89 アダムと暴力団
ギギギッといびつな音を立てながら小屋の扉を開ける。
小屋の中には誰もいなかった。
叔父と共に小屋の中へと足を踏み入れる。今にも壊れそうな床をゆっくりと歩く。
軋む音にきっと、地下にいる暴力団の者達は侵入者に気付いただろう。
こんな緊迫した空気でも俺はキャシーのことを考えていた。
あの艶やかでサラサラな黒い髪に全てを見透かすようなあの紫の瞳。筋の通った高い鼻に、薄く形の整った唇。透明感と張りのある白い肌。
少し前までの服装だと全くあのスラッとしたスタイルは全く目立たなかったのに……。
本当に俺との婚約が嫌で演技してたというのか?
あの美貌に幼い頃一目惚れした。こんなに綺麗な子がいるのかと……。
でも、ヘレナと出会ってから俺の心は揺れた。キャシーは日に日に俺の苦手なタイプになり、彼女に会うたびに嫌悪感を抱いたほどだった。
それなのに、今じゃいつも会いたいと思う。彼女を想わない日はない。
人間の感情というのはこんなにも移ろうものなのか。けど、キャシーが俺のことを恋愛対象として見ていないことは知っていた。
今じゃキャシーと婚約解消をして、何の関係もない。けど、これから俺のことを見てもらえるように頑張ればいい。
「女の事考えるのもいいけど、今はこっちを先に片づけっぞ」
叔父の言葉に俺はハッと我に返る。彼は小さな絨毯をめくり、小さな扉を見つける。
この人の観察力には勝てない。俺は気を引き締め直す。
「開けるぞ」
俺と叔父の目が合う。俺は力強く頷いた。
ガコッと床にある扉を開ける。そこには地下へと続く階段があった。埃が舞い、少し目を細めてしまう。
俺達が来たことにはもうとっくに気付いているはず。だったら、地下で待機しているのか。
薄暗く蜘蛛の巣が張る地下を叔父が先に降りていく。
こんな状況なのに、ちっとも恐れを感じさせない叔父は本当に凄いと思う。これが元帥の貫禄。
「暗い場所だな~」
静かな空間に叔父の声だけが続く。俺は彼に続いて降りていく。
血の匂いが微かに漂う。
これは……、ジノの血か? そうでないことを願いたいが。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました~~」
俺達が地下に着くと、首に大きな龍の入れ墨をした坊主の男が不気味な笑みを浮かべながら口を開く。
彼は大きくて真っ赤な一人用のソファに座っている。この場所の王様は自分だ、と主張しているように思えた。
一瞬にして俺と叔父は多くの彼の手下に囲まれた。
彼らの手には幾度となく人を傷つけてきたであろう武器がある。
この人数対俺達二人か。流石に厳しいかもしれない。俺はチラッと叔父の方を見る。
彼はこんな状況になっても、少しも怯える様子も焦りも見せない。むしろ楽しそうにニヤッと口角を上げた。秘密基地を見つけた少年のような目をしている。
ああ、叔父はこんな人だった。天才は常識外れなんだ。……きっとキャシーもそうだ。
叔父は未だに負けることを知らない。彼といれば無敵になったような気持ちになれる。
「少年はどこにいる?」
俺の言葉に坊主頭の男は近くの手下に目で合図をした。背が高くガタイの良い男が小さな少年を引きずって来る。




