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夢にまで見た戦国生活。

       


       ~~~数時間後~~~



 遠くのお寺から日没を告げる鐘が鳴り渡る時刻。

 躑躅ヶ崎館の人気の無い小屋にて、ついさっき俺の部下になった(?)千代女さんと二人きりになっていた。

 どうやら例の厠で気絶してたらしく、千代女さんがこの小屋に運んでくれたそうな。


 もう辺りも暗くなってきた黄昏時、誰も立ち入らないであろう埃まみれな小屋の中、こんな空間で男女二人がやることなんて、そりゃあ決まってるだろ?


「ということで、晴幸様には一ヶ月以内に諏訪(すわ)との国境沿いに新たな城を築いて貰います」

「はい、心得てます……」


 無論、千代女さんに俺の主命である築城に関しての詳しい内容を教えてもらっているのだ。

 正直、この小屋で目覚めて千代女さんを見たとき時は「いよいよ童貞を捨てる日が来たようだな!」なんて小躍りしちゃったんだが……現実はそう甘くないよね。


「随伴する兵士や大工、城造りに従事する者を合わせた四百人は既に準備が整っていますので、晴幸様が呼び掛けてくださればいつでも現場に向かえるそうです」

「はい、心得てます……」

「それと、晴幸様が見事な城を築いたならば、予定通り知行二百貫で召し抱えるとのことです」

「はい、心得てます……」

「なお、武田家は深刻な資金不足とのことで、築城資金や資材等は晴幸様の力量でなんとか調達してほしいとのことです」

「はい、それは心得られませんね」


 武田家に仕えてから半日、速くも俺の心は折れそうだ。

 建設費や資材ゼロで城を建てろ? 資金はともかく、資材が無いのにどうやって城を造るというのか。一休さんも逃げ出すレベルの無理難題じゃないですかね。

 

「城を造るってのに資金やら資材が無いだなんて、これを企画した人は頭狂ってるんじゃないのか……」

「今の物言い、御館様への侮辱と捉えて宜しいですか?」

「ごめんなさい、何がなんでも城を建ててみせます、ハイ」


 女の子ってなんでこんなにおっかないんだろうな。特に、なんの躊躇もなく上司の前で小刀を抜こうとする女の子の部下が一番怖いわ。


「ちなみに、資材が用意されない原因としては、会議後に甘利(あまり)様が『城取り(築城術)に長けた者なら資材がなくても城を建てられるだろう!!』と御館様に進言なされたからでして……」


 どんな理屈だよあの脳筋肉だるま! 余計なことを言いやがってッ! 俺は錬金術師じゃねーんだぞ、400年後の未来でも不可能な事を進言するんじゃねぇよ!!


「はぁ、どうすりゃ良いんだよ……」


 自然と溜め息の量が多くなる。

 犬小屋ですら作ったことない俺にお城なんて造れるハズがないし、現地の木々を使って城の部品にするにしても人手が足りないだろうし、大規模伐採となると付近に住む農民の力も借りたいからお金が必要になるし、しかも敵の妨害もあるだろうし、一ヶ月以内に城を造れる気がしないし……あーもう! 頭がこんがらがってきた。 


「ともあれ、以上が御館様より仰せつかった命でございます。晴幸様の初仕事、私も精一杯力を尽くす所存です」


 大っきな胸に手を当てて、千代女さんが頭を下げる。

 千代女さんが俺の部下になってくれたのは嬉しいんだけど、くのいちが築城で役に立つことなんてあるのか? まぁ、不馴れな戦国生活をしていくわけだから、一緒に居てくれる人がいるってだけで心強いけど。


「では、そろそろ夕食(ゆうげ)を作って参ります。明日から築城で忙しくなりますから、精がつく料理をご用意致しましょう」

 

 むしろずっと俺の隣にいて欲しい、それだけで俺は今後の人生を幸せ一杯に過ごせそうだから。




       ~~~夕食後~~~




 蝋燭だけが灯る室内を背に、食事を終えた俺は小屋付近を流れる小川で涼みながら夜空を眺めていた。プラネタリウムでしか見たことのないような星空に、つい目を奪われる。


「そんなに星がお好きですか? 晴幸様」 


 そんな俺に、夕食を片付けた千代女さんが微笑む。

 拝啓、お父さんお母さん、お元気ですか? 俺は四十過ぎて初めて女性と(それもとびっきりの美人と)星を眺めてます。控えめに言って産んでくれてありがとう。


「い。いいえ……ただ、綺麗な星だなと思って」

「確かに、この星が奏でる風景は万の月日を越えても不滅でありましょう」


 千代女さんって人はなんてロマンチックな方なんだろうか。


「四百年後には山奥行かないと殆どの星が見えなくなりますよ」だなんて口が裂けても言えないぜ。


「さて、私は布団を敷いてきます。朝早いでしょうし、明日に備えて早めに寝るとしましょう」

「いやいや、布団を敷くくらい俺がやりますよ?」

「いえ、雑務を主にさせるわけにはいきませんから。すぐ終わりますので待っていてください」


 と、千代女さんが部屋に戻って布団を敷き始める。

 なんか、『くのいち』ってより『メイド』さんって感じだな、千代女さん。


(ふぁ~……なんか、急に眠気が……)


 彼女が布団を敷く間、縁側で仰向けに寝そべり今日一日の出来事を振り替える。


 いきなり戦国時代に飛ばされ、あの武田信玄公に出会い。高額で召し抱えられたと思いきや、お城の築城を任されて。美人なくのいちが俺の部下になって……。とても濃密で波瀾万丈な一日だった。

 

(俺はこんな日々を、これから毎日過ごしていくのか……)


 体力的にもきついお年頃、考えるだけで先行きが不安すぎる。けれど、せっかく憧れの世界に来たんだから、心行くまでこの時代を満喫してやろうと思う。


「今はとにかく、どんな城を建てようか考えないと。そうだな、武田家の城って言ったら……やっぱり『アレ』が有名だよな」


 俺は目を閉じて、城の絵図を頭に思い浮かべる。

 実際に城を造ったことはないが、図鑑やらパソコンで現代に残る城の縄張(なわば)り(見取り図)は調べてきた。

 だから、武田家が好んで作ってきた城郭なんかもすんなりイメージできる。

 今が何年なのかはハッキリと把握できてないけど、周囲の人物や会話から察するに、俺の戦国知識は十分に発揮出来そうだ。


「布団を敷き終えましたよ、晴幸様」

「あ、はい! ありがとうございます、千代女さ──んっ!!!???」


 千代女さんに呼ばれて部屋に戻ると、そこには布団が二枚、仲良く隣に並んでいた。え、これってつまり……っ!!


「あの、もしかして、千代女さんもここで!?」

「はい、ご一緒に寝させていただきます。いつ何時、不貞な輩が襲ってくるかわかりませんから」


 うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!

 

 俺は遂に女の子と一つ屋根の下で寝る日が来たのか!!! やったぜ!! 戦国時代最高っ!! 不貞な輩万歳っ!!

 

「あ、えっと……不束者ですが、よろしく、お願いします……っ!」

「…………? はい。よろしくお願いします、晴幸様」


 互いに謎の挨拶を交わし、自分の布団に入った。夢にまで見た戦国生活、想像以上に素晴らしいものになりそうです。

 



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