表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

追放された令嬢は孤独な魔物に恋をした

作者: 砂森圭

 ――アリア・ペンバートン男爵令嬢。あなたを『魔の森』に追放します! 男を誑かす汚らわしい魔女め、一刻も早く私の目の前から消えなさい!


 少女は森の中をどこへともなく歩いていた。鬱蒼と木々が茂る森は昼間でも薄暗い。季節は秋口に入ったところであるが、この国の最北に位置するこの森の空気はもう冬かと思うほどに凍てついており、外套の前を掻き合わせてもなお防ぎきれない寒さが少女の体温を容赦なく奪っていった。肩ほどまでに切られたばかりの髪も防寒の役目は果たしてくれそうになかった。


 少女――アリア・ペンバートンは十人が見れば九人が振り返るような、美しい容姿をしていた。太陽の光を具現化したかのような豊かな金髪に、緑柱石を思わせる緑の瞳。すっと通った鼻梁に薄い桃色の唇。華奢な体躯も相まって、思わず守ってやりたくなるような儚さを持ち合わせている。その美貌をして、かつて「妖精のよう」と吟じた詩人もいたほどだった。


 アリアの周りには今は誰もいない。夜会に出れば彼女を守る騎士よろしく取り巻きの男達に囲われていた彼女だったが、今となっては供すらもなくたった一人でこの森を彷徨っている。


 だが、アリアの瞳から輝きは失われていなかった。口元には薄く微笑みを浮かべてすらいる。背筋をぴんと伸ばし、しっかりとした足取りで前へ進む。歩きやすい靴を選んだし、領地の視察で長時間の歩行には慣れている。

 なにより、地位も名誉も婚約者も、帰る場所すら失ったアリアにこの身ひとつのほか残されたのは、己を己たらしめる誇りだけであった。それだけは、何があろうと手放す気はなかった。


「それにしても、静かねえ……」


 本当の静寂というものを、アリアは初めて体験した。風が吹いて木の葉が擦れ合う音も、遠くで鳴く獣の遠吠えもない。そこにあるのは、アリアの呼吸の音と足音だけ。あまりの静かさに耐えかねてぽつりと漏らした声は反響すらもなく薄闇の中に吸い込まれた。


 ――まるで、森がじっと息を潜めてアリアの一挙手一投足を監視しているかのよう。


 それならそれで構わなかった。見られることには慣れている。歌でも歌ってやろうかとさえ思ったが、さすがにいるとも知れない獣に襲われでもしたら困るのでそれは控え、ただただアリアは前へ進み続けた。


 『それ』は突然、まるで魔法のようにアリアの目の前に現れた。


「まあ……」


 思わずアリアは感嘆の声を上げる。


 大きな湖だった。湖面はさざめきひとつさえなく凪いでいて、澄んだ水が鏡のように森を映し出している。空から差し込んだ柔らかい光が空気中に漂う何かに反射して、時折雪のようにきらきらと輝いていた。静謐な空気も相まって、さながら聖域のような佇まいである。その幻想的な光景に、さながら幼い頃に読んだ物語の一頁のようだと、アリアはぼんやりと思った。


 そのほとりに一人の男性の姿を見つけ、アリアは大きな目をさらに大きくした。

 アリアが今いるこの森は通称『魔の森』と呼ばれている。その名の通り魔物が住むだとか呪われているだとかという噂がまことしやかに流れており、近くにある村の悪戯小僧ですら恐ろしがって寄り付かないという。だからこそアリアは今この森にいるのだ。人が住んでいるという話は聞いたことがない。


 銀髪をゆるく一つに束ねた男性は俯きがちに歩いていて、遠目であることもありその顔を窺い知ることはできない。ただ遠目にも仕立ての良い服を身につけており、立ち居振る舞いにも品の良さがあることから、どことなく貴族然とした雰囲気を纏っている。

 どきどきと鼓動が高鳴るのを感じながら、アリアは木陰からこっそり男性の様子を観察し続けた。


 男性はゆったりと湖畔を散歩していたが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。その顔を見てアリアは声を上げそうになる。

 仮面。顔を口元以外全て覆い隠すようになっている仮面が、その顔には貼り付いていた。仮面舞踏会でつけるような派手なものではなく、そこからは顔を誰にも知られたくないという確かな意志を感じた。

 男性はアリアのいる方に視線――仮面越しで正確なところは分からないが――を向けた。そして、


「出ておいで」


 と短く口にした。声は柔らかくも玲瓏としている。大きい声を張り上げている様子もないのに不思議とその声はアリアにはっきりと届いた。どうしてだか分からないが、アリアはそれが自分に向けられたものだと理解した。


 悪戯をしているのが見つかった子供のようなばつの悪い気持ちになりながら、アリアは木陰から出る。

 男性はアリアの隠れていた木のすぐそばまで来ていた。アリアの姿を認めると一瞬だけ驚いたようにほんの少し口を開けたが、すぐにその口元は笑みの形を描いた。


「初めまして、可愛らしいお嬢さん。私はフィル。お名前を伺っても?」

「……大変な無礼を致しましたことお詫び申し上げます。私はペンバートン男爵家が長女、アリア・ペンバートンと申します」


 挨拶は慣れたものだ。動きやすさを重視した簡素なスカートではあるが裾を摘んで礼の形を取る。それだけでも自分が十分美しく見えることをアリアはよく知っていた。

 普段ならぼうっとのぼせ上がったように自分を見つめる視線か、あるいは敵意が混じった視線を向けられるものだが、仮面越しに向けられる男性――フィルの視線は、すぐそばにある湖のように凪いでいた。


「そう。アリア、貴女はどうしてここへ? ここは人がそうそう立ち入るような場所ではないと思うのだけれど」


 それを言うならそちらはどうなのだ――と思ったが、質問に質問で返すのは無粋だ。アリアはにこりと微笑んだ。


「貴方に会いに来ました」

「どうやら冗談がお好きな方のようだ」


 はは、と小さく笑ったその声は乾いていて何の感情もない。どうやらフィルは全くアリアの容姿に関心がないようだ。年頃はそう離れていないように見えるが、感じるのはどちらかといえば孫を見る祖父のような温かさである。


「私、この森に追放されたのです。これからこの森で暮らしていかなければならないのですわ。野営の知識は一通りありますが、もしフィル様がこの森で暮らしているのであれば、生き抜くコツなどご教授いただけると大変ありがたいのですけれど」


 正直にそう言うと、初めてフィルが感情の揺らぎを見せた。驚きのような怒りのような――表現しがたいそれを彼はすぐに仮面の奥にしまい込んでしまった。


「込み入った事情がありそうだ。森の外へと送り届けることも出来るが、……それだと困ったことになるのかな」

「ええ。森を出たところでしばらくは私をここに放った者が監視しているでしょうし、出たとしても行き場もないのです」

「分かった。もし貴女が嫌でなければ、私の屋敷に招待しよう。何もない屋敷だけれど、少なくとも暖は取れる。部屋は余っているから落ち着くまで過ごすといい」


 彼の示す先には、確かに小ぢんまりとした屋敷があった。古めかしいが重厚な作りをしていて、言葉通りの意味で趣を感じられる。


 ――先ほどまで、それはそこにあっただろうか?


 いくら湖とフィルに気を取られていたとはいっても、屋敷の存在に気付かないことがあるだろうか。まるで、フィルが言及して初めて屋敷がアリアの目の前に姿を現したようだ。

 少々狐につままれた気持ちになりながらも、アリアはフィルの提案に頷いた。初対面の男性の屋敷に招かれることについて警戒心がないわけではなかったが、彼のアリアに向ける視線の湿度の無さに少し安心感を抱いていたのである。


 フィルにエスコートされる形で屋敷に入ると、客間とおぼしき部屋に通された。屋敷内は清潔で、蜘蛛の巣が張っている、などということもない。部屋に通されてすぐにフィルが備え付けの暖炉に火を入れてくれ、室内が少しずつ温度を上げていく。

 天鵞絨の張られたソファに腰掛けてしばらくするとメイド服を身に纏った年嵩の女性がやってきて紅茶を淹れていってくれた。一口口に含むと馥郁とした香りが鼻を通り抜け、温かさが指先まで満たしていく。どうやら気付かないうちに随分冷え切ってしまったようだと、初めてそこで自覚した。


 壁には大きな肖像画がかけられていた。随分古いものだ。肖像画にはフィルによく似た男性が描かれている。絵の中の男性も、フィルと同じ仮面を付けていた。それを眺めながらアリアは呟いた。


「使用人もいるのですね」

「私一人ではこの屋敷の面倒は見られないからね。彼女の他に使用人はいないから、私も雑巾がけをすることもあるんだ。マーサ……先ほどの彼女も、歳だしね」

「まあ」


 男爵位に過ぎなかったアリアの家でももう少し使用人はいたが、それについて深く踏み込むことはしない。『魔の森』と囁かれる森に屋敷があって、人が住んでいること自体が驚きなのだ。


「それで、事情を聞かせてもらってもいいかな。追放――とは、穏やかではないね」

「とはいっても、何も面白い話ではないですよ?」


 むしろ、アリアの中ではつまらない部類の話に入る。だが、フィルの真剣な表情に小さく息をつくと、紅茶をソーサーに戻して口を開いた。


「……私、美人でございましょう?」

「自分で自分のことをはっきりそう言い切る人には初めて会ったけど。そうだね、とても美しくて魅力的な女性だと思う」


 苦笑じみた、どこか他人事のように感じる言葉に、本当にこの人はアリアの容姿に関心がないのだなと改めて感じつつ、アリアは続ける。


「私の家はしがない男爵家に過ぎません。ですが、私を使えば格が上の家に取り入れるのではないかと、両親――特に父は昔から野心を抱いていたようです。ですから私は幼い頃から男性に取り入るべくそのように教育されてきました」


 淑女が身につけるべき教養。貴族の妻として恥ずかしくない教養。それらをアリアは幼い頃から叩き込まれ、家の格に合わない美しいドレスを与えられた。どうすればより自分が魅力的に見えるか、どうすれば男性の気を引くことができるか。アリアは跡継ぎである兄よりも、妹たちよりも、金をかけられて生きてきた。


「社交界デビューをしてすぐ、私は殿方たちに囲まれることになりました。親衛隊もありましたのよ。一方でそんなことをしていましたから、女性からの評判はもう散々でした」

「まあ、想像はつくよ」


 社交界は結婚の相手を見つける場。それなのに男達が一人の女に群がっている状況は、さぞ面白くないことだろう。ないことないこと噂を流され今に至るまでアリアに女性の友人が出来たことはない。お茶会に呼ばれたことがないではないが、それはアリアと親しくなれば周辺にいる男達に近付けるからという気持ちからだったということをアリアは知っている。


 そしてついた異名が『社交界の小さな魔女』。たかだか十六の小娘に大層な渾名だが、その評判に父はとても喜んでいたのを覚えている。


「同時に見合い話も大量に舞い込んできました。そして父の望み通り私は十七になったとき格がいくつも上の殿方と婚約することになったのです。――お相手の方は伯爵家の方で、父よりも歳が上の方でした」


 相手は好々爺と評判の伯爵で、妻とは既に死別していた。自分より歳が上の継子がいる。そんな家にアリアは嫁ぎにいくはずだった。


「それで……私の悪い噂だとか、殿方の態度だとかが変わるかといえば、そんなことはありませんでした。むしろ悪化したかもしれません。婚約者がそういう方でしたから、こんな誘いが来るようになったのです。――『そんな年寄りが相手ではつまらないだろう。一晩の相手にどうか』。つまり遊び相手と見做されたのですわ」


 『社交界の小さな魔女』は男たちから言い寄られ続けて、そして。


「ある日、他と同じように声をかけてきた男性がいました。――公爵家のお嬢様と結婚しているのに、です」


 当然そのことは奥方の耳に入り、当然のように奥方は激怒した。ただでさえその奥方は男爵位のくせに男に囲われるアリアのことを蛇蝎のごとく嫌っていた。


 ――アリア・ペンバートン男爵令嬢。あなたを『魔の森』に追放します! 男を誑かす汚らわしい魔女め、一刻も早く私の目の前から消えなさい!


「そうして、私はここにいる、というわけですわ。元々髪ももっと長かったのですが、この森に入る前に切られました。罪人だからと」

「……酷い話だな」

「そうでしょうか? 首を刎ねられもせず、家も取り潰しになっていないのですから、まだ恵まれた方かと思っています」


 心の底からそう思っている。父がどう思っているかは知らないが。


「私からも一つ質問よろしいでしょうか?」

「どうぞ。私に答えられることであれば」

「先ほどから気になっていたのですが――フィル様はもしかして魔物でいらっしゃる?」


 フィルは鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんとし――それからくすくすと笑い出した。


「何を言い出すかと思えば。確かにこの森が『魔の森』と呼ばれていることは知っているよ。でもいきなり魔物呼ばわりは失礼じゃないかな。私は人間だよ、見ての通りね」

「なら、どうしてフィル様は歳を取らないのでしょう」

「……貴女が何の事を言っているのか分からないな」


 本気で分からないという表情をしているフィルに、アリアは壁にかけられた肖像画を手で示した。随分と古そうな肖像画。フィルにそっくりな男性がそこにはいる。それを見てフィルはああ、と納得したように声を漏らした。


「あれはこの屋敷の先代――私の父だよ。確かに同じ仮面もしているし、よく似ているけれどね」


 アリアはフィルの発言を無視した。


「あの絵を描いた肖像画家はとても良い仕事をなさる方だったのですね。――耳の形までよく写していらっしゃる。親子でも、そうは似ませんよ」


 空気が変わる。室温が二、三度は下がったような気がした。フィルの表情は変わらず笑顔なのに、その笑顔に圧がある。


「貴女は愚かだ。気付いていても、知らないふりをしていればよかったものを」

「魔物だと気付かぬふりをして過ごす方が恐ろしいとは思いませんか? 同じ屋根の下で暮らすのであればその正体を知っておきたいと思うものでしょう」

「貴女は私の正体を知ってなお、この屋敷にいるつもりなのか?」

「私を食らうつもりがないのであれば。これでも、それなりに男性を見る目はあるつもりなのです。フィル様は、あまり私に興味がおありになりませんよね?」


 そう言うと小さくフィルは笑い――おもむろに自分の顔に手をつけて、仮面を外した。


 息を飲んだ。

 そこには、紛うことなき化け物がいた。


 仮面の下の皮膚は綺麗なもので、特段普通の人間と変わりない。だが、そこには人間の限界を超える美を湛えた化け物がいた。

 その美しさを表現することは、アリアには出来ない。それは『美』というものに対する冒涜ですらないかとさえ思えたのだ。

 素早く仮面を元に戻した後に、フィルは言う。


「これが、貴女の言う魔物の正体だよ。貴女の言う通り、私は歳を取らない。もう百年近くは生きているけれど、見た目は二十の時のままだ。そのころに、この見た目のせいで変なのに絡まれてね……アリア、大丈夫か? 気付け薬はいるかい?」


 呆然としたままのアリアを見てフィルはアリアの目の前でひらひらと手を振った。それでアリアははっと我に返る。


「すみません、大丈夫です。ご心配をおかけしました。あと……無理に仮面を外させるような真似をして、申し訳ありません」

「外したのは私だから、貴女が自分を責める必要はないよ。それに、貴女は今まで私の顔を見た人間と比較すればはるかに反応が薄い。むしろ少し新鮮なくらいかな」

「いいえ、驚きました……私より美しい人なんて初めて見たものですから」


 フィルは吹き出した。だが正真正銘それがアリアの本音である。今の今まで、世界で一番美しいのは自分だと、本気でそう思っていたのだ。


「世界は広いだろう? お嬢さん」

「そうですね。勉強になりました」


 生真面目に言うアリアにフィルはまた笑う。よく笑う人だ。


「……それで、貴女の気は変わらないのかな?」

「はい。ただの綺麗な方だったのでむしろ安心しました。魔物呼ばわりした失礼を許して頂けるのであれば自活出来るようになるまでご厄介になれればと思います」

「そんな風に言われるのもなかなか新鮮だな。魔物云々は別に気にしなくていい」


 先ほどからフィルは面白そうな目でアリアを見ているが、一方のアリアもフィルに興味を持っていた。フィルがアリアの容姿に関心を持たない理由。フィルの方がそれを上回る容姿を持っているから。おそらく、それが原因でアリア以上に嫌な思いを沢山してきているから。年齢的に、アリアは曾孫のような年齢だから。色々考えられるが、少なくともフィルはアリアをただの人として見てくれている。


 ――なんだろう。この気持ち。


 今まで感じたことのない感情が自分の中から湧き上がってくるのを感じる。温かいような、むず痒いような、苦しいような。


 その感情の名前にアリアはすぐに気が付いた。伊達に『社交界の小さな魔女』の異名を持っているわけではない。だが同じ瞬間に気が付いて絶望した。その想いが報われることはきっとないのだと。何せ、アリアの一番の武器である容姿が通じない。それを抜きにしてどう攻めればいいというのか。そもそも今まで言い寄られるばかりだったから、どう攻めていいのかも分からない。


 ――いや、諦めてなるものか。


 アリアはこっそり拳を握る。少なくともしばらくは同じ屋敷で生活が出来るのだから、チャンスはいくらでもある。その間に、出来るだけ努力をしてみよう。せめて人として好いてもらえるように。叶うなら、一人の女の子として好いてもらえるように。


「とりあえず今日はゆっくり休むといい。屋敷はマーサに頼んで案内してもらってくれ」

「分かりました」


 まずは、自分の生活の基盤を固めよう。全てはそれからだ。




 その晩のこと。


「ご主人様、あの娘について調べがつきました」

「いつもありがとう。相変わらず仕事が早いね、マーサ」

「とんでもないことでございます。それでは」

「ああ」


 自身の居室にて、フィルはマーサから受け取った報告書に目を通していた。今日館を訪れた娘――アリア・ペンバートンについての報告書である。


「……しかし、これはすごいな」


 社交界に出てまだ一年か二年の娘を巡って、様々な噂が飛び交っていたことが報告書からは読み取れた。彼女が口にしていた『親衛隊』という言葉も嘘ではなかったらしい。同年代には公爵家の令嬢もいたというのに、男達は挙って彼女の周りに群がっていたようだ。もちろん目新しさも一因になってはいたのであろうが、一番はその磨き抜かれた美しさなのだろう。彼女が鼻にかけるでもなく、自身の美貌を当然のものとして受け入れているのも頷ける。


 そして、それが余程同年代のお嬢様達には気に食わなかったと見える。彼女を褒め称える美辞麗句と同じくらいに、口にするのも憚られるような罵詈雑言も紙面には並んでいた。それだけ読むと彼女が稀代の悪女のようにも、純粋無垢な聖女のようにも思えてくる。


 どちらにも見えなかった、というのがフィルの個人的な感想である。素直で礼儀正しく、好奇心旺盛で、自立心があり逞しい。そういう印象をフィルはアリア・ペンバートンに対して抱いていた。確かに言葉遣いや立ち振る舞いなどは令嬢然とはしているが、人に何かしてもらって当たり前という高慢な態度は示さず、マーサに対しても深々と頭を下げたと聞いている。一休みした後は、マーサの手伝いをしていたとも。


「これも『魔女』の術中か? ……まさかな」


 独りごちて、フィルは笑った。封筒ごと執務机に無造作に放る。その衝撃で中に入っていたカードが飛び出した。フィルはそのカードを拾い上げる。そこには走り書きでこう記してあった。


『親愛なるフィリップ大叔父上へ。事情は承知しておりますが、屋敷に閉じこもらず、たまには顔を見せて下さい。今年の誕生祭にでも是非。 アリスター・エッジワース』


「……まったく、五十にもになって何を甘えているんだか。いや、逆に五十になったからか……」


 アリスター・エッジワース。それは今年五十の誕生日を迎えるフィルの甥孫であり、――この国の国王の名前だった。


「私が森を出ることは、きっとこの先もないよ。アリスター」


 封筒にカードを戻しながら零された声は、冷たかった。

連載一話みたいな仕上がりになりました。一応彼らのその後は少し構想があるので希望がもしあれば続編なり連載化を検討します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ