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「このガキのことか?」
ガタイのいい男の手には小さな男の子が微かにうめき声を上げていた。
体中に殴られた痕がある。額からは血が滲んでいる。茶色い毛は血で固まったのか、薄黒い色になっている。
これは、ただの弱い者いじめだ。己の快楽の為だけに他人の犠牲にしている。
「生きていて良かったな」
叔父が隣で口を開いた。
ジノに言ったのか? この状況で?
普通はもっと怒りを露わにする場面じゃないのか。
ガハハッと坊主の男は品のない笑い声を上げる。
「まさか励ましの声をかけるとはな~」
「死んだら終わりだ。だが、痛みがあるってことはまだ明日がある」
言っていることは正しい。
どれだけ苦しくても、辛くても、ジノはまだ生きているんだ。
叔父は呑気に元帥になったわけじゃない。いくつもの死を間近にしてきたんだ。
こんな敵に囲まれるなんて状況は何度も経験しているのだろう。たかが暴力団なんかに怯むような人じゃない。
「そいつをそんな風に扱うなら俺にくれないか?」
「あ? 何言ってんだ? 俺はこいつを躾けているんだよ」
「じゃあ、俺らもお前らを躾けないとな」
叔父は思い切り目の前にいる坊主男の手下の顔に拳を入れる。その瞬間、一気に彼らが攻撃をしてくる。
俺は腰から剣を出し、必死に戦う。
とりあえず、ジノをこの場所から早く出さないと!
次々と敵を倒しても人数が多すぎて埒が明かない。
「やるじゃねえか、王子様」
「叔父上こそ」と言って、彼の方へと視線を移す。
素手かよ、と思わず声が漏れる。腰にぶら下がっている大きくて立派な剣はいつ使うんだ。
武器なしでこんなに強いなんて、反則だろ。強いことは知っていたが、ここまで強いとは……。
自分は強い方だと思っていたけど、まだまだだな。もっと鍛えないと、大事な人を守れない。
なんだか馬鹿らしくなってきて笑みがこぼれる。
この人には敵わないな。
「なに笑ってるんだよ」と敵が物凄い形相で俺に襲いかかる。反射的に「うるせえよ」と蹴りを急所に入れる。
「なんだよ、こいつら」
怖気づいた坊主男が視界に入る。
まぁ、そりゃ怖いよな。この人数でかかっても俺らに負けそうになっているんだから。
絶対に叔父上を敵に回さないでおこう。
この乱闘に紛れ、ジノが大きな男の手を噛む。イテェッと声を上げて、男はジノから手を離す。
その瞬間、彼は死に物狂いで必死に逃げる。足に怪我を負っているのか、走り方がいびつだ。
「このガキ、待て!」
ガタイの良い男からジノの方へと手が伸びる。
まずい、このままだとまた捕まってしまう。
坊主男が「逃すな!」と叫んだのと同時に、ビュンッと驚きの速さで小型の剣がガタイの良い男の手に見事に刺さる。男の悲鳴が響き渡る。
叔父の方を見ると、もう既に違う敵の顔をぶん殴っている。地面は血の海となっている。
……なんて人なんだ。
ジノは振り返らずに真っ直ぐ出口へと向かっている。彼も彼で凄い度胸だ。
とりあえず、これでひとまず安心だな。戦いに集中できる。
後のことは、キャシーに任せておけばいい。




