だって彼女は正しいのだから
僕は白い空間にいた。
右を見ても白。左を見ても白。
永遠に、この視界の果てまでもが白で埋め尽くされている予感がする。
そんな空間に彼女はポツンと立っていた。
これが雪景色だったなら大層映えただろうけれど、と僕は思う。
彼女は『正しさ』の象徴だった。
彼女は『正しさ』そのものだった。
彼女は全て正しかった。
僕は声をかけた。
「なんでこんなところに立っているの」と。
彼女は答えた。
「私は正しくあらなければいけないから」と。
的を得ていないようで、しかし確かに、僕は納得できた。
彼女は続けた。
「私は常に正しさの指標として、みんなの道標として、私は正しい場所に、方向に立っていなければいけないの」
僕は「どうして?」と聞いた。
彼女は消えゆきそうなほど美しい、その顔をこちらに向けて答えた。
「だって、常に正しい存在がないと、みんな自分が今正しいところに立っているか分からないでしょう?迷ってしまわないように私は、ずっと、正しいところに立ってるの」
僕はなるほどと思った。
だから、みんなは正しさを疑ったりせずに進み続けられるのか。
僕はその白い空間を後にした。
******
俺は久しぶりにその空間を訪れていた。
俺は何が彼女で、彼女は何なのか分からなくなっていた。
だから聞いてみた。
「お前は本当に正しいのか」
「そう、私は正しい」
「俺の父と母は、隣国との戦争で死んでしまった。その戦いも、彼女の導きだから、きっと正しかったのだとみんなも立ち直ってる。だけど、どうしても、俺は正しかったと思えない」
「でも、私が正しい。私の。指す方向が。」
俺は口を噤んだ。
このまま、その場を立ち去ろうとしたけれど、どうしても確認したいことがあった。
「お前が正しいところにいるのか、お前がいるからそこが正しいところなのか、どっちなんだ」
「...わからない」
その横顔は、まだ幼い少女のようだった。
******
気持ち悪かった。
間違ってると思った。
到底正しい在り方だとは思えなかった。
俺はもう一度そこを訪れた。
全てを終わらせるために。
少女は、ほんの少し、まるで待ち人が来たのを安心するかのような、そんな表情を浮かべて俺を見る。
「お前は正しい」
「うん」
「お前を、この国の民が、無理やり正しい存在にしている」
「...知らない」
「おかげでこの国では、憎しみも反乱もない。みんなは自分が不幸だとは思っていない」
「幸せでしょう?」
「違う。何が起こっても、どんなことが起こっても、それがお前の正しさだと思い込んで、自分を守ってる。運命だと割り切ることで、自分を救ってる。仕方のないことだと」
「うん」
「それを疑問に思っていない。それが、ただただ俺には気持ちが悪い」
疑問に持たないこともだし、全てを、彼女に押し付けていることも。
「じゃあどうするの」
彼女はそう言った。
「俺はお前を消す」
俺はそう答えた。
「きっとみんな混乱する。今の方が幸せだったと、あとからきっとそう思うよ。それでも?」
「ああ、きっとそれが正しい。今はきっと、間違っている」
俺は、強い意志を彼女に伝える。
「全てが決められていて、それは仕方のないことだと思えれば、絶望を感じることもないのに。道に迷うこともないのに。それでも?」
「ああ、きっとそれが正しい」
再度、俺は、強い意志を彼女に伝える。
「そう、わかった」
そう言って彼女は、俺が腰につけている鞘を指さして、無言で俺を見つめた。
「もう、できるわ」
「そうか」
彼女は『諦め』の象徴だった。
人々が納得するための。
彼女は偽りの『正しさ』だった。
人々が全てを押し付けるための。
俺は剣を凪いだ。
呆気なく彼女は消えた。
白い空間に、似つかわしくない血の色がついた。
彼女は死ぬ間際に、俺にこう言った。
「結局、何も変わらないわ」と。
******
意外にも混乱はなかった。
正確にはあったのだが、今は落ち着いている。
何故ならみんなは代わりの『正しさ』を見つけたのだから。
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