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三人掛けの少し古びたサックスブルーのソファにジノを寝ころばせる。
彼らは手際よくジノの手当てをしてくれる。シドは彼の傷口を消毒し、包帯を器用に巻いていく。テオは氷水に付けた冷たい布をジノの額に置く。
そして、双子の母親は彼の頭から出ている血を拭いて、止血する。幸いなことに、縫うまでの深い傷ではなかったようだ。
私はただ側からその様子を見ることしか出来なかった。自分の無力に情けなくなる。
手当てが全て終わり、ジノの呼吸が落ち着く。
「これで大丈夫だな」
シドのその言葉に私は胸を撫で下ろす。
「私の名前はシンディだよ、よろしくな」
双子の母親はそう言って、手を差し出す。「よろしくお願いします」と彼女の手を握る。
こんなに逞しい手をした女性の手は初めてだ。私のなんて何の苦労も知らない手だ。
「それで、なんでキャシーはなんでこんな森にいたんだ?」
彼女は私を射貫くように見つめる。
シンディの前で嘘なんて付けない。私は正直に全て話した。彼らは私の話を黙って聞いてくれた。
ジノがミシェル家で庭師をしていたことや、暴力団と関係していた話。彼の生い立ちを全て丁寧に説明した。
そして、私のフルネームも伝えた。
「え、じゃあ、お前ってあの大貴族のキルトン家の令嬢なのかよ」
私が話し終えたのと同時にテオが初めに口を開いた。
……一番最初に思うところってそこなんだ。
テオの顔が「無理やり強盗しなくて良かった」と語っている。
「可哀想だと思うけど、この世にはそんな可哀想な子はごまんといるからね」
シンディはそう言って、煙草を吸う。
確かにそれはそうだ。シドだけが気の毒な子どもってわけじゃない。私は自分がいかに恵まれているかを実感する。
「慈善活動ってわけか」
馬鹿にするようにテオは鼻で笑った。
「それとは違う。ただこの子とは面識があったから」
「面識があったら誰でも助けるのかよ」
私は何も言えなくなる。
慈善活動なんかじゃ断じてない。ただ、私はシドを助けたかった。あの状況なら誰でもそうするはずだ。ヘレナなら、沢山の人を助けることが出来る。けど、私はジノ一人を救うのだけでも精一杯だ。
それに私一人の力だとジノを助けることが出来なかった。
「俺達はお前ら貴族が憎い。いつだって屈辱感を味わっているんだ」
テオの言葉にその場は静まり返る。シドは少し気まずそうな表情を浮かべ、シンディは黙って煙草の煙を吐く。
「どうして私が屈辱感を知らないなんて思うの?」
三人とも視線を私に向ける。私は彼らの方を真っすぐ見つめた。
私も屈辱感を知らないわけじゃない。前世では嫌というほど屈辱感を味わった。
ただヴァイオリンが出来るからって、ちやほやされてきたわけじゃない。
世の中は甘くない。そんなの幼いころから知ってる。「凄い凄い」ってメディアにはもてはやされたけど、実際音楽界はもっと厳しいものだった。
子どもの私に容赦なかった。ある意味対等に接してくれていたのかもしれないけど……。
私のプライドなんて粉々になるぐらいに大人の本気を見せつけられて、嫌味も沢山言われた。
けど、その屈辱感をバネにして、死に物狂いでヴァイオリンを練習をした。
絶対に見返してやるって気持ちが私をあの世界で生き残らせてくれた。
「屈辱感を知ることは私達を成長させてくれる」
「何綺麗事言ってんだよ。お前ら貴族に俺達の気持ちなんて分かるはずな」
「もうやめな。この子は本当に屈辱を知ってる子だよ」
テオの言葉にシンディが静かに言葉を重ねる。彼女の圧力にテオは口を閉ざした。




