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シンディは煙草を灰皿の中でジュッと押しつぶす。
一点の曇りもない目で私を見つめた。その瞳に私の中で緊張が走る。
「令嬢だが、この子は困難がない人生を歩んでいるわけじゃない」
落ち着いた彼女の声に私はすがりつきたくなった。思わず涙腺が緩みそうになるのを必死に堪える。何泣きそうな顔してんだい、と言われそうだ。
まぁ、別に泣いたらダメってことないから泣いちゃおうかな。
「泣く女は鬱陶しいから、泣くなよ」
私が気を許そうとした瞬間、テオが辛辣な言葉を吐く。
嘘でしょ……。映画だったら皆ポップコーンを食べる手を止めて涙を流しているシーンだよ。
それを「鬱陶しいから」で片づけるなんて、ぶん殴ってやりたい!
高ぶっていた気持ちが一気に冷めて、涙がすっかり引っ込んでしまった。
シドは特に驚きもせず、呆れた様子で口を開く。
「お前は少し女に優しくなれ」
「本当になんでこんな息子に育っちまったんだか」
シンディもやれやれと肩をガクッと落とす。
「このままだとお嫁さんゲット出来ないよ」
「嫁なんか別に要らねえよ!」
テオは私の言葉に少し赤くなって反論する。こういう反応をされるとからかいたくなる。
なんたって、私の周りには精神年齢がズレた人達しかいないからね。
「なんか年相応の反応だね~」
「は? ふざけんな。十六は立派な大人だ。なに子ども扱いしてんだよ」
必死に対抗するところがまだまだ子供っぽい。というか、十六歳って同い年か。同期に会えるのは嬉しい。
「……え、魔法学園には行ってないの?」
「あんな金のかかるところに行くかよ」
イラついた態度のままテオが答える。
「でも、平民でも行けるよね?」
「平民でも金がかかるんだ」とシドが複雑な表情を浮かべる。
それに山賊だと流石に行きづらいよね。
余計な質問をしてしまったと後悔する。話を逸らそうと違う話題を探す。
何か違う話題……。こういう時に限って何も浮かばない。
この家が築何年か聞く? 好きな食べ物とか? このサックスブルーのソファどこで買ったかとか?
くだらない質問しか出てこない。そして、少しの間沈黙が続いた後に、ハッと思い出した。
「あ、そういえばさ、魔法って外で使っちゃいけないの?」
こんな緊急事態になってもアダムとディランは魔法を一切使わなかった。それに魔法が使えたら剣術を習う必要などないのに、この国の男児は幼いころから剣術を習得するため日々汗水流している。
私の質問に彼らは目をぱちくりさせた。
……あれ、私、そんな不思議な質問した? もしかして、この国ではタブーの質問だったとか?
けど、ヘレナは町で病を治す為に治癒魔法使ってたし、オスカーは家の中でメリッサに私との口論が聞こえないように魔法を使っていた。
魔法使用の定義が考えれば考えるほどよく分からなくなる。
「あんた令嬢なのに何も知らないんだね」
目を大きく開いたままシンディはそう言った。




