掌編「メシアの飯屋」
「いらっしゃい!」
のれんをくぐり、引き戸を開ける。
白い前掛けと頭巾を被った店主が、気持ちの良い挨拶で出迎えた。
軽快な油の跳ねる音、食材をかき混ぜ炒めるたびに広がる薫り。
訪れた客の、空腹で縮んだ胃を心地よく刺激する。
「大将、おつかれ〜」
「おや、隊長殿。今日は2人ですか?」
「そそ、こいつ俺の後輩。最近こっち来たからさ」
「初めまして!先輩からここ凄く美味いって聞いて、楽しみにしてました!」
「おいおい、あんまりハードル上げんなよー」
「こりゃあ下手なもんは出せませんなぁ!」
店主と軽く談笑をしつつ、甲冑を着込んだ男2人は席に着く。
店の雰囲気は東洋の「食堂」と呼ばれる形を取っている。
2人は低い壁を挟んで、店主に向かい合う席へ並んで座った。
「川化けガニの焼き飯お待ち!」
2人の男達とは別に、間を空けて隣に座る巨人に店主が料理を手渡す。
大きなカニが添えられた、山盛りの色鮮やかな焼き飯。
巨人はそれをかき込むように食べ始めた。
「凄いっすね。ていうかあの人…」
「南の守護番様だな。仕事の合間によく来てるよ」
巨人が料理を食べる手を止める。
一息入れた巨人は店主に向かって、古い言語を使い話し始めた。
店主も時折笑いを挟みながら、和やかな様子で対応する。
「俺、守護番様が笑ってるの初めて見ましたよ」
「だよなー」
店主と一通り話し終えた巨人は食事へと戻る。
そして店主が2人の男の前まで駆け足でやって来る。
「すみません、つい話し込んでしまって」
「大丈夫大丈夫、こいつ飲まず食わずで5日戦ったことあるから」
「いや、こんなに美味そうな匂い嗅いでたら1時間も待てないっすよ」
「はははっ。それじゃあ早速作るとしましょう。今日は何にしますか?」
「東洋風ひき肉の包み焼きと、糸小麦のスープ漬け2人分、よろしく」
「はい!少々お待ちを!」
注文を受けた店主は、慣れた手つきで料理を作り始める。
薄く伸ばした皮生地に肉団子を詰め、熱した鉄板の上で焼き上げる。
次に細く切った小麦生地を、コトコトと音を立てて煮えている鍋の湯に入れてゆく。
「ひゃー…初めて見る料理だ」
「俺たちの国には無かったからな、こういうの」
男達が魅入っていると、あっという間に料理が出来上がった。
「お待ちどうさま!」
店主から差し出された質素な皿と器。
そこには、止めどなく溢れる薫りと熱を送り続ける、魅力的な料理がよそわれていた。
男2人は息を飲み、スープに浸かった糸小麦を一口食べる。
「「美 味 い ! ! ! !」」
歯切れの良い細い生地に絡み合う、濃厚な旨味のスープ。
続けて食べた肉詰め。
口に入れた瞬間、熱々の肉汁が堰を切ったように溢れ出す。
「やっぱりうんめぇなぁ!」
「肉詰めもめちゃくちゃ美味いっすよ!」
自然と笑みを溢しながら、どこが美味い、ここが良いと料理を食べながら話し合う2人。
そんな彼らを見て、食事を終えた巨人が頃合いとばかりに手で合図を店主に送る。
気づいた店主も静かに出入り口へと向かう。
すると、新たに扉が開く。
そしてまた、いつものように店主は元気よく挨拶をする。
「いらっしゃい!」
ここは天界に看板を掲げる「ヴァルハラ食堂」。
役目を終えた救世主が営む、英雄達の憩いの場。