68.
「さっきから面白い会話していますね」
カールがキャシーとオスカーのいる部屋を覗きながら言葉を発する。
マイズ家に用事があったディランとカールが廊下で彼らの会話を耳にして、部屋に近づいたのだ。
「あの女じゃねえか」
彼の隣にいるディランも興味津々で部屋の中を見ている。
二人とも町で見かけた紫色の瞳を持った黒髪の女を発見し、面白そうに彼らを眺める。
「良い体だな」
「やめて下さい」
「全く俺の部下だというのに堅いね」
「貴方は元帥だというのに軽すぎます」
ディランは小さな声で「つれないねぇ」と呟き、キャシーの手元に視線を移す。
「あれは、ヴァイオリンか?」
「彼女が弾いていたのでしょうか?」
「この屋敷に入った瞬間、丁度曲が終わった時だったからな」
「是非聞いてみたいものですね」
「やめとけやめとけ、貴族のお嬢の演奏なんてろくなものがない」
ディランは顔をしかめて手を横に振った。
「それでも、やっぱり俺はヘレナに思いを伝えないよ」
……は? 今なんつった、この男。
いや、別に人の恋とか告白とか私が決めることじゃないから、本人が決めたことに口出しするのはそもそもおかしいんだけどさ。
なんかもうここまで関わった以上、中途半端にできない。
「新しい恋を探すよ」
「あんた本当にそれでも男!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「このまま思いを伝えずに新しい恋を探す? ふざけんな! じゃあ、次の恋をした時にまたその子に相手がいたら身を引くの? 未練タラタラな男なんて願い下げに決まってるでしょ! 良い? 恋愛の仕方を少しも知らない貴方にアドバイスしてあげるわ。今の恋を頑張らない男に次があるわけないでしょ! 甘ったれるな! 当たって砕けろ! 塵になれ!」
私は言いたいことを全部一気に言った。
息を切らす私を彼は視線を逸らすことなくじっと見つめている。
「……それはそうだな」
とぼけた顔で何を言ってるのよ、と思わず言ってしまいそうになるが堪える。
「安心して。振られたら、私のこの胸で泣けばいいわ!」
胸をドンッと胸を叩いて声を張った。
「俺もあの胸で泣こうかな」
「……流石に引きます」
ディランの言葉にカールは顔を引きつる。
「それにしてもいい女だな」
急に真剣な顔つきでディランはキャシーを見る。ディランの人を見る目は確かだ。カールも彼の言葉に同意する。
「確かに、あんなにテキパキ話す」
「じゃなくて、胸だよ」
カールの言葉に被せるようにそう言ったディランの頭を彼は拳で殴る。「イッテ」とディランの口から小さく漏れる。
「すみません、つい」
「全く、元帥を殴る部下がどこにいるんだよ」
「ここです」
口角を上げてカールは答える。
勿論、カールはディランが胸のことについて言ったことじゃないことは知っている。




