里花と部活と練習試合
1
自室でPCゲームにいそしんでいる昼下がりのこと。
ピコンとスマホの通知音が鳴り、誰かからのメッセージを受け取ったことを私に伝えてくる。
「誰だろ?」
スマホを覗いてみるとそこには寮長でもありクラス委員でもある、泣森小夜の名前が入っていた。
用件は『話があるから私の部屋まで来てくれ』。
寮長から直々に呼び出しを食らうとは、いったい何ごとなのか。身に覚えのない私は首をひねる。
考えても分からないのでPCをスリープモードにして、私は彼女の部屋へと向かうことにした。
◆
「小夜―?入るよ」
ノックをした後に呼び掛けて、少し待ってから扉を開ける。
「……え?」
思いもよらない光景が、目の前に広がっていたため、私は思わず絶句した。
「お、来たか里花。すまないな、突然呼び出して」
コーヒーをいれながら話しかけてきたのは呼び出した本人、小夜だ。それは分かる。
しかし、私が気になるのはそちらではない。その奥だ。
「小夜……こいつ誰?」
私は小夜の部屋の机の前で堂々と胡坐をかいている男子を親指で示す。
どこかで見かけたような気もするのだがイマイチ思い出せない。
記憶を手繰り寄せている間に小夜がそのまま説明してくれた。
「こいつはサッカー部の部長、峰岡雄介だ」
「どうも、峰岡です。雨崎さん。直接話すのははじめまして」
「ん、初めまして?なーんか見覚えあるんだよね……」
「一度だけサッカーの試合で会ったよ。といっても俺は相手側だったから覚えてないかもしれないけど」
なるほど、道理で見覚えがあるわけだ。そう言われてみると思い出してきた。
「あー、なんかあった気がする。確かパス得意なんだっけ」
「思い出してもらえて何よりだよ」
「思い出話は後にしてくれ。峰岡、呼び出した側だからとっとと話すべきだ」
小夜が呆れた感じに峰岡をせかす。そうだ、私が呼び出された理由をまだ聞いていない。
峰岡はこちらに姿勢を変えて、胡坐から正座に切り替えて、そのまま土下座しだした。
「頼む!!サッカー部の助っ人をしてくれ!」
「……え?」
◆
よく晴れた昼下がり。私は学校のグラウンドに来ていた。
ここは私が通っている学校ではなく、わりと近くにある別の普通の高校である。
「いやー助かったよ雨崎!欠員が出てしまって、危うく練習試合がおじゃんになるところだった」
そう話しかけてきたのは峰岡雄介。私に助っ人を頼んできた人物だ。
彼はサッカー部の練習試合が欠員により見送りになることを避けるためほかのメンバーを探していたようだ。余談だが私の学校ではサッカー部は人気がない。逆に弓道や茶道、剣道や柔道などが盛んな校風である。
「祝勝会はケーキバイキングでお願いね」
「お願いしますなの」
私の催促に続いて、小さな子の声が続いた。
「あー、雨崎?そっちの子は?」
私の隣で私の言った言葉を真似した少女を見てくる。少女は手を挙げて答えた。
「三冬なのーお姉さまが試合するっていうから見に来たの!」
「ほー、妹分ってことか。まあいいや!ケーキくらいお安い御用だ」
そんなやり取りをしていると、私たちに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「戦う前から祝勝会の話とは……ずいぶんと舐められたものですね」
嫌味ったらしいことを言ってきたのは今日の練習試合の相手チーム。そのリーダーだ。
「生憎と、俺たちは絶好調だ。知ってるか?運動はいい意味で調子に乗ってるくらいがいいんだよ」
「ふふ、いくら調子が良くても素の能力が違いすぎますよ。そちらは弱小サッカー部。しかもそちらの女子生徒はサッカー部ですらない……つまり素人。それに対して私たちは」
「はは、弱い人ほど、比べたがるんだよねー」
長々と話しそうなので、挑発した。
面白いくらい怒りを顔ににじませて睨んできた。こんなに効果てきめんだと挑発も楽しいものだ。
「目に物を見せてやりますよ……」
そう捨て台詞を残して立ち去っていった。彼のことは気にせず、私たちはのんびりと準備運動と、作戦会議を済ませた。
◆
「試合、開始!」
ホイッスルの音が鳴る。それと同時にボールを持った相手がコートを走り始める。
それを峰岡がすかさずマークする。これは最初に決めた作戦だ。
峰岡はボールを奪う技術とパスを通す技術だけが非常に強い。
ただしゴールを決めるのは苦手だそうで、コントロールが上手くいかないと聞いた。
それを聞いて、作戦はすぐに決まった。それは――
「おっと、ここで峰岡選手!ボールを奪った!」
彼らにひたすらボールを奪ってもらい、私がゴールを決めるというものだ。
ボールを奪った彼はすかさず私にパスを通す。
カーブしながら私の足元へ、かなり正確にボールが飛んでくる。
一体どうやって蹴ったらそんなカーブを描いて私の足元に正確にパスできるのか分からないが、今はその技術力が頼もしいかぎりだ。
「ていっ!」
私はまず手始めにボールを、ゴールのコーナーに当てた。跳ね返ったボールが私の元へと戻ってくる。
「やぁっ!」
二回目。再びゴールのコーナー、今度は反対側にぶち当てた。
ゴールキーパーは食らいつこうと飛び込んだが、生憎ボールはゴールキーパーに触れることなく、私のはるか上方へと飛んでいる。
「……!?」
一瞬、そんな驚いた声が聞こえた気がした。しかし、もうそんな声は届かない。
私は今、大きく飛んでいる。具体的には高さ十メートルはあるだろう。
仕方ないじゃない、ボールがこの高さにあるから。
それはつまり、私の周りには邪魔者はいないということだ――
「ジェ○○シュート!」
私はぐるるるるっと、トリプルアクセルもビックリな回転をしてからサッカーボールにクリティカルなキックを決めた。
ボールは音を置き去りにする勢いでゴールへと吸い込まれていく。
そんな剛速球を、プロでもない高校生が止められるわけもないのだ。
「ゴ、ゴール!先制一点は夢園学園だ!」
私はそのまま着地する。相手チームはみんながぽかんとしていた。
特に何も言われないまま試合は続く。
と言っても見どころは殆どない。
峰岡は高校生にしては抜きんでたカット能力とパス能力を持っているので、あっという間にボールが回ってくる。
そして、私がシュートを打つと、大体決まる。最初に見せた技を使わなくても、超低空を飛ぶカーブシュートを打つだけで面白いくらいに決まるのだ。
そんな私たちの試合は、5点差で終わった。なお、相手はゼロである。
◆
試合が終わり、ケーキバイキングを三冬と私、サッカー部のメンバーで楽しんだ。
と言ってもだいたい私と三冬ちゃんだけが食べ続けていたのだが。
「いい店だったなー、甘味処『ルナ』!また今度行こうね、三冬ちゃん」
「また行くの~」
思いのほかケーキが高くついてげっそりしている峰岡をしり目にそんな話をしている。
そうだ、助っ人を頼んでくれた彼にはこれを渡そう。
「みねおー、これあげる」
「みねお言うな。で、なんだこれ」
「私の連絡先~」
彼はポカーンとしている。あれだ、女子の連絡先が手に入った事で感謝感激雨あられなのだろう。
なお、私的に特別な意味はない。困ったことがあれば相談してくれ、という意思表示だったりする。
それでも男は単純らしく、彼は若干意識しているのか少し話し方が固くなった。
私は手元の携帯にやってきた通知を見る。そしてそのまま早足をした。少し振り返って話しかける。
「何かあったら連絡してね、みねお!そいじゃ、ばいばい」
私は軽く手を振って三冬ちゃんと一緒に走り出す。スマホの画面にはくるみちゃんからの
「へるぷ!早く帰ってきてー(´;ω;`)」
のメッセージが表示されている。
友達を助けるために、私はスーパーへと走った。
◆
「雨崎は……まさか、俺のことを?」
気軽に連絡先を配る里花に純情をもてあそばれた峰岡雄介ことみねおの明日はどっちだ?