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「私、行くなんて言いました?」
王子とディランは私の方を同時に向いた。
「足手まといになると思うんだけど」
「けど、お前はその少年に会ったことあるんだろ」
ディランの言葉に私は頷くしかない。
会ったことあるけど、それと助けることが出来るかは全く別問題だ。世界に一つしかない花を図鑑で見たってだけで探しに行くようなもの。
「助けたいって思わねえのか?」
怪訝な表情でディランは私を見る。
そりゃ、助けたいって思うけど、人には出来ることと出来ないことがある。乙女ゲームの悪役令嬢なんて、悪態つくぐらいしか特技ないじゃん。
『……前までのキャシーなら絶対に断っていたはず』
王子、鋭いね。
私は小さくため息をつく。ジノの安否は確かに気になる。
「こうなったら、難破船に乗って、皆で沈むか!」
「勝手に沈ませるな。しかも難破船じゃない。俺らがいたら超安全だ」
王子がすかさず突っ込む。
ディランは隣で「俺は豪華客船がいい」と呟いている。
「とにかく、彼に関する全ての情報を提供して! 隠し事はなし!」
私は王子に近付き、彼の目を真っすぐ見つめる。
王子は少し戸惑った後、どこか諦めたように「ああ」と答えた。
王子の口から出たジノの内容は全く想像していなかったものだった。
確かに王子が私にこのことを隠したいと思った気持ちが少し分かる。とても悲惨な物語だ。
あんな小さな少年がこんな過酷な人生を歩んでいるなんて、耳を疑った。
ジノは生まれてすぐに母親に捨てられた。父親はギャンブル依存症でジノが生まれる頃には既に家にいなかったらしい。
そして、小さな赤ん坊を拾ったのが、町で恐れられている暴力団の頭だった。ずっと虐待されて、衣食住をまともに与えらえず、それでもジノはその世界で何とか生き残ってきた。
幼い彼にとっては地獄のような苦しい日々だっただろう。
そして、ジノは物心ついた時から植物に興味を示し始める。残酷な仕打ちを受けている彼が唯一癒されたのが植物だった。
そんな生活の中、ジノ五歳の頃に歯車が狂ってくる。
彼の母親がジノを探しに来たのだ。一度手放したとはいえ、やっぱり自分の子供は忘れられなかったのだろう。けど、この物語はハッピーエンドじゃなかった。
暴力団はジノを探しに来た母親を邪魔に思い、ジノの前で彼女を殺害した。それも惨いやり方で……。
恐怖のあまり、ジノは暴力団から逃げ出し、何とかミシェル家で働くことが出来た。幼いながらにジノの腕が認められ、庭師として四年間ずっと生きてきた。……が、それも終わりを告げた。
暴力団がジノの居場所を突き止めて、誘拐した。
というのが、ジノの大体の人生だ。
通りで九歳であんなに大人びていたわけね……。
それにしても、本当に最低! もし魔法を使えたなら、そいつら全員アボカドに変えて食べてやる!
そんな血も涙もない人間にはそれぐらいの罰が必要よ。
私は何もできない少し前まで評判が馬の糞並みに最悪だった令嬢だけど、甘く見ないでよね!
心の中の私は鼻息を荒くして「レッツゴー!」って叫んでいる。
「なんか、こいつ急にやる気に満ちてきたぞ」
興奮している私の耳にディランの声が響いた。




