乙女ゲームの悪役令嬢に転生したので、ヒロインが近付けないようにしておこうと思います。
「第1王子のアルフレッドだ」
金髪キラキラの美少年と引き合わされた瞬間、知らない記憶が頭の中からあふれ出てきました。
目の前を何かがすごい速さで駆け抜けていくような、不思議な感覚。
気を失わなかった自分を褒めてあげたいくらいです。
頭がズキズキ痛みますが、頭の中を駆け抜けていったものが何かは理解できました。
どうやら、たった今、私に前世の記憶が甦ったようです。
自分でもちょっと信じられませんが、私は、前世で遊んでいたゲームの世界に転生したみたい。
今世の私は、セリーヌ・デュランダル、デュランダル公爵家の長女です。
公爵家は2つ下の弟が継ぎ、私は、いずれ王太子となる第1王子の妃として嫁ぐ予定です。
今日は、その第一段階として、婚約前の顔合わせに来ていたのです。
このキラキラ美少年が第1王子──ゆくゆくは王太子になるアルフレッド・バンキュリア。
ゲームではメイン攻略対象でした。
そして私は、
「はじめまして殿下。
セリーヌ・デュランダルでございます、お見知りおきを」
筆頭公爵家の令嬢らしく、優雅に挨拶して見せます。
セリーヌとして8年間生きてきた記憶も経験もちゃんと残っていますから、お嬢様然とした行動も問題ありません。
私達の婚約は、王家と筆頭公爵家との結びつきを強くするという政略目的ですから、基本、既定路線です。
なので、よほど特殊な事情でもない限り、変更はあり得ません。
ええ、本人達の相性など、いかようにも調整すればいいことです。
王族・貴族たるもの、嫌い合っていたとしても、公的な場で寄り添っていられればそれでいいのですから。
幸い、私達の相性は、悪くはなかったようです。
月に一度のお茶会に、節目節目での贈り物など、私達は穏やかに絆を深めてきました。
このままいけば、問題なく結婚することになるでしょう。
このままいけば。
問題になるのは、これがゲームの世界らしいということです。
ヒロインなる存在がいるのならば、現状が平穏であることは救いになりません。
私がどう立ち回ろうとも強制的に物語が展開するとか、何を言ってもやっても曲解されてしまうとか、私に不利な世界である可能性が捨てきれませんから。
ならば。
物語の舞台が整ったら崩せなくなるとして、舞台を整わせないことが可能か否かが重要です。
物語は、貴族が14歳から16歳まで通うこととされる学院が舞台となります。
男爵家に庶子として引き取られたヒロインが、学院内で攻略対象に接触し籠絡していく物語です。
王族や高位貴族である攻略対象が礼儀を知らないヒロインに興味を惹かれるという、およそありえない頭の悪いお話ですが、ヒロインを珍獣と見れば、納得できなくもありません。
要するに、不細工な犬をかわいがる飼い主の心境なのでしょう。
できの悪い子ほど可愛いという言葉もありますし、仕方がないのかもしれません。
とはいえ、ペットを婚約者より大事にするというのはいただけませんね。
私がペット以下の扱いを受けるなど、容認できることではありません。
この上は、穏便に対処するとしましょう。
要するに、毛色の変わった珍しい生き物だから気になるのです。
近付くと危険な獣であると認識していただければ、問題は解決です。
変な病気を感染されないよう、防護柵を作るとしましょう。
早速お父様におねだりです。
「お父様、私とアルフレッド様が通うことになる学院なのですが、低位貴族の子女も通うのですよね?
いえ、それはもちろん構わないのですが、中にはきちんと躾けられていない者もいるのではないかと思うのです」
「ふむ?」
「王子と同じ時期に通うことになる者には、最低限のマナーを身につけておくことを課していただけませんか?」
「なるほど、素行の悪い者が殿下に近付くのはよくないな。わかった」
「ありがとうございます」
こうして、学院の入学条件に「最低限のマナー」が加わりました。
王族や高位貴族に対する口の利き方を知らないような山猿は現れないでしょう。
時が過ぎ、私とアルフレッド様は学院に入学しました。
事前準備の賜か、マナーと常識をわきまえない者もおらず、平和な状況で、私とアルフレッド様はゆっくりと交流を深めていきます。
ある日、帰宅途中で馬車が止まりました。
馬が激しくいなないていますし、何かあったようです。
不埒者による襲撃の危険もありますから、こういう際には私は馬車の中から出ることはありません。
同乗している侍女が緊張した面持ちで懐剣を取り出しました。
私の身に危険が迫った場合、彼女が盾となるわけですから、心の準備をしているようです。
やがて表が静かになり、馬車がまた走り出しました。
屋敷に着くと、護衛隊長から事後報告がありました。
なんでも、何者かが馬車の前に立ち塞がってなにやら喚き散らしていたのだとか。
埒が明かないので捕縛し、1人残した騎士が現在こちらに引き立てているのだそうです。
さすがに護衛隊長を任せられるほどの方になると、卒がありませんね。
数日後、お父様から、くせ者についての説明がありました。
なんでも、ファンガイア男爵家の令嬢だったそうです。
3年前に男爵家に引き取られた庶子ですが、マナーが身についていなかったため学院には入学できなかったのだそうです。
それで、入学規定が変わったのは私のせいだと逆恨みして襲おうとしたのだとか。
どうして私のせいだと思ったのかが不可解なため、厳しく取り調べているそうです。
おそらくは彼女がヒロインで、私に舞台を潰されたことに気付いたのでしょう。
でも、それは悪手です。
私が入学規則を変えたなど、普通であれば思いつきもしません。
未成年である公爵令嬢が学院の規則に口を挟むなど、常識では考えられないのですから。
調べれば、お父様が動いたことがわかるかもしれませんが、それでも私が言い出したなどと思いつくはずもなく。
結局、お父様は、彼女の後ろで糸を引いている何者かがいるとの前提で取り調べるようお命じになったそうです。
彼女が太陽を見ることは、もう二度とないでしょう。
後日、アルフレッド様からお見舞いの言葉をいただきました。
「先日は災難だったね」
“暴漢が現れた”などと言えば、私が傷物になったと噂される危険があるのでぼかされましたが、アルフレッド様の顔には婚約者の身を案じてくださる気配がありました。
「大したことではございませんでした。
当家の者は優秀でございますので」
王太子妃候補ともなれば、襲撃を受ける危険は織り込み済み、優秀な護衛に守られているので大丈夫ですとの意を籠めて答えれば、アルフレッド様は微笑みました。
「よろしく頼むよ」
「はい、もちろん」
このまま、私はアルフレッド様と結婚し、この国を支えていくのでしょう。
私達の間に燃えるような愛情はありませんが、お互いを尊重し慈しみ合う気持ちはあります。
これが、高位貴族の結婚というものなのです。
利己的な者に王妃の座は譲れません。当然ですわね。
私は、正当なる王太子妃の座と、それに伴う責任と義務を背負って、今後も邁進いたします。