何も知らずに、踏み込んだ6月
ラーメン店で食事をした数日後のこと。私は店の店主の奥さんである女性に、アルバイトの申し込みをしていた。
「本当に、いいの?」
「良いんです、やれそうな所も無いし。」
決めた理由は簡単だ。探すのが面倒だった。
女性は、「そうなの、ありがとう。」と微笑んで、私を店の奥に手招きした。
店の奥には意外にも畳の和室が一部屋あり、そこに私は通された。
「座って。」
「ありがとうございます。」
女性は座る時に、「ふぅ。」と息を漏らした。
「それで、うちは採用で良いんだけど。時給は…あなた高校生では無いから、950円でいい?」
まだ私はアルバイトの経験がない。正直、普通のアルバイトがいくらぐらい稼いでいるのか、見当もついていなかった。
いかに自分が世間知らずか思い知らされながら、それを悟られないように「そうですね…。」と答えた。
「合原さん、二十歳でしょう。」
一応持ってきた、形だけの履歴書を眺めて女性が言う。
「そうです。」
「カモと一緒だ。カモに教えて貰えばいいわ。」
「カモって、この間の?」
「そうそう!」
女性は、ケタケタと笑った。
そして、突然私に向き直る。
「そうだ、私、初美って言うの。」
「初美さん。」
女性ーーーーー初美さんは、微笑みながら頭を下げた。
「これからよろしくね。いつから来れる?」
「いつでも来れます。」
「それじゃあ、」
初美さんは、カレンダーを見た。カレンダーには、その日のバイトだろうか、細かく何かが書いてある。
「明後日、水曜日。18時から来れる?」
「大丈夫です。」
私がきっぱりと言うと、初美さんは続けた。
「良いのね。あなたくらいの年齢だと、予定がありまそうなのに。」
「いえ、何も無いので。」
はっきりと答えた私に、初美さんは目を丸くしながらも「うんうん。」と頷いた。
「じゃあ、よろしくね。」
私の、初めてのアルバイトが決まった。
ラーメン店、「美来軒」だった。