7.距離感
これは、あそこに近寄らない方が良い気がする。
「ねぇ、キャシー嬢ってあんなに綺麗だったかしら」
「大人の色気を感じるわよね」
「いっつも大きなリボンが沢山付いたドレスが多かったものね」
「俺、思わず見とれてしまったぜ」
こそこそと話す周りの声が聞こえてくる。
……もしかして、来た時にあんなにじろじろと見られていたのは、私の容姿の変わりように驚いたからとか?
確かに脱ハッピー原宿コーデって感じだったもんね。
良い方向にイメチェンした時の、皆からのこういう眼差しって良いよね。
前世で初めてパーマ当てた時を思い出す……ってあれ滅茶苦茶不評だったわ。違う違う、えっとそうだ、初めて金髪にした時だ。あれはかなり好評だった。
王子がヘレナから手を離し、こちらへ歩いてくる。
そして、私に挨拶した後、必ずまたヘレナの元へ戻っていく。周りの皆はヘレナと王子が両想いだということを勿論して知っている。
ヘレナは性格も良く、皆から好かれている。いわば人気者。
邪魔者は私なんだよね。だから、婚約破棄するって言ったのに……。王子は一体何を考えているんだが。
「こんにちは、キャシー」
「こんにちは」
丁寧にお辞儀をして、いつも通り軽い挨拶を交わす。
いつもこの後、私が長く引き留めようとするけど、王子はさっさと私の前から去って行ってしまう……はずなんだけどな。
今日は引き留めていないのに、まだ私の前にいる。ヘレナがあそこで待っているというのに!
『こんな艶のある女だったか? もしかして、他に男が出来たのか』
他に男なんて作る余裕なんてどこにあるんだよ。てか、王子と婚約しているのに他に男がいたらまずいだろ。
……まぁ、女性の見た目が変わる時は新しい恋が始まった時とか言うもんね。
「ヘレナの元へ戻って下さっても構いませんよ」
「え?」
「彼女と王子が両思いなのは周知の事実なので、公の場でキスの一つでもしてくださって構いませんよ」
私の言葉に王子は目を丸くする。
今のは確かにちょっと不適切な発言かもしれないけど、これぐらい言っておかないと。未だに私が王子を想っているなんて思われたら困る。
『いつも、無理やりにでも引き留めようとするのに……。それに俺のことを名前で呼ばない』
あ、そうだ。すっかり忘れていた。
今までアダム様って呼んでいたんだった。前世の記憶を取り戻してから『王子』って印象が強くて……。
「忘れたのか? お前はまだ俺の婚約者だ」
「……意外ですね。王子がそんな発言をなさるなんて」
少し前までは口が裂けてもそんなことは言わなかっただろう。
それに、彼は私の前で絶対に敬語だった。私なんかに敬語を使うなんてよっぽど距離を置きたかったに違いない。
私のことを「お前」なんて言ったのは今日が始めてだ。今日はお前記念日だな。
これを距離が縮まったと喜ぶべきか、否か、複雑なところだ。