母は強し。それが真理。
「要は…灯ちゃんは超優秀な天才美少女だったって話だよな。」
無事、歌鈴ちゃんの友達という称号を獲得し、帰宅した私は、夕ご飯時になってやっとこさ両親に女神の話をした。
その話への父の返答は上記の通りである。
やたらとキリッとした顔で言った父の頭は大変に寂しい。
「んなわけないでしょ、馬鹿親父。」
そう、流石にそれは無い。
今になって、この歳になってそれは無い。
そんな漫画の主人公みたいなことあるわけないだろうに。
父は少年の心を忘れなさすぎである。そして、親バカなのである。
正直言って恥ずかしい。
私の言葉にしょぼくれる父を他所に、母は1度お茶碗と箸を置いて言った。
「もしかしたら、守護霊、って奴かもね。」
「守護霊…?」
はて、それは一体。
いや、聞いたことはある。勿論だ。
人1人に必ずついているという、十人十色な霊達。
曰く、その人の先祖だとか、その人の前世の恋人だとか、はたまたその人を好いている神様だなんて言う話もある。
私のイメージでは某ポッターの守護霊獣達だ。
そのため、私は動物を思い描いていた訳である。加えて、今まで霊なんて見た事がない(女神だって見たことは無いが)。
だから、そんな発想はまるで無かった。
神様ならなんか凄い力を使って人に見えるようになる事もできると思って女神と仮定したのだ。
なんで私だけが見えてたのか分かんないけど。
「やっぱ、私だけが見えてたのって謎なんだよね〜…」
そう、あの女神が実際に女神かどうかは問題では無いのだ。
とりあえず、私が唐突にあんなよく分からんもんが見えてしまっていることが問題なのである。
このままでは、父の話を認めないといけないという、私の尊厳の危機なのだ。
守護霊って話では、女神の存在を認めるのと同じになってしまうじゃないか。
断じて、断じて認めないからな…!
愛娘の結婚を、頑固親父が認めないことくらい認めないからな…!!
「だから守護霊じゃないの、って言ってるんじゃない。」
「へ?」
呆れたような母の言葉に、私はマヌケな声を返す他ない。
全くもって話についていけていない。
だいたい私は、守護霊だって認めたくない。
「はぁ…アンタ、本当に今まで父さんの話聞いてきたの?」
すかさず目を逸らす。
それは、触れないお約束でしょ!
ほら、お父さん泣きそうだよ!私のせいだけど!
「あのねぇ…良いわ、私が説明しましょう。」
「あはは…お願いします…」
お母さん様々だ。
流石は霊だの神だのと現実離れしまくった“バカ”の話を、メモを取って聞いているだけのことはある。
母は勉強熱心なのだ。というか、色々なものに興味を持つ人だ。
そんな興味深いものの一端に、父の話で出てくる神様や仏様やらがいた。
だから、母と父は仲良くなった(らしい)。
私の受験を手助けしてくれたこともあり、その知識にはひれ伏すばかりだが、あの胡散臭い話をメモする辺りは引いてしまう。
母も結局はロマンチストなのである。
しかし、母の話はいつだって説得力に満ち溢れている。
だから、聞いてしまえば納得してしまう自信が割とあるが、気になりはするので説明は欲しい。
くそぉ…なんだか嵌められた気分だ。自分のせいだけど…
「守護霊には神様がなる事があるってのは知ってるでしょ?」
「それくらいは勿論。」
「で、神様っていうのはそこらの霊とはレベルが違うわ。持っている力が違うからね。」
なるほど、それくらいは想像が容易い。
ウンウンと頷く私に母は続けた。
「加えて、守護霊になった神様は人により近い存在となるのよ。」
「人に近い…」
「そ。だから、もしかしたらの話、ぜんっぜん霊が見えないアンタでも、守護霊となった神様くらいは認識できる可能性があるの。」
「いやでも、やっぱ私にしか見えなかったのが…」
「そりゃ、血筋よ、血筋。これでも家はすんごい伝統あるお家なんだから。」
「えぇ〜……」
先程言った通り、母は父の話を割と信じている質だった。
だから、そういうことも平然と言ってのけるのだ。
そんなわけないって、私は今日の今日まで思えてたんだけど…
どうも、信じないといけないかもしれない。
よくよく考えれば、隔世遺伝なんてのもあるし、お父さんや私が見えないからって、会ったことの無いおじいちゃんやおばあちゃん、ひいては御先祖様が見えたなら、これから産まれてくる(私が産むかもしれない)子供は見えない友達言えない。
むむむ、と私が眉を寄せる間にも、お母さんは話を進めていく。
「それに、アンタだってその歌鈴ちゃんとやらに仰々しいのがついてるのが気になったから、わざわざ話したんでしょ?」
「う、うん…」
全くもってその通りなのである。
お母さんは心の目でも持っていて、人の気持ちが読み解けるのかな…?
「守護霊だったらそこの疑問は解消するじゃない。」
なるほど、確かに。
神様だから私みたいなパンピーでも、見える血がある人なら見えて、守護霊だから歌鈴ちゃんのそばにいる。
無茶苦茶それっぽい。
私のまるで情報のない話からこれを一瞬で思いつくとは、母は天才だ。母こそが女神だ。
「……ん?でも、私、歌鈴ちゃんとお話するまで見えてなかったよ?」
納得しかけて、ふと、新たな疑問が浮かんでしまった。
式があって教室まで移動する間も、これからの友達作りについて思いを馳せていた間も、決してあの女神様…守護霊は見えていなかったのだ。
すぐ近くに歌鈴ちゃんはいたというのに。
私が凄い神様なら見える、というだけの話では、その事が説明できない。
やはり、いくら母でもこの謎を解くことは不可能だった、という事か。
フッ、と遠い目をしながら笑う私に、母がジトリと目を向けてきた。
凄い…まるで阿呆を見ている目…
「それも含めて、よ。守護霊って言ったのは。」
「と、言うと?」
「守護霊って、人によっては隠しちゃう人もいるのよ。主に警戒心が強い人とか、人見知りな人とか。後、パーソナルスペースが広い人とかね。」
ふむふむ…
私は物知り顔で歌鈴ちゃんを思い浮かべた。
ほのぼのしていて、抱擁力が半端ない笑顔を浮かべておいでだ。
警戒心が強そうでも、人見知りそうでも、パーソナルスペースが広そうでもない。
寧ろ、不審者並みの私に話しかけてくれたくらいには、人懐っこい感じの子である。
私の様子を見て、やっと再起動しだした父が会話に加わる。
「まあ、それだけじゃないがな。例えば、慣れない場所で緊張している、とかでも隠す人はいる。」
「入学式で緊張してたから、って事?」
「そういう事。」
私みたいな不真面目な人間は、入学式なんて欠伸を噛み殺すという仕事のみの暇なもんだけど、歌鈴ちゃんみたいな真面目な子は緊張もするだろう。
っていうか、入学式では歌鈴ちゃんは横の席にいたはずなんだけど、まるで覚えてないな…
あんな可愛い子を見逃してるなんて、私の目はどうかしているな。信じられない。
「馬鹿なお父さんにしては名推理じゃない。娘の事と張り切るだけはあるわね。いつもの仕事も、それくらい張り切ってくれればきっと一瞬で片付くのだけど…」
「い、いやぁ…それとこれとは話が別と言いますか…」
私が過去の私を叱責している間にも、父と母の夫婦漫才は展開されていく。
いつも通り、母が追い詰め父は冷や汗タラタラで応えている。
流石は我が家の女神。完璧に夫を尻に敷いてらァ。
見慣れた風景に、私は先程の母よろしく目をジトリとさせて、大皿に乗った唐揚げを1つつまんだ。
あ、めっちゃ美味しい。
母は料理も天才的だ。
本当に、あの“髪がそろそろ死にそうなバカ”には勿体ない人である。
一体、母は父のどこが好きで結婚したんだか…
にしても、家ってそんな推理力必要な仕事受けてるのか…?
寺の掃除とか、近所のご老齢の談笑相手とかだけじゃないの…?
私、自分ちの仕事に興味無さすぎでは…?
ま、まあ、向こうが説明してこないだけだから…!
説明しない、つまりまだ私には必要ない話って事だから…!
ていうか、今までお父さんの話をまるで信じてなかったんだから、しょうがないよね…!!
ウンウン。
大丈夫、大丈夫。
よし、疑問は解決したし、どうでもいい事は忘れ去って、ご飯を再開しよう!そうしよう!
唐突に浮かび上がった思っていた以上の自分の状況のヤバさに軽く死にそうになった私は全てを投げやり、明日からの学校生活に思いを馳せて、再度唐揚げをつまんだ。
「アンタ、肉ばっか食べてると太るわよ。」
「……そんな事ないよ。」