血を丁寧ていねいぬぐうと、新しい紙で包んだ。鞘は欠片になっている。


 本差も同じく拭い、渡辺の腰の鞘に納めた。


「イイ薬があると言われた。美しい男だった。以来、毎年のようにやってきた。アレが懐妊かいにんしたのは二夏ふたなつが過ぎたころだった。宿命しゅくめいだ……。さっき親父殿がくびれた。今更いまさら一人残ってもアレに顔向けできない。……そうだ。しびれ薬があったな……。飲めば極楽だろう……」


 奥に行こうとして、足を止めた。


渡辺わたなべさまには気の毒なことをした。許してくれ」


 消えた。


「……?」


 渡辺藤が頭をかしげた。


「あのアレかたきだ」


「……!」


当方こちらいま聞いたんだ。――追うなよ。そもそも渡辺は病で亡くなっている。敵討かたきうちにはならない。……そんな顔をするな……家なんぞ弟にくれてやれ」


「……とつぎ先がないならオレがもらってやろう」


 三郎のげんに、藤が肩を落とした。


「……」


 絶対に嘘だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ