73.出会い
なんか、ちょっと気まずい雰囲気だ。
……今のは、私が悪い? 誰が悪い? 空気が悪いよね。こんな空気にした空気が悪い。
「嫌というほど分かっている」
『俺の策を伝えても全部却下される。金が足りないと言われるんだ……』
言い訳を口に出さないのは偉いですね。
「今日はもう帰る。用事は済んだしな」
そう言って、彼は立ち上がり扉の方へ歩いていく。
「王子、お金なんて手に入れようと思えば手に入るよ」
扉を開けて、出て行く直前の彼にそう言った。王子は私の方をチラリと見たが、何も言わずに出て行った。
その日、私と王子の解消を聞いた母は失神した。父親はなんとなく分かっていたようで、特に驚いた様子はなかった。
母には悪いことをしたと思っているけど、彼女の倒れ方はなかなか見ものだったんだ。まさか倒れるとは思っていなかった。怒鳴られることを想定していた。
……それぐらい私の婚約解消がショックだったんだよね。
これで私の肩書にはきっと王子と婚約破棄された女っていうのが新しく乗ったんだろうな。
母と会わないように、朝早く森へ出かけた。
今日、彼女と会えば、必ず怒られる。昨日のショックが今日は怒りになっていることだろう。
絶対に部屋に入ってきて、数時間説教されて、最終的に外出禁止になりそうだもん。
父よ、彼女の怒りをしずめて。
そんなことを思いながら馬に乗り、屋敷を飛び出した。
いつも通り、森の中でヴァイオリンを練習しようとするが、何故か集中できない。
……何だろう。すっごい誰かに見られている気がする。この視線の正体は、絶対にルイスじゃない。
周囲を見渡す。人影らしきものは特に見当たらない。
「なにこれ、幽霊? ……そんな設定はなかったはずなんだけど」
「設定って何だ?」
突然木の陰から背の高い見覚えのある顔が現れる。
あ、元帥殿ではないか。こんなに気配消せるもんなんだ。実はもう既に死んでるとかそんなオチないよね?
というか、もしかしてつけられてた? ……それにも気付かなかったのか、私。
「お嬢は分かりやすいくらいに表情に出るな」
「誰がお嬢よ」
私の言葉にフッと彼は鼻で笑う。これが大人の余裕というやつか。
「ヴァイオリンの練習か?」
私は何も答えない。誰かに探られるのは苦手だ。探るのは好きだけど……。
「で、これが終われば町に行くのか」
「なんでそこまで知ってるのよ。ストーカー?」
「お前のことなんて知るわけないだろ。適当に言っただけだったが、当たってたか」
ディランを無視してヴァイオリンをケースに片づけ、その場を去る準備をする。これ以上、この人といたら色々と危険な気がする。自分の勘が一番信用できる。
よし、この場から一刻も早く離れよう。
「そんなに早く俺から逃げたがる女は初めてだな」
「イケメンだからって調子乗らないで下さい」
満面の笑みでそう返す。
嫌味を言ったつもりだが、彼は私なんかに臆することなくニヤリと口角を上げた。
「美女にイケメンと言われるのは悪くないな」
「調子乗らないで下さいってところを強調したのが聞こえていなかったみたいですね。もう年寄りは本当に困りますね」
「俺にそんなこと言うのお前ぐらいだぞ。まだ二十三だ」
ディランの口調に全く怒りが感じられない。純粋に私との会話を楽しんでいる。
他の攻略対象者達と明らかに違う。イーサンのことを落ち着いていて大人びていると思っていたけど、彼を見るとまだまだイーサンは子どもだなと思ってしまう。




