築城開始です。
鶏どころか雀の朝鳴きが俺の耳に響き、眩しい朝日が眼に刺さる。懐かしいな、朝日を見て眠くなったのは大学生以来だ。
「見えてきましたよ、晴幸様」
「や、やっと着いたのか、長かった……っ!」
俺の口から歓喜と安堵の溜め息が漏れる。
ようやくこの恐怖と腰痛から解放される! 移動だけでこんなに疲れるなんて思いもしなかった、舐めてたぜ、戦国時代……。
「あれが、千龍山です」
千代女さんが眼前の山を指差した。
木が一本もなく、土盛のような山が朝日を浴びて煌めいている。
なんだろう、坊主頭が輝いてるようにしか見えん。
「どうやら、兵士達は既に柵を作ってるみたいですね、仕事が速くて助かります」
「兵士達っていえば、皆は俺の事を知ってるんですか? 着いた途端に不審者と間違えて捕らえられるんじゃ……?」
「安心してください、兵士には事前に晴幸様の事を伝えてありますから」
流石だな~、千代女さん。
あれか、きっと証拠になる書状とか目印みたいなのを持ってるんだろう なら、ここは彼女に任せるとしようかな。
「止まれぃ! 怪しげな奴、貴様らは何者じゃ!!」
千龍山の入り口にて、予想通り仮柵沿いの警備兵に呼び止められると、瞬く間に槍を持った兵士達が俺達を囲んできた。
まぁ、美女と野獣が馬に乗って現れたら不審者と間違えるのも無理ないよね、仕方ないね。
「無礼者! この御方は御館様よりこの城の築城を仰せつかった『山本晴幸』様です、道を開けなさい」
「な、なんと!?」
千代女さんが一喝し、警備兵が顔を見合わせる。
「では、彼が山本殿であるという証拠はありますな?」
「もちろんです!」
まぁ、身分を証明できるものがあって然るべきだよな。
それでは千代女さん、彼らを黙らせる文書やら目印やら、俺が山本晴幸だって証拠となる物を見せつけてやってください! お願いします!!
「警備の方、山本様のお顔をよくご覧になってください! 間違いなく、山本晴幸様です!!」
まさかの顔認証かよっ!!
それでよく自信満々に「安心してください」って言えたなこの人! そんなんで通してもらえるわけが──
「しからば……ふむふむ……なるほど! 聞いていた通り、確かにこの『醜悪』な顔は山本殿で間違いありませぬな! お通りくだされ!」
おい警備兵、お前後で人柱にしてやるからな、覚悟しとけよ。
「良かった、信じてもらえましたね。では行きましょうか、晴幸様」
「……………………………………………………そっすね」
この顔のせいで悲しい思いを数多くしてきたけど、今までで一番辛い出来事だわ。
やっとの思いで目的地である千龍山に辿り着いた俺は、千代女さんに支えられつつ、集められた兵士や大工達、城を造る作業員達の前に歩み寄った。
酒なんか一滴も呑んでないのに軽い二日酔いみたくなってる……。今にも皆の前で吐きそうだ。
「大丈夫ですか、晴幸様」
「あ、あぁ……なんとか一人で立てるよ」
ふらつきながらも独りでに立ち、集まった皆の顔を一瞥する。
やはり、俺の醜態に皆さん不安がっているな。まぁ、現場監督がこの有り様じゃあ無理もない。
だからこそ最初の挨拶が重要になる。
事業を始める際に、自分の考えをちゃんと部下に浸透させること、自分は信頼に足る上司であると部下達に伝えることが大事である。
と、コンビニで買った『良い上司になるには!』って本に書いてあった。今こそ、それを実行する時だ。
「えーと、ゴホン」
演説前の咳払いって基本だよね。胃から色んな物が出てきそうになったけど、気にしない気にしない。
「俺が御館様より城造りを任された山本晴幸という者だ、よろしく頼む」
「お、おう」と皆から力の抜けた挨拶が飛ぶ。
「えーと、一ヶ月以内でここに城を築く訳だが、ここは敵国との最前線、いつ敵が襲ってくるのか分からない。だから最初に『外堀』から作っていこうと思う」
『外堀』とは城の周りを囲う堀のこと、この外堀の良し悪しで城の防御力が決まるといって過言ではない。
「次に、外堀の内側に『土塁』を作る。土塁に使う土は外堀から出た土を使ってくれ」
『土塁』とは即ち土の壁のこと、高くて斜度のある土塁は敵にとって攻めずらく、外堀の内に土塁を積み上げれば、それこそ、越えることの出来ない大きな壁となる。
『外堀』と『土塁』。この二つが上手く合わされば柵や櫓などの木材を使わずとも難攻不落の名城となりうるのだ。(甘利さんのせいで)資金が乏しい今回の築城、極力資材を使わずに完成させたい。
とはいえ、予算は無いし資源は現地調達だから、石垣とか漆喰壁とか、あんまり贅沢な物は作れないけどね。
(あ、あの、晴幸様……)
(ん? なんでしょうか千代女さん??)
(外堀と土塁を築く順番など、築城に携わる者なら誰でも知ってることですよ? 何故そんなことを??)
(まぁまぁ、聞いててくださいな)
千代女さんがそう思うのも無理はない。現に大半の作業員がポカンとしている。
でも、重要なのはここからなのだ。
「次に誰とでも良いから五人一組を作り、毎日必ず、一日でどこまで作業をやるか各自で決めてくれ」
そして、五人一組でチームを作らせ、一日のノルマを決めさせる。
組を作ることで作業効率が向上。更に、明確な目標を決めることでモチベーションを高める効果がある、らしい。
前の会社では使い道の無かった知識だけど、よもや戦国時代で活用することになろうとは……。
「どうやら、皆さん五人一組を作り終えたみたいですよ」
「よし、それじゃあ皆のやる気を引き出してやるか」
俺は「あーあー」と声の調子を整えて、大きく息を吸い込んだ。
「最後に、一番よく働いた組には五十貫文を褒美としてくれてやるぞ!!」
「「「え……?」」」
五十貫文という一言で場の空気が一変した。
それもその筈、五十貫文を現代換算すれば約五百万円、この時代の物価で例えるなら一貫で三石(一石は成人男性が一年間食べていける米の量)は貰えるから、単純計算で150年は食っていける額だ。それを五人で分けるとしても超大盤振る舞い、破格の恩賞といっていい。
「晴幸様……今なんと……?」
「もう一度言うぞ! 組ごとに持ち場を割り当てるから、一番速く持ち場を完成させた組に五十貫文! より丁寧に、より強固に造った組にも相応の恩賞を取らす! 皆張り切って作業に取りかかってくれ!!」
「「「お、おおぉぉぉぉぉおおおおお!!!」」」
俺が指示を言い終えるや、作業員の雄叫びが千龍山に響き渡った。木々がざわめき鳥達が飛び上がる歓喜の咆哮、よし、作業開始前に充分気合いが入ったようだ。
「は、晴幸……?」
「なんだい千代女さん?」
「そんな約束をしてしまってよろしいのですか? 五十貫文なんて大金、我々に払える額では……」
作業員達の歓声に青ざめる千代女さん。そんな彼女に俺はにこやか笑顔を向けた。
「ダイジョーブダイジョーブ、なんとかなるって!」
「もう、どうなっても知りませんよ……」
ダイジョーブダイジョーブ、五十貫なんて城造りを成功させた後に信玄公にたかれば良いんだから! もし貰えなかったらその時にでも考えれば良いだろ、うん。
「よっしゃあああ!! やってやるぜぇええええ!!!」
皆、我先にと持ち場へ駆けだした。
「とりあえず、俺が線を引いたところに外堀を掘ってくれ! で、土はこの場所に集めてだな」
「「「おうっ!!」」」
俺が指示した通りに皆が並び、俺が引いた線に沿って皆が鍬を入れ土を掘る。
皆が手柄ほしさか我武者羅に掘りまくり、あっという間に外堀が形作られる。
「すごい……こんなに速く外堀が出来るなんて」
「まずは順調かな……あとは──」
「晴幸、城取は順調か?」
「──っ!? あ、貴方様は」
「…………ほう、初日の朝だというに、大分捗っておるようじゃな」
作業に没頭していると、突然背後から聞き覚えのある声で呼び掛けられた。
「い、板垣様っ!?」
数人の従者を引き連れた武骨で老練な馬上姿、武田家の重鎮である板垣信方、その人であった。
信方さんが馬上より俺を凝視する。
昨日見たときは自分の背丈と同じくらいだった筈なのに、馬上からだとこんなに迫力がある人だったのか。
「山本晴幸、儂はお主を買っておる。二百貫で召し抱えるのは些か腑に落ちぬが、その城取の才を存分に発揮せい」
「か、畏まりました!」
これが武田家の重鎮、迫力も去ることながら貫禄もパネェ!!
この人とこれから一緒に働いていくのかぁ、オラワクワクすっぞ!
「しかし千代女、お主が何故ここに居る?」
「御館様の命により、昨日から山本晴幸様にお仕えすることになりまして……」
「ほう、なるほどな……」
「板垣様こそ何故このような場所に御出になられたのですか?」
「ふん、決まっておろう」
信方さんは飛ぶように馬から降りると、俺に面を向けた。
「これから数日、お主の働きを監視する。云わば見張り役じゃ」
「…………マジっすか」
困惑する俺に信方さんが不敵に笑った。
ほんと、いつの時代も上司による現場視察ほど厄介なものは無い、そう思うんだ。




