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再就職を果たす。



「な、何をそんなに驚いておるのだ? 晴幸よ」


 武田晴信こと、若き日の信玄公が俺のアホ面を覗き込んだ。

 そりゃあ驚くだろ! なんたって俺は今、あの武田信玄公と対面してんだからな!!


「ほ、本当に! 貴方があの有名な武田信玄公なのですか!?」

「し、しんげん? 誰のことだ?」


 あ、そういえばこの頃はまだ信玄って名乗ってなかった。

 というか、確か目上の者には官位で呼ばなくちゃいけないんだよな。あぶねぇあぶねぇ、下手すりゃ問答無用で無礼討ちにされるところだったぜ。


「あ、えっとその、本当に貴方が、あの武田『だいぜんだいふ』様ですか?」

「い、如何にも、そうじゃが……」


 ……あれ、信玄公の顔色が急に悪くなったぞ。なんか不味いことを言ったか?


「あの、大丈夫ですか?」

「な、なにがじゃ?」

「いや、なんか顔が変な気がして──」

「……………………ほう? 変な顔、とな?」


 何言ってんだよ俺! これじゃあ信玄公を馬鹿にした感じじゃねーか! 醜い顔してる奴から「顔が変ですね」なんて言われてみろ、仏でもブチ切れるぞ。


「き、貴様! 殿に対してなんと無礼なことをっ!!」

「山本殿、今の台詞は聞き捨てなりませぬぞ……っ!!」


 隣の老人こと信方(のぶかた)さんと、真後ろの筋肉だるまこと虎泰(とらたね)さんが同時に怒声を上げる。


 あーうん、当然の反応ですよね。

 あまりにも興奮しすぎて自分でもワケわかんなくなってら。


 はぁ~、深呼吸だ深呼吸。落ち着いて、無礼を働いたら問答無用で打ち首にされる時代なんだ。次ミスったら確実に殺される。今度こそ、ちゃんと言葉を選んで発言しないと……!!


「あ、いやその! 今のは言葉のあやで、なんか顔が悪い気がしまして……」

「…………………………そうか、『顔が悪い』か」


 俺の失言で周囲の家臣達が怒気を増し、信玄公が更に顔をしかめる。

 あーやっちまっぜ、こりゃあ確実に殺される感じだわ。

 まあ最後に憧れの戦国武将に会えたんだから悔いは──てっ! あるに決まってんだろ! せっかく戦国時代に来たんだ、例え打ち首にされようが何がなんでも最後まで足掻いてやる!!

 

「あ、いやその! なんていうか今のは言い間違えただけで──!」


「ほう! 『ろく』の変装を見破ったのか!」


 俺が苦し紛れの言い訳をかまそうとしたまさにその時、バンっ! と右奥の襖が勢い良く開かれ、一人の男が上座に上がってきた。その男の出で立ちに俺は驚愕する。


(え、えぇええええええええっ!? し、信玄公が二人っ!!!???)

 

 なんということでしょう。上座には同じ顔、同じ服装をした瓜二つの男二人が並んでいるではありませんか。困惑する俺に、急に現れた二人目の信玄公が顔を近づけニンマリ笑った。

 

「お主、『(ロク)』の変装をよく見破ったな! 我が家臣の中にもワシと(ロク)をよく間違える者がおるというに」

「あ、え、変装……?」


 はっはっはっ! と二人目の信玄公が大笑いするや、上座に佇むもう一方の信玄公がその場から退き、平伏した。


「まだまだ影武者として精進が必要のようじゃな」

「申し訳ございませぬ、兄上。初対面の者に見破られるとは影武者失格でございます……」

「あ、兄上って、もしかして──?」


 二人のやり取りを聞いて、俺は信玄公にそっくりな人物が何者なのかを理解した。


「貴方はもしかして、大膳大夫様の弟君で、影武者を任されてたっていう……」

「…………山本殿は既にご存知でしたか。如何にも、『私』は武田大膳大夫の実弟・武田信廉(のぶかど)、号は逍遙軒(しょうようけん)と申します」


 先程とはうって変わって礼儀正しく、俺に身体を向けるや、信廉さんは丁寧にお辞儀した。


 武田(たけだ) 信廉(のぶかど)。通称・逍遙軒(しょうようけん)


 兄・武田信玄公の影武者を務め、他国の使者との会合や合戦時の囮役を任されていたとされる人物であり、影武者を任されるだけあってその容姿は近習ですら見分けがつかない程に兄の信玄に酷似していたそうだ。

 ちなみに、信玄が彼を『六』と呼ぶのは信廉が六男であるからか、幼名の孫六から取ったのか、恐らくそのどちらかだと思う。


「山本晴幸と言ったか、ワシの影である六の変装を見破るとはな。信方が推すだけのことはある」


 改めて上座に座った『本物の』信玄公が嬉々とした視線を俺に注ぐ。ぶっちゃけ、見破る以前に偽物だって疑いもしてなかったんだが……俺の評価が上がったみたいだし黙っておこう。


「して、晴幸よ……」

「は、はいっ!」


 年甲斐もなく挙手して返事をすると、信玄公は手に持つ扇子で顔を仰ぎ始めた。


「お主はワシに仕える気はあるのか?」

「も、勿論ですとも! むしろ、喜んでお仕え致します!!」

 

 訳もわからず憧れの戦国時代にタイムスリップしてしまったが、あの武田家に仕官できるだなんて思ってもみなかった。幼いときの事故で見た目も山本勘助みたくなっちまったが、よもや就職先まで同じ場所になるなんてな、人生何が起きるか分からないもんだ。

 

「好かろう、ならば知行(ちぎょう)二百貫文でお主を召し抱えよう。存分に働くがよい、山本晴幸よ」

「ありがたき幸────ん、知行二百貫……?」


 俺を含めて、大広間にいる全員が驚きのあまり目が点となる。

 知行とは俺の給料で貫とはお金のこと、一貫を現代換算すると約十万円から十五万円にあたる。

 つまり、単純に考えて俺の給料は二千万から二千五百万くらいだそうだ。

 …………ハハハ、何でだろう、冷や汗が止まらねぇぜ。


「「「に、二百貫っ!!!!????」」」


 当然、武田家臣団の驚嘆が大広間を襲った。


「しょ、正気で御座いますか!? 御館様っ!!」


 扇子で顔を仰ぐ信玄公に、筋肉だるま虎泰さんが叫んだ。


(しか)り、幾らなんでも二百貫はどうかと思います」


 虎泰の大声と違い、信方さんも諭すように反対した。

 実際、二人以外の家臣も同様な心境なのだろう、皆「うんうん」と頷いている。俺も頷いてる。

 

「なんだ信方、お主が推挙した者であろう?」

「それとこれとは話は別でございます。新参者がそのような俸禄(ほうろく)で召し抱えられれば、譜代の臣が黙ってはおりませぬ。それに…………」


 信方さんが話を区切り、俺を一瞥して溜め息を漏らす。


「山本殿に才があろうと、その容姿を嫌悪する者も出てくることでしょう。それに加えてなんの武功もないまま大禄(たいろく)()めば、面倒事になるやもしれませぬぞ」


 信方さんの正論に、俺は少しだけ暗い影を落とした。

 武田家に仕えられるんなら給料とかどうでも良いんだけど、この醜悪な見た目が与える印象って戦国時代に来ても変わらないんだな……。

 まぁ、力がモノをいう乱世。戦場で活躍すれば見た目なんて関係ないぜ! …………そう、ポジティブにいこう、ポジティブに…………。

 

「つまり、二百貫分の武功が必要、そう言いたいのだな?」

「左様に御座います、御館様」


 信方の説得に、信玄公が顎を撫でて思案する。


「よし、ならば──」


 そして、何かを思い付いたのか信玄公が立ち上がり、俺の前に歩み寄ってきた。


「のう(ろく)諏訪(すわ)方との戦に備えるために城を造るべきだと、前の軍議で話しておったな?」

「確かに、しかし、資金を稼ぐまでは城を造らぬと仰ったではありませぬか」

「いや……たった今、気が変わったのじゃ」

「──っ!? まさか、御館様」


 信方さんの制止を他所に、信玄公が俺の鼻先に扇子を差した。あれ、この流れって……。


「山本晴幸、お主に諏訪方の抑えとなる城の築城を命ずる。一ヶ月以内に守り易く、攻め難き城を建てよ、良いか?」

「は、はい…………!」


 信玄公の命令を断れる訳もなく、二つ返事で頷いてしまった。


「し、しかしそれでは──」

「信方、それでよいな?」

「か、畏まりました……」

 

 自分よりも遙かに年上であろう信方さんに有無も言わさず、たった一言で従わせて魅せた信玄公。

 まだ若いのになんて貫禄、これが後に『甲斐の虎』と天下に轟く名将なのか!! ヤベェ、なんか鳥肌が立っちゃったぞ!


「元より城取り(築城術)に長けた者として呼んだのだ、これで見事な城が建ったのなら家臣にするのも文句は無かろう。な、信方よ」

「…………左様で、ございますが」


 渋々といった感じで信方さんが頷いた。

 というか、最初から知行二百貫で俺を雇わなければ家臣達も文句は無かった良いんじゃないだろうか。


「では晴幸、事の子細を話し合う故、後でワシの言う部屋に来い。良いな?」

「か、畏まりました!」


 深々と平伏した俺に、信玄公が高々と笑った。

 かくして、現代で仕事を失った俺の新しい職場は、戦国時代の武田家となったのでした。

 


 

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