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馬車から降りて、山の奥へとどんどん足を進める。
薄暗く、太陽があまり当たらない不気味な場所。森ってもっと新鮮な空気があって、木漏れ日が降り注ぐところじゃないの。
地面や木には女の子が叫んで逃げそうな虫がいる。私は出来るだけ踏み潰さないように歩こうとするが、ディランは虫など気にも留めず、踏みながらどんどん前へと進んでいく。
「お嬢は虫平気なのか?」
「うん。苦手じゃないよ。食べろって言われたら躊躇するけど……」
『誰も令嬢に虫を食べさすなんてことしないだろ』
「じゃあ、非常食は虫だな」
ディランはケラケラと楽しそうに笑う。
ここにいるよ、虫食べさそうとしてくる人。
「あ、そうだ。キャシーってサンクスマディに行くのか?」
王子はディランの言葉を無視して、私に喋りかける。
「無事帰ることが出来たらね」
「あの世でサンクスディランでも開くか」
「なんでディラン様に感謝しないといけないのよ」
どうせなら、容疑者にされていた私にソーリーキャシーって祭りを開いて欲しい。
『叔父上の事は名前で呼んでいるんだ。俺のことはほとんど名前で呼ばないくせに……』
……すねた?
可愛い所もあるんだね。確かにアダムって呼んだのは一回ぐらいだ。
森の中を暫く進むと、今にも潰れそうな小屋を発見した。
……廃屋? あれが暴力団のアジトなの?
絶対誰も使っていないようなボロボロさ。木は痛んでいるし、雑草の手入れもされていない。
ディランが小屋を見つめながら「あれだな」と呟く。
「暴力団にしてはお金がないんだね」
「目立たないようにしてるだけだ。メインは地下だ」
ディランの代わりに王子が答えてくれる。
知る人ぞ知る場所ってわけか。……まぁ、王子や総帥だったらこの場所を知っていて当たり前か。
「キャシーはここにいろ」
「え、なんで!?」
王子の言葉に私は思わず少し大きい声で反応してしまう。
まさか、ここまで来て置いていかれるとは思わなかった。これは一緒に乗り込む流れじゃなかったの?
「確かにお嬢はここにいた方がいいかもな」
ディランまで、そんなことを言うなんて……。
何のために私は来たんだ。あ、容疑者候補から外される為にってこと……?
王子は真剣な目で私を見つめる。彼の青い瞳に戸惑う私が映る。
「ジノが外に出てきたら、一緒に逃げろ」
「え、二人は?」
「俺達はあそこを一掃してくる」
私も手伝う! なんて言えない。助けたいけど、私が行ってもお荷物が増えるだけだもん。
「分かった」と私は頷く。
『キャシーに嫌な場面を見せずに済む』
別に王子達が暴力団と戦うところぐらいは見れるわよ。これでも前世はホラー映画とか見に行っていたんだから。
……まぁ、現実とは随分と違うものだろうけど。
「行ってくる」
「無事に帰ってきたら褒美にその胸さわ」
王子がディランの頭をゴンッと拳で殴る。
仮にも元帥なのよね、この人。これぐらい緊張感ない方が良いのかな。
「叔父を殴るなんて酷いなこの国の王子は」
「変態発言は控えて下さい」
王子は冷たい目をディランに向けてスタスタと小屋の方へと歩き始める。ディランはぶつぶつ言いながら足を進めた。




