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不穏な狼煙。



「堀と土塁はほぼ完成しましたね、作業が順調に進んで何よりです」

「いやいや、速すぎるだろ」


 野郎共の気合いの入った掛け声と共に土塁がより堅固に打ち固められ、より深い堀にしようと(くわ)(うな)る。

 築城開始から僅か三日で土塁と堀はだいたい完成。あとは柵や(やぐら)等の(くるわ)の整備を残すだけとなった。本当なら一ヶ月かけて造るはずなのにみんな頑張りすぎてない……?


「もう昼だってのに全然休む気配が無いな……俺よりも速く起きて作業してるってのに」

「それだけ50貫という報酬が魅力的なのですよ。五人で割ったとしても10貫余り、むこう何十年は働かなくても飢えることはありませんからね」

 

 貫の価値を計りかねてる現代人が適当に決めた報酬とはいえ、戦国育ちの千代女さんでさえ「与えすぎ」と忠告入れるレベルの大盤振る舞いだもんな、20貫くらいで良かった気がするぜ。

 

「もう大枠が出来上がるとはな、これは儂の予想以上じゃ」


 城を一通り見て廻った信方さんが俺達の元に馬を止めると、驚嘆の声を上げた。そりゃあそうだろう、築城で最も時間が掛かる土台造りが三日で終了しそうなんだから。現代っ子の俺ですらドン引きしてますよ。


「あまりに速すぎる故、何処か手を抜いているかと思ったが欠陥は見当たらぬ。半月で掘りさえ出来れば御の字と思っておったが、儂はお主の『城取(築城)術』を侮りすぎたやも知れんな」

「いやぁまぁ、俺は指示してるだけで何もやってません。むしろ作業してる人が頑張りすぎてるだけで──」

「最初にお主を見たときは、野蛮な見た目のほら吹きの知恵足らずかと疑ったが、人は見た目によらぬものよな」

「突然ディスるのやめてくださいよ」


 この見た目だから似たような悪口を言われ慣れてるけど、そんな面と向かって言われたら傷つくんだよなぁ。現代の若者だったらパワハラで労基案件ですよ、まったく。


「…………ただの撒き餌が思わぬ大魚になったな。これならば何も問題はなかろう」

「ん? 何か言いました? 信方さん??」

「いや、ただの独り言じゃ──儂はちと離れるが引き続き普請に励めよ、晴幸よ」

「ハッ、畏まりました」

 

 馬を牽いてどっか行った板垣さんの背に安堵する。

 あの人って甘利さん(筋肉ダルマ)と違って無言の圧力というか、仕事中でも無駄にプレッシャーかけてくる重役みたいな感じで気が休まらないというか。正直かなり苦手なんだよな、昔の上司を思い出すから。


「んじゃま、信方さんがいないうちに昼休憩にしようかな」

「そうですね、休憩の合図を送りましょう」


 日は既に真上、昼飯にはちょうど良い時間帯だ。

 昼休憩の合図を送ると朝からずっと張り切って作業してた人達も手を休め、炊煙(すいえん)が立ち込める配給場に続々と群がり始めた。


「と、ところで千代女さん、今日の昼飯は……?」

「ちゃんと用意してますよ、あの木の陰で一緒に食べませんか?」


 板垣さんがどっかに行って安堵したのは上記の理由の他にこれがあるから。俺にとって待ちに待った時刻、この食事時が唯一の楽しみであり、何人(なんびと)たりとも邪魔されたくないのである。


「今日は近くの川で生きの良い鮎が釣れましたので塩で焼いてみました、晴幸様の舌に合うと良いのですが……」

「良いですねぇ鮎! 俺の大好物ですよ!!」

「フフ、晴之様は何でも大好物ですね、嬉しそうに食べて頂けるので料理を作る甲斐があります」


 娯楽の少ない(というより皆無)な戦国生活において、千代女さんの手料理は毎日の癒し! 俺のたった一つの生き甲斐なのだ!!

 美人が作った料理を食べられるだけでも幸せなのに、一緒に寄り添って飯を食べるなんて天にも昇る心地、現代じゃ絶対あり得なかった至福なひととき──この時間があるから俺は国の世でも頑張っていけるのです。


「晴之様、少し動かないで頂けますか」

「ん……? なん……で──ッ!?」

「頬に食べ残しがありますから……はい、これで綺麗になりましたね」


 人生初の「ほっぺにご飯が付いてるよ?」イベント完了のお知らせ。

 あぁもう千代女さんマジ天使。

 俺の長年の夢を次々と叶えてくれる女神様。

 あぁ、神よ、千代女様をこの世に授けて下さり誠に感謝いたします。


「……? あの煙は?」

「ど、どうしました千代女さん、今度は俺の何処が汚れてますか??」

「いえ、あの煙は何でしょうか?」


 千代女さんが示した先は城の外、そこには薄茜色の煙が漂っていた。昼飯時だから炊煙が上がるのは珍しくないが、千代女さんが気になったのは、恐らく煙に色が付いていることだろう。


「あれは狼煙(のろし)……か? あの方向だと味方の誰かが上げたみたいだけど、一体誰が何のために?」


 煙が上がったのは城の北側、つまり武田方の狼煙だ。

 情報伝達手段として、武田家は狼煙を多く活用したことはよく知られている。


 平地の少ない山岳地帯である信濃・甲斐を巡る攻防戦において、様々な情報を遠方へ送る手段として狼煙はとても有効であり、煙の色や数を使い分ければ信濃の奥地から上げた狼煙であろうと即座に信玄公のいる躑躅ヶ崎に戦況を伝達できた。


 その伝達速度たるや、後に起こる川中島の戦いで上杉軍の出現を知った海津城が狼煙を上げると、僅か二時間で躑躅ヶ崎館に情報が届けられたという。


 川中島が起こるのは何年も先の話だろうが、千代女さんによるとこの時点で武田家は狼煙の研究を進められていたとか。流石は信玄公、先見の明がありまくりです。


「分かりません……何か良からぬ事が起こるやも知れませんね」


 武田の隠密に詳しい筈の千代女さんも、その煙の真意を分かりかねていた。何だろうこの感覚、あの煙を見てると今からヤバいことが起こるような、そんな胸騒ぎが止まらない。

 そう、このイヤな予感はすぐに現実のものとなった。


「「「敵襲ぅううううううッッッ!!」」」


 昼休憩でで賑わう千龍山に轟く絶叫。

 カンッ!カンッ!カンッ! と物見櫓(ものみやぐら)の兵士が敵襲来を報せる金板を打ち鳴らした。

 

「敵!? 冗談だろッ!?」

「晴幸様、急ぎ土塁の上に行きましょう! 敵軍を視認するのです」

「お、おう!」


 突然のことで混乱する現場を駆け抜け、俺と千代女さんは完成したばかりの土塁に上った。

 そこにはざっと千を超える兵士が新緑の稲を踏み付けながら横に広く布陣を開始、今にも攻め込むような構えを見せていた。


「あの兵は、まさか」

「えぇ……諏訪の者達で間違いないかと」


 敵の軍中央に諏訪明神の大旗が翻る。

 それは信玄公にとって信濃侵攻最初の敵である、諏訪頼重率いる諏訪の軍勢だった。





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