7 呪いと愛情
修行をしては寝るの繰り返しの日々は刹那に過ぎユノが修行を始めて早くも2ヶ月が過ぎようとしていた。
「今日から、私の修行を始めるにあたり最初に言っておく」
目の前には漆黒の鎧に金色の髪、それはまるで闇を纏っているような女性、ユノにとっては3人目となる師匠のイザヨイが立っていた。
「私はお前に見込みがないと思ったら即やめる、だから死ぬ気で取り組め!」
「わかりました!」
「返事だけは一人前だな、なら持て」
木刀が受け渡される。
「今から剣の振り方を教えるために模擬戦を行う、剣の振り方をお前の体に染み込むまで徹底的に痛めつける、全ては体で覚えろ!」
「素振りとかは……」
「そんなものやってる暇はない、1に打ち込み、2に打ち込み、そして3に打ち込み! 全ては体で覚えろ!」
「う、うわぁ……」
彼女はその容姿に似合わず最もスパルタで最も怖かった……。
☆
イザヨイとの修行は苛烈を極めた。
「はぁぁっ!」
「軸がぶれている!だから遅い」
「つっ!」
「力が入り過ぎだ、脇が甘くなっている」
ユノが一回打ち込む間にイザヨイは三度打ち込んでくる。
もちろん二人とも木刀だが、それでもかなり痛い。
身体中は既に青アザだらけだった。
「決して止まるな常に考えて動け、それをやめた瞬間がお前が死ぬ時だ」
ユノは必死で食らいつくがイザヨイの剣筋が全く見えない。
「視野を広く持て! 相手の全体を見て次の動きを予測しろ!」
言われた通りに動こうとするが、言われて動ければこんな苦労はしない。
「そうだ、それでいい、できるできないではなくやろうとすることが大事だ、だが——」
「あっ」
剣が弾かれ手から離れる。
「今油断したな、何があっても己の剣から手を離すな」
「……はい」
「今日はここまでだ、これ以上腕に力入らないだろう」
「あ、ありがとうございました」
イザヨイが出ていくと同時に体の糸が切れたようにその場に倒れる。
体が悲鳴を上げているのが分かる。
——もう、動きたくない。
——痛い、苦しい、キツイ。
毎日辛い特訓ばかりで投げ出したい気持ちもなくはないが
「でも師匠達ちゃんと付き合ってくれるんだよな」
どれだけユノが物覚えが悪く何度やってもできなくてもベネッサやアザゼルはきちんとできるまで付き合ってくれる、イザヨイも口は悪いができた時はきちんと褒めてくれた。
そして
「やぁ、お疲れ」
白衣の青年ミロが仰向けになっているユノを覗く。
「ミロ師匠」
「ははっ、何回聞いてもその師匠はむず痒いね、はい、水」
ミロは照れたように頭をかく。
ユノはなんとか起き上がりミロから手渡されるコップを受け取る。
「ありがとうございます」
「動けるかい?」
「なんとか、うあっ!?」
立ち上がろうとしたが足腰に力が入らなく転びかける。
「おっと」
そこを胸で受け止められる。
「大丈夫かい?」
「ははっ情けないですね」
一人で立とうとするが足腰が言うことを聞かない。
「そんなことないさ、おぶってあげよう」
ユノの体はひょいと持たれ背中に移動させられる。
「……ありがとうございます」
「子供は甘えるのが仕事だからね、もう少し僕たちに甘えてもいいんだよ」
「ここに住ませて、そしてこうやって修行させていただくだけでも申し訳ないのに」
ミロは苦笑いをしながらユノを支える両手を持ち直し
「君はほんと子供らしくないよね、大人びている、もっと年相応になればいいのに、君はもう僕たちにとって他人じゃないんだよ」
「——ッ!」
とても優しい声で言った。
それはユノの心に届いた。
今までユノは自分が年長でしっかりしなければならないと自らを戒めていた、そして周りもそれを無意識だがユノに強要していた。
——ユノはしっかりした良い子、大人びた子ども。
それは呪いとしてユノの体にまとわりつきユノもその期待に応えようとすればさらにその呪いはユノに巻きつくという負のスパイラルに陥り今のユノが完成された。
誰もユノに言わなかったのだ。
ただ一言を。
その一言だけでユノは——
「——もっと僕達に甘えてもいいんだよ?」
「……うんっ!」
ユノは控えめに頷き顔をミロの背中にうずめる。
そして小さな声で呟いた。
「……なら、今日一緒に寝てくれる?」
「いいよ、なんなら絵本も読んであげるし子守唄も歌ってあげるよ」
ユノのとても可愛らしい甘えに笑いながら答えると「そこまで子供じゃないし」といじけた風に言うユノにミロは不思議な感情が芽生えた。
いや、この感情は前からあったが最近とても強くなっていくのを感じて今この感情の答えが分かった。
——これは『愛情』だ。
この子がとても可愛くてとても愛らしく甘えられると嬉しくなる。
この子のためならなんでもしたくなる。
ミロはこの感情に少し戸惑いながらも嫌ではない自分に驚く。
(弟ができるってこんな感じなのか)
後でベネッサあたりに子供が喜びそうな物語を聞きに行こうと決めたミロだった。