もしかしなくても異世界転生!?
俺は引きこもり始めて十四年。三十歳の小太りブサメンという言葉が似合うダメニートだ。
今日も今日とてパソコン、Switch、PS5の三種の神器に囲まれ数週間洗ってない座布団の上に座っていた。
そんなある日、父親からおそらく始めての電話が鳴った。
母さんが死んだ。交通事故らしい。
引きこもりの俺は葬式には行かなかった。その方が良いと適当な理由をつけて。
それから数日後、家でエロゲをしていた俺の部屋に親戚連中が乗り込んできた。
何か話すことがあったのだろうが、無様で情けない俺の体たらくを見て、軽蔑する目線を送ってくるおばさんたち。
そこにいた父親は、わなわなとした怒りを拳に握り、鞄から書類を取り出した。
絶縁状だった。
それを無視していると、
ドゴッ!!
腹に衝撃を感じ床に倒れた。
痛みに顔を歪めながら蹴ってきた人物を見ると、子供の時によく遊んでいた、いとこだった。
彼にパソコンやゲーム機をすべて壊され、気づけば家を追い出されていた。
その日は雨だった。降りしきる雨の中、着の身着のまま追い出された俺は、いつものネズミ色のパジャマを濡らしながら、行く宛もないままさまよう。
「これからどうしよう…」
頭では答えが出ているが認めることが出来ない。
働くのだ。俺が。
たとえ、ハロワとやらで仕事を紹介されても家を追い出され濡れたパジャマを着ているやつなど決して採用されないだろう。俺なら絶対しない。甲斐性が無いやつだと分かってるからだ。
そもそも明日を生きるための食料を買うお金もないのだ。働く前に倒れてるのが関の山だろう。
そして今日、住所も無くしたのだ。
人生が詰んだ。
はっきりと自覚した。なんで、こうなっちまったんだ。
思えば、ずいぶんと退屈な人生だった。
クラスのやつが面白いと言ったものをやり、似合っていると言われた髪型をし、求められたことだけを行ってきた。
そこには自分の意思は無く、いつも誰かに流されていた。
「退屈だ…」
それが俺の口癖だった。新たなことに興味を持っても一ヶ月も持たず、部屋には二、三度しか読んでないマンガや作りかけのプラモデルばかりを並んでいく。
それを眺めながら、ワクワクさせてくれないお前らが悪いんだ。と身勝手な悪態をついたりもした。
父親は俺を愛していなかった。絶縁状が良い証拠だろう。
母親以外で俺を気にかけてくれた人はいただろうか。いた、中学のときに一人だけ。
そいつとは幼なじみだった。今の俺ならその言葉だけでワクワクするだろうが、そのときはかまってくるくせに何も出来ないやつだな。と思い気にしてなかった。
あいつは今、元気だろうか。結婚したとかしてないとか両親が電話で何かを話してしたが興味がなかったからあまり覚えていない。
人生が狂ったのは高校生のとき、受験に失敗し県内一のバカ高校に入った。
柄の悪いやつらばっかりだったが、話せば仲良くなれると思い良く話しかけていた。
今思えば、退屈だと感じていた中学時代から抜け出したくて高校デビューのつもりだったのだろう。
結局は失敗し、クラスの男子からはいじめられ、女子からは笑われ最悪な高校生活だった。
全裸の写真を撮られ、学校中でばらまかれた入学半年の頃、俺は引きこもり始めた。
「おーい」
ふと、聞こえたかわいらしい女の子の声に顔を上げると、道の向こうにいる友達に向けて手をふっている小学生くらいの女の子の後ろ姿があった。
「危ないよ~」
「早く渡りなよ~」
笑いながら注意をしている友達と
「まだ、青信号だもん」
とその場で楽しそうにくるくる回り始めた女の子。
それを見ていると、俺にもあんな時代があっただろうかと過去を振り返る。が、そんなものは無かったことに秒で気がつく。
近づいて変質者扱いされたくもないから離れよう。と来た道を戻ろうとすると、猛スピードで走っているトラックが目に入った。
そのトラックは少女に気づかないのか、スピードを緩めること無く、赤信号を無視して突っ込んでいる。間違いない、居眠り運転だ。
「ゆみ!!危ない!!」
友達は気づいたのか、くるくる回っている女の子に叫んだ。
その声で気がついた女の子は持っていた傘を落とし、その場で動けずにいた。
「やめろーーー!!!」
俺は叫んだ。
俺は走った。
こんなことであの子の命が無くなって良いはずがない。
それは、正義感なのか、自己犠牲の精神なのか定かではないが、俺を突き動かしていた。
長年の運動不足により、力の入らない足で地面を踏みしめ、
引きこもり生活で重くなった体を動かし、必死に駆けた。
蹴つまづきそうになりながらも走り、未だ動けずにいる女の子を突き飛ばした。
良かった。と安堵したのも束の間、右脇腹に強い衝撃が走る。
「うっ!!かはっ!!」
声にならない声が漏れ、そのまま五、六メートル吹き飛ばされた。
まだ意識はあったが、足はおろか腕も動かず、折れた肋骨が肺に刺さっているのか呼吸をする度に胸が焼けるように痛い。
何事かと駆け寄ってくる大人たちの声と、視界に映る暗くどんよりとした雨雲を見つめ、
俺は重いまぶたを閉じた。
この日、俺は死んだのだ。
突然の眩しさを感じ目を開けると、見慣れない景色が目に入った。
白熱電球の目に刺さるような輝きはなく、穏やかという形容が似合う暖色系の灯り。癒しを与えてくれる木目調の壁、天井は灯りが届いていないのかぼんやりとした暗闇になっていた。
「××、ーーー×××」
(何の声だ?)声がした方に振り向こうとするが頭が動かない。
すると、いきなり体が宙に浮いた。え?なんで?俺結構重いよ。
「ーー××」
目の前に現れたその男は、目に涙を浮かべながら何かを言っている。どうやら、こいつが俺を持ち上げているらしい。
「ーーー×××ーー×××」
ほっぺたをすりすりしながら、聞きなれない言葉を話す。ちょっ、ほんとやめて。女の子にならされたいと思ったことは一億回ほどあるけど、男にされたくはない。
「ーーー×××ーー×××××」
男より高い声が聞こえた、もう一人いるらしい。
(誰だろう?)と思っていると、俺を抱えるその男は、
俺の気持ちを察したかのようにその声を発した人物を見せてくれた。
「ーー×××ーー××××」
なんてきれいな人だろう。優しさをはらんだ目元の中に澄んだ水色の瞳。鼻はスンと高く血色の良い唇は、濡れているのか艶が出ていて、何というか、エロい。
髪の色は明るい茶色で、横になっているベッドの上にきれいな曲線を描き垂れ下がっていた。
(あーあ、こんな美人さんと夢のような生活がしたかったな)などと、考えていると、
「おぎぁぁぁぁ!!!!!!」
隣から聞き覚えのある言葉が聞こえた。いや、特に意味のない言葉だが。
俺を美人さんの腕に預けた男は、その泣いている赤ん坊を抱き上げこちらに見せてきた。
かわいい子だ。母親譲りの瞳と髪の色。この子は将来美しくなるだろう。その子が男にすりすりされているのをみながら、さて、俺は目の前に映ってきた立派な大胸筋を、と手を伸ばすと、
(!!!)届かない!
いや、手が小さい!なんで?目の前で起こる不思議な現象に疲れたのか、俺はそこで眠ってしまった。
あの日から一ヶ月が経ち、大体の状況を理解した。どうやら俺は生まれ変わったらしい。いや、日本国男児ふうに言うと、転生したのだ。
アニメやラノベは好きだが、さて自分に起こると、そこまでワクワク出来ないから不思議なものだ。
あの日、俺を抱えた男は父親であり、名前はハルク・リディグリス、母親はエルスというらしい。
俺は、そこに生まれた子供のルークで、あの日泣いていた赤ん坊は、俺の兄のフェルス。
ベッドの中からぼーっと窓の外に映る青空を眺めながら状況を整理していると、
「おぎぁぁぁぁ!!!」隣で泣いているのは先ほど紹介した兄のフェルス。
「どうしたの?お腹空いた?」優しい声でエルダはフェルスを泣き止ましている。
「それにしても、ルークちゃんは全然泣かないわねぇ」
まぁ、生まれて33年飛んで一ヶ月。お腹が空いた程度で泣くことは無い。
エルスは、泣き止んだフェルスをベッドに戻し、俺たち二人にキスをして部屋を出ていく。
(お兄ちゃんか)
言葉は発することが出来ないので、頭の中で呟く。一人っ子だった俺は妹か弟が欲しいと思っていたが、まさか、兄が出来るとは驚きだ。
小さくかわいい手を伸ばしてくるので、それを握り、二人で眠る。赤ん坊は眠るのが仕事だ。
さらに半年が経つと、聞きなれなかった言語も大体理解出来るようになり、はいはいも出来た。
部屋から自分の足で一歩も出たことが無かった反動か、はたまた、好奇心の疼きか、俺はフェルスと共に家中を移動した。
木造建築の二階建て、住人は父母に俺たちに加え謎の女性が一人。人数分以上の部屋があったため、この家は裕福なのだろう。
唯一覗くことの出来る窓から見渡した景色は、都会っ子なら一度は憧れる田園風景。道に立つ木々以上に高い建物は無く、平屋が数軒見えただけだった。
あの日にろうそくで灯りをとっていたことからある程度は察していたが、この世界には電気が通ってないようだ。PS5、Switch、パソコン、俺の一日の八割を満たしてくれた彼らには二度と会えないのか。グッバイ、青春。
一週間も家中を見て回るとさすがに飽きたので、エルスがいる台所へと向かった。
「あら、危ないわよ。あなた、ちょっと二人を部屋に運んで」
母の呼びかけに、ハルクは額とむき出しの体に汗をかき、剣を片手に勝手口から現れた。
(ん?剣を片手に?)
こいつは何をしていたんだ?今時マジシャンくらいしか使わないぞ。
もしかして、木剣をお土産に買う修学旅行生のこじらせ大人バージョン的な感じか。やめてくれ、恥ずかしい。
「ん?おい、ルークが膝をけがしてるぞ!!」
「大変!!はやく、治療しないと!!」
そういえばさっき転んだなぁ。お気になさらず、かすり傷ですと笑っていると、エルスが手を俺の膝にかざし、
「神よ、自然よ、傷つきしかの者に再び立ち上がる力を与えん【ヒール】」
おっと、想定外。母親も魔法少女に憧れ成人、今でも夢はピュアハート系の人か。と思っていたら。
エルスの手が光ったかと思うと、光の粒子が俺の膝に降りかかり、たちまち傷口がふさがった。
(まじか!?)
「良かった。軽い傷ならお母さんでも治せるからね」
鼻をさすりながらそう話す母親と、
「やっぱり、お前の魔法は最高だよ」とデレデレ始める父親を放っておき、俺は目の前で起きたことを理解しようとした。
(剣?ヒール?魔法?)息もつかせぬ非日常の連続に、脳内はパニック状態になった。
父親に部屋に戻され、呆然とし、数分がたった後、隣で寝転んでいるフェルスに対し、
「あうあーああーあ!!!」
(剣と魔法の世界じゃないか!!!)
フェルスは不思議そうな顔をした後、反対方向に寝返りそのまま寝てしまった。
興奮は収まらなかったが、重いまぶたに抗うことは出来ず、俺もそのまま眠った。
一歳になり、両足で歩けるようになってからは今まで以上に活動範囲は広がった。はいはいでは登れなかった急な階段を登り、屋根裏部屋へと上がる。
そこで、ほこりを被ったトランクのようなものを見つけた。フェルスと共に硬い鍵を開けそれを開くと、
中には大きな本が一冊と小さな本が数冊入っていた。
まだ文字は読めなかったが百を越える異世界、魔法系統のアニメを見てきた俺には分かる。これは魔術を学べる本だ。
思い立ったが吉日。文字を読めるようになるため、母に頼んで簡単な絵本から読み聞かせてもらった。
幸い、家には本がたくさんあり、何度も同じ本ばかりということは起こらなかった。
何でも、この家に住んでいる謎の女が読書家で集めているという。一体、誰なんだ?疑問はあったが、今はそんなことは気にならない。
一年後、読み聞かせのお陰で、あらかた文字を読めるようになった俺たちは、またあの大きい本を開いた。
「いい?兄さん!!こうやるんだ!!」
「分かってるよ、そう焦るなよ」
落ち着いた声音で、魔術に興味が無いのか、二歳にして大人びているフェルスはあっけらかんと答えた。
俺たちは二歳にしてはすでに流暢に話していた。親の教育と遺伝子が良かったのだろう。
「え~と、神よ、自然よ、我の祈りに答え海の恵みを与えん【ウォーターボール】!!」
五センチ大ほどの水の球が生まれたかと思うと、ストンっと力が抜けたように床へと落ちた。
「上手くいかないなぁ~」頭を抱えていると、視界の端に映る景色が歪んでいるのが見える。
驚いてそちらを向くと、フェルスが俺よりも数倍大きい水球をプカプカと浮かせていた。
「兄さん!?どうやったの!?」
「別に、ルークがしてたのを真似しただけだよ」
さも、出来て当たり前のようにそう呟く。
「あれ、もしかしてルークは出来ないの?」
いつものからかう視線でにやにやしている。
「う、うるさい!すぐに追い付いてやる!!」
フェルスにからかわれても嫌な気はしなかった。
とりあえずは、フェルスに追い付くことが目標だ。
一週間後、今日より二つ多く水球を作れた。
一ヶ月後、水球が二倍の大きさになった。
さらに一ヶ月後、フェルスが水で魚を作った。隣で才能とやらを実感させられる。
まぁ、いい。目的も無く家の中で生きていた今までとは違う。
俺の好きだった占い師が言っていた。
「人生とは死ぬまでの過程である。夢を追いかけている時間も、だらだら過ごす日々も、同じように寿命は減っている。だからこそ、意味ある時間を過ごすべきだ」
彼女のありがたい言葉を思い出し、大きな窓を開けどこまでも続く空に向かって叫ぶ。
「惰性に生きるのはもうヤメだ!!!」
こんにちは。
今作が初投稿の焼きおにぎりといいます。
小説を読んで数年、ラノベにはまり数ヶ月、なろうを知って一週間。とハイスピードに執筆活動にのめり込みました。
バリバリの異世界転生もの。主人公と兄が人間として成長をしていく過程を温かく見守ってあげてくたさい。
もし本作を気に入っていただけたなら、コメントとポイント、次の話への期待をお待ちしております。