70.一枚の紙
「お嬢様、アダム様がお見えです」
オスカーの家から帰宅し、部屋でくつろぎながら読書をしていると、外からエミーの声が聞こえた。
最近頻繁にうちの家来るなぁ、王子。
「今行くわ」
本を閉じて、腰を上げる。
あんなにオスカーと話した後に、今から王子と話す気力なんてほとんど残っていない。正直なところ、物凄く面倒くさいけど、相手が王子なら行くしかない。
いつも通り、客間のソファで紅茶を飲みながら私を待っている。甘い香りが全体に漂っている。
絵になるなぁ……。
『もう一度最初からやり直せてもきっと俺はまた同じことをするんだろうな』
えっと、……なんの話!?
私は部屋に入らず、こっそりと王子の心の声を聞く。エミーが私を訝し気に見つめているが、気にしないでおく。
『キャシーは最初から俺と婚約を解消したくて、ヘレナにあんな意地悪をしていたのか? あいつからの鬱陶しいぐらいの好意は全部演技だったのか?』
王子、そんなに悩まないで。
本当に単純なんだよ。イッツシンプル。
あの迷惑で気持ち悪い愛情表現は本物で、変わった理由は前世の理由を思い出したから。
私なんかにこんなに悩んでいる王子が可哀そうに思えてきた。
王子が婚約破棄したくないのなら、別にしてもしなくてもどっちでもいいような気がするけど……。お互い中途半端な気持ちで好きでもないのに、むしろ私嫌われているのに、婚約しているってなんか嫌だ。
それに、あんまり縛られるの好きじゃないし。
まぁ、一番厄介なのがヒロインなんだけど。なんでヘレナが私に好意を寄せ始めてるの? それが一番信じがたい。
嬉しいことに、私はヒロインのように鈍感じゃないから、他人の瞳に自分がどう映っているのかは大体分かる。それに、ヘレナの場合は心の声が聞こえるし……。
まっじで、どうにかヘレナの好意のベクトルを王子に向けたいんだけど。
「あの、お嬢様、いつまでそこにいるんですか?」
エミーの声でハッと我に返る。
あ、そうだった。私、王子の心の声を盗み聞きにしに来たんじゃなかった。実際に会話しないと。
「ごめん、情報量の処理に手間取ってた。脳みそのハードディスクいるわ」
「はーどでぃすく?」
「何でもない」
不思議そうにつぶやくエミーに私は少し大きな声でそう言った。その声に王子が反応する。
目がばっりちと合う。
「キャシー」
「王子、お待たせいたしました。昨日ぶりですね」
オスカーのビジネススマイルを真似て、軽くお辞儀をする。王子のいる場所へ近づき、彼の前のソファに腰を下ろす。
「今日はオスカーの家に行ったのか?」
『オスカーとは話したのか?』
「(メリッサと)沢山お話しました。とっても楽しい時間でした」
私の言葉に王子は少し機嫌を損ねる。
心の声が聞こえるって楽しい。なんだか新しいおもちゃを手に入れた気分だ。
「で、今日はどのような御用で?」
私の言葉に、王子は急に真剣な表情になり、一枚の紙を机の上に置いた。




