71.
「えっと、これは、なんでしょうか?」
私はチラリと一枚のよく分からない契約書のような紙を見る。
「婚約解消するぞ」
……はい?
突然の王子の言葉に私は思わず固まる。
急すぎて、そういうことは、ちゃんと事前連絡して欲しい。そんないきなり言われたら心臓に悪い。
「つまり、王子は私と婚約破棄したい、ってことですよね?」
『したくないが……』
じゃあ、何故するんだよ。
王子なんて権力使い放題だから、私と婚約破棄してもしなくても誰も何も言わない。婚約者の私がいくら「うちら、もうこれで終わりにしよ」みたいな別れ話を持ち出しても、王子はそんなことに耳を傾けなくてもいい。
それなのに……、一体どういう風の吹き回しでこんなことを言うようになったんだろう。
心の声さん、どうか教えておくれ!
『今のままじゃ、意味がないんだ』
教えてくれるんだ。
『いつかキャシーが俺のことを選んでくれる日まで』
あれ? 今、私今月9ドラマに出演中のヒロインか何かかな?
中学英語の教科書から一気に昇格じゃん、私! ……とか喜んでいる場合じゃない。
「これを望んでいたんだろ?」
「それはそうだけど……、ちょっと急すぎて」
状況整理が出来ない。
神様もこんな展開は予想できなかったはずだ。
てか、ちょっと待って、ヘレナは!? ヘレナはどうしたの?
もしかして、私が今日オスカーの家を訪問している間に何かあったの?
聞きたいけど、聞けない…………、けど聞いちゃお!
「あのさ、ヘレナは、ヘレナはどうしたの?」
「ああ、昨日」
昨日ッ!?
「いや、何でもない」
言わないんかーい!!
なんでそんなに焦らす。気になるんだけど。物凄く気になる。このままじゃ、今日は眠れない夜を過ごすことになる。
……ん? もしかして、あえてこんな風に言うってことは「今夜は寝かさない」ってことかな。
「んなわけあるかよ」
「どうした?」
「王子が何も教えてくれないので、この腹いせに、王子を丸焼きにして食べようか考えていたところです」
『カニバリズムじゃねえか』
「もうアダムとは呼ばないのか?」
「あの、王子? 言葉のキャッチボールって知ってますか? 私のボールをしっかり聞くか、言葉を返す時に、全然違う方向に投げないで下さい」
私、王子の心の声と上手く会話出来そうです。
その、カニバリズムじゃねえか、を口に出して。
『こんなに面白い女なのに、どうして俺はもっとこいつと話さなかったんだろう』
どうか気を落とさずに。王子の目は間違っていないよ。
昔の私は話せば話すほど、知れば知るほど、より関わりたくないうざい女でした。
「とりあえず、サインしますね」
「ああ」
私は机の上にある、ペンで王子の名前の隣に自分の名前を書く。
婚約破棄をしたかったが、いざ、こうやって本当に書くことになると少し寂しい。別に私は王子のことが嫌いなわけじゃない。
『これで俺らはなんの関係もなくなるのか』
……てかさ、このままいけば王子はヘレナとくっつかないじゃん。
ヘレナと王子に気兼ねなくラブラブチュッチュって関係を与えようと思ってたのに、私、サインする必要あった?
まぁ、王子が決めたことだし、私はもう何でもいいけど。
今、自分の恋にそこまで関心ないのに、人の恋沙汰など構っている暇はない。




