72.
サインをし終えて、ゆっくりペンを机に置く。
なんか、離婚届書いたような気分だ。これを役所に届けるのではなく、王子に渡すだけ。
もっと格式張ってやるんだと勝手に思っていた。
「こんなあっさりと婚約解消出来てしまうんですね」
「ああ」
もっと喋れ。
『意外とクるな……』
「王子、私ね、ずっと昔、それはそれは昔の話なんだけどね、王子をずっと玉子だと思ってたの」
「は?」
王子は眉間に皺を寄せる。エミーも王子と同じような顔で私を見ている。
「ちっさい頃から、読書が好きで……。私、ルビは読まない人間だからよく読み間違えてたんだ」
「るび? 何の話をしてるんだ?」
「玉子が白馬の上のっても、お姫様の所に着くまでに食べられないのかな? とか、眠ってる時間が長かったら、目が覚めた時にキスとともに食べちゃわないのかな? とか、物語ってファンタジーの世界だから、まぁ、アリかとか思って全く気付かなかったの」
「いや、ナイだろ」
「で、ある日、その事実に気付いたわけ。玉子じゃない……って」
『こいつはなんでこんなに玉子について真剣に語ってるんだ? 婚約破棄の時よりも目が真面目だぞ』
私は王子の目をじっと見つめながら話す。
「私、その時と同じぐらい、この婚約解消にはショック受けてるよ。つまり、私もそれなりに落ち込んでるよって言いたくて」
「しばくぞ」
彼は間髪を入れずにそう言った。
王子もそんなこと言うんだ。折角、私が少し慰めてあげようと思ったのに……。まぁ、慰め方は置いておこう。
王子はため息をつきながら、言葉を発した。
「なんで俺はこんな奴に惚れたんだ」
王子、心の声が漏れてますよっ!
今の言葉って幼少期の私に対してだよね? ナウの私じゃないよね? いちいちこっちが混乱するような言い方をしないで欲しい。
「安心してください。私も幼い頃は王子に惚れていましたけど、今の私は死んでも王子を選ぶことなんてないですから」
満面の笑みを彼に向ける。
『こいつ、言い切った。……こうも断言されると腹立つな』
「絶対お前に俺のことを惚れさせてみせる」
「王子、キャラ守りましょ? そんな俺様だと誰もついてきませんよ」
「一番キャラ崩壊している奴に言われたくねえよ」
顔をお互い近づけ合いながらにらみ合う。
「王子と玉子どっちか選べって言われたら、そりゃ、喜んで玉子ですよ!」
「私はアダム様ですけど」
エミー、あんたは黙ってな。
「玉子より俺の方が価値あるって分からせてやるよ」
「真実の愛とか馬鹿なこと言わないで下さいよ? 玉子はお金になりますが、人間はお金にならないので」
『絶対玉子一つより、俺の方が稼げるぞ』
……王子、それは心の内に秘めておいて。
「金が全てなんて言っているようじゃお前もまだまだだな」
「結局、世の中お金なんですよ!」
「情は金では買えないだろ!」
「じゃあ、なんで町にあんな貧富の差があるんですか?」
私の煽りについに王子が黙り込んだ。
さっきまでのうるさい空気が一瞬にして静まり返る。




