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新型コロナウイルス感染症と戦え

「……こちらハウンド2。救援物資はすでに少ない様子だ、至急物資の調達を……応答願います、どうぞ」

「……こちらマルチーズ3。救援物資はすぐには到着しない、現状残りわずかだ。節約して使用せよ、健闘を祈る、どうぞ……」

 第一、二次世界大戦時では敵に名前を知られないために兵士はコードネームを使用し、いつ終わるかもわからない戦闘を続いていた。祖父祖母から口伝で語り継がれているのは第二次世界大戦の話であり、僕たち日本人にはウイルス戦争は馴染みがあまりない。しかし、1918年スペイン風邪(発生源はアメリカ)が流行し、数千万もの人々が地球から姿を消した事実がある。今回の敵である新型コロナウイルスは感染を引き起こすことで、人々に遅効性の時限爆弾を仕掛けている。この爆弾の解除コードは誰もわかっていないため、解除しようと試みる人にさえ、死の危険がすぐそこに差し迫っている。日本では死亡率が決して高くないため、手洗いやソーシャルディスタンスに注意して社会活動を行えばいいという意見もあるかもしれない。しかし、医療人や罹患した患者にとっては、経過もどうなるのか見当がつかず、治療薬はもちろんない状況では新型コロナウイルス感染症が脅威であることには間違いない。

 不安や恐怖を抱きつつも、日本国際病院のコロナ病棟で勤務することになった医の助たちは様々な患者を診察し、新型コロナウイルス感染症と戦っていた。そうだ、新型コロナウイルスと戦う兵隊、コロナ兵隊となったのだ。日本国民を支えるため、ささやかながら自分の知恵を振り絞ろう。コロナ病棟勤務中に衝撃の事件に巻き込まれた医の助たちは何とか乗り切り現在自宅待機中である。

この物語はフィクションである。さあ、また歩きだそう、まだ見えぬ敵とともに苦しむ新型コロナウイルスに感染した患者の心身を救済するために……。


登場人物:

大地医の助:32歳内科医。祖父及び父も医師だが共に医の助が大学生の時に天国へ。家族の意志を引き継ぎ大学病院で働き、臨床、研究、教育すべてをやり抜く。コロナ騒動で急遽コロナ病棟で勤務。


神野いのり:28歳女性看護師。大地医の助と結婚を前提に付き合っている彼女。天真爛漫で時々医の助を戸惑わせるが、医の助のコロナ病棟や豪華客船での勤務を応援する。


新田 愛 :29歳、吸器内科の5年目医師。医の助とはどうやら知り合いらしいが……。


槙山悟空 :39歳、二鴨教授のもとで働く13年目感染症医師。見た目がとても爽やかで、また、巧みな言葉使いで看護師から人気。アドバイザーとしてコロナ病棟を支えたが、今回も頼りになる存在。


第1話:自宅待機命令/再集結


父「そこに触れちゃダメだ。触れたらもう前の自分に戻れなくなるぞ。人生をかけて挑め」


医の助「……はっ!?なんだ…夢か」

大きな段ボールが崩れて医の助に襲いかかり、少し涙目の医の助は思わず起き上がった。

医の助「やれやれ…。もっと家の中綺麗にしておけばよかったな」

父親が夢に出てきて感傷的な気持ちになっていた。医の助は激務であったコロナ病棟勤務の任を解かれ、2週間の自宅待機期間を迎えていた。その期間、医の助は普段しないような粗大ゴミなど捨て部屋を綺麗にしていた。まあ普段から家はそんなにきれいではないのだが…。普段自宅にいる時間はそんなに長くないため、強制的に与えられた自宅待機は医の助にある意味とても貴重な時間となり、医の助は看護師で婚約者であるいのりへのプロポーズの言葉や作戦をゆっくり考えることもできた。もちろん極度の緊張感の中で勤務したコロナ病棟における出来事も回想し、今後医の助自身がどのように行動すればいいかを思索し、次回の機会に活かそうとしていた。ただ、あの病院で起こった出来事は現代ではどうしても起こりえず、医の助は不満たらたらだった。

医の助「なぜ理事長はあんな臨床試験をやろうとしたのだろうか?」

日本国際病院コロナ病棟において理事長が秘密裏に進めた二重盲検比較試験(double blind test)…それは運が悪ければ治療薬と思って飲んでいた薬が実は偽薬かもしれない、患者の同意なくしては絶対に行われない出来事が理事長工作の元、同意なく行われ、コロナ病棟は悪夢のような閉鎖的現実空間と化していた。そんな理事長が計画した地獄の人体実験を医の助たちは阻止して、2週間の勤務時間を終えて現在に至っている。

医の助「世間からすればどう見ても人体実験と思われる臨床治験を今この時代にすれば悪評しかたたないのは誰でもわかるはずなのに…」

理事長の考えを医の助は読めなかった。

医の助「わからない…わからない。まあいいか。プロポーズ作戦を考えないと」

医の助はピアノを弾きながらプロポーズしようか、それともレストランで食事しながら

プロポーズしようか…とあれこれ悩んでいた。外出したいという思いはあるのだが、自宅待機を命じられており、外出できない。外出すること自体が法律違反ではないのだが、もしも万が一医の助がコロナ病棟で感染していたら世間に新型コロナウイルスをまき散らしてしまうことになる。また灼熱の青空に入道雲が厚く広がる日本はジメジメとしていて、さらに医の助は外出する気分を削がれていた。30℃を超える蒸し風呂のような外では、少し気温が下がってくるときに東南アジアのスコール如く突然ザザザーーッゴーッっと音が激しい豪雨が発生し、すぐにあたり一面水たまりができる。燕は巣に帰り子供と一緒におとなしくしており、近くにある池では、晴れていれば優雅に泳いだりしている親子のカメも豪雨ではどこかに去ってしまう。どこか変だと急な天候の変化に動物たちは予定を立てて行動できずに戸惑っているに違いない。もちろん人も例外ではなく、ただでさえ梅雨明けの7、8月には熱中症を多く引き起こす夏の気温に心が折れそうなのに、ゲリラ豪雨や台風の被害にも備えながら新型コロナウイルスに対しても注意を払わなければいけない医の助たちはとんでもない時代を生きているのだろうか?果たしていつ日本は平和、いや落ち着いた世界になるのだろうか?

いのり「早く外出できるといいね~」

医の助「そうだな、あと少し我慢しよう、またな」

いのり「私は働いてるよ?は~い、じゃあまたね」

医の助「頑張ってな、病院内が今どうなっているかまた話聞かせてくれ。お休み」

いのりは婚約者なのだが二人はまだ一緒に住んでいない。コロナ病棟勤務後医の助は自宅待機を命じられているためSNSや電話でやり取りをしている。

医の助やいのりたちも皆の健康と日本の安寧を願っている。コロナ病棟勤務後2週間の自宅待機を命じられていた医の助は2週間分の食料をコロナ病棟勤務の事前に買っていた。また2週間自宅待機する間に友人、いのりや親や自身、そして世間に対して今自分ができることを色々模索していた。そこで思いついたことは小説を書くことだった。自身の役目を現在の新型コロナウイルス感染症に対する皆への啓蒙活動と位置づけ、医の助はペンを走らせる。また美術センスのない医の助も絵を描き始めた。医の助の美術はへたくそだが、絵には憧れている。その1枚でその世界観を味わえるので、海外に行っては必ずその国で最も印象に残った絵を医の助は買う習慣があるが、もはや今はどこも行けずに悲しんでいる。今自身の思いを言葉と絵で表現することで見えてくる世界を自身で知る必要があると医の助は思っていた。

医の助「う~ん、小説って書いたことがないからどうやって書くのかな…ドラマみたいに書けばいいのかな?でもリアルに描きすぎても残酷すぎるし…」

書いたこともない小説をすぐできるという思い上がりがはなはだしい。医の助は小説を少しずつ書いたり、絵を書いたりして家に籠っている。そんな間でも次の人がコロナ病棟へ勤務し、新型コロナウイルス感染症と向き合っている。2週間の自粛中に病院内で起こったことは何もわからない。なぜならあの病棟はほとんどの人間が知らないのだ。TVニュースではさらに新型コロナウイルス感染症が増加しているとひっきりなしに報道されている。

医の助「どうしたらこんな世界終わるのかな?う~ん、わからんな…でもきっと…」

母親から連絡が入る。

母親「医の助、元気?体調は大丈夫かい?」

医の助「なんともないよ、ただ家の中にずっといると体がなまるね。早く外に出たいよ」

母親「そりゃそうだわね~、いつも外に出ることが楽しみにしてたからね。もうすこしの辛抱だわ」

医の助「そうだね、小説書いたり、絵描いたりしてるよ」

母親「あなたが~?そんなのもやるなんて不思議、誰に似たのかしら」

医の助「まあ、家に籠ってるとやりたいこと一つや二つは増やさないとね」

母親「元気ならいいわ、じゃあお休み」

医の助「お休み、母さん」

医の助は夜23時から4時間くらいかけて絵を書いていた。絵の上半分に満月を真ん中に書いて、下側に池を書いて満月を投影させる。夜背景で分かりづらいが、両サイドには秋色に染まる木々が何となく描かれた風景だ。満月の手前に二人がプロポーズしていると思われる黒いシルエットが映し出されている、二人以外は存在しない非現実的世界を呟きながら描いていた。絵を書いたりピアノを弾いたり凝った料理を作ってみたりと普段時間をかけてできないようなことをしっかりできた2週間の自宅待機はあっという間に終わり、医の助は再度仕事をするために医局へ向かい教授にあいさつに行く。とりあえず教授からは着替えとかを持ってくるように言われていたが、そんなことを言われたことがないので医の助は少し怖かった。医の助は教授室へノックして入る。

教授「おー、合計1か月間ご苦労さんだったな。色々大変だったろ?」

医の助「ええ、まあ色々ありすぎた気がしますね」

教授「そんなお前にまた一つ頼みたいことがあってな」

医の助「頼みですか?」

教授「医の助、2週間待機命令が下っている期間に、集中治療室すべてが陰圧室管理対応となり、30人コロナ患者が入院できるようになった。本当は医の助たちは新型コロナの担当期間は終了しているのだが、どうもdouble blindの治験が水面下で行われていたことに次のクール担当だった医師たちが猛反発して新型コロナ感染症患者を診ないと言っているんだ」

医の助「なるほど、確かにそれは困りましたね。僕が行けばいいですか?」

教授「…そう言いたいんだが。もっと事は重大でな。ただでさえうちの医局からも他の人間はコロナ病棟で勤務したい立候補はおらず、集中治療室へ派遣できる数もいないんだが、DMATを集団感染したエメラルドクイーン船に派遣せよと連絡が来てな…」

DMATとは医師、看護師、業務調整員で構成され、大規模な災害が発生した時にすぐに活動できる、専門的かつ特別な訓練を受けた医療チームの略称だ。

医の助「…なるほど。なんかこの病院の仕事で精一杯だったんで忘れてましたけど僕、DMAT所属でしたね。これから派遣されるから着替えを持ってきてと言っていたんですね。ただでさえ人員不足の中ですが、そちらの要請に従えばよろしいですか?この病院から何人派遣されるですか?」

教授「3人と聞いているな」

医の助「新型コロナ患者増えていますからね、やらないわけにはいかないでしょう」

教授「そう言うと思ったよ。ありがとう。そう立候補できるのは医者で1%もいないだろう。頼んだ。実はもう今すぐ派遣される予定となっていてな、ドクターヘリでね。行先は例のエメラルドグリーン号だ」

エメラルドグリーン号は船舶内で新型コロナウイルスがいるとして日本に入国が許可されず、横浜沖で停船している。

医の助「あの船ですね!」

病院内に放送連絡が鳴り響く。

「DMAT所属の大地医の助先生、新田愛先生、槙山悟空先生と渡邊くまさん、すぐにヘリ場へ来てください」

医の助「えっ?もう?」

再始動した医の助はいきなりクラスターが発生したといわれるエメラルドクイーンズ号へ出向を命じられた。機動性をもったチームといってもまさか自宅待機が終わり間もなくして、今度はドクターヘリでエメラルドクイーン船に乗り込むことが決まった。着替えを持ってくるように指示されていたことを考えると、どうやら今日出発は決まっていたようだ。外に出ると、もう日中では人は歩けないのではないかと思ってしまうこの暑さ…まるで太陽に旅行する船に間違えて乗ってしまったのであろうか?と人が錯覚してしまうほどだ。息も絶え絶えになってしまい呼吸がつらく、鳥たちも暑すぎて飛ぶのを嫌がって、池の周りから離れようとしない。果たしてこれから何が待ち受けているのであろうか?コロナ兵隊、再び参る。ビヴァルディが贈るヴァイオリンによって表現された「夏」の第三楽章の音楽がいつもより長く感じた。


第1話の終わりに…

いのり「ちょっと。太ってないよね、医の助?ちゃんと食事管理してよ」

医の助「…そうだね、気をつけます」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「ああ、ここはまるで天国だ。涼しい…。でも寂しい。本当に誰もいないみたいだ」

【日本がどれだけ暑くても、感染して発熱すれば極寒の如く寒気が襲ってくる。これは誰もが結末を知っている悲しい物語】


第2話:厚生労働省のチームDMAT/いざ白き儚き方舟へ


灼熱の炎天下、船エメラルドクイーンズ号へ向かうため、医の助は病院の医局から200m離れた野外にあるドクターヘリ場へ走っていき、医師の新田先生や槙山先生とヘリ場で合流する。

新田「遅いぞ~医の助~」

槙山「足はそんなに速くないんだね、大地先生は」

医の助「これでも全力ですよ、もう…。愛も槙山先生もそういえばDMAT所属でしたね…。何かの縁がありそうです、またよろしく願いします」

新田愛は同期の医師で昔付き合っていたこともあったなごりで愛と呼んでいる。今は呼吸器内科で勤務しているが、医の助と同様に今回エメラルドクイーンズ号に召集された一人だ。今はもう恋愛感情もない、そう何もないのだ。もう1人の槙山先生は感染症科の先生でコロナ病棟の勤務時に大変お世話になった医師の1人だ。

医師3人は到着しているが、医療事務の渡邊さんがまだ来ていない。待っていると遠くのほうからコンクリートも泣いてしまうような重力を地にかけてのしのしとやってくる人が迫ってくる。

渡邊「みなさん、待ってください~」

どしどしどしとやってきて、もう服は汗でびしょびしょだ。

新田「渡邊さん、早く~」

渡邊「はい~~」

機長や整備士に促されて機体に皆が搭乗し、後部客席全員のヘルメット、シートベルト及びヘッドホンを着用し医の助たちはキャビン両側のドアロックを確認した。

槙山「離陸準備完了です、よろしく機長」

機内では各席にヘッドホンとマイクが整備されており、これにより管制塔とも機内の人間とも会話できる。会話はできるが、プロペラが回ってできる低音でバババババババ…とにかく飛んでいる音が大きく雑音も多い。

医の助「こちらドクターシート1です。管制塔、通信環境いかがでしょうか?どうぞ」

ドクターヘリ通信センターの管制塔へ医の助は会話ができる通信環境が整備できているか再確認する。通常は朝確認するのだが、何せ緊急で医の助たちはクルーズ船に輸送されるので今確認するしかなかった。

管制塔女性「こちら管制塔、会話良好。応答願いますどうぞ」

医の助は会話できることを確認した後、他のメンバーも同様に通信環境を確認し、ドクターヘリは空高く飛んでいく。ドクターヘリには、前席に機長と整備士が座り、後ろの席に医の助、新田、槙山、渡邊が乗っている。

医の助「久しぶりですけどやっぱヘリは目的地まで速いですね」

槙山「医療資源を早く届けるのがヘリの仕事だからね。15分で横浜みなとみらいまで着けるよ」

医の助「着くまでに情報整理したいですけど、何か知っている人いますか?」

新田「それが私も誰も知らされてなくて困ってるの。渡邊さん何か知ってますか?」

渡邊「何も知らされてないです~」

医の助「皆知らないなんてそんなことあります?やれやれ、全く。状況を見てまた判断しますか」

槙山「そうだね。臨機応変にやっていこう。ほら、もう港が見えてきたよ」

渡邊「ちょっと下降は怖くて気持ち悪いです~。うえー」

新田「ヘリが向かうのは今からシタですよ~」

渡邊「ひえ~」

ドクターヘリは旋回しスピードを落としながら横浜みなとのヘリポートに着陸した。

どうやらヘリポートからクルーズ船まではそこまで遠くなさそうだ。炎天下、重い荷物を背負って皆走らなければならないので距離が近いことに医の助たちは少し安心した。荷物の中には食べ物だったり、着替えだったり、聴診器だったり…各々が必要そうなものをとにかく詰めて持ってきていた。

新田「あれがエメラルドクイーンズ号か、思っていたよりも大きくないですか?」

槙山「見たこともないけど、近くにくるとホント迫力あるね。何階建てかわからないよ」

医の助「こんなに大きいなんて…しかもここで皆が宿泊して2週間生活するとなると…陸の孤島のように本当に巨大な要塞ですね」

白い船が太陽の光を反射させた青き海に浮かんでいる。ぷかぷか…とは浮いていない。ずっしりと構え全く波の影響を受けないような重みのある船だ。釣り船とはわけが違うスケールだ。

渡邊「プールもクラブもカジノもあります~」

新田「あれ?渡邊さんエメラルドクイーンズ号詳しいんですか??」

渡邊「テレビとかでもすごい豪華な船って話題になってます~」

医の助「あの船には密になる環境が勢ぞろいって感じですね。行ってみましょう」

このクルーズ船エメラルドクイーンズ号は、横浜を出港し香港、台湾を経由して 3週間後に横浜港沖に到着する予定だったが、台湾で下船した乗客10人が発熱を認め、PCR検査で新型コロナウイルス陽性が判明したことを受けて、横浜検疫所が行った臨船における検疫で船内に更なる陽性患者が見つかり、現在船内にいる全ての人が日本上陸できないでいる。7月に5000人の乗員乗客を乗せたエメラルドクイーンズ号内で新型コロナ感染症のクラスターが発生し、合計1000人の患者が確認されている模様だ。医の助たちは徐々にクルーズ船へ近づいていく。

燦燦と照りつける太陽は眩しい、眩しすぎる。暑すぎて海にいる生物も思わずひっくり返るくらいに魚たちも仰天だ。日本はこんなに昼間暑かっただろうか?と医の助はふと思う。船も目立っているが、上空にある雲は縦長に厚く巨大化し海の地平性にそびえ立っていて、医の助はまるで雲の王国にでも来たのだろうかと錯覚する。そのぐらい雲の存在感が際立っている。船のターミナル前に到着すると医の助たちは重い荷物をやっと降ろしふーっと息をついていた。ターミナルを見渡すと、ここは密なのでは?と思うほど人が集まっていた。検疫官、厚労省職員、内閣官房職員、自衛隊、検疫所運転手、救急隊員、看護師、医師と名札がつけられた人が集結しており、朝9時になったところで隊長らしき人が号令をかけ始める。どうやら医の助たちはぎりぎりの到着だったみたいだ。

鹿馬「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。DMAT隊長の鹿馬です。私は中国・武漢在留邦人の帰国者隔離施設支援において、新型コロナウイルス患者の対応をしておりました。今回、我々の主な仕事はクルーズ船内にいる新型コロナ陽性患者をまず円滑に国内の病院に搬送することであります。どれだけの時間を要して、任務完了できるか私どもも想定できておりません。しかしながら、急激に患者の容体が悪化する可能性もあるため重症者を見極めて病院に搬送するお手伝いをすることがDMATに求められます。早速で申し訳ないのですが、私が本日からの役割分担を決めたいと思います」

鹿馬隊長の指示のもと、DMATのメンバーが4つのチームに分けられた。①必要な物資を取り揃えて、患者の搬送手段などついて海上保安庁や内閣府などの各関係省庁と連絡を取り、都道府県及び民間団体と連携していく役割の後方支援部門、バックアッパーと呼ばれるチーム。②診療や薬剤管理を行う診療本部部門、メディカルと呼ばれるチーム③厚生労働省職員や自衛隊などが主に集まり、船内の消毒や検査の陽性患者を搬送する安全確認部門、セーフティーチーム④乗客やスタッフの精神的ケアをする部門、メンタルケアチームだ。

医の助、新田、槙山はメディカルチーム、渡邊さんはバックアッパーに振り分けられた。

鹿馬隊長「所属するチームが決まりました。クルーズ船内には5階に食事ビュッフェルームがあり、そこを我々の本部といたします。入船する前に必要なものをお渡しします」

DMAT全員にそれぞれのIDカードが渡された。

鹿馬「皆さんが今もらったものはパスポートの代わりです。今船は日本に入国できておらず、海外と同じ状況になります。なので特別にIDを支給いたしましたので無くさないようにしてください」

医の助「確かに…パスポート持ってきてないもんな」

そうだ、医の助たちが向かうのはこんなに日本大陸に最も近くにあるクルーズ船という名の外国なのだ。DMATは初めてのクルーズ船に乗りこむことに緊張してきていた。そんな中、新田が疑問を隊長にぶつけた。

新田「質問で~す」

鹿馬「はい、どうぞ」

新田「乗客の下船の判断基準はなんでしょうか?」

鹿馬「現在はクルーズ船を停泊させて5日目になります。国が現在定めたルールによると、各客室で14日間の観察期間で症状を認めずPCR検査で陰性が確認でき、また医師による健康確認で問題ないことが条件となります。これにより検疫終了で下船となります」

新田「なかなか期間が長い!乗客した人かわいそうですね。あと、感冒症状があってPCR陰性だった場合はどうするのでしょうか?」

鹿馬「今のところ下船して病院へ搬送するのは陽性判明者のみです。しかし感冒症状を含む有症状者も医療機関に搬送するように政府に今依頼しているところで返事待ちです」

槙山「外国の方もかなりいると思いますがどうような対応をしたらいいですか?」

鹿馬「日本が武漢にチャーター便を使用したように、他国から要請があればそのまま下船させて空港まで搬送します」

新田「国も大変~」

日本の急変時、国のように規模が大きいと対応が後手に回ることも多い。国も頑張っていることは間違いないが、市民の不平不満が溜まっているのも事実である。日本国内の対応力を整備するために時間稼ぎでクルーズ船の乗客は閉じ込められているともいえる。

槙山「国も一度武漢で同様なケースを学んだから対応力はつけてきているけど、市民の疲弊も考慮しないとね。後はクルーズ船での感染管理がどうなっているかだけど」

医の助「僕たちは医療活動を行った後PCR検査は受けられますか?」

鹿馬「現状PCR検査を行う予定はない。これは船員クルーも同様である」

医の助「えっ」

新田「ぶーぶー」

医の助「自分の命は自分で守るってことか」

やれやれと思いつつ医の助は続けて質問した。

医の助「クルーズ船内の情報を教えてください。見取り図や感染拡大対策の状況などを…」

鹿馬「それは状況に応じ、各支援チーム等の協力を得つつ実施する。では、皆、準備についてください」

医の助「ま、待ってください!防護服の着脱やゾーニングなどは確認して皆で共有しておいたほうがいいのでは?」

ゾーニングとはウイルスがいるかもしれない危ない場所であるレッドゾーンとウイルスが全くない安全と考えられる場所をグリーンゾーンとしっかり識別できるようにすることである。ゾーンがしっかり認識できないと不意に新型コロナウイルスに感染してしまうから注意が必要だ。

鹿馬「おお、そうだな。今停船して5日目になるが大半船内の消毒はできているんだ。ロビー、カジノルーム、ビュッフェルーム、シアタールームは空気上でも新型コロナウイルスがいないことが証明されているのでそのエリアはグリーンゾーンとしている。後はまだ消毒中もしくは新型コロナがいないことが確認されていないエリアだ。一応部屋ごとにシールで分かりやすく記してある。レッドゾーン、赤色シールが貼ってあるところは防護服を着ることが望ましい。さあ、時間がない。ひとまず船内の本部に集合だ。もう質問はいいか?では準備できた人からクルーズ船のエントランスへ。もうすぐこの船は湾をでるらしい」

医の助「えっ?ずっと停泊しているのではないのですか?」

鹿馬「クルーズ船の特徴で、何日かに1回は水を入れ替えなきゃいかんらしくてな。まるで生き物だな」

クルーズ船は日本のターミナルにずっと停船しているわけでなく、5日に一回程度湾を出て、船内の水の入れ替えを行う作業が必要となっている。水を入れ替えたらまた元に戻ってくるらしい。新型コロナ感染症のクラスターが起きたエメラルドクイーンズ号における環境調査から、隊たちがドアノブなどを徹底して消毒し続けている。そしてそのエリアでPCR陰性が確認できればレッドゾーンからグリーンゾーンになる仕組みだ。鹿馬は先頭に立って皆をクルーズ船のエントランスへ誘導する。

鹿馬「体調不良者が出るとまずクルーズ船5階の本部に電話をもらうようになっている。電話のあった客室に連絡し体調を確認する。診察が必要と判断した場合は、当然防護服を身につけてもらいます。私は仕事があるので先にクルーズ船内に行きます。では」

足早に鹿馬はクルーズ船内に入っていく。

槙山「なるほど、国からの指示系統はかなりしっかりできいる。でも最後の要、ゾーニングがまだ不明瞭な場所があるのは心配の種だね」

医の助「1人1人が細心の注意を払ってやるしかない…ってことかな?」

白色の豪華客船が我々を見ている。こんな大きいクルーズ船なのに人は外からは見当たらず、風が吹くとどこか寂しい。まるで入船するなと警告してくるかのようにどこか悲しげな表情を浮かべているように感じる。豪華客船に乗り込む前に医の助は皆に一声かけた。

医の助「みんなちょっといいかい?」

新田「どうしたの?」

医の助「このクルーズ船の中ではどこで感染のリスクが高いのかがわからない。極力モノには触らないようにしよう。ゾーニングもしっかりできているかわからない。一人一人注意して患者を助けに行こう。このメンバーで」

4人で円陣を組むのと同等の意味を持つ自身の拳を円の真ん中へ差し出し、そして忠誠を誓う。みんなで元気に帰って来ようと。

皆「生きて帰ろう」

停船しても揺られる揺られる、波に揺られる豪華客船エメラルドクイーンズ号。海はいつも時間の流れを忘れさせてくれるほど雄大で美しいのに海に浮かぶクルーズ船内は優雅な時間が止まっているようだ。非現実的のような世界に確かな現実が医の助たちを待っている。


第2話の終わりに…

医の助「なあ、いのり。俺頑張ってくるよ。もちろん大丈夫死なないよ」

いのり「大丈夫、祈ってます無事を」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「ここは、どこだろう?暗いなほんとに。でもきれいな世界だ」


第3話:豪華客船の疲弊

医の助たちは船のターミナルから入船し、入り口から衝撃を受けた。

医の助「すごい…とんでもないおもてなしだ」

入り口からエレベーターまでの直通路はやや暗くなっており、両サイドが白いライトで演出され、まるでエメラルドグリーンに輝く煌びやかな壁から滝のように水が地面に流れている。また白と緑色の花たちが地面を彩りゲストを通路先のエレベーターへ誘う。そしてエレベーターに乗ってロビーのある4階で降りた医の助たちはさらに驚愕する。

医の助「これが……船の中?」

ヘンデルが作曲した水上の音楽 第2番の「アラ・ホーンパイプ」が聞こえてくるような素晴らしい景色が広がっていた。4階にはチェックインするためのフロントが円状に広がっている。船の頭側からは壁に描かれた山脈から湧き出る水がゆっくり落ちてガラスに覆われたフロント中央の下を流れ、魚たちがガラスの地面下で泳いている。医の助の足下には魚が集まっていてまるで海の生物が出迎えてくれるようだ。どうやら真鯛やヒラメが泳いでいるところを見ると海水のようだ。溜まった流れる水はそのまま船の尾側へ向かい、地面の水は西側で湖を形成しその湖は雪化粧した針葉樹林に囲まれている。その奥にはどうやらカジノルームがあるらしい。

太陽をモチーフにしたと思われる天井にある白の照明が船の左右にそれぞれあるシルバーのらせん階段も写し出し人を客室へと誘う。客室は大まかに左Aゾーンと右Bゾーンに分かれていて、左側にはアラスカ上空で漆黒の中に輝くエメラルドグリーンのオーロラゾーンがり、右側にはブルーに彩られグレートバリアリーフを表現した珊瑚あふれる海ゾーンがある世界的にも人気のクルーズ船だ。

このクルーズ船は15階建ての建物で 、1~3階は機関室、4階はフロントロビーとカジノルーム、5階は本部であるビュッフェルームとシアタールーム、6階には男性と女性の大風呂ゾーンとジムなどがあるアクティビティゾーン、7階にはデッキビューゾーンとバーラウンジ、屋上にはプールゾーンとさまざまな催しが用意されている。本来ロビー含め各ルームには楽しむために人々が集まっているのだが、今は新型コロナウイルスの影響でみんな客室に半強制的に閉じ込められており、豪華なロビーに人がいなさ過ぎてこの寂しい空間にあまりにも不思議な雰囲気を感じる。運動靴で入船した医の助たちの足音も大きく聞こえ、景色に驚愕して立ち止まっていると、どこからか声が聞こえる…。

「怖い 近寄って来ないでお願いだから」

という悲鳴にも似た願いをどこからか感じられた。医の助たちは前に進む。すでに停船して5日目…DMATがこのクルーズ船で検査を行っており、ゾーニング等は一応完了しているが、気軽に船内をうろつけば感染リスクもあることが予想できた。新型コロナウイルスがいるかもしれない危ないレッドゾーンと呼ばれるエリアとウイルスが全くない安全と考えられるグリーンゾーンと呼ばれる境目も不明なエリアでは、医療関係者にも防護服を着た人と私服の人が一緒にいたり、疲れて横になったり…何かの調査のためか階段の取手に不意に触っている人がおり、感染拡大防止ができているのか疑念が生まれる。そう…しっかりわけてゾーンを分けて行動する必要がある。レッドゾーンでは完全にPPE(個人用防護具)という防護服をつけなければならない。

医の助「なるべくものには触らないようにしないとな」

4階かららせん階段を上り階段を使って5階のDMAT本部へと向かった。本部へ向かっていると何やら言い合いをしている人がいる。

専門家「ゾーン分けこれできてないよ。それにお茶のポットとか共有してたら誰かが感染してたらうつっちゃうかもよ。大丈夫?」

どうやら専門家はかなり色々問題点を指摘しているらしいが、即席のチームで皆は課せられた仕事をこなすのに必死で中々問題点が改善されていないようだ。これが感染症の専門家がいないからなのか?それとも単に個々の不注意の問題なのか?今その問題に直面している医の助たちはかなりの注意力が必要となっていた。専門家が言っていることは正しいだろう。しかし、我々は問題がある中で戦うしかないのだ。だって誰もウイルスは見えないのだから。恐怖に打ち勝とう。DMAT本部へ向かっていると金色の髪に海賊が被るような黒い帽子をしている1人目立つ男がいた。どうやらこのクルーズ船の船長のようだ。帽子を取り、頭を深く下げた船長は日本の礼儀をどうやら学んでいるらしい。

ゴージャス船長「エメラルドクイーンズ号にようこそ。私はこの船の船長やっているゴージャス児島です」

黒い大きな帽子に、両肩が金色に光る線入りの紺ベースの制服、そしてエメラルドと思われる宝石のネックレスを装飾した男は続いてどんどん話し始めた。

ゴージャス船長「ああ、なんてことだ。本来ならエメラルドグリーンに輝く海で航海しているというのに。悲しい、ああ悲しい。コロナのコの字も知らなかったのに、わが船を侵食しようとしていようとは…」

医の助「こんにちは船長さん、このクルーズ船には何人乗客しているのですか?」

ゴージャス船長「約 5000人が乗客しているはずです、しかしながら客室に皆さん閉じこもっているので実際今何人いるかわかりません。もしかしたらもう勝手に出て行ってしまったかも…」

新田「えっ、この船内って出口が他にあるのですか?まだ下船した人は確認できていないんですけど…」

ゴージャス船長「食事を1日3回客室に提供するのですが、2つの客室から全く食事を取っている気配がないんです。ドアをノックしても反応がなくて…てっきり逃げたと思ったのですが、もしかしたらもう…」

医の助「まだどうなったかわかりません。防護服を着てその部屋に向かいたいと思います」

ゴージャス船長「わかりました。マスターキーを持って向かいますので少しお待ちください。あともう一つお願いがあるのですが…」

医の助「?なんでしょうか?」

ゴージャス船長「これ、他の本部の人には内緒なんですけど、1階から悲鳴のような大きな叫び声が聞こえたとある船員が言っていたのですが、そこにはコロナの騒動もあって誰も近寄ってないんです。そこもどうなっているか調査していただきたいのですが…」

どうやら本部には言えない事情があるのだろう。医の助たちに直接お願いをしてきた。

新田「なんか医者の仕事じゃなくて警察のような仕事な気がしますけど、やってみますか!」

新田は初めてのクルーズ船にテンションが上がっており、仕事を引き受けてしまった。

ゴージャス船長「おお、ありがとうございます!」

船長は新田とがっちり握手をして感謝を示した。

槙山「やれやれ…。では、船長と大地先生と新田先生で客室の方を調べてください。僕と渡邊君で1階を調べます。いいですか?皆さん気をつけてくださいね」

ゴージャス船長「乗客リストはこちらにありますので参考にしてください」

医の助「ありがとうございます」

医の助たちは客室リストを見て30%くらいが外国人であることを把握した。

ゴージャス船長「2つの客室に人がいないとなると合計4人いなくなったことになります。1人はスイートルームに、後の3人は家族で泊っていました。なぜこのような事態が起こっているのかよくわかっていません。現状1階ではかなり騒動が起こっていて、何が起こっているかも我々が把握できていないので、くれぐれも注意してください」

槙山「ゴージャス船長、ちなみに1階フロアはどのような構成で?」

ゴージャス船長「本来は非公開で船員スタッフしか出入りできないところなのですが…1〜3階は機関室となっており、上、中、下段と分類されております。下段、すなわち1階に相当する場所から皆さんは中央にある主機関という巨大なエンジンを目指し、その周囲を調べてほしいのです。あと他に2階では機関制御室というものがあり、そこでこの船の電力をコントロールする部屋となっております。現在は停船しているので皆さんが入っても危険性はないでしょう」

槙山「…わかりました。そこの通信環境はどうなのでしょうか?」

ゴージャス船長「そこでは一般の電子機器の使用はご遠慮願いたい。代わりに専用の電話機器が機関制御室に用意されておりますのでそちらをご利用ください。こちらの連絡先をメモでお渡しします」

槙山「ありがとうございます」

ゴージャス船長は船員Aに乗客が客室に留まっているよう放送するように伝えた。

皆が防護服を着て感染防御に努める。客室捜索組のゴージャス船長と医の助と新田は乗客の健康状態の確認と現状の把握へ向かう。1階捜索組の槙山と渡邊は船員しか入れない場所から階段で1階に向かう。上に向かった客室捜索組と下に向かった機関室捜索組に待ち受けているのは果たして??


第3話の終わりに…

医の助「すごいよ、いのり。クルーズ船綺麗で豪華だよ。いつか一緒に行こう」

いのり「そうだね、いつか行きたいね」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「川の流れる音が聞こえる。京都の鴨川のせせらぎみたいだ」

【ついに始まったクルーズ船での活動。見える見える新しい世界…これは誰もが結末を知っている悲しい物語】


第4話:密室での2つの事件


新田「豪華なクルーズ船にはきっとすごい客室があるんですよね~。どんな客室があるんですか?」

螺旋階段を歩きながら新田はロビー中央にあるシャンデリアを眺めながら呟いた。

ゴージャス船長「海が見えるオーシャンビュー部屋とコンパクトなホテル仕様部屋が主にになっており、別にスイートルームがあります」

新田「どんな人が乗ってるんですか??」

ゴージャス船長「色々な国籍の人が様々な理由で乗っています。優雅に航海しながら時を楽しみたい人、または悲しみに暮れ海の上で時を忘れたい人…海は雄大ですべての人を歓迎し許すでしょう。私も船長として航海することに誇りをもっています」

医の助「けっこうなお値段するんですか??」

ゴージャス船長「いい質問です。とてもゴージャスなお値段です」

医の助「ゴ、ゴージャスプライス?」

ゴージャス船長「もちろん行く場所と季節にもよりますが、5∼50万円です」

医の助「なるほど、だいぶ差がありますけど海外旅行と変わらないくらいですかね?」

ゴージャス船長「その通り!」

新田「なんだ、100万から1000万くらいだと思ってた」

ゴージャス船長「ですので若い方にも興味を思ってもらえたら嬉しいです」

雑談をしながら螺旋階段で一旦4階ロビーへ下がりエレベーターを使用し、目的の客室へ向かう。エレベーターのボタンなどは基本ボールペンの先で押すようにした。

ゴージャス船長「まず向かうのは12階A1212号室の家族3人部屋です」

新田「3人ともいないんですか?」

ゴージャス船長「それをこれから確かめてもらいたいのです。さあ、着きましたよ」

音が鳴ってエレベーターが開くとすぐ両サイドに客室が見え、白と緑が基調となってエメラルドグリーンの表現しているカーペットが広がっている。

医の助「緑がほんときれいだね」

ゴージャス船長「清掃員の方も綺麗にしてくれて床も輝いているようです。まるで自然の緑がそこにあるかのうようで、ほらまるで緑の匂いが…おや?」

医の助「どうしました?船長」

新田「あれ?この臭い…って!?」

医の助「愛、何か臭うの?俺鼻が弱くて」

新田「慢性副鼻腔炎の医の助にはわからないかもしれないけど、まずい臭いです」

ゴージャス船長「1212号室からか!?ん?何やら声も」

??「ここはどこ?誰か助けて~」

女の子の声が1212号室から聞こえてくる。

医の助「船長、マスターキーで開けましょう!」

ゴージャス船長「はい!失礼します!」

客室の前にあった食事をどけて医の助たちは部屋に入ろうとする。 ゴージャス船長は勢いよく扉を開けてそこで目撃したのは………


……同時刻。1階捜索組は階段で船の1番下まで向かっていた。

槙山「渡邊さん、階段のてすりは触らないようにしてください。なるべく感染のリスクを減らしましょう。さて、機関室には着きましたよ」

渡邊「はい~、でも疲れました」

防護服を着て汗だくになっている渡邊はかなり疲れていた。汗が冷たい鉄の廊下に一滴ずつ落ちていく音がよく聞こえるほどに…

槙山「さて、1~3階まで大きさがある機関室は1階まで来てから2階、3階へと上るしかないわけだけど…どこが問題の地点だろうか?専門じゃないからまるで迷路だね」

エンジンが中央縦長にそびえ立って両サイドには緑色がやや色褪せた廊下と階段がある。映画のアクションでよく使われているような気がするが…歩くと特有の高音が聞こえる。

渡邊「あれ?」

槙山「どうしました?渡邊さん」

渡邊「女の子の声がしたような…」

槙山「………聞こえませんね。どちらから聞こえたかわかりますか?」

渡邊「あっちの隅からです。ほらあそこ…」

??「ここはどこ?誰か助けて~」

槙山「ほんとだ。渡邊さん、冴えてますね」

渡邊「たまたまです~」

槙山「ではあちらへ向かいましょう」

渡邊「はい~…!槙山さん伏せて!」

言葉通りに槙山が伏せる。キィ―ンと高音が鳴った先にはナイフがパイプに突き刺さっている。伏せた槙山には分らなかったが、渡邊にもナイフはかすり、防護服の一部が裂けてしまった。

槙山「2階からか!誰だ」

1階から槙山たちは周りを見渡すが誰も見つからない。警戒しているがどうやら次の攻撃はないようだ。

槙山「とんでもないことに巻き込まれたみたいだ。…ここでは通信機械は使えないんだったな」

渡邊「ひい~、早く逃げましょう」

槙山「子供が1階なら助けてからにしましょう」

渡邊「はい~」

声のした船1階前方左の方へ廊下を渡り、危険と書いてあるポンプの裏へ回ると…。

??「お腹すいたよ~」

隅に130㎝で痩せ型の女の子がうずくまっている。やや衰弱しているこの子を槙山は5階本部へ連れていくことを即座に決心する。

槙山「さあ、助けに来たよ。一緒にここを出ようか。名前を教えてもらえるかい?」

もも「ももです」

槙山「じゃあももちゃん、急いでここを出てお父さんとお母さんのところに戻ろう」

もも「……」

渡邊「お母さんのとこまでおんぶするね」

女の子は飲食をしていなかったからか少し元気がなかったが、それでも今の状況がおかしいとは感じるだけの判断は子供ながらにできていた。渡邊はやさしく子供を背負い、3人は敵を機関室に残したまま去っていった。皆が必死に走る。

誘拐犯「まあいいさ、どうせまた来るだろう。皆もうおしまいだ…」

………

上に向かった客室捜索組も下に向かった機関室捜索組も何やら大きな事件に巻き込まれてしまった。果たして医の助たちは大丈夫なのか…


第4話の終わりに…

医の助「ちょっとすごい事件になってきそうだ、しばらく連絡できなくなるかも…ごめんな」

いのり「わかった、またできるときに連絡してね。コロナにかからないようにおまじないかけとく」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「ああ、ここは…まるで…まるで…地球じゃないみたいだ」

【クルーズ船で判明した2つの事件。見えない見えない医の助たちの運命は…これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語。】


第5話:外国船の事情


場所は変わりここは12階、血の匂いが漂う客室1212号室。部屋へ入ると手前には右側にお風呂とトイレがあり奥にはベッドが2つある。血だらけのベッドに人が2人いるが…

ゴージャス船長「…これは…」

医の助「残念ですが…生命兆候がありません。失血死でしょうか。明らかに首と胸腹部に鋭利なもので刺された跡があります」

新田「これって、密室殺人事件?」

医の助「警察を呼びましょう、調べてもらわないと」

ゴージャス船長「ダメです。警察はこの船に入ってこれません」

医の助「えっ、なぜですか?」

ゴージャス船長「DMATしかここには入れないのです。他の方は感染のリスクもあるためご遠慮願います。この船は日本国内ではありません。すべて権限は船長である私が握っています」

そう、この船はイギリス籍であり、船長が許可したことでDMATはクルーズ船内の調査ができている。警察すら日本国内でない以上すぐ手出しができないのだ。

医の助「…じゃあ僕らで更なる調査をしなければいけないのですか」

ゴージャス船長「そういうことになります」

新田「…もう医者のやることじゃなくなってきてるよね」

医の助「たしかにもう何でも屋だな。亡くなった方のご冥福をお祈りしよう」

3人が黙とうを死者に捧げ現場を少し調べ始める。クローゼットの中にあったであろう洋服も散らかっており、金庫も開けようとした形跡はあるがどうやら開いていない。物取りの犯行だろうか?と素人ながら医の助たちは思っていた。

新田「……自殺じゃなさそうだし…犯人がいるってことになるよね」

医の助「…そういうことになるな、すこし怖くなってきたよ。全員外に出たほうが安全ですけどそれもできないのですね?」

ゴージャス船長「できません。本部へは私から伝えておきます」

医の助「…犯人はこのクルーズ船内にいるってことか」

新田「怖すぎ、ねえやっぱり警察に来てもらう方法何とか考えたほうがいいんじゃ…」

医の助「…あれ?そういえば、女の子の声は?」

医の助と新田は医師として患者の死に多く立ち合ってきたが、検察医ではないため事件現場を多く経験してきたわけではない。この部屋から聞こえていた声を完全に忘れてしまったが、冷静になったことで思い出した。

新田「…そういえば誰もいないね…誰もいないよね?怖い」

皆が不安がっている時にスマホがバイブする。槙山先生からだ。

医の助「もしもし、槙山さん大丈夫ですか?」

槙山「大地先生、今僕たちは本部に向かっているんだが、1階のフロアで少女を発見したよ」

医の助「少女?もしかしたらここの家族の娘さんかな」

槙山「家族?じゃあぼくらも客室に行こうか、どこだい?」

医の助「槙山先生、残念ながら死亡しています」

もも「パパとママはもういないもん」

槙山「…そうか、桃ちゃんは知っていたんだね。ごめんよ」

もも「……またいなくなっちゃうんだ」

槙山「…また?」

もも「今の家族は3回目の家族なの」

槙山「良かったら聞かせてくれるかい?ちょっとその話詳しく後で聞きたいな」

もも「うん、助けてくれたお礼に」

槙山「ありがとう。それで大地先生、警察は来てくれないのかな?」

医の助は1212号室で見た情景を伝え、警察がクルーズ船内に入って来れないことも槙山に報告した。

槙山「そうか、では頑張って僕たちで解決しようじゃないか。ももちゃんは安全なロビー付近にいてもらおう。渡邊さん、本部で桃ちゃんをお願いします。では大地先生またね」

槙山はなぜか事件解決にとても乗り気だった。

渡邊「はい~」

ももちゃんと渡邊はロビーへ向かい、槙山が客室へ向かった。医の助と新田とが先に客室内を感染症と殺人事件の両面で現場検証し、ゴージャス船長がそれを見守った。感染症を引き起こす可能性のある場所、例えばドアノブ、電気のスイッチボタン、トイレボタン、トイレ便座、椅子手すり、TVリモコン、電話機、机、枕、ベッドなどウイルスがいるかもしれないので注意して触らないようにした。そして続いて殺人事件と思われる現場検証を行う。

医の助「それにしてもすごい争った跡が残ってるね。机の上にあったもの全部下に落ちているし…」

新田「ねえ、医の助、写真だけ残って置いてあるよ。3人いるからさっきの少女ってこの子のことかな?」

医の助「そうかもしれないな。ん?女の子なんか悲しそうだね。なぜだろうか?」

写真の中に満面の笑顔を浮かべる両親は今ベッドに横たわり、写真に残された笑顔がこの2人からは想像ができない。患者は死後に化粧を施されることが多くあるのだが、今回化粧をしなければ死とは残酷なものだと死んだ顔を見ると伝わってくる。

新田「…凶器ってここにないよね」

医の助「…ああやっぱり怖いな」

女の子の声の主も分からず正体不明、また血だらけになった部屋には肝心の凶器が見当たらない。犯人はこのクルーズ船内にいて、しかも武器をもっていると思うと普段こんな状況に慣れていない医の助と新田はやや動揺もしていた。ただでさえ未知のウイルスにも心のどこかで怯えているというのに…。そんな心境の中インターホンが鳴り、槙山先生であることを確認し客室内へ招いた。

槙山先生「遅くなってごめんね。…なるほどここは惨劇だね…。ももちゃんを連れて来なくて良かったよ」

医の助「ももちゃん?さっき言っていた女の子の名前ですかね?」

さっき聞こえた少女の声の主かは本人に会っていないため確かめようがない。この1212号室で起こった事件について医の助は話し始める。

医の助「槙山先生、鋭利なもので刺された痕跡があり、殺人の可能性が高いかと」

槙山「なるほど。実は僕たちも1階で命を狙われてね。犯人らしき人とも出会ったよ」

医の助「えっ!?そんなことあったんですか?めちゃめちゃ怖いですね」

槙山は1階で起こった出来事を説明し、1階捜索組の槙山と渡邊は誰かにナイフで襲撃され、少女を発見したことを報告、一方12階では二人が密室で殺人事件と思われる状況を報告した。医の助たちは頭を整理はするものの困惑している。

医の助「まさか船で襲われるなんて。槙山先生無事で何よりです。あと…その少女も気には…」

ゴージャス船長「それで犯人は?」

医の助は少女が今気になり始めているが、ゴージャス船長は少女よりナイフの敵が気になるだろう。槙山にどんどん質問し始める。

槙山「暗くてはっきりは見ていないのですが。おそらく…船員クルーの1人ではないかと思われます」

ゴージャス船長「なんですと!?どうしてわかるのですか?」

槙山「犯人は僕たちにナイフを投げつけてきましたが、料理包丁とかではなくてね。船員がつけているといわれるやや細めのナイフでした」

ゴージャス船長「それだけで船員が疑われては…」

槙山「こちらの刺し傷はやはり細めのナイフで刺された跡です。同様のナイフが使われた可能性がある。もう1つはすこし薄暗い中犯人の両肩が光ったんです。」

ゴージャス船長「なんと…そうですか。可能性はありますね」

槙山「このクルーズ船に勤務している船員は皆同じ格好をしてはいないですよね?」

ゴージャス船長「そうです。船員ほとんどが白と青がベースの服装ですが…両肩が金色に光る服装をしているのは船長である私、機関長、甲板長、司厨長くらいです」

両肩に金色で光っている服を着ているのは船員の中ではリーダー格の船長、機関長、甲板長、司厨長だけのようだ。槙山はナイフで襲ってきた人間の両肩が暗闇の中で光ったことからそう推測したのだ。

新田「最後のシチュー長ってなんですか?」

ゴージャス船長「船の料理長ですね。包丁の場所などは熟知していると思いますが」

医の助「一度皆本部で集まって話を聞いたほうがいいですかね?」

新田「密になるからな~どうしようか考えないと。そういえばもう一人行方知れずのお客さんいませんでした?」

医の助「確かに…どうしましょう?」

そんな中、ゴージャス船長に連絡が入る。

ゴージャス船長「はい、こちらゴージャス……なんだと?わかったすぐ行く」

医の助「どうしました?」

ゴージャス船長「どうやらロビーで暴れている男がいるらしい。行ってくる」

医の助「もしかして殺人事件の犯人?大丈夫ですか?」

ゴージャス船長「いや、どうやら酒飲みなのか、上半身裸らしい。船内でもめ事を起こしてもらっては困るのだ」

医の助「じゃあ僕たちもここからでますか。少女も気になりますしね」

新田「遺体はDMAT隊長にどうするか相談してみようよ」

3人は安らかに眠れ…と思いを込めて遺体にお辞儀をしてから客室を出て本部へ向かった。


予期せぬ出来事に巻き込まれ、激しく状況が変化してこの船に乗り込んだ目的すら忘れてしまうほどの精神的疲弊が医の助たちに襲っている。果たして医の助たちは…大丈夫なのだろうか??


第5話の終わりに…

医の助「……俺たちって何しにここへ来たんだっけ…」

いのり「……目の前の事に集中だよ」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「あれ?俺って…何しにここ来たんだったけ?」

【次々へと目まぐるしく状況は変わって見医の助たちは迷い戸惑う…これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語。】


第6話:引退したインターポール

医の助たちがロビーに向かうと、サングラスをかけ上半身は裸で赤い水着の細身の男が酔っぱらっているのかゆらゆらしながら豪快に暴れている。どうやら行方不明と思われていたスイートルームの男なのだろう…か。

水着の男「おいおいどうなってんだ? 俺の大好きなかわい子ちゃん達が1人もいねぇじゃねぇか! カジノにもカラオケルームにも誰もいねえってどうなってんだ。船長を呼んでこい船長を!高い銭払ってんだぜえ、女の子いなきゃ全然恋できねえじゃねえか、どこいったんだ俺のバニーちゃん…」

水着の男はとても興奮して暴れまわっているが、周囲を見渡して何かを観察しているようにも見えた。いずれにしても騒いでいる男はこの水着の男だ。

医の助「騒いでるのはあの人のことですね」

ゴージャス船長「誰が見てもそうだな」

槙山「どうやら酒に酔って上半身裸だし、感染防御全然できてないからあの人を何とかしないと皆にウイルス撒き散らしちゃうね」

行方不明の期間、レッドゾーンに行っていたかもしれなので医の助たちは水着の男に部屋へ至急戻ってもらうよう促そうとしていた。

医の助「大変だこりゃ。 おーいそこの上半身裸の人、ちょっと静かにしてください」

水着の男「あ~ん?あんた誰だ?早く可愛い子ちゃん連れて来いよ~」

新田「ちょっと感染対策できてない人は早く部屋に戻ってください」

水着の男「なんだお前は。まあまあ可愛いだけで俺に話しかけてくるんじゃねえよ」

新田「まあまあって何よまあまあって。医の助何とか言って」

ちょっと疲れていたからなのか医の助は新田の言葉をとりあえずスルーして水着の男に話しかけた。

医の助「まあまあ落ち着いてください。今大変なことが起こっているんですよ」

水着の男「ああ怒ってるな。おれは猛烈に怒っているとも。だって女の子が周りにいないなんてありえねーだろ。はあ…なんで俺はこんな所にいるんだろう。早く夢の世界に浸りたいのになあ」

“起こっている”を“怒っている”と解釈したり、どうやら酒が相当回っているのか、それとも頭の回転が速いのか医の助たちはよく理解できなかった。

医の助「いえ、そうじゃなくて。殺人事件が起こっているんです。あなたの部屋の真下で」

水着の男「ああ?殺人事件だと?どこに人が倒れてるってんだよ」

医の助「やれやれ」

ゴージャス船長「失礼します、A1312号室の津安十さんですね?」

津安「あーなんでお前が俺の名前知ってんだ?さてはストーカーか?それとも俺のファンか?サインならいつでもくれてやるぞ」

ゴージャス船長「ご協力よろしくお願いします。インターポール」

新田「えっ?インタ-ポール?この人が刑事なんですか?」

津安は国際刑事として10年前に 50億円がスイス銀行から盗まれた際、世界の果てまで追って犯人を逮捕し事件解決へ導いた人物として有名…らしい。

新田「へえ…この人がねえ」

津安「そうだスイス銀行の事件を解決したのがこの俺だ!ハハハ」

医の助たちは協力を求めたかったが、感染確認のため今まで津安がどこにいたかを確認する必要性がある。

医の助「今までどちらに?津安さん」

津安「おい、この格好見て分からないのか?プールだ、プール」

屋外のプールはまだレッドゾーンで安全かどうか確認できていない場所だ。医の助たち全員が怪訝そうな顔を浮かべていたため、津安が続けて弁明する。

津安「おいおい、何もイケない場所にいってたわけじゃねえぞ。屋外のプールじゃなくて7階デッキのプールだ。そこは誰も立っていなかったし、問題ないだろう」

停船5日目でまだレッドゾーンなのが、6階のアクティビティゾーンと7階のバーラウンジゾーン、そして屋上のプールゾーンだ。7階に津安がいたというデッキビューゾーンに小さいプールがある。そのゾーンはブルーゾーンとなっている。どうやら津安がいたのはデッキゾーンだったようだ。そしてレッドゾーンには万が一乗客が入って来れないようにキープアウトの黄色いテープと、セーフティチームに所属する自衛隊がレッドゾーン前には立っているはずである。現在乗客が客室に閉じこもっているので、津安がどこに行っていたのか把握できる人間が少なかったため見つからなかったのだろう。

医の助「なるほど。ではぜひ津安さんの力を貸してください。もし協力してくれたら女の子たちが戻ってくるかもしれません(特に胸のレントゲンが綺麗な人がね)」

津安「ほうほう。そいつはいいな、約束だぞ。外国の奴は皆、ワシ津安十のことをこう呼ぶ…とっつぁん!とな。わははははは」

槙山「ではとっちゃん、事件を説明させていただきます」

津安「とっつぁん!だ!で状況は?うーんなんかちょっと寒くなってきた…服が欲しい」

周りを惑わす挙動に困惑していた医の助たちだったが、セーフティーチームがかけつけ、津津安の全身に消毒液をかける。

津安「何すんだ!このやろう!」

やれやれと皆が思ったが、頼りにせざる得ないので新田が丁重に部屋に連れていき、ロビーに戻ってくるのを待っていた。

医の助「本当に頼りにしていいかわかりませんね、槙山先生。ただの酔っ払いとしか思えませんよ」

槙山「まあ、アニメの世界でもインターポールで有名な人もそんな感じだったしね。大いに期待しようじゃないか」

とっつあんの実力が不明でどれだけ期待していいものかわからなかったが、医の助は死体検案をしたことがあっても殺人事件の解決をしていたことはないので、こんな状況でも頼りにするしかなかった。とっつあんを待っている間、すれ違いにまるで探していた恋人を見つけたかのようにるんるんでDMAT隊長の鹿馬が勢いよくロビーへやってきた。

鹿馬「おお、おお……よくぞ御無事で。探しておりましたよ、千本桜のももちゃんですね」

鹿馬は本当に桃ちゃん以外眼もくれず気持ち悪いぐらい桃ちゃんを見つめている。

もも「……おじさん、誰?私知らない」

鹿馬「おお、失礼いたしました。私、国家直属のDMATという災害対策チームの隊長をしております鹿馬です。日本の副大臣があなたを絶対に守るようにと私に指示しております」

医の助「?」

なぜ鹿馬はこのももちゃんを知っているのだろうか?それに副大臣が直接子供を保護するよう指示するは明らかに不自然だと医の助や槙山は思った。

槙山「どういうことか説明してもらいますか?ももちゃんも驚いていますよ」

鹿馬「私も直接の理由は知らない。ただ最重要命題だと言われていてね。その子を日本国際病院で保護してほしいとのことだ」

医の助「日本国際病院で?なぜです?まだ感染しているかもわかっていないのに」

医の助たちは日本国際病院で普段勤務している。なぜ日本国際病院指定でしかも桃ちゃん限定で副大臣が指名しているのかは理解できなかった。

槙山「警察には連絡しなくていいのですか?家族が犠牲になっています」

鹿馬「なに!?死んでしまったのか?」

医の助「隊長言葉に気をつけてください、まだ子供ですよ」

鹿馬「……そうか。ならば仕方ない。国の命運がかかっているかもしれん。必ず安全にこの子を病院へ連れていく」

どうやら警察に連れて行く気はないらしい。相当副大臣はこのももちゃんが重要な人物だと認識している。医の助たちにはその理由は今わからなかった。

もも「パパ、ママ…いなくなっちゃ嫌だよ」

ももちゃんは医の助の服を引っ張って離れようとしない。また連れ去られるという恐怖からだろうか。どうやら病院に連れて行かれることを怖がっている。しかし、このクルーズ船にいることも新型コロナウイルスに感染する危険性があるだけに外にいるほうが安全なのだが…ただ、出られない、出られないのだ。まずそもそも14日経っていないといけないのだ。今は5日目だからまだ日本へ上陸するにはまだかなりの時間がかかる。だが殺人事件が起こって乗客に命の危険性があるのに変わりはない、むしろ殺人者がいるほうが新型コロナウイルス感染症に罹患するより死亡リスクがあるかもしれない。下船できないのであろうかと医の助は疑念を抱く。

医の助「隊長、先ほども申し上げた通り子供の両親が犠牲になっています。現場を見ましたが、殺人事件の可能性もあり、これを理由に皆を下船できないでしょうか?」

鹿馬「殺人のセンがあるのか?ふむ、それは恐ろしいな。もちろん私に下船を許可する権利はないのだが1回厚生労働省にも話をしてみよう。聞いてもらえるかもしれない」

医の助「ありがとうございます。そして警察は来てくれないのでこの事件を解決してくれる協力者を今待っています」

鹿馬「協力者?」

そんな会話をしている中、元インターポールのとっつあんが戻ってきた。

津安「よーし、酔いも覚めてきたし服も着たし完璧だな。さて、殺人事件を解決しようか。このとっつぁんが!わははははは」

新田「ほんと、調子がいいんだから。大丈夫かな」

津安「大丈夫だぞ姉ちゃん、俺はこう見えてなかなかすごいんだぜ」

こう見えてと言っても赤い水着が白い短パンになって黒い半袖のシャツを着ただけでサンダルする津安のすごさが全く伝わってこないのだが…。さあ、やっと事件解決に向けて動き出せる医の助たち。この国の思惑に気づき、皆を安全に下船できるのか?

鹿馬「待った待った。我々DMATの仕事を忘れたか?診療部門は病気で困っている人を診察し国指定のホテルか病院へ検査をして搬送することだ。殺人事件の捜査は医者のやる事ではない。任務に戻りたまえ大地先生」

医の助「確かにそのとおりですね。しかし殺人者がこのクルーズ船内にいるのに我々が何もしないというのは問題では?」

鹿馬「そうだな。それで犯人はどこにいるんだ?」

槙山「おそらくまだ機関室に居るのかと。あそこは階段でしか通ることできない」

鹿馬「わかった。ではとっつあんは1階で犯人の捜索を。本日の5日目の夜にはアクティビティゾーンも消毒し現場検証が終わって問題なければレッドゾーンからブルーゾーンになる予定だ。そのエリアも明日から防護服なしで行き来していいことになる。それと大地先生に仕事だ。現在乗客は客室待機となっており発熱や味覚障害など異常を認めたらこちらに電話するようにと言ってある。どうやら80歳ぐらいの老夫婦が体調不良らしい。そこに向かってくれ。10階のA1010号室だ」

医の助「承知しました」

医の助は連絡があったA1010号室をノートに記し、防護服を着て患者のいる客室へと向かった。

津安「さて、俺たちは今から殺人現場とやらに行ってくるかな。機関室は明日の朝だ」

鹿馬「どうして明日なのだ」

津安「暗闇じゃ不利なんじゃねえかっていう何となくだな。ま、なんとなく予想ついてるから心配しなさんな」

医の助「…お任せしてよろしいでしょうか?」

津安「そうだな2人ぐらい人が欲しいなあ。そこのねーちゃんと船長に来てもらおうか」

新田「またあの部屋に行くのね…はあ」

ややため息交じりに行きたくなさそうなそぶりを見せたが、事件解決しない限り不安になり続けることを考慮し、新田は必死に前を向いた。

槙山「じゃあ、僕と渡邊君と桃ちゃんはここで待っているよ。少し疲れたしね」

ももちゃんの手を渡邊が握って一人にしないようにしている。

渡邊「お腹すいたよね、桃ちゃん?」

もも「お腹すいた~お腹すいた~」

食事は5階に厨房があって本来そこから次々と運ばれてくるだが、本日の夕食は残念ながらカップラーメンだ。ここ本部への食事は基本用意されず、持ち込むことが要求されていたため、2週間分の食料を全員分用意するのはすぐには困難であった。医の助は電話で診察を求めた客室の方へ行っていた。A1010号室に90歳老夫婦がいるそうでどうやら咳や発熱があるらしい。そのため医の助は防護服を着て検査のためにその客室の中に入って対応した。

医の助は身体診察を行い、2人の肺に雑音を聴取したので肺炎を起こしている可能性を考慮し、すぐに病院に連れてった方が良いと思った。

医の助「やはり肺炎の可能性があります。あとこれ簡易の酸素マスクですので吸ってください」

老婆は頻呼吸になっており、酸素吸入により呼吸状態の改善が認められた。

老婆「ありがとう助かったよ」

2人はまるで神様を見つけたように医の助にしがみついた。

医の助「解熱剤を飲んでください、ちょっとは楽になります。今からウイルスの検査をしますよ、ちょっとお鼻に棒入れます。少し痛いですが頑張ってください。これが陽性だと明日にでもすぐに病院に搬送することになるので船から降りてもらうことになりますがよろしいですか?」

老人「もうわしらは海の上で死ねれば本望だと思っておったがのう…孫たちの顔が見たいと思うとやはりまだ死んでも死にきれんわい」

新型コロナ感染症のPCR検査を終えて、明日まで検査の結果を待つしかなかった。

「明日の朝になれば結果が出ますので、それまでごめんなさい、ここでお待ちいただきます。少し不安化と思いますがまた夜何かあればまた連絡ください」

医の助はすぐに根本的な治療ができない現状を詫びた。

老人「わしらはもう長く生きれん。ここで終わっても悔いはない」

しっかりされている老人なのに孫と会いたいと言っていた言葉と矛盾しており、相当精神的にも身体的にも疲弊してきている様子がみえた。

医の助「お孫さん待ってますから少し頑張りましょうね、では失礼します」

老婆「待っておくれ。もし1人検査が良くてもう1人が悪かった場合はどうなるのかね?」

医の助は今の定義だと検査が陰性の場合は連れていけないが、1人をクルーズ船に置いて行くことは酷だと思った。

医の助「確かにそれは困りますね、確認しておきます。いい質問ありがとうございます」

クルーズ船には外国人も多く、英語、中国語やスペイン語などあらゆる言語に医の助は対応し、変異ウイルスが混在するであろう中、状態が悪い人を1日当たり10人ほど診察した。医の助は大使館への連絡も頼まれたりと医師の仕事とは思えない頼み事もこなしながら対処し続けた。変異ウイルスも世界中で拡大してきた報道も聞かれる中、診察し終わった医の助はブルーゾーンに行く際には注意を払って防護服を脱ぎ、本部へと戻っていった。


第6話の終わりに…

医の助「……想像以上に乗客は疲弊していて、混乱している。困った人助けないとね。変異ウイルスオリンピックにならないように気をつけるよ」

いのり「……医の助もしっかり休んでね」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「疲れたな~なんかもう休みたいな、休憩場…なんてないよな」

【疲弊してくる皆を診療して医の助たちはあらゆる人を救済する…これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語】


第7話:クルーズ船に隠した希望/夜空に咲くそれぞれの思惑


津安「さてと… 殺人事件とやらを解決しに行くか。部屋はどこだ?」

どうやら酔いが覚めて言葉使いがはっきりしてきた。頼りにできる…気がする。

新田「A1212号室です」

津安「じゃあそこへ向かうか」

新田、ゴージャス船長と津安は殺人事件現場のA1212号室へ向かった。気がつけばもう夕方だ。夕日が船を照らしている。黄昏る黄昏る。もう少しで星空がよくみえるようになり、船の光が海を照らすようになる。海は静かに波を立てても豪華客船は全く揺れもしない…。停船5日目の夜、疲弊した乗客は不安とともに明日の朝を待っている。事件を解決して閉じ込められた世界に希望の光を灯すため津安や新田が前に進む。防護服を着たまま新田や津安は密室殺人現場へ到着する。

津安「さてさて、じゃあ失礼するよっと」

A1212号室の扉を開けてとっつあんは初めて現場を目撃した。先ほど医の助たちが現場に来てから数時間しか経っていないが、どうやら現場に他の誰かが侵入した痕跡はなくそのままのようだ。

津安「ほほう…確かにこれは殺人事件だな。そしてこの胸や腹にある刺し傷を突いた張本人さんがいない。この部屋はかなり争った形跡があるし、何しろ凶器がないんだもんな。それにちょっと特徴的な凶器のようだ」

津安は酔っぱらっていた先ほどと違いかなり集中している。

ゴージャス船長「と言うと?」

津安「かなり長いナイフ…例えばクルーズ船の船員が持っているようなナイフとかね。ほら、海賊とかよく持っているやつだよ」

ゴージャス船長「…船員を疑いたくはないが、槙山先生も同じことを言っていた…1階で目撃した人はもしかしたら船員かもしれない。しかしなぜ…」

ゴージャス船長は新型コロナウイルス感染症でクルーズ船は停泊を余儀なくされ、客からのクレーム対応や殺人事件など船長としてはかなり困惑し疲弊する状況が多すぎて少しパニックになっていた。なんて日々だ。

津安「わからねえ理由までは。ただこんだけ荒らされてりゃ、物取りっていう線も捨てきれねぇな。何かがなくなってるんじゃねえか?」

新田「さすがとっつあんだね。ももちゃんをここに連れてくるしかないのかなぁ」

あまり悲しい思いをさせたくないが為にももちゃんをここに連れて来なかったが、やはり連れてきたほうがいいのかと少し新田は迷っていた。

津安「ところでこの仏さんたち、何者だい?」

ゴージャス船長「リストによると名前は千本桜やまと、と、ひとみだ。共に69歳で職業は共に研究者と記してある」

津安「物取りってんならよほど重要なものを持ってた人物だ。こんな閉じ込められた環境で殺人事件なんて起こしたら、疑われる人間はだいぶ限られるからな」

新田「確かに…。でも69歳ってなんか少し年をとりすぎているような…」

新田は両親の年齢に違和感を覚えたが、遺体がある現場で思考が整理できていなかった。

津安「事件に巻き込まれてしまったのかな~可哀想に。なんかこうダイイングメッセージとかないのかねえ。事件解決には大事な証拠になるんだけどなあ、よくあるだろ?映画とかには」

新田「ちょっと真面目にやってください」

津安「へいへい。っていうかあるんだな、これが。ダイイングメッセージみたいのが」

津安に高まる期待をどこか信じられずにいた新田とゴージャス船長であったがあまりにも手がかりを見つける早さに驚いた。

新田「えっどこどこ?すごいじゃん。さすがとっつあんだね!」

津安「この男が右手に握っている紙に手がかりありだ。見てみろ」

硬直した右手からはなかなか取れない紙みたいなものを見つけ慎重に取り出し新田は読み上げた。

新田「…この手紙が開かれている時には私たちはもうこの世にいないかもしれない。とんでもない事件に巻き込まれてしまった。願わくばこのプロトコールは正しき者に。このクルーズ船にすべて隠した。DMATが捜索して見つけることを願う…」

まさにダイイングメッセージを発見したのだが、とんでもない事件とは具体的に記されていなかった。

新田「プロトコールっていうものも研究実験のデータかな?」

研究者という職業から何か重要なデータをもっていたのではないかと新田はなんとなく感じ始めた。

新田「それに…DMATを知っている??」

なぜ被害者がDMATを知っているのかは新田には見当がつかなかった。津安は状況から事件を推理する。

津安「なるほどな。解ってきたぞ、事件の真相が」

謎は全て解けたと言わんばかりに津安はドヤ顔を新田に向けている。

新田「早くもったいつけないで教えてくださいよ、とっつあん」

津安「千本桜って変わった名前だと思わなかったか?」

新田「そりゃ聞いたことないですよ。もしかしたらこの世に1人かもと思いました」

津安「その通り。千本桜の名は1家系しかこの世に存在しない。千本桜の名を継ぐ者には特別な血が流れていると聞く。それを狙われたんだろう。そういえばインターポールで任務中にこんな話を聞いたことがあったな。ワクチン作製の第一人者に研究者名で千本桜という日本人がいて45年前のばい菌戦争に勝ったとか勝たなかったとか…。後はようわからん。何か重要なデータを盗まれそうになったから隠したと考えるのがさっきのダイイングメッセージを考えると妥当だろう。

新田「そんな…血が狙われてたなんて…ちょっととっつあん、全然事件解決してないじゃん!迷宮入りだよ!このクルーズ船のどこかに隠したってことかな?」

ゴージャス船長「だとするともう命を狙われていたことを知っていたことになるな。くそ、俺の船でなんてことを…」

津安「俺達じゃすぐに何を隠したのか見当もつかん。もしかしたらこのメモを見たらあの女の子が何か考えつくかもしれない…他には重要なものがないか?」

絵の裏やトイレ風呂、ベッドの隅々まで探したがメッセージ性のあるようなものをとっつあん達は見つけられなかった。亡くなった2人もどこか寂しそうだ。

津安「よしよしまあこれぐらいいいだろ。仏さんもあんまり調べられちゃ可哀そうだ。それに…犯人はこの中にいるしな」

新田「えっこの中!?」

津安「この中ってのは、クルーズ船の中にってことだよ。ただ殺人者は1階にいないな、客の誰かだろう」

ゴージャス船長「まさか。そんなどうしてそんなことがわかるのだ」

津安「まあもう暗くなってきたし明日1階に行って確かめるのが吉だ」

3人もまた本部に戻り、医の助たちと合流することになった。皆で情報を共有したが、個々の本部にいる全員とミーティングをしたわけではない。まだ殺人事件が起こっていることを知っているのは一部の人間だけだ。ご飯を食べていない人たちは20時頃カップラーメンで夕食をとり、皆が交代してシャワーを浴びた。この本部で2週間は50人程度の人間が交代しながら机と椅子を使って寝る。ベッドはない。槙山先生や桃ちゃんはどうやら食事とシャワーを終えてもう休憩に入っていた。

新田「ベッドはないのか~。疲れとれるかな」

医の助「皆で3時間ずつくらいの休憩時間とって頑張るしかないな」

この本部は24時間稼働しているので寝るために暗くなったりはしない。そのため、明るい環境で数時間休む程度なので日々体力を奪われてくことになる。そんな状況下でも外は夏の夜空に咲く花が…20時頃…ドン…ドンと外から音が聞こえる。

大きい、大きい花火がドン…ドンと海上からゆらりとのぼる。赤、青、黄、緑色に彩られた花火が暗い夜空に照らす。花火の美しさのあまり人々は暑さを忘れ、気持ちを穏やかにした。花火の音に誘われて乗客が客室のベランダから空を見上げる。医の助たちも本部から出て移動できるデッキから花火を見る。もちろん殺人犯も…。そして…

ゴージャス船長「間もなくこの船は水の入れ替えるため一時湾を離れます。一部揺れる箇所があるかもしれませんのでご注意ください」

船がゆっくりと動き出し、医の助たちは初めてのクルーズが始まる。


この後果たしてこの環境下で仕事をこなしつつ医の助は事件解決できるのだろうか?


第7話の終わりに…

医の助「……眠い。2時間くらいしか寝れなかったな」

いのり「任務終わったら、温かいお風呂と美味しいご飯作って待ってるよ」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「花火綺麗だったよな。ここにはもちろん花火なんてものもない。何もないよな」

【夜空に咲く花火を見て思う気持ちよ、安らかな幸せであれ…これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語】


第8話:停船6日目…2つの厚生労働省

湾外から戻ってきて船は再び停船し、6日目に入った。

朝6時になり、ももちゃんはまだ寝ているが医の助たちは行動を開始し、ダイイングメッセージに残された<なにか>を見つけるためにまずは4階のロビーから捜索することになった。とっつあんは1階捜索組としてももちゃんの誘拐犯とこれから対峙することになる。

医の助「とっつあん、気をつけてくださいね」

津安「誰を心配しているんだ。まあお互い健闘しようぜ」

とっつあんは勝つのは俺だと言わんばかりに自信満々で階段を下りて1階へ向かった。その頃暗い機関室ではももちゃんを誘拐した犯人が凍えるように身を縮こませて、弱弱しい声がこだまする。

誘拐犯「なんで俺があんなことしなきゃいけないんだ。連れて来いって…。女の子はいなくなっちまったし、どうやって説明したらいいんだよ」

夜の機関室は暗い、暗すぎる。外の光はほとんど入ってこない。1人でこの暗闇では自分が感染して明日はどうなるかわからないという恐怖と常に隣り合わせの精神状況の中、誘拐犯はいつ捕まるんじゃないかという不安にも苛まれ、独り言をつぶやいている。

誘拐犯「もう俺ははダメだ。もうこの世の終わりだ。 俺こんなことするために クルーズ船乗ってるはずじゃなかったのに…あの女の子大丈夫かな、っていうか俺殺されるかな」

誘拐犯は罪悪感でもう心がつぶれて消えてしまいそうだった。人は暗闇に耐えられない。誘拐犯は自分自身がどういう人間だったかも忘れてしまうほどにもう追い詰められていた。もうまるで殺人者のように…人は光を求めて朝起きる。誘拐犯は目をつぶって音を聞いていた。何も聞こえない、何も聞こえない。この機関室では停泊している今、音はしないはずだ。何も考えない時間が欲しいと思っていた。 …カンカンカンカン…誰かが階段を下りてくる音がする。

誘拐犯「俺を捕まえに来たか、イヤ、オレヲコロシニキタカ」

精神的に追い込まれて、桃ちゃんを連れ去った人間はこう考えている。ヤラナケレバヤラレル…と。とっつあんは階段から降りてきて、廊下を時計回りに歩き2階へ上がれる階段を探す。誘拐犯はとっつあんがその2階へ上がって背を向けたところで階段下から刺すつもりだ。

誘拐犯「あと少し…5、4、3、2、1…!」

誘拐犯は勢いよくとっつあんに襲いかかった。刹那とっつあんは背後からの気配を感じ、宙返りで誘拐犯の背後に回る。誘拐犯はすぐに振り返り薙ぎ払うようにナイフを振りかざし再度襲いかかる。バシッと音が鳴るがナイフはとっつあんの両手で防がれて掴まれている。とっつあんは誘拐犯の脚を薙ぎ払ってナイフを奪い相手をなぎ倒した。

誘拐犯「な、何者だ、貴様!」

津安「お前こそ誰だい?俺はただ、話を聞きに来ただけだよ、訳あり誘拐犯さん」

引退したとは思えない見事な身のこなしで誘拐犯を一網打尽だ。さらに持ってきたひもで後ろに手首を縛り男の自由を奪った。

誘拐犯「…俺を殺しに来たんじゃないのか?」

殺しに来たと思っていたと勘違いしている誘拐犯はまた更に困惑していた。

津安「何の話かな?どちらかというと助けに来たんだけどな。まあ上に行って事情を話してもらおうか」

誘拐犯はどこか安堵の表情を浮かべとっつあんの指示に従い本部へと一緒に向かっていった。

 一方隠しもの捜索組である医の助、新田、槙山、ゴージャス船長の4人はダイイングメッセージに書かれていた<なにか>を探すために一度4階のロビーに到着した。

医の助「一応皆でこのクルーズ船の見取り図を確認しようか」

1~3階は機関室、4階はフロントロビーとカジノルーム、5階は本部であるビュッフェルームとシアタールーム、6階には男性と女性の大風呂ゾーンとジムなどがあるアクティビティゾーンが、7階にはデッキビューゾーンとバーラウンジがある。ももちゃんの両親が乗船客として出入りできる場所は4階~15階になる。7階のバーラウンジゾーン、そして屋上のプールゾーンはまだレッドゾーンで入れない。6階のアクティビティゾーンが消毒を終え、ブルーゾーンになっている。本日は4階の捜索になるが、カジノルームはかなり広く、4人で捜索するとなると1人1人の担当範囲は広い。

医の助「ロビーもかなり広いし、隠そうと思えばどこにでも隠せる気がするし…」

新田「そもそも何を探せばいいかわかってないのが困るね」

槙山「いくらなんでも非効率だ。つらいかもしれないが、ももちゃんに何かあるか聞いてもいいかもしれないね」

槙山先生の言う通り、何を探せばいいかわからないのは致命的だと医の助も思っていた。カジノルームも入って豪華なスロットマシン裏やゲームテーブルなどを見て回ったが、医の助たちはロビーをくまなく探しても結局何も手がかりを得られずに夕方になり、その日の捜索を終え医の助たちは5階の本部へ戻ってきた。そこにはとっつあんと手錠をかけられた男が座っていた。

医の助「とっつあん!犯人捕まえたんですね?」

津安「まあ殺人犯ではないがな」

新田「えっ?じゃあ誰なんですか?」

ゴージャス船長「…お前は誰だ?クルーではないな。俺は知らないぞ」

津安「じゃあ名乗ってもらおうか、誘拐犯さん」

両肩に金色のバッジみたいなものがついている服を着ているが、どうやら船長が着ているような服ではない。

西山「…西山だ。俺は頼まれてやっただけだ…なんでこんなことになってんだ」

津安「そりゃ殺人犯として疑われて当然よ。ナイフ持ってるから疑われるんだぞ。 なんで小さい子供を誘拐なんてしたんだ?お前は殺人事件の犯人じゃないだろう?」

医の助「ナイフ持ってたこの人が犯人じゃないんですか? 」

ゴージャス船長「何故そんなことがわかる?」

津安「まあ分かるんだなあ、刑事の勘ってやつなのかね。まあ知っていることを話してくれや悪いようにしねえよ。引退した身だしな」

西山は観念したとばかりに話し出す。

西山「…1212号室の子供を連れてきてと男に頼まれたんだ。 ピンポンしてもドアをノックしても誰も出ないから入ろうとしたらドアが開いて…入ったらもう大人2人は血まみれになって動かなかった。俺もまさかさ、人が死んでるなんて思ってなかったんだ。動揺して…ちょっと声をあげたら、風呂の方から音が聞こえて見てみたら女の子がうずくまってて…この子かなって思って。助けてって言われたんだ。もう部屋に入ったときにはもう死んでいたんだ。俺は殺人なんてやってない。俺は連れて来いと言われたから連れて行ったんだ。でも1階で待ってろって言われたのに全然その指示した男来なくてよ…そしたらお前らが来たんだ」

医の助たちは機関室にいる人が誘拐と殺人の犯人だと認識していたのでかなり驚いた。

槙山「僕らを襲ったのはなぜだい?」

西山「俺たちを殺しに来たんだと思って、盗んだナイフでよ…もうあの時はまともな精神状況じゃなかった。やらなきゃやられると思ってたから…」

医の助「じゃあ殺してないと…そういうことですか?」

西山「やってねえよ、神に誓って」

ゴージャス船長「お前は一体誰の差し金なんだ?」

西山「……」

津安「早く言えば殺人未遂事件の罪には問わないって皆が言っていたぞ」

誰もそう言ってはいなかったのだが、医の助たちは一体何の事件に巻き込まれているのか事件の真相が知りたかったので、津安の言葉にうなずいて西山の言葉を待った。

西山「厚生労働省の秘書さんからだ。剛腕寺って言って…厚生労働省副大臣の秘書だ」

医の助「…厚生労働省の副大臣??」

厚生労働省がももちゃんを連れ去ろうとしていた??いったいなぜ?医の助たちは全く理解できなかった。そもそもDMAT隊長の鹿馬もももちゃんを保護するとは言っていたが、DMAT自体が厚生労働省所属の部隊だ。

新田「どういうこと?厚生労働省の人が別人を雇ってももちゃんを勝手に連れ出そうとしたってこと?」

鹿馬「…少々混乱してきた。厚生労働省からの指示系統が2つあるというのか?しかもいずれも桃ちゃんを保護するようにと…知らされていないことがあるな。上に確認しておく」

医の助「よっぽど重要な人物なんだね、ももちゃんは。誰に聞けばわかるんだろう?」

槙山「今すぐにはどうやらわからないだろうね。でもこれでまた別の疑問が浮かんだよ。なぜ君は厚生労働省の秘書さんと接触してこの依頼を引き受けたんだい?」

西山「…ある病院で新型コロナウイルスの治験薬の臨床治験をやろうとしていたんだ。ところが治験は正当な手順を踏まずに進められていたんだ。とにかく早く早く治療薬を認証させようと…。俺はこの治験自体を中止すべきではないかと言ったんだが、治験の責任者であったわけでもないしその治験は進行していったんだ。気がついたら書類上責任者が俺になっていて…。どうやらその治験は何かの事情で中断となったんだ。責任を取れ一点張りで今回の依頼を受けざるえなかった…ってとこだ。」

新田「ある病院ってもしかして…」

医の助「なるほど、興味深い話が聞けたね。西山さんありがとう」

西山が話した治験は日本国際病院で医の助たちがコロナ病棟で勤務していた時に発覚した違法で卑劣極まりない事件だ。思わぬところで話がつながった。どうやら厚生労働省が治験にも関与しているらしい。

槙山「なるほど、事情はわかったよ。しかしもう一つ疑問がある。誰がももちゃんの両親を殺したんだい?」

西山「知らない」

医の助「西山さん、なんでこの子は政府に狙われるのか何か知っていますか?」

西山「わからねえ。あんまり聞いてないけど日本の未来を救う為に重要な人物だというふうに聞いている」

槙山「そんな曖昧な理由でこちらも殺されそうになったわけだが」

西山「その件はすまない。本当にすまなかった」

槙山「やれやれ…これからどうしようね。というか君は乗客じゃないだろう?DMATなのかい?」

西山「…厳密にはDMATじゃない。DMATとして入ってきたんだ。副大臣にIDとか作ってもらって」

違法にはならないのだろうが、とにかく副大臣は危ない橋を渡ってでもももちゃんを手に入れたいらしい。だが、厚生労働省の思惑を把握しきれてないうえに、現在、殺人事件の真犯人も、殺された両親が隠したものが何かさえもわからず八方ふさがりとなってしまった。そんな中、西山が話し始めた。

西山「…俺にそのももちゃんって少女に話をさせてくれないか?俺が連れて行ったときあの子は嫌がらなかった。それに多分お父さん達を殺されたのを見てたんじゃないか?つらい思いをさせるかもしれないが…」

津安「あの子に聞いてみるのが1番早いと…確かにそうだな。寝ているとこ悪いが確認してみるか」

本部の端で寝ていたももちゃんを連れてきて話を聞くことになった。ももちゃんは事件当時を苦しいながら振り返る。

第8話の終わりに…

医の助「……この事件。政府も相当リスクを背負って何かしている」

いのり「あんまり変なことに首突っ込まないでよ、危ないんだから」

いのり「あっ、そういえばね…」

疲れて医の助はその続きのSNSを見ずに寝てしまった。


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「ここには裏切り者もいないし、空気も澄みわたっているし。もうここにずっといたいような気もするな」

【医の助たちを惑わす惑わす国の思惑…夢の世界だったらいいのに…現実はどこまでも冷たい。これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語】


第9話:千本桜家の血


1212号室にいる医の助たちは遺体に白いシーツを被せ、ももちゃんに見えないようにした。

千本桜もも…両親が込めた子に託した想いはなんだろうか?本部から客室へと場所を移した到着してすぐは泣きそうに瞳をうるわせていたが、強い気持ちをもって、桃ちゃんはゆっくりと話し出す。

桃「…私は千本桜桃。今のお父さんとお母さんは3人目なの」

どうやらかなり複雑な家庭環境のようだ。桃ちゃんは続ける。

桃「といってもひいおじいちゃんとひいおばあちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんは3年前に死んじゃった。お父さんとお母さんは5年前にいなくなっちゃってわからないの」

西山「そうか…お父さんとお母さんは行方不明?」

桃「わからないの。昔のことでよく覚えてない。でも皆が私の血は特別で絶対に守らなきゃいけないって。絶対生き延びなさいって」

西山「そうか、大変だったんだな。ごめんな、色々不安になるようなことして」

桃「ううん、おじさんが悪い人じゃないってことはわかってたの」

西山「…ありがとう(お兄さんって呼んでほしかった)」

津安「桃ちゃん、おじさんは国際警察をやっていて今犯人を捜しているんだ。何かあの客室で見たかい?」

桃「…あんまり覚えてないの。でもすぐ隠れてって言われて…その後知らない男の人の声がしてその後お父さんとお母さんの荒げた声が急にしなくなったの。ずっと隠れてた」

津安「ただ、桃ちゃんを探さなかったということはやはり物盗りだな。ここで何がなくなったかわかるかい?あるいは犯人がお父さんとお母さんから奪いそうな物は何かわかるかい?」

桃「前はパソコンだった。何か大事な資料が入っているって…」

津安「パソコン…確かにあの部屋にはなかったな」

新田「何かの研究のプロトコールが入っているのかな?」

医の助「もしかして…」

槙山「ああ、そうだね」

研究の中身がなんとなく医の助と槙山はピンときていた。しかし、犯人が誰か検討はついていなかった。

津安「よし、犯人はまだわからないが探し物はパソコンで決まりだ。基本的に本部を出入りする人以外は自由に動けないし、まだパソコンはまだ隠してあると見た。また明日から皆で探そう」

新田「でも今どきパソコンの中身ってどこからでもクラウドか何かで共有しているんじゃ…」

槙山「いや、もし千本桜家が元々命を狙われるほど重要な資料を持っているとしたらクラウドとかではいつか盗まれるだろうと思ったんじゃないかな。そのパソコンでしか閲覧できない何かがあるとみる」

医の助たちは探し物がパソコンと分かり捜索するやる気がとてもでてきて疲労も忘れていた。医の助たちは体調不良になった乗客の診察をして運搬を円滑に進めるの仕事をおろそかにしないように、そしてまた日本の行く末を大きく左右する大事な事件を解決することを求められた。医の助たちは1212号室から5階本部に戻り、捜索場所を模索して計画を立てていた。本部は4つのチームがそれぞれの仕事に追われ、あまり余裕がない状態が続く…気がつけば夕方となり、皆にも疲れの色が見えてきたところに本部に電話が何本か入る。

鹿馬「どうやら体調不良の客がいるようだ。槙山先生はB909、大地先生はB1010へ向かってくれ」

医の助と槙山は指示通り防護服を着て診察へ向かう。B909号室の人は転倒し足を痛めていたため湿布と鎮痛薬を渡し、B1010号室の人は発熱39℃を認めていたためPCRの検査を施行し結果を待った。本部へ戻るとかなり疲弊したメンバーが机や椅子で休んでいた。

医の助「そうだよな、睡眠もベッドがないとね…」

横にすらすぐになれない環境で医の助は勤務2日目の夜を終えた。停船7日目にはDMATの任務をこなしつつ、5階のシアタールームを捜索するがパソコンは見つからなかった。停船8日目には6階の男性と女性の大風呂ゾーンをくまなく探すが、ロッカーはどこも空っぽで隠している気配はなかった。停船9日目、7階のバーラウンジゾーンがブルーゾーンとなり同階のデッキビューも併せて捜索するも何も見つからない。肝心のパソコンが見つからない、見つからないのだ。もう犯人にパソコンを回収されている可能性もあり、捜索組に焦りが見え始めていた。

ゴージャス船長「くそ、どこにあるパソコンは!隠しそうな場所はすべて探しているのに…船長の俺でも見えないのはなぜだ?」

新田「う~ん、客室の誰かに預けたとかそういう線はないですかね?」

槙山「命を狙われるほどの大事なものを預けるとなると、この閉じ込められた環境ではまたその乗客も襲われることになる。その線はないんじゃないかな?」

西山「言っとくけど、機関室には何もなかったぞ。そもそも他の奴は入れないんだからな」

医の助「じゃあ、後は捜索していない15階屋外プールゾーン?」

ゴージャス船長「外だし一番安全になるのが簡単そうな場所なのにな」

皆でパソコンがありそうな場所を再度検討していると夜23時にある一本の電話が鳴る。

鹿馬「…はい、わかりました。では伺います」

医の助「今日はどこの部屋からでしょうか?」

鹿馬「B1414号室からだ。俺が行ってくる」

B1414号室と連絡があった部屋をノートに記し、鹿馬隊長は防護服を着て体調不良の客を診察へ向かった。…しかし鹿馬隊長は4時間経っても戻ってこなかった。医の助はウトウトしてはいたものの寝ていなかったので鹿馬隊長が本部に戻ってきていないのはわかっていた。

医の助「おかしいな、隊長どうしたんだろう?」

渡邊「大地先生、体調悪いんですか?」

どうやら事務の渡邊さんも寝れていなかったみたいだ。ベッドで寝ないことはあっても睡眠は3時間もとれてないのでかなり渡邊さんも疲れている。

医の助「いや、そっちの体調じゃなくて鹿馬隊長です。昨日の夜電話あってから戻ってきていないんです」

何かあっても本部に帰ってこないと患者さんを搬送するにも手段がないので鹿馬隊長が戻ってこないはずがない。夜3時頃本部に電話が鳴る。

医の助「もしもし、こちら本部です、どうされましたか?」

??「…こちらA1212号室だ。1人意識不明の重体だよ」

医の助「何!?誰だ?」

??「さっき来た男はもう助からないかもしれない。助かりたければ1212号室にあったパソコンかUSBを渡せ。5日以内に探せなければこいつの命はない」

ぶちっと電話は切れ、電話のやりとりはここで終わった。医の助は鹿馬隊長が何者かに襲われ拉致されていると思った。とにかく緊急事態だ。医の助は皆を夜な夜な起こし、経緯を説明した。

津安「何!?拉致されただと?犯人は今どこに??」

医の助「わかりません。A1212号室と言ってはいましたが、あそこは桃ちゃん両親が殺害された現場です。本当に犯人のいる部屋かはわかりません」

医の助は疲弊して客室に行く時、部屋番号を記していたノートがあることを思いだして見てみたが、鹿馬隊長の文字は汚く、読み取れない。辛うじてBだけは読み取れたが…

ゴージャス船長「なんということだ。またこの船に犠牲者が…」

新田「まだ死んでないよ!助けなきゃ!」

医の助「パソコンを見つければ犯人が出てくるかもしれない。でも犯人の要求を呑んだら桃ちゃんの家族の願いが…どうしたらいいんだ…」

ゴージャス船長「本部への電話はクルーじゃなきゃ客室からしか連絡できない。やはりどこかの客室に犯人がいると思って間違いないだろう」

津安「それにこれは最後かもしれんが最大のチャンスだ」

新田「どうして?」

津安「犯人がわざわざ電話で本部に連絡してきたんだ。向こうも相当焦っている。全員降ろされたらパソコンを捜索できなくなる。船員のクルーな隠してまた乗ればいいが、客となればそうはいかない。乗船した誰かが犯人だ」

新田「…もうとっつあんが警察なのか名探偵なのかわからなくなってきた」

津安「…あるいは何か犯人にとってまずいものを見られたからか、もしくはもう見られるだろうと思って動き出したか…」

停船10日目、他の皆にも隊長が拉致されて現在行方不明になっていることを伝え、DMAT任務をするにあたり最低4人1チームで行動するよう津安より指示が入る。客室を捜索するため、自衛隊と協力しながら部屋の人とドア越しで話し合う。客室には津安と千本桜の部屋以外すべてに人はいて、犯人はこの中にいる可能性があった。しかし犯人は乗船客から話を聞いても手がかりが出てこなかった。明日にはブルーゾーンになる屋上プールゾーンに入る予定だ。ここにパソコンがあるのか?もしプールゾーンに先に犯人がいるとなると、情報が洩れている可能性もある。そうだとしたら…

津安「ええい、考えすぎてもきりがない。もう朝だが皆もう少し休んで捜索しよう」

疲労困憊の皆も交代で少しずつ休み、停船11日目の朝8時、屋上のプールゾーンへ向かおうとするが…

医の助「えっ?まだプールは入れないんですか?」

自衛隊A「申し訳ございません。まだすべての場所でPCRの結果が出ていなくて、もう少しお待ちください」

どうやら本日は捜索できないようだ。部屋が広くないスタンダードルームの乗客がかなり精神的にまいっているようで、死にたいと訴える人が多くなり、メンタルチームを中心に本部も対応に追われていた。その間にも皆手分けしてパソコンを捜索するが見つからない。見つからない。くまなく探した、探したんだ。だが肝心のパソコンは見つからない。もうここにはいられないと騒ぎ出す乗客がではじめてクルーズ船内であふれている。ロビーやデッキでは早くここから出せと罵声が飛んできていた。レッドゾーンのプールゾーンに行かれてはもう感染したかどうかわからない。宝物だと思って探し始めたパソコンはもしかしたらもうこの船には存在しないのではないかという絶望と今までの蓄積した疲労が医の助たちに襲い掛かる。そして鹿馬隊長がどこにいるかも分からず、事態は混迷していた。医の助たちはどうしても鹿馬隊長の居場所とパソコンの在りかの手がかりが欲しかった。カップヌードルの食事を済ませてまた停船11日目の夜を迎えると、体調が悪いと訴える乗客がたくさんおり電話はずっと鳴り続けていた。ゴージャス船長と津安は先に寝て休んでいた。医の助、新田、槙山は各客室に診察しに行き、PCR検査を各乗客に施行した。夜20時頃…

??「パソコンは見つかったか?もう時間がないぞ」

鹿馬隊長を拉致した思われる人物からまた電話が入った。

医の助「まだ見つかっていない。これだけ探してもないとなるとまだ探していないところにあるのか、もしくは他の乗客室にある…」

言葉を遮り犯人はしゃべり始める。

??「早く見つけないと大変なんだ…。早く見つけないと…日本が大変なことになる!」

医の助「えっ?それはどういうことだ?それに鹿馬隊長は?」

??「どうすんだよ、どうすんだよ…」

ドン…ドン…バシャンという音を医の助は聞いて電話は途切れた。

医の助「鹿馬隊長の無事を確認できなかった」

手がかりが少なく、冷静な医の助も焦り始めてバンっと机を叩いた。医の助は皆に電話の内容を伝え、皆でヒントを探し出す。

槙山「落ち着いて、大地先生。鹿馬隊長はおそらく無事だよ」

医の助「そうだといいけど…それにドン…ドン…とバシャンって聞こえたような…」

新田「ドンドンは花火の音だと思うけど…バシャン?」

医の助「うーん、水に何か落ちた音かな…多分」

新田「イノ、それだったらドボンって言ってよ…表現力がないね、昔から」

医の助「…もう反論する力も残ってないよ」

医の助「でも日中プールゾーンは消毒とかしてて自衛隊の人も出入りしているのになんで見つからないんだろう?」

槙山「日中は部屋にいて夜プールゾーンに行っているのかな?やはりまだ調べてない屋上のプールで真犯人と会いそうだね。お宝の隠し場所も多そうだ。夜ちょっと重要な話にもなるから皆にも起きてもらおうか」

寝ていたゴージャス船長や津安を起こし、明日の作戦を立てる。いよいよ明日プールゾーンに行ければ最後の敵と対面するであろう、月はクルーズ船を照らし、太陽が現れるまで全力で輝いてくれている。さあいよいよ最終決戦だ。


第9話の終わりに…

時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「あれ?誰かの声が聞こえる…村?」

【探し人も探しものも未だ見つからず、ついに最後の場所15階プールゾーン。水面は月の光を反映して、キラキラ輝き人を待っている。これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語】


10話:予期せぬ人現れて…停船11日目


津安「さあ、作戦会議だ。皆準備は良いか?」

津安は夜でも犯人がついに見つかるのではないかという期待感で上機嫌になっている。ゴージャス船長は屋上プールゾーンの見取り図を広げ、津安は犯人を追い詰める作戦を立てる。

新田「…クルーズ船のプールってこんなにあるの??1つじゃないんだ…」

ゴージャス船長はそうだそうだと自慢げな顔を浮かべ、もっと船を褒めてくれと言わんばかり誰かの言葉を待っている。しかし、皆がゴージャス船長にリアクションせず続けて話を進める。

津安「そうだ、さすが豪華客船だな。15階屋上にどうやらプールは大きく分けて4つある」

クルーズ船の頭側には煌びやかに多くのライトがつきテレビジョン前のステージを照らす。大きなテレビジョンが会場を盛り立てるスカイプール、左右にはやや小さめなテラスプール、クルーズ船尾側には屋根付きで雨でも気軽に泳げるレイニープールがある。このレイニーデイプールの周囲には様々な花やフルーツが飾ってある。

医の助「隠れやすそうなのは…」

ゴージャス船長「それはレイニープールだな、柱とか階段の隅とかあって人が来ても隠れることができるかもしれん。それにここは空からも死角になっている」

新田「15階のプールゾーンに行く方法は?」

船長は全体の地図を示しながら丁寧に説明し始める。

ゴージャス船長「2つある。クルーズ船の船首と中央にある直通のエレベーターを使うのが一般だ。階段はあるが、今のところ封鎖してある」

津安「つまり、2つのルートから攻めれば…袋のねずみってわけだな。わはははは」

槙山「ただ、次は本物の殺人犯だろう、一筋縄には行かないと思うね。とっつあん何か策はあるのかい?」

津安「インターポールだからな。1対1になれば勝てる自信はあるが今回は人質がいる。人質といっても拉致されている隊長だけじゃない…クルーズ船に乗客しているすべての人が人質と思うと絶対に屋上にいたら逃すわけにはいかない。レイニーゾーンだったか?そこには俺が行く。明日は皆でスカイプールゾーンから攻めよう。両サイドからテラスプールを見て回り、尾側にあるレイニーゾーンへ向かう。これで死角はない、袋のネズミってやつだ、わはははは」

作戦として最終的に犯人をレイニーゾーンへ追い込む予定だ

犯人逮捕ができそうな人物は明日一緒に行く自衛隊を筆頭にこの中ではインターポールの津安、そして…

新田「まあ遭遇しちゃったら頑張るしかないね」

医の助「乗客もたしか明日になればまずは日本に上陸できるんですよね」

槙山「そうだね、ある病院が受け入れてくれるらしい。明日にはプールゾーンも安全が確認されて開放されるはずだ。いよいよ最終決戦って感じがするよ」

ゴージャス船長「乗客を安全に誘導する役目は私が引き受ける。屋上は任せた」

津安「さてさて、今日はゆっくり寝ますかね」

医の助たちは交代で休憩に入る。いよいよ殺犯人と対面することになる。いったいどんな現実が待っているのだろうか?

停船12日目、犯人確保へ海上保安も出動し、ヘリコプターで上空から屋上のプールゾーンを見張っており、犯人が逃げられないよう万全の態勢を敷いている。プールゾーンは新型コロナウイルスがいないことが確認され、エレベーターで屋上へ向かい、スカイプールゾーンから調査を始める。

津安「ここには…いないよな。あまり隠れる場所もない。よし左右二手に分かれて尾側のレイニーゾーンに向かおう」

自衛隊A「了解しました」

今回は殺人犯の可能性があるためセーフティーチームの自衛隊もメンバーに参加し、犯人捜索に当たることになった。

医の助「怖いな、本当に犯人と対面するとなると…」

逃げることは簡単だ。だが鹿馬隊長が拉致され、事件の真相が知りたい医の助も犯人逮捕が重要な案件であると察知していた。二手に分かれテラスプールをそれぞれゆっくりとゆっくりと見渡すが犯人は見当たらない。太陽が燦燦と医の助たちを照らす。朝でもこの暑さと湿気で集中力を奪われ、緊張が走る。ゆっくり、ゆっくりと前に進む。いよいよだ…

犯人「はじめまして。待っていたよ」

昨日の電話と違い、とても落ち着いている。冷たい、冷たい視線を医の助たちに向け、まるでもう自分の命は残りわずかだが、なんとしてもパソコンだけは手に入れて見せるという執念を感じる。そして隣には犯人に引っ張られて意識朦朧状態の鹿馬隊長がいる。

医の助「隊長!大丈夫ですか?」

どうやら反応がない…言葉が聞こえていないみたいだ。

津安「お前は誰だ?乗客なのか?」

犯人「乗客?なんの話かな?俺はずっといたんだよ、君たちのそばに…」

医の助「…何?」

犯人「正確には君たちの近くにいたというべきかな」

槙山「なるほど、君はDMAT職員としてここに来たというわけか」

犯人「…さあね。単純に潜り込んでいただけだよ、いとも簡単にね」

30代半ばの思われる男は175㎝短髪黒髪で白いシャツと黒いズボン、平たい顔で感情を込めることなく淡々と話した。

新田「どこかでみたような…」

犯人「ははは…どこで見ていようともうどうでもいいことじゃないか。ここに最も殺人犯らしい人間がいて、最も助けたい人間もここにいるんだ。さあパソコンを渡してもらおうか」

医の助たちはまだパソコンを持っていない。だが、医の助と槙山にはここ、レイニープールゾーンにパソコンが隠されているのではないかと予測していた。様々な果実の鉢がプールの周囲に置いてるが、医の助は見つけたと思わんばかり真っすぐに向かって歩き出す。

医の助「おそらく、これだ」

医の助は東側と書いてあるゾーンにあるサクランボの鉢を手に取った。鉢の下から袋に包まれたパソコンが出てきた。

犯人「ほう、まさか、そんなところに隠してあったとはな」

なぜわかったかは医の助以外理解できておらず、周りは困惑していたが、医の助はすぐにパソコンを下に置き犯人から離れていく。犯人はパソコンを起動しパスワードをハッキングして入手し、中身を確認した。

犯人「良く見つけてくれた。さて、この男にももう用がないから置いて行くよ…ただまだこの物語は終わっていないんだな。大地先生」

医の助「??どうして名前を!?」

犯人「大地先生だけスカイプールゾーンに来て。そこで真実を見せよう。来ないと大変なことが起こるよ」

昨日と変わりどこまでも冷静で冷徹な犯人は医の助にゆっくりと話しかけている。

医の助は戸惑いを見せている。それもそうだ、刑事のとっつあんならともかく医の助は闘うことはできず、殺人犯と対面して大丈夫なのか?という不安が頭を占めていた。

津安「大丈夫だ、大地先生。私が後ろで必ず見守っている」

新田「私も…大丈夫だから。医の助頑張って」

とっつあんと新田の言葉で背中を押され、医の助は犯人についていく。 

大画面の前に立つ犯人はこの船に似つかわしくない革靴でカン、カン、カン…と音を余計に立ててまるでショーのように歩いて回り、医の助の到着をもう1人の人質と一緒に待っている。上空より無線で船長に連絡が入る。

海上保安員X「こちらヘリX。人質がもう一人いる模様です。上空よりもう1名の女性を確認!」

ゴージャス船長「なんだと??誰だ!?他の乗客は室内にいることをすでに確認しているんだぞ!」

医の助「……どうして???」

……犯人が女性の首にナイフを向けている。ありえない、ありえないはずなんだ。こんなところにいるなんて。犯人と一緒にいるのはいのりだ、医の助の婚約者だ。この船で医の助だけが知っている人物だ。ちょっと前まで連絡を取り合っていて、なんでこんなところに来ているのか、そしてなぜ人質に取られているのか理解できなかった。

犯人「さあ、始めようか。君の選択を教えてくれよ」

いのり「ごめん、医の助…」

いのりは泣くのをこらえて前を向いている。ただ、ナイフを突きつけられ抵抗できない。

医の助「選択?どういうことだ」

犯人「君が救うことができるのは千本桜桃か神野いのりのどちらかだ。もし千本桜桃が生き残れば世界中の人間を早くこの新型コロナウイルスから解放できるであろう。彼女は歴代の特殊免疫を継承した人物で彼女が生きていればワクチン開発はそう遠くない未来だ、人類の希望のワクチンと言っていい」

医の助は突然突きつけれた選択に戸惑いを隠せない。そしてまた突然知らされた桃ちゃんの特殊免疫の情報も初耳で困惑している。犯人は続けて話す。

犯人「もし神野いのりが生き残れば目の前で困った人の心を救うことができる。情報によれば、患者さん想いの良い看護師らしいじゃないか、ははは。ただその代わり千本桜桃が死ねばワクチン開発は世界中で滞り、世界中の多くの人間が手遅れになるであろう…日本人は別かもしれんがな…」

医の助「な…なんでお前がそんなことを決める?俺は両方救うんだ!」

医の助は唐突かつ究極な選択にも自分自身の選択を信じている。いのりも桃ちゃんも救うんだと…。

犯人「はあ…がっかりだよ、君には。心底がっかりした。これが君の選択か。欲張りには罰を与えないとね」

犯人は医の助に罰を与えるためにいのりを殺そうとしている。

医の助「ああ、欲張りには罰を与えないとね」

犯人「…なんだと、うっ」

その時突然大画面から大音量のダンス音が流れ、犯人はあまりに大きな音に驚き耳に手をやり、にいのりは犯人からその隙に遠ざかる。

医の助「完璧です。ゴージャス船長!」

遠隔でテレビをつけ音を大ボリュームに調節したゴージャス船長はどうだと言わんばかりにガッツポーズをしている。その隙に機会を見計らっていたとっつあんが犯人におらぁ!と発生しながら突撃し、犯人は衝撃でナイフを手放した。体勢を崩されながら中央エレベーターに走って向かうも新田が待ち構えている。

新田「はー、いやー、とう!」

男性も驚く新田の脚技で犯人はたじろぐ。もう逃げ場はない。左テラスのプールゾーンで犯人はどうやら捕まることを覚悟したのかじっと動かずに立っている。

津安「観念するんだな」

犯人「やれやれ、ここまでか…残念だね」

医の助「お前は何者なんだ?」

犯人「やれやれ、そんなこと話すと思うかい?大地医の助先生?」

医の助「……!」

犯人「もう会うことはないよ、皆さん。じゃあね」

犯人は屋上テラスプールゾーンから両手を広げて海へ落ちていった。

津安「ばかな!15階だぞ!?ここからどれだけの高さがあると思っているんだ!」

海水面まで相当な距離がある、どうやったら人が生きているというのだ。

海上保安員X「こちらヘリX。目標確認できません」

すぐに海上保安員が海を捜索したものの、遺体は見つからず犯人がどこに消えたかは誰もわからなかった。結局犯人の正体はだれも正確に分からなかった。

新田「生きてるわけ…ないよね」

槙山「…結局犯人の名前も分からずだね。一体何者なんだろう?あんなに探していたパソコンはここにある。目的が何だったのかさっぱり分からないね」

医の助「いのり!大丈夫か?」

いのり「ふう、中々怖いんもんだね、ナイフ突きつけられると…」

医の助といのりはお互いの無事を確認し、安堵の表情を浮かべた。

槙山「しかし、2人とも迫真の演技だったね。本当にドキドキしたよ」

医の助「いや、もうほんとに皆さんのおかげです!ありがとうございます」


11話:作戦前夜の真実


医の助はいのりと電話やSNSで連絡しあっていたのは停船9日目までで、停船10日目の夜にいのりも来ていた。いのりもDMATだったのだ。5階の本部にて…

医の助「い、いのり?今日来ることになってたの?」

いのり「やっほー医の助、来ちゃったのです。携帯ちゃんと見た?」

医の助「といってももう任務終盤なのに…」

いのり「看護師の人手不足なんだって。もう…人使いが荒いよね、全く…」

医の助「人員補充の観点から招集されたってことね。いのり、今凄いことになってるんだよ、説明するととても長くなって…」

っとは言うものの、ここに来た時点でいのりに今までクルーズ船で起こっていた出来事の経緯を話さないととても許してはくれなさそうだったので話すことにした。

いのり「そうそう、わかってるじゃない、医の助。じゃあ話して」

今までの経緯を説明するといのりは殺人犯がいることに恐怖を覚えたらしい。ガクガクブルブル震え始めた。

いのり「ちょっと!聞いてないよ!体調不良の乗客を助けるのが仕事だったはずなのに」

いのりはかなり不満と不安を抱いた。それもそうだ。殺人犯を逮捕しなければいけない任務を兼ねているのだから並大抵のことではない。医の助は万が一いのりに危険が迫ってきた場合の時の保険をかけた。

医の助「いいかい、いのり。屋上のプールを捜索してパソコンを確保したい。でも犯人もそこにいるんじゃないかと思っている。いのりはここに残っていればいい。でももしいのり自身に何か起こったら…屋上のスカイプールゾーンにあるテレビジョンの前に可能なら犯人と移動してほしい。そしたらゴージャスっていう船長が爆音をテレビジョンが流すからそこで犯人の油断した時を狙って脱出してくれ」

いのり「もちろんそうならないことを願ってますけど…後私がやることは?」

医の助は「事務の渡邊さんと一緒に千本桜桃っていう女の子のそばにいてあげてほしい」

いのり「わかったよ、そばにいればいいんだね?どの子?」

医の助は桃ちゃんがいる本部の休憩室へいのりを連れていき、桃ちゃんに自己紹介をして守ってもらうことにした。だが、休憩室で問題なかったのだが…

津安「大地先生、何をやっているんだ、もう寝ろ。最も重要な任務がもうすぐなんだぞ」

医の助はごもっともだととっつあんに同意して休憩に入った。その時…

事務X「すいません、神野いのりさんでしたっけ?」

バックアッパーの事務にいきなり声を掛けられいのりは驚いたが、要件がダイレクトに関係していたので言うことを聞くしかなかった。

事務X「入船する際に作成したIDカードの名前が間違っておりまして…明日の夜に大変申し訳ございませんがロビーに来ていただいてよろしいですか?新しいものをお渡しします」

いのりは急にクルーズ船に来てあまりの煌びやかさに心奪われて、IDカードに書かれている自身の名前を確認し忘れていた。医の助が寝ている間、いのりは言われるがままに事務Xの言うことを鵜呑みにしてロビーに連れてかれて…どうやら拉致されてみたいだ。


第12話 それぞれの帰る場所


いのり「う~ん、そのロビーからあんまり記憶がないような…気がついたら屋上にいたような…」

もしかしたら命を落としていた可能性もあっただけに、いのりに対して叱責の念と安堵の気持ちを両方抱いたが、後者の気持ちが勝っていたためとにかく無事でよかったと心から思っていた。朝まで雨だったからであろうか?港近くにある観覧車近くには虹が現れ、医の助たちの心も救われた。

風が吹いてくる、風が吹いてくる。夕暮れには祝福のキラキラ輝く光が海から見える。ああ偉大なる雄大な自然よ、僕たちは生きている。

犯人はこのクルーズ船からいなくなり、もはや探すことができない。よって、乗客を安全に日本へ戻ってもらうように手伝うのが最優先の仕事だと皆は考え、下船の準備に入った。

A1010号室にいた90歳老夫婦も前回体調不良だった時は新型コロナウイルスのPCR検査は陰性だったため今日帰還だ。

老婆「おお~おお~生きて家に帰れるというのか。ありがとう、ありがとう。この恩は必ずいつか返すよ」

医の助は低く、低くお辞儀をする老婆にやさしく手を取り、船と陸をつなぐ橋をゆっくりと渡り、日本大陸という母国へ皆が戻っていった。心配していた家族たちが続々と下船した人に会いに行く。まるで戦後に家族を探して路頭に迷う子供が最も大切な人を見つけたその瞬間のように、人々は笑顔と泣き顔を交差させ、絶望の淵から渇望した上陸を乗客は成し遂げた。これも日本政府やDMATがいて、乗客の必ず生きて帰るんだという強い意志があったからこそ起こりうるまさに奇跡ともいえるだろう。だが、現実は甘くない。のちに分かったことだが、3人が新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなっていた。現実は甘くない、甘くないのだ。津安は約束したバニーちゃんはどこだと周りを見渡して探している。…デッキではゴージャス船長と医の助はこのクルーズ船での出来事を振り返っていた。

ゴージャス船長「今回の歴史的苦難を乗り越えられたことを大地先生、心より感謝いたします」

頭を深く下げたゴージャス船長は日本の礼儀をきっちり学んでいた。今までみたお辞儀よりもゆっくりと丁寧で感謝の思いをこめられているのを医の助は感じた。

医の助「いえいえ、いい経験させてもらいました。こちらこそ感謝です」

ゴージャス船長「ところで、どうしてパソコンが鉢にあるとわかったんだ?」

ゴージャス船長はプールゾーンには言っていないが、後からサクランボの鉢から医の助がパソコンを発見したと聞いて医の助に疑問を投げかけた。

医の助「千本桜桃。桜桃はさくらんぼって読むんです。想いを込めるならそこかなって。勘ですけど、さくらんぼを見つけたときにはもう歩いてましたね」

ゴージャス船長「…そうか。ほんとに見つかって良かったよ」

続けて医の助ははじめから思っていた疑問も船長に投げかけた。

医の助「ゴージャス船長…どうして機関室での事件捜査を本部じゃなく僕たちに依頼したんですか?」

ゴージャス船長「……真摯に、素直に、必死に向き合う人がこのクルーズ船の事件解決に最も必要な人間だと感じた自分自身のカンだよ」

ゴージャス船長は海を渡り多く人の人間を見てきた千里眼が医の助を選択したのだろう。

医の助「…そうでしたか」

2人は海を見ながら笑みを浮かべ、昼食へ向かった。ゴージャス船長およびそのクルーが無事乗客を降ろせたことを祝福し、DMATのメンバーにご馳走を用意してくれた。

新田「いや~このカレー美味しいね、医の助」

いのり「……医の助?」

新田といのりはまだ面識がなかったため、元彼女に新田が「医の助」と名前を呼んだことがいのりに引っかかったのか?仁義なき女の戦いが始まることもあるだろう。カレーは中辛でまた現実は甘くない。

いのり「まあいいや笑。どんどん食べよう医の助!」

医の助はいのりに奨められてカレーを口にする?

医の助「…あれ?」

いのり「どうしたの?医の助?」

医の助「い、いや、なんでもない…」

医の助は急に不安になってきた。そして今まで寝不足であったことや事件を解決するために必死だった疲労がこの瞬間医の助に襲い掛かった。どさっという音を立てて医の助は椅子から横に倒れた。

いのり「医の助!?」

ゴージャス船長「おいどうしたんだ!?」

医の助は倒れる直前、意識が遠のいていくのを感じていた。もともと体力はそんなにあるほうじゃない、緊張感でいっぱいだったクルーズ船の活動から解き放たれてほとんど寝ていなかった疲労が医の助を強襲した。だが様子が何かおかしい…異変を察知したいのりたちは救急車を呼び、医の助は日本国際大学病院に搬送された。搬送時には付き添いでいのりが同伴することになり、他のメンバーは車で病院に戻ることになった。…医の助はカレーの味が分からなかったのだ。体調不良で食事の味が分からなくなることは人生で何回もあるであろう。だが時期が時期だけに新型コロナウイルス感染症を疑わざるえない恐怖が医の助を包んだ。味覚や嗅覚障害が自覚症状として認められることがある新型コロナウイルス感染症、味の異変を感じていた医の助に救急車に乗っている間に気づいたいのりだった。いのりは意識がない医の助に対して語りかける。

いのり「医の助、大丈夫だよ~大丈夫だよ~、辛かったね、近くにいてやれなくてごめんね。すぐに気づけずにごめんね~」

いのりは医の助の手を強く握り、願いを込める。どうか神様、医の助を助けてください。

いのり「コロナに感染してても私が守るからね~」

若い人は比較的死亡しないはずだが、医の助たちは極度の疲労に至っている。若さという武器が新型コロナウイルスから守ってくれる保証がないのだ。寝ているだけなのであろうか?すーすー、時にグーグーといびきのような音が聞こえて、苦しいんでいるように見える。

いのり「医の助は私にプロポーズしてくれるのかな~…結婚式あげたいよね~もう挙げちゃおうか!…ちゃんと待ってるからね」

救急車のピーポーピーポーというサイレンは救急車の中でも強く聞こえるはずなのだが、いのりが医の助に語りかけていた時はまるで二人だけしか存在しないかのように静まり返っていた、まるで神の祈りが医の助に届くように…。

救急車は日本国際大学病院に着き、いのりの説明もあって以前医の助が勤務していたコロナ病棟で入院する予定となっていたが…救急車が搬送されたER室で医の助は目を覚ました。

医の助「大丈夫です、帰れますから。大丈夫ですから」

いのり「でもカレーの味分からなかったんだよね?検査したほうがいいよ」

さすがにニュースや報道でエメラルドクイーンズ号の感染拡大は日本の注目を集め、ましてやDMATでクラスターが起こっていたと報道されれば世間からどう思われるかは分からない。医の助自身を守るうえでも他近くにいた皆を守るうえでも検査は必要だと考えられ、そう思う救急救命医はPCR検査を行った。医の助は自宅でいのりと一緒にいてその後医の助だけが陽性の結果を受け、保健所の指示を仰ぎながら日本国際大学病院に入院することになった、

いのりはなぜかPCR検査を受けても陰性ではあるが、濃厚接触者にあたるため病院から自宅待機命令が下された。医の助の救急搬送を心配そうに見つめて槙山や渡邊の2人も遅れて戻ってきた。あまりに疲弊していたのでその日は自宅へと帰っていったが、その後新田や槙山、事務の渡邊も自宅待機命令を下され、医の助と会うことはできなかった。入院1日目には医の助は採血や画像検査で明らかな異常所見は認めていないが、咳をし始めていたので注意深く経過観察をしていた。医の助の体調は入院後8日目に急激な肺炎の悪化を認め、気管挿管と体外式膜型人工肺ECMOが導入され、生死をさまよう。待機が解け、入院後15日目にはガラス越しに母やいのりが涙を流している。ゆらりゆらり…過去の思い出がゆらりゆらり…まだやりたいことがいっぱいあった。まだ守りたいヒトが生きている。死ねない、死ねない。

生死を彷徨う医の助を横目にもう1人日本国際病院に入院していた人物がいる。千本桜桃だ。医の助たちが知らない間に桃ちゃんがアイツに連れ去られ、日本国際大学病院へ。この物語の真相はもうすぐそこだ。


【眠る眠る遠い意識の奥底で…おぼろげに見える桃源郷…現実はどこまでも冷たい。これは誰もが知っている結末を迎える悲しい物語】


13話:エピローグ;守ってくれる人はいつも隣にいるわけじゃない

時は1347年。昔々地中海から寄港した船からヨーロッパの人口25%以上を消滅させた言われるほど猛威をふるった細菌ペストが大陸へ解き放たれた。当時の人々はペストに感染し死亡した人の皮膚色から黒死病と名づけ、恐怖と隣り合わせに生活していた。空気に触れるだけで死亡する瘴気という幻想を感じていたのだろう、家族すら恐怖で看病できず、また治療を施そうする者もこの世から姿を消していった。ベルギー人ピーテル・ブリューゲルが残した「死の勝利」というたった1つの絵画から覗える絶望という名の、死に化粧で覆われた景色が当時の惨劇を物語っている。香港で北里柴三郎がペスト菌を同定した1894年6月14日からペスト菌に関する診断、治療は飛躍的に進み、日本でもペスト菌が進出はしたものの、感染拡大は軽度にとどまり日本においてはパンデミックと思われる規模では起こらなかった。北里柴三郎によって日本は救われた。そう、救われたのだ。1000人規模でクラスターが発生した豪華客船エメラルドクイーンズ号。「人類の勝利」を認識できる人は限りなく少ないが、歴史的に日本を菌ではなくウイルスから救ってきた人物がここにいる。感染したにも関わらず全く新型コロナウイルス感染症を発症しないであろうと予測される人物、千本桜の名字を継ぐものだ。千本桜家は代々疫病にさらされてウイルスに対する抗体を即座に作ることができる特殊免疫体質だったのだ。

重症度や病原体の感染力により分類され、最も人類にとって脅威となっている一類感染症にはエボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールフルグ病、ラッサ熱がある。ペスト以外はすべてウイルスが原因で発症する疾患だ。痘そうは世界根絶宣言されているため、日本でも発生は現在報告されていない。それ以外にウイルス感染症のワクチン開発はすべて特殊免疫体質を持つ千本桜家から作成しようと試みが日本で行われていた。上手く開発できれば国産のワクチンで外交戦略につかえると考えた外務省もいたであろう。千本桜家は人為的に感染させられ採血だけとはいっても人体実験に使われたのだ。悲しい歴史が次々と悲劇を生んだ。自らの人生を嘆く者も、全世界の命を救うためと使命感に燃えた者もいた。献体として捧げられた千本桜家の魂は封印され、笑顔が代々失われてしまったのだ。千本桜家の幸せを犠牲にして世界が今の安寧をもたらしている。

千本桜桃を保護した後に厚生労働省は病院に戻ってから千本桜の血液からワクチン作製を考えていた。その間、千本桜家の特殊免疫体質とワクチン計画の情報を入手し、一刻も早く厚生労働省と外務省へ巧みに取り入り、ワクチン計画を強奪しようとする省が存在した。それは世界中のどこよりも先にクルーズ船内で日本の臨床試験を開始し、国産のワクチンを生産しようと画策していたのだ。しかし、そんな描いていた思惑は千本桜家の抵抗と厚生労働省及びDMATに打ち砕かれ、計画は頓挫。千本桜桃は厚生労働省の管轄で日本国際大学病院に保護されている。しかし、歴代非倫理的な人体実験の采配をとっていたのは厚生労働省である。次は厚生労働省に医の助が立ちはだかる…はずだが、医の助はまだ目覚めていない。

ザザザザ…嵐がやってくる…嵐がやってくる。台風は大型で、木々をなぎ倒していくのでないかと思う勢いでやってくる。どうか何も起こらないで…。


第13話の終わりに…

医の助「…………」

いのり「願います。祈ります。早く回復しますように」


時は変わり半年後の世界で誰かがささやく。

??「蛍に囲まれた…光の村?」


医の助はもうすぐ起きる…現実はどこまでも悲しい。それでも明日はやってくる。これは誰もが知っている結末を迎える物語



14話:夢から覚めて、お願いだから。


医の助が入院して16日目の夕方…集中治療室における全力の治療と皆の祈りもあってか、医の助は徐々に全身状態の改善を認め、薬による鎮静も解除され、意識を取り戻してきた。救命医も医療スタッフもほっとして後は医の助の回復を見守っていた。面会は制限されており、ガラス越母やいのりは来ることができていないがSNSに必死で連絡を送っていた。

救命医A「やっと良くなってきたな。こちらもひやひやしたぞ」

医の助は申し訳ないと頷き、まだぼんやりとした意識の状態で病院の集中治療室であることを認識した。周りには友人も多く医の助自身もほっとしていた。

看護師B「医の助先輩、野球また一緒にやりましょうね」

野球部の後輩ももう気がつけば立派な看護師だ。動けない医の助にとってはとても頼りにしている。

看護師C「またI3会しないとね」

医の助のイニシャルはIで、他仲のいい友人のイニシャルもIで3人集まって仕事話や雑難などをしていた。

夕方から夜になって、雨が降っている…雨が降っている。雲は厚く光を大地に与えない。闇が…闇がやってくる。病院は静まり返り雨が止むのを待っている。世界は絶え間なく何かしらの光を灯し続けている、人が生きている限り。

夜20時…雷鳴が空から聞こえ、窓からピカッと光った後にズドーンと病院の近くに雷が落ちる。

救命医A「…近いな。まあ病院だし大丈夫だろう」

しかし皆の淡い期待とは裏腹に、雷鳴や嵐は収まるどころか徐々に激しさを増して落雷の回数が増えてきた。20時4分… 病院周辺が光るとほぼ同時刻、病院中が急に真っ暗になった。集中治療病棟にいる患者は命綱の人口呼吸器が装着されている患者も多く、停電が長期にわたると患者の生命に関わることもあり医療スタッフに動揺が走った。だがすぐに予備電力によりやや暗めの照明が光を灯し、人工呼吸器は正常に作動していた。

救命医A「停電はまあ、問題ない。予備電力がある。ただいつまで続くのか…」

落雷して停電が起こっても病院は予備電力で対応できるのだ。

救命医A「皆、大丈夫だ。看護師、現状の患者状態を確認してくれ」

看護師C「先生!1番の部屋電源がついていません!今は内部バッテリーでECMOが駆動しているみたいです」

救命医A「どうして1番の部屋だけ??患者の容体は?」

看護師C「今は落ち着いていますが、ECMOの内部バッテリーは1時間しかもちません」

救命医A「くそ、ここは今満床だ。移し替える部屋がない。かと言ってECMOを扱える病棟はここ以外ない…どうする?」

他の病棟も停電で、各々の病棟の患者安全確認に追われており、中々他病棟までサポートできる状態になく、現場は混沌としてきた。救命医Aも初めての状況に焦ってきている。

救命医A「臨床工学技士を呼んでくれ。何とかする方法を知っているかもしれん」

看護師C「はいわかりました」

他の病室では予備電力が正常に供給されているのになぜか医の助の部屋では停電の爪痕が残ったままだ。持続注射で注入されていた薬も途中で止まってしまい、20時10分…医の助は暗い病室で1人ぼんやりと死を覚悟していた。寒い…寒い、息もしづらい。力もうまく入らない。暗闇の中の恐怖が医の助の生命の灯を消していく。一体今どうしたらいいのだろうか?いやどうしようもないのだろう。もう誰の声も届かない…

父「医の助、まだまだこれからだ」

誰かの声が聞こえた…大丈夫、大丈夫だ。励ましと祈るような気持ちが医の助に伝わってくる。優しい優しい医の助を想う声…なんだ、まだ生きていたのか… でももう死ぬかもしれない。優しい気持ちに甘えて生きる気持ちが途切れてしまいそうだ。医の助の目の前は真っ暗で、意識がまた遠く遠くにいく…いやだ、死にたくない、でもこれが死ぬということか。これも受け入れるしかないのか。いやだ、やっぱり死にたくない。まだまだやりたいことがいっぱいあるんだ。臨床工学技士も加わり、どうやらECMOは手動で駆動できるようになっている情報を入手し、皆で交代しながら手動でECMOを駆動し続ける。医の助は戻ってきた。嵐は過ぎ去り、雲は雷雲もどこかに消え去った。

「お帰り、医の助」

皆が医の助の生還を祝福した。しかし、医の助は15日以上も寝たきりだったので体力を戻すのにかなりの時間を要した。自宅退院するに1カ月以上かかってしまった。肺機能もやや落ち、後遺症も残っているため全力で走ったりはできていない。それでも生きていることに感謝し、前を向いてリハビリを続けていた。


全国のテレビで記者会見が放映されている。感染症の二鴨教授は全国に日本国際病院の医師がDMATとしてエメラルドクイーンズ号に派遣され、新型コロナウイルスに感染した可能性を説明し、重症化したものの改善を認め回復傾向であることを報告した。今後同様なことが起こらないように万全の体制を再度築いていくことを約束した。続いて感染症専門家二鴨教授が話し出す。

二鴨教授「この医師の感染はとてもとても勇敢で、ひたむきに患者に診療にあたった結果です。本当に回復してくれてよかったです。この不測の事態でコロナ病棟勤務にも少なからず動揺を与えたことは間違いありません。不安や恐怖、そして後悔している人もいるでしょう。しかし後悔してももう前の自分には戻れないのです。前に進むためには感染予防をする他ありません。

もう一度言いうことになりますが、私は新型コロナ感染症と戦う医療従事者を誇りに思います。私たちの生活は大きく変わってしまいました。多くの人が元の生活に戻ることを願ってやまないはずです。政府は間もなくワクチンの国内生産を可能にできると近々発表すると話しています。しかしこれは私見ですが…まだまだこれからも新型コロナ感染症はなくならない、残念ながらつらい思いをされる方々も多いと思います。大変おこがましいですが、皆さん、どうか手洗いやうがい、そして3密をできる限りさけていただきますようよろしくお願い申し上げます。我々は医療現場で皆さんが困った時にサポートできるよう、努力を積み重ねていきたいと思います」

二鴨教授はまだまだ新型コロナウイルス感染症が継続することを懸念し、その後感染者にもねぎらいの言葉を伝えた。世界中で蔓延するウイルスにかからないための魔法の言葉は存在しない。一人一人が協力しあうことが世界を平和にする。



退院して1カ月後…

朝、秋の心地いい風が吹いている。久しぶりに肌で感じた空気が少し冷たくて心地いい。ああ、生きている。ああ生きている。秋も深まって木々は茶褐色や赤の葉が目立ち始めどんぐりが落ちてきている。そうだ、プロポーズしなきゃ…そう、ポルターダの婚約指輪を添えて言わなきゃ…何かを忘れている。何か大事なことを忘れている。

医の助「さて、今度はどこに行こうかな」

何か大事なものを忘れている。その忘れた記憶を取り戻すため医の助は力強く明日へ一歩を踏み出す。

いのり「ちょっと、ちゃんとしてよ。落ち着いたら旅行いきたいよねー、今後も頼りにしてます、医の助」


場所は変わり日本国際大学病院の理事長室。理事長は未承認の臨床試験を行った容疑で逮捕されている。理事長は不在だが理事長室は静かな空間にどんより濁った雰囲気で包まれている。

桃「…ここは?」

副大臣「よく頑張ってくれた。お疲れさん」

?「いえいえ、大切な女の子ですから」

その3カ月後…医療従事者の予想に反してあまりにも国主体で実地されるワクチン接種が始まった。ワクチン接種をした国の行方はいかに…


雨が降っている。雨が降っている。世界は涙で満ちている。亡き父の声が聞こえる気がする。

父「よく頑張ったな、お疲れさん」

自宅に帰り翌朝起きて流した涙はいつもより塩っぽく感じた。



第1話:自宅待機命令/再集結

コロナ病棟勤務後、強制的に自宅待機を命じられてその後すぐに船舶へとめまぐるしく場所を変えて知らず知らず医の助は疲弊していくが、それでも患者がいる限り前に進むのが医療従事者である。医療従事者には落ち着いたら皆で乾杯を。


第2話:厚生労働省のチームDMAT/いざ白き儚き方舟へ

船という名の外国へ乗り込む医の助たち。厚生労働省主体のチームではあるけれど、初めましてからすぐにチームワークを発揮しなければいけない環境だ。静かな船へ医の助は歩き出す。ようこそ、赤と青の世界へ。


第3話:停船5日目…豪華客船の疲弊

豪華客船でのクルージングは楽しむためのものなはず…見学しに来ただけならとても楽しいツアーだ。しかし遊びに来たのではない。戦いに来たのだ。医の助たちはまだウイルスに触れていない…はず。


第4話:密室での二つの事件

患者さんを助けに来たはずだった。でもこの船では事件は起こり、日本の警察はやって来れない。想定外事件はいつでもやってくる。医の助たちは未知のウイルスと対峙することを忘れてはならない。忘れたころにやってくるものとのは…


第5話:外国船の事情

ここが日本大陸ならば…と思うことは幾度とあった。殺人犯がどこかにいるという恐怖は実体験してみないと分からない。こんな日本のようで日本でない閉じ込められた空間の中では。


第6話:引退したインターポール

どこかで見たことがあるようなインターポール。医の助たちにとっては救世主なはずなのにどこか頼りない。でもすがりたい思いがある。それぐらいひっ迫した状況に医の助たちはいる。


第7話:クルーズ船に隠した希望/夜空に咲くそれぞれの思惑

医の助はクルーズ船に隠した世界の希望を探し出す。長年の研究の成果が詰まったものをどこに隠したのかは分からない。一体このクルーズ船に何が隠してあるのか医の助たちは知る由もない。


第8話:停船6日目…二つの厚生労働省

政府内でもワクチンの作成方法や入手方法は意見が一致しておらず、我が先にと千本桜の血を求めるものがいる。医の助たちは疲労困憊の中、プロトコールが入手できる重要なモノを探し続ける。


第9話:千本桜家の血…停船6~10日目

豪華客船で隠されたモノを探そうと思うと相当な人手がいる。限られた人数でしか行動できない医の助たちは真犯人と対峙することになる。


第10話:予期せぬ人現れて…停船12日目

プールゾーン捜索で熱い太陽が皮膚にあたる。犯人と遭遇するかもしれない緊張感で汗がにじみだす。ついに会う犯人はなぜこんなことをするのか誰も知らない。


第11話:作戦前夜の真実

作戦には新田愛の武術も組み込まれている気がしてならない…。犯人と対峙するにはきっと大きな力であったに違いない。


第12話:それぞれの帰る場所

感染したら帰る場所は家なのか隔離施設なのか病院なのか…誰も分からない。すべては誰かの都合で決まる。皆安心して帰るべき場所に帰りたい。


第13話:エピローグ;守ってくれる人はいつも隣にいるわけじゃない

誰かが日本をいつも守ってくれている。気づかぬうちに日本は守られている。日本のために戦ってくれる医療人は日本にいる。


第14話:夢から覚めて、お願いだから

目が覚めて医の助はまた歩き出す。勅命まであと少し。


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