村に居たのは?
「え、えぇ!? 突然何事──ひいぃ!?」
「────っ!?」
錯乱した千代女さんがどっから出したのか、大量の苦無を少女に投げつけた。幽霊にしては妙にすばしっこい動きをする。ひょっとして、この子達は──
「あ、悪霊退散! 悪霊退散!! 悪霊退散ッッッ!!!」
「ひ、ひぃいいい! ご、ごめんなさいぃ~ッ! 殺さないでぇえ!!」
「…………っ!? …………っ!!!!」
千代女さんから大量の苦無が放たれ、子供達が成す術なく逃げ惑う。いや「殺さないで!」って、やっぱこの子達生きてるんじゃねーか!?
「ストップストップ千代女さん! この子は幽霊じゃなくて生きてるっ人ぽいから止めてあげて!!」
「えっ、幽霊じゃ……ない?」
俺の制止で苦無が止み、少女がヘタリと座り込んだ。
「う、うぅ……なんなのよ、あんた達……」
「ハァ……ハァ……っ!?」
少女が着物の裾で涙を拭い、恐怖で震えながら俺達を睨みつける。
「あ、あの、ごめんなさい! てっきり幽霊が現れたのかと思いまして……っ!!」
冷静さを取り戻した千代女さんはすぐさま少女達に謝罪した。あんなに慌てる千代女さんは始めて見た、幽霊って色んな意味で恐ろしい。
「危うく本物の幽霊になるところだったわよ……」
「……………………(コクり)」
二人は乱れた衣類のまま、俺達の顔をまじまじと見つめた。
一人は使い降るされた藍色の着物に長い髪、背丈からして中学生くらいのいたいけな少女。
もう一人はモヤシみたく細い身体、目元まで髪で隠れた小学校高学年位の無口な少女だ。
「えっと、君達はこの家に住んでるのか?」
「そうよ、生まれたときからね」
「君達の、その、両親は……?」
「どっちも死んだわよ。おっ母は病気で、おっ父は戦で、ね」
「そっか…………すまん」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
合戦が起これば男達が戦に駆り出され、田畑を耕す人手も減り、収穫が減り、結果として飢饉が起こる。
当然ながら戦や飢饉、疫病で両親を亡くした孤児も増えていく。
この娘達は、そんな戦乱の世の被害者なのだ。
「で、あんた達は誰? ハッ! その酷い顔した男に刃物を投げてくる女……貴方達さては賊の類いね!? 『私達の家』に何の用なの! 金目の物なんて何処にも無いんだから!!」
「…………っ!」
散乱する苦無を拾って俺達に刃先を向ける少女二人。
そりゃまぁ、疑われても仕方ない姿と登場だったもんな。
「まてまて、俺達は賊なんかじゃないから落ち着けって」
「山賊はそうやって騙すっておっ父が言ってたのよ!」
「……お、おっ母も……言ってた……」
「そうだよな……とりあえず証拠を出すから、どっちか文字は読めるか?」
「…………………す、少しくらいなら、私が読めるけど」
「了解……千代女さん、御館様から頂いた書状を彼女らに見せてやってくれ」
書状を渡されて、時間を掛けて熟読した少女は目を見張った。
この様子ならちゃんと納得してくれたみたいで一安心だ。
ただ一つだけ、子供ですら読める文章をオッサンである俺が読めなかったという事実が胸を痛めるぜ。
「こ、ここに書かれてる山本様って……もしかして……?」
「そう俺が山本晴幸。で、こっちの綺麗な人が部下の千代女さん。俺達はこの村の統治を任された者だよ」
「任されたって……貴方が新しい代官様……?」
「まぁそんな感じかな」
「う、うそ……でしょ……?」
「本当なんだよなぁ、これが」
俺達の素性を知った途端、少女は顔を青ざめた。
「も、申し訳ありません!! 新しい代官様とは知らず失礼なことをっ!!」
「いや、別に気にしてな──」
「何卒! 村には寛大な御慈悲を!! 非礼は私の命で償いますから!!!」
「命で償わなくていいからッ! 苦無で自害しなくていいからッ!!!」
俺は苦無を胸に押し当てる彼女を必死で止めた。
こんな娘でも簡単に命を投げ出そうとする世の中って……戦乱の世、悲惨なりけり。
「し、しかし、この村には非礼を詫びる品など残っておりませんが……?」
「そんな当たり屋みないな真似はしないよ、別に気にしてないからさ」
「き、気にしてないとは……な、なんて慈悲深い御方なのですか! 世の中には仏のような御武家様もいらっしゃったのですね」
少女は涙を浮かべ驚嘆した。こんなんでいちいち驚かれる『御武家様』ってヤクザかなんか?
「今までの代官様とは比べ物にならない器量の持ち主、この御恩、生涯忘れません! ほら、源ちゃんも頭を下げて!」
「…………………………(コク)」
二人して深々と頭を下げてきた。
えぇ……この程度で可愛らしい少女が涙を流して喜ぶとかとか、どんな悪政を敷いてきたんだよ、前の代官様よぉ。
「ところで話を戻しますが、代官様達はこの家に何の御用でしょうか?」
「あー、それはだな、俺達がこの屋敷を使わせて貰おうと思ったんだよね、町役場的な感じでさ」
と、思ってたけど、人が住んでるなら流石に町役場になんか出来ないよな……残念だけど、他の空き家を探すとするか。
「や、ややや、や……っ!」
なんて思った矢先、少女は肩を震わせて一言。
「やっぱり怒ってるではないですかっ! 父から譲られた土地を奪うだなんて、代官様はみんな同じ鬼畜なのね!!」
「………お、鬼……だ……!」
「ちっがぁぁぁぁっっううぅっ!! 最後まで話を聞け! それと、今すぐに苦無から手を離せっ!!」
この時代に来てから一ヶ月以上経つが、未だにまともな人間に会えて無い気がするんだ。




