戦闘開始 十分前。
「大将自ら赴くとはな、思った以上の大物が釣れたようじゃ」
初めて見る戦国の軍隊に唖然としていると、いつの間にか俺の隣に黒甲冑を纏った板垣信方さんが佇んでいた。
急に現れた敵の姿に驚くどころか笑みを溢し、だいたい1km先の諏訪軍を凝視していた。
「の、信方さん!? その甲冑いつの間に着てきたんですか?」!
「ついさっきじゃ、物見の知らせを聞いてすぐにな」
「何故この場所に戦具足を? 最初から戦いが起こると知っていたのでしょうか?」
「ここは諏訪との最前線、いつ如何なる時でも戦が出来るように支度をしてきただけじゃ──というよりお主等は矢継ぎ早に質問するでない。敵に集中せい、敵に!」
信方さんの忠告は尤も。
だけど俺にとって初めての戦闘、混乱して色んな事を身近な人に質問したくなっちまうんだよ!!
「あの様子では触れがアレばすぐにでも攻めかかって来ような」
「ど、どうするんですかコレ、今攻められたら速攻落城すると思うんですけど」
「まず儂が城より出て時間を稼ぐ。幸い城はほぼほぼ完成しておる、お主等は急ぎ兵士を束ね防戦の用意を整えておれ」
「いやいやいや! あの軍相手に外で戦うんですか? こっちの戦える人は五百人もいないんですけど!」
「初陣でもなしに何を狼狽えておる? 儂はただ時間を稼ぐだけじゃ、それに城取に長けたお主ならば防戦の心得もあるじゃろう?」
いやさも「当然だろう?」みたいな感じで言わないでくれって! こちとら初陣どころか本物の戦争すら見たこと無い平和な現代生まれなんだよ!
よ、良し決めた。今まで言いだせなかったけど手遅れになる前にカミングアウトしなきゃだ。
信じてもらえないだろうが、俺は戦に出たこともないどころか未来から来た人間味だって打ち明ける、それが今、この時なんだよ!
「いや俺は戦いなんてしたことないし、人を指揮することだって初めてなんですけど!」
俺の発言に「なんじゃと?」と信方さんは無論、千代女さんまでもが驚嘆の視線を向けてきた。
「お主まさか、その形で初陣なのか?」
「まさか、本当なのですか? 晴幸様??」
まぁ皆の反応は理解できるさ。
なんてったってこの見た目、数々の修羅場を乗り越えてきた強者に見えるかもしれないけど、俺は虫も殺せないか弱い男なんだよッ!
「それに信じてもらえないと思いますが、俺はこの世界じゃなくて未来から来た──」
「ハッハッハッ!! これは実に愉快な話じゃ。ならば尚更、此度の戦で漢にならねばな。山本晴幸よ」
俺の決死のカミングアウトを遮った信方さんが派手に笑い、俺の胸に拳をぶつけた。この戦で男になる? それは一体どういうことだ?
「その年で初陣とは驚きだが、ならばこそこの戦で名を挙げれば良かろうて」
「イヤでも! 戦で槍を持って戦うならまだしもいきなり兵の指揮なんて無理ですって!」
「この城は築いたのはお主じゃ。初陣だろうが兵を指揮したことがなかろうが、この城の守り方を、この場にいる誰よりも熟知しておるのはお主であろう? 違うか??」
「──ッ!」
それを最後に信方さんは下に繋いだ馬に跨がった。
「行くぞっ、味方を土塁の上へ集めておれ!」
「あ、ちょっと! 一体何処に──ッ!?」
俺の質問も無視して、信方さんは三間半に及ぶ大薙刀を片手に城門から単騎で打って出た。
「の、信方さんは一体何をする気なんだ?」
「晴幸様は板垣様の檄を見るのは初めてでしたね、今より面白いものが見れますよ」
敵の襲来で浮き足立った味方も単騎で出て行った信方さんの行動に注目が集まり、彼の動向を土塁の上から見守る。
「頼重殿! そこにおるのであろう?」
信方さんは開口一番、諏訪軍の総大将である諏訪頼重を呼びつけた。
「儂との仲じゃ、顔くらい見せてくだされ!」
雷鳴のような声音は離れた諏訪軍にもハッキリと聞こえてるようで、ざわめきの後に軍勢の中央が二つに割れると中から神主のような白甲冑を着た馬上の男が姿を現した。
「誰かと思えば信方殿ではないか! 会うのは一年振りくらいか?」
「それくらいになりますな。最後に会ったときは将棋盤を挟んで対したものでしたが、敵として相見みえるとは思ってもみませんでしたぞ」
まるで友達と再会した感じで親しげに談笑する二人。
聞けば信方さんはかつて諏訪との外交を任されていたらしく、頼重とは酒を酌み交わした程の仲だそうだ。
昨日の友が今日の敵。知り合いが敵になっても悲しむどころか、嬉々として受け入れてるように見えるのが武士の恐ろしい所だ。
「信方殿が居るなら話は速い、今すぐ城を築くのを止めなされ。武田兵の血で土地を穢すのは本意ではないのだ」
「ならば心配無用、流れるのは諏訪が兵士の血でありましょうからな」
「ぬかしおる。城取(築城)中の城を守り切れると、信方殿ほどの者が本気で思うておいでか」
「城はほぼ完成した故、どれほど守れるか試してみたいと思っておったのじゃ。ささ、遠慮なく攻め込んでくだされ!」
互いに一歩も引かない挑発の応酬。
今からガチの殺し合いが始まるってのに何でこんな軽口を叩けるんだよ……例のサイトやら文献で何度も似たような逸話を見聞きしたが、リアルでこのやり取りを目撃すると武士って奴等はホントに頭がおかしいと実感するぜ。
「聞けッ! 武田の兵達よッ!!」
諏訪頼重との軽口に一区切りついた矢先、信方さんは土塁から見守る武田兵に対して馬首を向けて呼び掛けた。
「お主等が築いた城の真価が示される時、諏訪勢を退ければ御館様からの恩賞破思うがままじゃ!」
それはまるで、映画のワンシーンみたいな光景だった。
大薙刀を頭上に檄を発し、土塁に沿って馬を走らせる黒甲冑の信方さん。その姿に奮起されてか地鳴りのような歓声が上がり、取り乱していた味方が一変して戦意を爆発させた。
これが戦国、俺の憧れていた世界。
初めての戦なのに、俺も心の底から高揚していた。
「味方の士気は上々ですね、板垣様が残る前に城の守りを固めましょう。どうかご指示をください、晴幸様」
「あ、あぁ……そうだな」
信方さんが城から出る前に言った言葉。
『この城の守り方を、この場にいる誰よりも熟知しておるのはお主であろう?』
この一言で俺の覚悟は固まった。
これも城の縄張りを考えて人に造らせた者の責任。信方さんの言う通り、この城の一番効果的な防衛方法は既に構築済みだ。だったらそれを試すだけ、簡単な話じゃないか。
「そ、それじゃ千代女さん。今すぐ御館様に援軍要請をお願いします。後詰(援軍)のない籠城は論外だからね」
「畏まりました、城の守りはどのように?」
「今から俺の言う通りに兵士達を配置させてください、それで問題ないはずだから」
緊張で声を震わせながらもなんとか冷静に、千代女さんに作戦を伝えた。
せっかく夢にまで見た戦国時代にやって来たんだから、未来で培った俺の知識を遺憾なく発揮してやる。ここで弱音吐いちゃ立派な武将にはなれないだろう。
(気張れよ俺ッ! 山本晴幸40歳、今こそ漢になるときが来たんだから!!)
ペシンッ! と周りがドン引きするくらい頬をぶっ叩いてみた。気合い入りすぎて一瞬意識が飛んじまったわ。
「…………やべぇ、なんか……気持ち悪くなってきた……」
意識が飛んだせいで今度は気持ち悪くなってきた。よし、もう二度と勢いで頬を叩かないぞ。年老い始めたこの身体、ちゃんと労ってやらねぇとな……。




