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『ねぇ、ほら、あの子』
見知らぬおばさん達が私の方をじろじろと見ながら、小さな声で話す。残念ながら、そういう会話って大体聞こえているんだよね。
ヴァイオリンから離れて、女子高校生時代を謳歌していた時の記憶。
『前にテレビに出ていた天才ヴァイオリニストじゃない』
『そうそう。あんな不良みたいな子だったかしら。髪も金髪にしちゃって』
『見て! あの尖ったピンク色のネイル。もうヴァイオリンはやめたのかしら』
『もったいないわね~。きっと、ご両親の圧が凄かったのかしら』
ほっとけ! 私の人生じゃん! 誰にも迷惑かけてないでしょ!
それに両親は良い人達だ。私の選択を尊重してくれる。どうして外野に色々言われないといけないんだろう。
私は聞こえないふりをして、溶けかけたアイスを頬張る。チョコミント味が口の中で広がる。
ああ、夏と言えばこれこれ。
『可哀想に……』
『ヴァイオリンが泣いているわね』
何が可哀想なの?
見渡す限り可哀想な人なんて誰一人いない。視線の少し先に、セミが『ジジジ』と音を立てながら、地面で死にかけているぐらいだ。
確かに可哀想……。
『どうかしたの?』
友達が私の顔を覗き込む。私は首を横に振り、笑顔で『ううん、何でもない』と答える。
私はアイスのコーンをかじり、その場から逃げるように足を進める。
勝手に幸せを押し付けないで。私も少しは普通の女子高校生を満喫したいの。
無断で写真を撮られて、天才ヴァイオリニストの現在、ってSNSとかに載せられてバズったりするのかな~。
あ、そう言えば、前に一回したか。ああ、もう、有名人って大変だなぁ。
『なんて無防備な姿で寝てるんだ』
……ん? なんで王子の声?
王子はこの世界にいないはずなのに。
『こいつのヴァイオリン、もう一度聞いてみたいな』
その時、初めて自分の気持ちに気付いた。
私はヴァイオリンを辞めた後、ビフォーアフターが凄いぞ! って世間のネタとして扱われるじゃなくて、私のヴァイオリンをまた聞きたいって言われたかったんだ。
私のヴァイオリンが価値あるものであって欲しかった。
今思えば馬鹿みたいな願望だけど、当時女子高校生だった私には世間の生々しい声に振り回されていたのかもしれない。
若さに価値はあるけど、だからこそ愚かな道に外れやすい。
私はゆっくりと目を開ける。
いきなりキラキラと眩しい王子の顔が目の前に現れ、思わず「わ!」と声を上げる。私が突然目を覚ましてびっくりしたのか、王子も「うお!」と反応する。
夢だけど~、夢じゃなかった!
「なんでここにいるんですか!?」
私は目を丸くしたまま、王子の澄んだ青い瞳を見つめる。
……それに、なんで王子の後ろにディランがいるんだろう。世界の七不思議?
JK時代の人生も波乱万丈だったけど、今の人生の方が前世より刺激的だ。こっちの人生の方が私らしくいられるかもしれない。
私って、超ラッキーガール!




