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「はぁ、お前、本当にヴァイオリンが弾けるのか?」
疑うような目でディランは私の方を見る。彼の言葉に私より早く反応したのはルイスだった。
「キャシーは天才だ」
目の前でこうも褒められると照れちゃうな。
少し調子乗った表情を作り、首を小さく前に出す。照れ方が令嬢っぽくないが、もはや誰も私のことを令嬢として扱っていないからいいだろう。
ルイスの言葉には少しも反応せず、私をまじまじと観察する。
なんでこんな観察されてるの、私。夏休みの観察日記の一ページでも飾るのかしら。
こんなに間近で見られるならもっと肌のお手入れを念入りにしたのに……。
「町でも貴族の中でも有名になっているが、こいつがそんな繊細な音を出せるとは思えねえよ。……なぁ、今、弾いてみろよ」
「無茶ぶりにも程がある」
思わず声に出してしまった。
大阪人に「なんかおもろいこと言ってや」って言うのと同じぐらい無茶ぶりだ。
「弾けないのか?」
挑発には絶対に乗らない。ここで今ヴァイオリンを弾いたら私の負けだ。
「元帥様は私なんかに構ってないで、ご自分の仕事をしたらどうです?」
「今日の朝、終わらせてきた」
「……朝?」
ディランの言葉に私は固まりながら呟いた。
朝って、今も朝なんだけど……。さっき太陽と挨拶したところ。
え、リンドン国って朝の定義どうなってんの? いや、ディランだけ特別な可能性も十分あり得る。
ルイスの方に視線を向けたが、彼もディランの言葉を理解していないようだ。
「ちゃんと寝てるんっすか?」
「二、三時間ぐらいじゃねえか、知らねえけど」
ルイスの質問に少し面倒くさそうにディランは答える。
二、三時間ってお昼寝の短さじゃん。
「眠たくならないの?」
「特に。……というか、俺の話はどうでも良いんだよ。俺はお前を知るためにここにいるんだ」
「私が自ら個人情報を流出するような人間に見える?」
「見えねえから、今、こうして探っているんだろ」
この元帥、こわッ。
こんな堂々とストーカーする人に初めて会った。もし不細工で元帥じゃなかったら捕まってんぞ。
「あの、期待をぶち壊してしまって申し訳ないんだけど、私のことを調べても何も出てこないよ? 極悪殺人犯とか頭脳明晰ガールとかでも何でもないただの令嬢だよ」
まぁ、令嬢は令嬢でも悪役令嬢なんだけどね。
「チッ」
……え?
ええええ!? 今舌打ちした!?
おいおい、元帥だからって何しても……許されるか。もしかして、ディランは悪役令嬢の座を狙ってるの?
「じゃあ、もう帰るわ」
ディランの言葉には私だけでなく勿論ルイスも驚いている。
興味失くすの早すぎない? 面白くないことには時間を費やさないタイプなのかな。
「うそだろ……。さっきまでキャシーにあんなに興味津々だったのに」
「驚きのあまり私の産毛が逆立っちまったよ」
私とルイスは二人で棒立ちになったままディランを見つめている。彼は眉をひそめて、何か考えごとをしているようだ。
「またな」
ディランはそれだけ言って、私達の目の前から風のように立ち去った。
またな、って、また会うってこと? ……理解出来ん!!
キャシーの話を聞いていると、いきなりディランの頭の中にカールの声が入ってきた。
『元帥、緊急事態です。今すぐ戻ってきてください』
楽しんでいたところを邪魔され、ディランの機嫌は悪くなったが、行かないわけにはいかない。
彼は一瞬で気持ちを仕事モードに切り替え、ルイスの家から出た。




