12.釣瓶火
12.釣瓶火
未ノ刻――昼八ツ前に呉服の〔山田屋〕を発った六九儀堂と三郎の二人は馬の上にあった。
借馬は岩沼に返す必要はない。会津の宿で借馬屋に乗り捨てれば戻してくれる。
実はその朝、三郎は別の借馬を使っていた。
またあの村に戻る理由は何か。
六九儀堂が化け物を一目見たいと言いだしたからだ。
気が進まぬ三郎であったが、怪異の祓を教えるとあっては従わざるをえない。
馬を返すと、今度は三郎が獣道を先に走った。
死骸は鎮守の森の社の裏に埋めていた。
夕日を背に、六九儀堂が息を上げた。流石に疲れたらしい。
「さて……」
三郎が化け物を埋めた土が妙に柔らかい。二ツ目、四ツ足、忘八の胴。そのどれも土を返されていた。
日が落ちた。
「掘り返されたか? それとも……」
生き返ったか?
「めっかいの首塚は?」
「こっちだ」
化け物三つの塚と、対峙するよう埋めていた。
日の入りから暫くは影がなくなる。淡い刻だが、それこそ逢魔時だろう。
大禍時にそれはあった。
めっかいの首塚上の枝垂木に青白い火が灯った。
(これが釣瓶火か……)
三郎が目を凝らすと、揺れる火の中に犬の首があった。
「播磨のめっかいが、そう怒るな。――ああ知っている」
六九儀堂には声が聞こえるらしい。
「この子もだ」
三郎も子細は知らないが事の始末は心得ている。
「……いやあの娘は知らぬだろう。――三つ星に一文字? とすると、渡辺だな。これはしてやられたな」
「藤がどうした?」
「人身御供。贄に供するはずだった」
「それは知っている。二番がやりそうなことだ」
「二番? 道満二番に会ったのか?」
「ああ」
「道満〝どんな顔〟をしていた?」
「顔? 子供だが、オレより小さな……」
「覚えていないだろう。道満お得意の幻術だ。――観てやろう。動くな」
六九儀堂が左手を掴むと、左目で三郎の瞳に魅入った。
瞳孔から六九儀堂の左手が入ってくる感覚があった。
「……」
六九儀堂が手を放すと、血を吐いた。否。緑色の蛭のようなものだ。
「……もう一匹いたろう?」
「ああ。箱にある」
社の高欄に立てかけていた薬箱を見た。
何やら動いた。
「呼応したな」
六九儀堂が緑の蛭を枯れ枝で刺すと、薬箱が音を立てた。
そのまま播磨のめっかいに見せた。
めっかいが一口で食べた。
骨が砕ける音がした。
三郎が箱から、綿に包まれたガラス瓶を出した。
何かが蠢いていた。
めっかいの前で、三郎が瓶の封を切った。
逃げようとした緑の物を犬が追った。
枝が撓る。
綿のついた瓶ごと口に含んだ。同じ骨の音。
「巣くう前でよかった。……臓腑を食われると腸から飛びだしてくる。異形だよ」
「助かったのか?」
「イヤ。敵方に、烽火だ」
「……感謝を述べるべきか?」
「イヤ。それも要らん。元はといえば、当方の責だ」
「言い訳なら聞く」
「子供だな。……ああ子供か。……渡辺にも話す必要がある。下ろう。夜は恐い」
「忘八改に襲われるのか?」
「忘八改は播州に向かっている。一番恐いのは、生きている人だよ」
「……酒が飲みたくなった」
「コレはソレ、酒虫でも飼っているのか」
六九儀堂のいう酒虫とは人の腹に住み、飲んでも酔わぬ支那の長山に伝わる妖怪をさす。