表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊玉不二絵  作者: 門松一里
第1章 播磨のめっかい
1/13

1.播磨のめっかい(1)

『豊玉不二絵』(ほうぎょくふじのえ)

〝Young Hijikata Toshizo〟


 薬売りの美少年びしょうねん三郎さぶろうは、女剣客おんなけんきゃく渡辺藤わたなべふじの(らぬ)手をかりて今日も怪異かいい(※)にのぞむのでした。

※怪異――不思議な事象や、そのさま。あやしいこと。

#幻想怪奇絵巻

#重複投稿




1.播磨はりまのめっかい(1)


 獣道けものみちを美しい少女がけていた。


 会津あいづの春は武蔵国むさしのくにより遅い。


 雪はないが朝露が昼前まで残る鬱蒼うっそうとした山の中を不思議とつまずかず、風に舞う木の葉のようにはやい。


「待ちやがれ!」


 追う男たちはぞくである。


「チッ! ええい!」


 若い男が長合口ながドスを手にしているが、そう長くては木枝に引っかかる。逆手に持ち替え走る。


 少女は頭一つ分だけ、なたで枝葉を切り進めていた。身が軽く、背負う薬箱がゆれず音もしない。


「しめた!」


 初老の男が逆光に目を細め、歓喜した。


 視界が広がる。沢だ。


 行き止まりだ。


 上流に滝があるのか落水の音が響いた。


「……さあ、返してもらおうか」


 肩で息をしている初老の男が首魁しゅかいらしく口上を述べた。


 どうやら少女のほうが賊だったらしい。


 袴姿の剣士が遅れてやってきた。こちらは大小二本差している。


「……すっ助太刀いたす」


 あともう一人。女剣客おんなけんきゃくだ。草履ぞうり絹緒きぬおが草緑と泥に染まっていた。淡紫あわむらさき小袖こそでの前が少しはだけているのは自覚のない胸のつやだろう。若衆髷わかしゅまげに引っかかった枝を払い落とした。うなじの汗が光る。


「おい」


「おう」


「フッ」


 言うまでもなく首魁は後の愉しみを考えていた。


 剣士が振り返り硬直した。釣られて女剣客も背を見てしまった。固まる。


 女の羽織の背紋せもんは三つ星に一文字――渡辺わたなべ氏だ。


「チッ!」


 剣士が舌打ちした。渡辺の後ろにいたのはひぐまだった。九尺半(約二八八cm)はあろうか。


 ひぐま蝦夷えぞにしかいない。そのはずだった。だが、現世うつしよ会津あいづ蝦夷羆えぞひぐまがいた。


「痛!」


 飛礫つぶてに渡辺が倒れた。


 投げたのは少女だった。


「くっ熊!」


 剣士の背後で声がした。若い男が腰を抜かしたのだろう。


 熊は本来ヒトに関与しない。要は近づきさえしなければ攻撃することはない。食料があればの話である。


 このところ里も山も豊作でうれいはない。


 熊がヒトと接触する可能性があるとすれば、熊の獲物を盗った場合だ。熊は一度モノにした獲物を手放さない。盗めば敵と見做みなす。


(あの娘……)


「テメエ、男だったのか!」


 首魁の声に、川原に倒れていた渡辺が少女だった者を確かめた。


(美少年……)


身八口みやつくちはだけたら、かもねぎ背負しょってる。イイ商売だろう?」


 薬箱に片膝した少年が微笑ほほえんだ。


 流石さすがに汗をかいたのか片肌を脱いだ姿は、三代目さんだいめ歌川豊国うたがわくにさだが描く「声色こわいろゆすりかたりせえ由縁ゆかり弁天べんてん小僧こぞう」だった。


 渡辺が頭を押さえながら起き上がるころには、事は済んでいた。


 三人の男に死相があった。


 顔をそらしたその先に熊が倒れていた。


「何をしているのだ?」


 美少年が熊の腹を開いていた。臓腑を一つまむと、倒れた剣士の懐紙で血をぬぐった。


「見て分からんものは聞いても分からん」


 不思議と体液は漏れていない。専門の道具で先端を縛っているからだろう。


きも?」


コイツの肝はあんたの頭より大きい」


 正確には熊胆ゆうたんだ。熊の胆(くまのい)ともいう。


「そんな物のために人をあやめたのか?」


 渡辺が問いめた。


ソイツったのは熊だ。オレじゃあない」


 先端を糸で巻き止めた。熊の胆嚢たんのうは乾燥させれば高価な生薬しょうやくになる。


「同じことだろうに。――お前の案内あないあやめた」


天命てんめいだったんだろうさ。〝熊の道に迷い込んだ〟のは」


 ことわりとしてはあやまっていない。


「手伝え」


 血のついた手を差しだした。


「何を」


なべにする」


 当たり前だというように美少年が答えた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ